この世界がゲームのように選択肢が見えていれば
なんとなく生きてみる
この能力はすごい力だ
あるいは希望的観測のもちようなのかもしれない
トロッコ問題を知っているだろうか
どちらかが死んで、どちらかが生き残るというやつだ
私は人間の思考にも、これが渦巻いていると思う
私はうつ病の原因は我慢だと考えている
それはこう言い換えてもいい。それは葛藤だ
こっちとこっち、どちらも選べない状況だ
この世の中が単純で、データが見えていて。
右の選択肢は80点
左の選択肢なら40点
よし、右を選ぼう。と
やさしくできていたら苦労はしない
例えばの話だが
右にはあなたの愛する婚約者
左にはあなたの愛する子供
どちらかしか救えません
そんな問題が出されたとき
あなたはなにも落ち込まずに選択できるか?
できないだろう、人間とはそういう風にできてる
大事なものを失う悲しみ、選択への責任と後悔
そういった思考をする生き物だからだ
そしてそこで、葛藤するはずだ
どちらを選ぼうと
そしてそれは苦しい行為だ
ストレスを感じずにはいられない
さて
葛藤というものがストレスだと理解してもらった所で
私の考えを話そう
鬱病、あるいは落ち込んでいる人は
葛藤が多いのではないか、
そしてそれは
右、おそらくじわじわと苦しむ人生
左、想像できないショックと、可能性
なのではないか
右は
毎日所持金から100円ずつ抜かれていって
左は
いきなり一万円もっていかれるが、とりあえず毎日の100円の支払いはなくなる
ちなみに左は少しずつ収入があったりもするが
右は収入が一時的にパタリとなくなってしまう
といった話であって
結論を言えば
あなたは選びたくない選択肢を葛藤しながら
じわじわと苦しむ道を歩いていないか?
崩れかける希望的観測を担保に
ささやかな幸せで人生を食いつないでいく
じわじわと落ちていくのを理解しながら、だ
さて
ここまでの話は別に、何が悪いという話ではないのだが
私が悩んでいるとき、そんなイメージを持っていたという話だ
話を戻すと
おそらく多くの人間はじわじわ生きていく方法を選ぶ
大きな転換点になど、行く勇気はなかなか持てないからだ
だからこそ、考え方を変える必要がある
じわじわと進む不幸を変えていく
これは節約術なのだ
100円支払う支出をなるべく減らせるように
まだ気づいていない収入を開拓してみるように
延命療法は案外鬱に効く
時間を味方にすることも方法の一つだ
そういった取り組みの中で
ある時、毎日の収支がプラスに傾くのだ
そして自分の人生が右肩上がりだったと信じ始める
希望的観測が成り立ち始める
その時にはもう
未来に闇など、なくなっているだろう
だからとりあえず
生きてみればいい




