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ステラしか見えない騎士〜姉様がいらないのなら、その運命を私にくださいな〜

作者: 竹藤煤
掲載日:2025/10/15

「いらないなら、ルーチェ姉様の婚約者を私にください!」

「ステラ? ……冗談よね?」

「ドレスもお菓子も本も…必要ないからと、私にくださったでしょう?」


 ステラは座ったままの姉に、顔を近づける。


「いやっ! 物と婚約者は違うでしょう? 絶対にあげません!」

「欲しいです。どうしても姉様の婚約者が欲しいです!」


(姉様が不幸になるのは嫌なので)


 ステラが姉の最悪な未来を視たのは、六年前のことだった。


   ―☆―


「私の、未来を教えてください」

 

 ステラは夜空を思わせる石に両手を添えて、習った通りに魔力を込める。


 十歳となった彼女は初めて、未来を知ることができる星詠(ほしよ)みに挑戦していた。


 大理石の台座に嵌め込まれた星詠みの石から、丸い天井に眩い光が放たれる。色とりどりの光の粒は、星のようにキラキラと明滅を繰り返していた。


(うぅ、気持ちわるい。頭のなかに勝手に……教会? 金色の髪をした男の人と私? に……ルーチェ姉様)


 頭のなかに浮かんでは消えるを繰り返す光景。


 姉によると、どれだけ先の未来を視られるか、頭にいくつの未来の断片が視えるか、断片からいかに想像を膨らませて未来を予知するか。星詠み師の実力はその三つで決まるらしい。


 大抵は三人以上で一組となって、依頼者一人の星詠みを行う。それそれが視た光景を組み合わせて、依頼者に結果を伝えるのが一般的だ。ステラは練習ということで、自身の星詠み一人で行っていた。


 教会、金髪の男と並ぶ成長したステラの姿、姉であるルーチェの泣き顔。ルーチェの白銀(しろがね)色の美しい髪は見る影もなく、空を思わせる美しい目は虚ろだった。


(え…? 姉様が――)


「ステラ、明日の朝食とか視えた?」


 後ろで見守ってくれていたルーチェが、ステラの顔を覗き込んで微笑んだ。


「えっと、仲が良さそうな二人と、教会? ぼんやりしていて、上手くみえませんでした」

「初めてでそんなに視えたの? 近い日に誰かの結婚式に参加するのかもね」

「結婚式。ルーチェ姉様は、みたことがあるのですか?」

「ないんだよねぇ。私は半年くらいが限界でさ。優秀な星詠み師なら、一年先まで視えるんだって」

「一年…? 練習すれば、もっとみえるようになるでしょうか?」

「ステラにも気になる人が?」

「ちがいます。もっと先がみえるとか、未来の断片がふえるとか」

「もちろん! あ、ステラが上手くなったらさ、お姉ちゃんと…王子の相性も視てね! 自分じゃ怖くて視れないんだよねぇ」


 恥ずかしそうな笑い声と共に背中を何度か軽く叩かれて、ステラは困り顔で俯く。ステラの隣に立っていた金髪の男は、姉が慕っている王子に似ていた。


(どうしよう。一年よりもっと遠い未来にみえるし、正確じゃないのかもしれないけど……)


 人の未来に関する星詠みを行った場合は、吉凶に関わらず明言を避けるのが好ましいとされる。言霊によって未来が固定されてしまうと言う星詠み師もいれば、外れたときの面倒事を避けるためだと言う星詠み師もいる。


「早く上達しろって急かしてないからね! ステラのペースでいいの。ほら、そもそも王族とただの星詠み師がさ――」

「明日は…曇りです。明後日は」

「わぁぁ無理しちゃダメ! ごめん、余計なこと言った!」


 ステラは隠すしかなかった。姉が慕っているシリウス王子に似た男と、自分が幸せそうに並んでいる。そして姉が、ボロボロの姿で泣いていた。


(未来は変えられるって、姉様が言ってた。ずっとこのままの未来なら、今度は私が姉様を助ける)


