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あなたにおくる免罪符
病人になるということは、救いになるのだろうか
私はおそらく、普通の人間なのだろう
周りと比べて外れた行動や反応、思考はしていないと思う
だからこそ、自分がうまく生きれないと感じるとき
理由が欲しかった
何かのせいであったのなら
それを理由に頑張れたのだと思う
何か失敗してしまったら、あるいはこれまで失敗してしまったこと
それらを病気のせいにしてしまえたら
きっと楽になったのだろう。
病人はどうだろうか、
なぜ自分がマイナススタートで生きているのか
不満に思っているだろうか
なぜ自分が病気でないのか
なぜ自分は病気なのか
結局、理由があれば安心するのだろう
逆に言えば、理由を探している時間は辛いのだろう
反芻思考というものがある
私もそんな思考をすることがよくある
なぜ、なぜ、と堂々巡りに考えていた
私は今になって我慢というレッテルを貼った
納得のいかないことを納得のいかないままため込むことをそう言うようにした
話を戻そう
若者の諸君
とくに今辛いと感じている鬱っぽいみんな
病人にあこがれはあるだろうか
所詮頭の良いひとたちが考えた線引きなのだろうが
それでも個性であると分けて考えられたなら
少しは救いになるだろうか




