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自己否定

これはあまり言いたくないことだし

認めたくないことであるのだが

一応話しておく


あなたが落ち込んでいる理由

あなたがしょぼんとしている理由

その理由のひとつとして

自分を落とすことで安心している

というものがある


あぁ、これはひどい話なので訂正しておくと

私はそうだった、と訂正しておく。


人生上手くいかないときにへこむのは普通だ

そしてそれを引きずるのも、また普通。

しかし私の考える中で

人生の価値観の中で、それでも上手くいかなくてへこんだ時

なぜうまくいかないのだろう、と漠然としたショックを抱えるはずだ


そんな中生きていくのは辛い、だから言い訳が必要になる

Q 、なぜ、うまくいかないのか?

A 、それは私が駄目な人間だからである


この論法は、わかりやすいが

無意識の中で処理されると

意識的には混乱する


自分を責めているとき

それは反芻思考でぐるぐると落ち込んでいるとき

心の底の底の、また底のほうで

わたしは安心を得ているんだ

自分が抱えていた人生の失敗の言い訳、理由、原因を

わたしは駄目な人間、という理由で納得している

ただ

その時意識的な自分は淡々とまいっているだけだ

なぜ、なぜ、うわーーーん。と

へこんでいるだけだ




なぜ落ち込むのか

理由が分からない

自分でもわからない。

のであれば、

おそらくそれは

自分を落とすことで安心しているのだ

自分が駄目な人間であれば

自分がした失敗を正当化できる


なぜ、うまくいかないのか?

それは私が駄目な人間だからである



あまり言いたくないし

認めたくないが

自分を責めるという、罪への罰、のような意識的な行為が

まさか裏では自分を正当化し、救い、役立てているなんて


あんまり意識的に、理解したくない

認めたくは、ないものだ。


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