 初めて星詠みを行った日、ステラは決意する。姉の幸せのために、王子との結婚を回避すると。


   ―☆―


 ルーチェは多忙な両親の代わりに、体が弱かったステラの世話をしてくれていた。


「見てーこのドレス、可愛いでしょ?」

「わたしの大好きな水色です」

「お姉ちゃん着られなくなっちゃったからさ、ステラが着てくれたら嬉しいなぁ」

「いいのですか?」

「勿体ないもん。まだ綺麗だしさ。ほら、とっても似合う」


 あるときは、明らかに新品の服を譲ってくれたり。


「このお菓子貰い物なんだけどね、食べきれなかったの。ステラ、食べられる?」

「本に出てきたおかしです! かわいい…」

「じっと眺めてないで食べなよ。美味しいよ? ……たぶん」


 貰い物だと嘘をついて、わざわざ手間を掛けて焼いてくれたクッキーをくれたり。


「見てよこれ。『イベリスの日記』の九巻! 星詠みのお礼に貰ったの。私は読んだことあるから、ステラにあげる」


 寒い時期はずっと部屋にこもっているステラを気づかって、彼女が大好きな本を持ってきてくれたり。


 姉のおかげで、苦しい日々に堪えられた。苦手な薬も、体力をつけるための運動も、人より遅れている魔法や星詠みの練習も。


 彼に叱られることなど、姉のためなら我慢できて当然だった。


「はぁ。ステラさん。お姉様は優秀なのに…。貴方ときたら明日の天気すらわからない! 危うく殿下が雨に降られるところでしたよ!」

「申し訳ございません」


(オグマ様、本当に申し訳ございません。これも姉様のためなのです)


 ステラは、びしょ濡れの彼に何度も頭を下げる。


 オグマは、放牧地に家畜泥棒が現れたとの報告で、現地に赴いていた。ステラに星詠みを頼み、結果は快晴。彼は外套すら持たずに出て行った。


「オグマ、彼女は宮廷にやって来てひと月だ。外してしまうことだってあるさ。ルーチェからは体が弱くて、星詠みの練習を始めたのも遅かったと聞いている。お前が、何人かに詠んでもらうべきだった」


 王子の言葉に申し訳なさが増して、ステラは更に体を小さくする。


「……ですがシリウス殿下、彼女は外しすぎなのですよ! 他の者は帝国への対応で忙しいですし」

「そんなこと……あるんだけどさぁ。ほら、星詠み石が合わないとか」

「国内で一番の質を誇る石が?」


 塗れた眼鏡を布で拭って、オグマは鋭い視線をステラに向けた。


「安物のほうが気楽とか」


 オグマは呆れ顔でシリウスを一瞥し、大きなため息を吐く。


「ステラさん。せめて天気が当たるようになるまで、練習してください。それまで仕事は任せられません! 貴方は今日から見習いです。いいですね?」

「おいオグマ!」

「承知いたしました、オグマ様。此度の不手際、誠に申し訳ございませんでした」


 ステラは王子にも何度も謝罪を繰り返し、逃げるように星詠みの塔へ急いだ。


 星詠みの塔は、城の敷地に建てられた星詠み師たちの仕事場。国内から優秀な星詠み師が集まり、星詠み師の育成も行われている。


(やっとだ。私はポンコツ星詠み師。そうすれば殿下に見初められることもなく、ルーチェ姉様を悲しませなくて済むはず)


 ステラは練習などせずとも視えている。自分がシリウスに見初められる理由も、初めて星詠みをした頃より鮮明に。どうやらステラが星詠みの仕事を続けると、なぜか殿下に気に入られてしまうらしい。だからこそ、ステラは降格を目論んで星詠みを外し続けた。午後から雨が降ることも、視えていながら。


(……でも見習いだなんて、お父様とお母様は、なんて仰るかしら。特にお父様は)


