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深まる謎

「おい、福留」


和己は放課後になって、廊下をうろついていた福留に聞く

講義をサボってどこかで遊んできたのだろうか?今日は一段と派手な緑色のシャツを着ており、いつもよりきつく香水の匂いが周囲に漂っており、鼻に付く

安っぽい茶髪の髪を逆立てた、ある意味では厄介きわまる和己の知人は全くいつもと変わらないように見えた。福留が振り向くと彼は細いフレームの伊達眼鏡をかけている、おしゃれなのだろうか?


「なんだ、和己か」


和己は意を決して尋ねた。正直に言えば福留とはあまり関わりたくなかったのだが

ただ一つの心当たりが彼くらいしか居なかったからである。無論の事、聞くのはあの少女の事だ


「お前、女友達とか居るよな?」


「携帯の番号はいくつか持ってるけど、どうしたんだよいきなり」


「昨日誰か連れて俺の家に遊びに来なかったか?白い服着た女の子とか?」


福留は訳が判らないといった風に顔を顰めた。彼のポケットからテレビのどこかで聞いたようなポップスが流れ出す

それを取り出して確認する。彼の携帯が鳴ったのだった


「今電話が来たから質問はまた今度にしてくれ。そろそろ校門にダチの車が来るから時間も無い

つうかよ、何で俺がわざわざお前んちに行く必要があるんだ」


福留はあまり機嫌が良くなさそうに答えた

その返答で望んだ答えが得られないだろうと、結論に行き着いた和己は溜息を吐くのだった


「・・・そうか、違うか」


「ん?何がだよ」


福留は鼻を鳴らして、携帯を耳にあて大きな声で何事か喋りながら廊下の向こうに去っていった

彼の口調から知り合いとまたどこかに遊びに行く予定なのだろう事は和己にも予測できる。一体何のために福留が美大に通っているのかは解らないが

自分とは関係ないので気にしないことにした


(あいつじゃなかったのか。だとするとあの子は一体・・・?)


だったらあのスケッチブックに書き足された絵は和己の部屋に居た少女が描いたのだろうか?

彼はその後も気になって福留の前にも井上以外のいくつかの知り合いや講師に聞いてみたのだが、皆が皆そんな知り合いは居ないと答えた

中でも複数の女友達が居そうな彼に尋ねてみたのだが、どうやら福留の悪戯でもないらしい


そもそも福留と和己はそこまで親しくない上に、彼があそこまで繊細な絵が描けるとも思っていない

更に、遊び好きで奔放な福留が自分のために余計な課題をこなしてくれる筈が有るとは考えにくいのだ

それに、あの白い服の少女が福留のような人間と知り合いとはとても思えなかった。彼の知り合いならもっと派手派手しい服を好んで着用し

爛れたような金髪に髪を染め上げ、化粧臭い女ばかりだと予測がつくからだ


今は腑に落ちないのを自覚しながら、帰る事を決めた

聞いたことは聞いた。分からないなりに福留が知らなかったということは一つの返答をも意味している

そう、あの少女と軽薄な知人が無関係であることに和己はどこと無く安心感を覚えていたのだった






「仕事サボってパチンコ行ったら三万負けたよ」


「聞いた?隣の町の社長さん。都内の豪邸を引き払うんですってね、不景気だから質に入れたのかしら?」


「はァ?B組のあいつマジ生意気だね。今度皆でさ、シめてやらない?トイレの中に閉じ込めるとか」



電車の中は相変わらず騒がしい。携帯電話の無料ゲームサイト―――和己は明確な詳細を知らなかったが、それを差し引いても社内で携帯を弄っているものは乗員の半分くらいだ

むしろ一人で電車に乗っている人間ばかりが携帯の画面に目を吸い寄せられていてグループで席を占有している人間は雑談に興じている

集中力の力でその喧騒を一つのBGMにしながら、和己はスケッチブックに描かれた例の絵を凝視していた


青い服を着た少女が木製の椅子に腰掛け、正面に向かって微笑む絵。しかしどこと無く表情が硬い少女は昨日彼が見た彼女に雰囲気が似ていた

和己はこの絵を描いた事すら忘れていた。どういうきっかけで白い少女をスケッチブックに表現しようと思ったのか、そのきっかけが思い出せない

恐らくはいつものように適当にモチーフを選び、躍動する「動」の動きが少ない静物的な「静」のポーズで描いたのだろう

美大に入った当初、人が椅子に座る絵は良く描かされたものだ。別にこの構図は和己が特に得意するものではない


人体を描写するのは、ある程度人体の構成、パーツのバランス、表情。この三つが出来ていれば数をこなせる事によって誰にでも出来るようになる

無論、そこから何を表現し、背景を選択して組み合わせてテーマを組み込んでいくかはまるっきりセンスに頼る事になるのだが

「ピカソ」の「ゲルニカ」は故意に人間を歪に描き、炎をイメージした赤形の色を多用する事によって戦争のテーマを組み込み一つの名作として歴史に記されるようになった

さすがにそこまでの次元に行き着くものは美大には居なかったが、似たようなセンスや感性を持つ人間は少なからず居た


和己は単調な絵を描く事しかできない。人体を描いてもその表現方法がわからない、丁寧に背景を描写しても色彩を無駄に混ぜ込むばかりでテーマを練りこむことが出来ない


(僕の絵とは違って雑じゃない。線も細くてきれいだ、バランスの調和も取れているがある程度崩して魅せようとしている。だけど・・・)


それ故に、スケッチブックに知らぬ間に追加された、彼のものではない絵を見て思う。椅子に座った少女の絵を

この絵には何処と無く生気が感じられない。そしてある種の悲しみが宿っているようにも思える

和己と全く、否。殆ど構図が似通った絵ではあった、しかし微妙に何かが違う。ずれているのだ


例えるならば「モナリザ」のオリジナルと、それを模写した「複製画」くらいの相違が、それ故にこの絵には魂が宿っていると思わせる存在感


「うわっ、オタク?・・・キモッ」


電車が和己の自宅の手前の駅で止まり下車しようとする女子高生の一団が、スケッチブックの中の少女のの絵とそれを見る和己を見比べて

小さいが無責任な罵声を放ったが、絵を観察する事に集中していた彼の耳にまでは届いていなかった



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