 ステラが生まれたムーフリエ家は、代々王家の星詠み師として王宮に仕えていた。


 当代の夫妻は、共に星詠み師。父は宰相オグマを補佐する役割を担い、母は星詠み師をまとめる立場を担っている。優秀な二人は、ステラの面倒を長女に一任するほど忙しい。


 星詠み師の仕事は、天候や祭事の日程の取り決め、政略や軍略まで多岐にわたる。正しい未来を視る者ほど、国のこれからを左右するような星詠みを任された。


 本来なら見習いから始まるところを、ステラはムーフリエ家の人間だからと、見習い期間を免除されていた。今日からは見習いの雑用をこなしながら、教育係の監視下で練習を積むことになる。


(見限られても我慢だ。お母様はそんな未来視えないって言ってたけど、私は何度も視てる)


 ステラは、母にだけ視えたものを伝えていた。母も姉の星詠みをしてくれたが、ステラが視たような未来の断片は視えなかったらしい。「ゆっくりでいいから、練習を頑張りましょうね」と優しく諭された。


(一度視て、未来に変化がないか確認しておかないと。それから――)


 星詠みの塔へ続く渡り廊下を歩いていると、中庭に立っていた灰色の髪をした大男と目が合った。国章が刻まれた鎧を身に着けていたため騎士だと判断し、会釈する。男はなぜか鋭い目を見開き、驚いた様子だった。


 足を止め、見つめ合っていると、真顔に戻った騎士が口を開く。


「星詠み師様ですよね? お急ぎのようですが、王宮で何か」

「あっ、いえ。急事ではございません。わたくしは見習いでして、修練を積まねばと」

「見習い。最近、城に? なぜ、俺のことが…。……お急ぎのところを呼び止めてしまい、申し訳ない」


 男はボソボソと何か呟いたかと思うと、小さく頭を下げた。


「いえ、こちらこそ勘違いをさせてしまったようで申し訳ございません。では、失礼いたします」

「ご無理をなさらぬように」

「騎士様こそ、室内に戻られたほうがよいかと。雨はこれから強まって、明日の朝まで止まないと思います。お体をお大事に」


 頭を下げて返し、ステラは塔へと歩を進めた。驚いたような表情で、彼が自身の背を見つめていることに気づかずに。


   ―☆―


 塔の隣に建つ星詠みの館は、王宮で働く星詠み師たちの住居となっている。


 ステラは給仕として食糧庫と館を往復し、長時間の星詠みを行う先輩たちに食事を届けていた。雑用半分、練習半分。残った時間を個人的な星詠みにあてている。今のところ、未来に大きな変化はない。依然としてステラは、シリウスの隣で幸せそうに笑っている。


(いっそ、誰かと婚約するしかないのかな? でも、私に届く釣書なんて…)


 木箱の載った荷車を押しながら、今日も館へと俯いたまま歩いていた。


「ステラさん。仕込みが間に合わなくなるから早く!」

「はい! すみませんリフルさん」


(あ、今日もいらしてる)


 中庭で木を眺めている大男。彼はたまに中庭にやって来ているらしく、会ったら挨拶をする仲になっていた。


「おはようございます。騎士様」

「おはようございます。今日もお忙しそうですね」


 初めこそ驚かれたが、今ではぎこちない笑みを浮かべて挨拶を返してくれる。


「ちょっと…誰に挨拶してるの、大丈夫?」

「えっと、あちらにいらっしゃる騎士様に」


 中庭を指差すも、リフルは首を捻った。


「誰もいないけど」

「噴水のところに」

「……星詠み師って、幽霊も見えるの? さ、急ぐわよ」

「え、あ。お勤め、頑張ってください!」

「頑張るのは貴方! はい、さっさと運ぶ」


 最近わかったことではあるが、彼の姿は自分にしか見えていないらしい。星詠みの館で働く料理人のリフルだけでなく、見習い仲間たちにも彼は見えていないらしい。


(本当に、幽霊なのかしら)


 怖くなってきたステラは、次に会ったときに確かめてみようと小走りで館に向かった。


   ―☆―


「騎士様。手を握っても?」

「何ゆえに?」


 ステラは、頭一つぶん以上大きな彼を見上げていた。


 人通りもなく静かな中庭で、騎士は唐突なお願いに眉をひそめる。


「皆さん、騎士様が見えないと仰るのです。幽霊疑惑を払拭したくて」

「……。そういうことでしたら」


 彼は手袋を外し、大きな手を差し出した。ステラは断りを入れて、恐る恐る手を握る。


(…温かい。幽霊じゃない!)


 ステラは目を輝かせ、何度もギュッと手を握った。騎士が何とも言えない表情で、彼女を見下ろしている。


「よかった。……あ、失礼いたしました」


 黙って見下ろす彼に気づき、慌てて手を離す。しかし彼の反応は薄い。じっとこちらの目を凝視している。


(怒らせてしまった? 騎士様にとって大事な利き手を、何度も握ってしまったから? もしかして怪我を――)


「あのっ」

「近くで見ると、宝石の」

「え、宝石?」

「っ! 口に出して――…失敬! 今のは…その、ご放念いただけますと幸いです」


 騎士は気まずいと言わんばかりに目を逸らし、握られていた右手を素早く下ろす。


「目のことでしょうか。でしたら、褒めていただけて嬉しいです」


 ステラの目は姉と同じ空色を基調に、黄色や黄緑色、様々な色がまじっている。髪色は母と同じ空五倍子(うつぶし)色。親戚にも、このような色の目をした者はいないらしい。


「左様で、ございますか……。その、疑惑は晴れたのでしょうか」


 咳払いをして、彼はステラに視線を戻す。


「はい、騎士様が幽霊ではなくてよかったです」

「星詠み師様、一つ気になることがあるのですが」

「なんでしょう?」

「私は星詠みに関して明るくはないのですが、手を握らずとも、星詠みで判断できたのではないかと。幽霊に未来はないでしょうし」


 ハッとした表情のステラに、騎士は苦笑した。

 

(確かに容姿を知っていれば、幽霊かどうかは判断できた。でも、自分以外を勝手に視るのは失礼ですし……)


「ですが、騎士様のお名前を知らないので、詠めないかもしれません。見習いですし」

「なるほど。相手のことを多く知っていたほうが、正確な未来を視ることができるのでしたね」

「名前は特に大事なものです。あ、名前といえば、自己紹介がまだでした。わたくし、ステラ・ブラン・ムーフリエと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。……ムーフリエ家の。でしたら、ステラ様とお呼びしても?」

「はい、構いま「どこにいるんですー! 急な任務が入りました! 聞こえたら返事をしてくださーい!」


 割り込んできた忙しい足音と、焦る男の声。どうやら彼を捜しているらしい。


「ステラ様申し訳ない。急務のようです。わかった! 今行く」


 大声で返して、騎士は駆け出した。


「騎士様、お気をつけて!」


 振り返って一礼する彼を見送り、私室に戻る途中。ステラに新たな疑問が生まれた。

 

(幽霊じゃないのに、どうして私にしか見えないのでしょう?)


   ―☆―


 あの日から、騎士と少し話すようになった。名前は任務の都合で誰にも教えられないらしく、未だに騎士様と呼んでいる。


 見習い仲間や館で働く使用人たちに幽霊ではなかったと説明しても、悲しいことに誰も信じてくれなかった。信じてもらおうと彼の前に連れて行こうとするも、騎士はステラ以外には会いたくないようで、中庭から逃げてしまう。


 信じてもらうのを諦め、騎士の都合も尊重し、彼とは通行人の死角となる場所で話すようになった。


 彼は仕事の息抜きで中庭にやって来ているらしく、ここは落ち着く場所の一つらしい。よく木を眺めているのは、雛鳥がいるからだと教えてくれた。一羽が巣から落ちてしまっていたらしく、その日から心配で見守っているのだそう。


 一緒に雛を見守ったり、他愛もない話をしたり。気づけば彼と話すことはステラにとっても、変わらない未来への焦りを忘れられる楽しい時間になっていた。


「今日はこのあと、お姉様と恒例行事をするのです」

「姉君との恒例行事でございますか? 一体何を?」

「釣書を焼きます」

「………釣書を、焼く」

「見習いにも届くのです。星詠みの力があれば誰でもいいって書いて、何枚も。相性の星詠みの練習に使って、焼いて処分しています」


 星詠み師を召し抱えることは、貴族たちにとって重要なこと。見習いであっても、国内外を問わず婚約の釣書は届く。丁度いい練習だと、見習いが釣書の人物と相性を視るのは、日常茶飯事だ。

 

 良縁に恵まれれば、塔をあとにする者もいる。見習いが家格に釣られて婚約し、あまりの扱いに戻ってくることもあった。


「人を道具と見る輩の紙切れは、その扱いで構わないかと。練習に使用するのも、あまり気分が良いものではないでしょうが」

「わかっていただけますか? 奥さまがいらっしゃる御方や、大勢の女性を侍らせている御方。それはもう」


 相性の星詠みは、相手との『もしもの未来』を視ることができる。練習のなかでも、ステラには苦行だった。


「釣書でそこまで。見知った相手ならば判断材料として最適なのでしょうが、見知らぬ相手となると……。どちらにせよ悪い結果なら、精神的苦痛を伴うでしょうね」


 表情の乏しい彼が、怒っているのがわかる。


「まぁ、見習いですから。先輩のようにハッキリ視えないのが救いです!」


 話を振っておいて空気を悪くしてしまったと、ステラは明るい声で付け足した。


「しかし練習を続ければ、ステラ様も」


 眉根を寄せ、彼の表情は険しい。

 

「心配してくださってありがとうございます。でも、絶対はないのが星詠みですから。五人の視た未来が間違っていて、一人の視たものが正解だったりもしますし。先ほど視た未来が、知らないうちに変わってることもあります」


(わかってはいても、何度も同じものを視ると、信じてしまいますけど)


 自身の隣に並ぶ王子を思い出しながら、ステラは続ける。

 

「何も知らずに婚約するのが恐ろしいことも、理解できます。私も、いつお父様に婚約者を決められるかわかりませんし。そんな不安を解消するのが、星詠みです」


 偶然視えた遠い未来。星詠みがなければ、姉の不幸に気づけなかった。


「…ステラ様。その、悩みがおありな――」 

「騎士様は、相性を視てもらったことはございますか?」


 被せるように言うと、騎士の表情が更に曇る。


「相性、ですか。…一度だけ。ただ私の場合は――どう説明したものでしょう」

 

 話を終わらせたいのを理解してくれたのか、彼は渋々答えてくれた。


 話題を逸らすことには成功したが、逸らす先を誤ったらしい。口籠っている様子を見るに、相性の星詠みで失敗した経験があるようだ。


「相性で良い結果が得られなかったのなら、運命の人を視ることもできます! 容姿しかお伝え出来ないので、ご自身で見つけていただくことになりますが」

「……運命の」


 言いかけて黙ってしまった彼は、木賊(とくさ)色の目で、穴が開きそうなほどこちらを見つめている。


(またやってしまった……。騎士様に星詠みの話はしてはいけない。覚えておかないと)


 目を逸らしてはいけない気がして、無言で見つめ合う気まずい時間が流れた。


(何か、何か言わないと)


 空気を一変させる気の利いた言葉は、全く思いつかない。言葉を探しながら見つめていると、彼が先に目を伏せる。


「興味はあるのですが、星詠みの結果に落胆してしまいそうなので」


 落胆という言葉に、彼には運命の人であってほしいと願う相手がいるのだと察した。


(あれ?)


 ステラは不自然な胸の痛みに驚きながら頭を横に振る。


「気になさらないでください。知りたくない方も多くいらっしゃいます。騎士様には……、想い人がいらっしゃるのですね」

「……あ。そういう意味に捉えられるのか。落胆というのは、該当者がいないという意図でして」

「該当者なしは聞いたことがないですね。運命の人は、自身の人生を良い方向へ導いてくれる人も当てはまりますので――…騎士様?」

 

 彼はポカンと口を開けて動かなくなったかと思うと、右手で顔を覆ってふっと笑みを漏らした。心做しか、耳が赤い気がする。


「運命の星詠みは、私には必要ないのかもしれません」


 彼は運命の人に出会っていたらしい。柔らかい声が、そう語っている。


(羨ましいなぁ。……私の運命の人も、殿下でなければ。姉様は)


 再び、胸がズキリと痛んだ。あの未来がやってこないことを祈りながら、口角を上げる。


「騎士様の人生は、その方に出会って変わったのですね」

「私の人生において、この上ない救いをもたらしてくださいました。ですので、恩返しをしたいと思っています。まずは、悩みを聞き出すところから…ですかね」


 柔らかい笑みに、ステラは目を見開いた。


「恩返し…できるといいですね! では、そろそろ姉様との約束がありますので失礼いたします」

「気が利かず申し訳ございません。無理な星詠みはなさらぬよう」

「いえ、こちらこそ長々と。お気遣い、感謝いたします」


 鼓動の速さを誤魔化すように、ステラは足早に館へ向かう。


「ステラ様」


 両肩をビクリと揺らして、ステラは見返った。


「な、なんでしょう?」

「また……、ここで」

「もちろんです。また、私とお話してください」


 無理に明るく言って、その場をあとにした。


   ―☆―


「ステラの部屋、花瓶増えてない?」


 ルーチェは水色の花弁を人差し指でつつきながら、飲み物を注ぐステラを見た。


「会うたびにお花をくださる友人ができまして」


 あの日から、騎士が花を持ってくるようになった。会えるともかぎらないのに、見つけるたびに彼は毎回違う花を持って立っている。


「もしかして、騎士の亡霊? ステラが疲れすぎて見えてるって噂の」

「彼は生きた人間です! 姉様も信じてくださらないのですか」

「だって、中庭にステラの言うような男がいれば目立つよ? 名乗ってくれないのもおかしいし、人を連れて行ったらいなくなってるんでしょ? 物理的接触が可能な霊とか…お姉ちゃんは心配です。魔物? いや、魔族?」

「姉様に言われたくありません! 気づいてないとお思いですか?」


 ステラがテーブルに叩きつけるように置いたのは、一枚の釣書。父に呼び出されて、これを手渡された。


「何で持ってるの! ……父様か。馬鹿が頷いたせいで、その婚約、ほぼ決まっててさ」


 ルーチェの話によると、先の戦で一番の武功を挙げた騎士が、星詠み師の婚約者を欲しがったらしい。話し合いの末、実力も申し分なく、未婚で騎士と同い年だったルーチェが選ばれた。


「相性は視たのですか?」

「視たよ。名前書いてなくても、何か視えるはずなのに……暗闇しか視えなかった。馬鹿とお母様もお手上げの相手。恐怖! こんな婚約者いらないよぉ」


 ルーチェは泣きそうな顔で、パンをやけ食いしている。


(…もしかして、私が身代わりになれば)


 ステラは釣書を手に取って、星詠み師に支給される小さな星詠み石へ手をかざした。


「ちょっ、ステラ?」


 彼との相性を詠む。『これが姉を救う最後の鍵』、直感的にそう思った。


(騎士団の詰所、どこかの森、玉座の間、教会?)


 ルーチェが言うような暗闇は視えない。誰一人いない美しい景色が頭を流れていく。


(この方と婚約した私の未来は)


 ステラはこっそり自身の未来も詠み、満面の笑みを浮かべた。


「いらないなら、ルーチェ姉様の婚約者を私にください!」

「ステラ? ……冗談よね?」

「ドレスもお菓子も本も…必要ないからと、私にくださったでしょう?」


 ステラは座ったままの姉に、顔を近づける。


「いやっ! 物と婚約者は違うでしょう? 絶対にあげません!」

「欲しいです。どうしても姉様の婚約者が欲しいです!」


 あのおしゃべりな姉が、絶句して固まってしまった。


「あ、お父様に頼めばいいのですね!」

「はぇ? ちょっと待って! 実はいらなくないの!」


 ルーチェの制止を振り切って、ステラは部屋の扉に急ぐ。


「王命だから無理だって! 相性が良かったとしてもさ、どんなわっ!」


 追いかけようと急いで、ルーチェは盛大に転んだ。


「姉様!」


 重く鈍い音に、ステラは血相を変えて駆け寄る。

 

「うぅ。膝打った。でもステラを引き留められたから、よし」

「何もよくありません……」

「いいの。婚約は頑張って解消する! 私もわかってるからね。あの馬鹿に何を言われたの?」

「本当に幸せな未来が――」

「お前が身代わりに嫁げ、とか?」

「まさか」


 ステラの反応に、ルーチェは舌打ちした。


「ふざけんなよクソ親父。ステラがどれだけ努力してきたか、何も知らないくせに。偉そうなこと言うなら、婚約断って来いよ。ゴマすり野郎が」


(姉様? 言葉遣いが……。確かにお父様は、実力主義のくせに権力者には媚びまくり人間ですけど)


 姉はお見通しだったらしい。釣書を貰うときに、似たようなことを言われた覚えがある。姉が心配で、正直ステラにはどうでもよかった。


「あの男の子供であることが、人生最大の汚点! 絶対に宰相補佐から引きずり降ろしてやる」

「ね、姉様…落ち着いて」

「私の愛する家族はお母様とステラだけ。身代わりになんてさせない」

 

(私も……そんな姉様だから、救いたいって思いました。だから)


「身代わりではありません。信じてほしいです。幸せな未来が視えました。私も姉様も、幸せになれます」

「あのね、信じられるわけ」

「私の、運命の人です」

「……握ったままの石、貸してくれる?」


 ルーチェは、ステラと騎士の相性を確かめるつもりらしい。


「…なんで私には、視えないの」

「私には視えました。信じてください」

「なら、どんな男が視えたか教えてほしい。視たならわかるよね?」


 ステラは口を真一文字に結び、内心焦っていた。


(どうしましょう。姉様は容姿を聞かされていたなんて。星詠みでは視えなかったし)


 ルーチェは、ステラを無言で睨みつけている。


(そうだ! 最初に視たものと一緒ってことにして…)


「えと、背が高くて、黒っぽい髪をした御方? でした。精悍な御顔立ちだと思います。教会で、笑顔で並び立っていて……。初めて視た星詠みの断片が、鮮明になったような」


 騎士様の容姿を苦し紛れに伝えると、姉の表情が驚きに変わった。


「初めて視たものと、一緒だったの?」

「はい。おそらくそうでっ」

「嘘でしょ? すごい! ステラは天才だったのね!」


 花が綻ぶように笑ったルーチェに、ステラは勢いよく抱きしめられる。


「教会って言ってたもんね。あのあと、教会に行くことなんてなかったのに。六年以上も先のことを詠めたなんて! 容姿も聞いたのとほぼ合ってるし!」

「信じてくださるのですか?」

「もちろんよ! でも、このことは誰にも言っちゃダメだからね? ステラはきっと先が視えすぎて、調整ができないだけ。バレたら、今以上の練習量になって、倒れるまで働かされる。馬鹿は手のひら返して調子に乗るだろうし。だから……」


 申し訳なさそうな表情でルーチェは俯いた。


 嘘であっても、妹を身代わりに差し出すのは複雑なのだろう。


 姉を騙している現実に、罪悪感が募った。それでも嘘を貫き通すため、ステラは微笑む。


「大丈夫です、運命の相手なのですから。身代わりというかたちの婚約でも、幸せですよ」

「……そっか。よく考えたらステラの運命の人に酷いこと言っちゃった。ごめんね」

「視えなかったのなら心配して当然です」

「やっぱり、会ってみないと信用できないかも」

「姉様…」

「だってさぁ。暗闇しか視えない相手だよ?」

「私が六年前に視たお相手ですよ?」

「ふっ、あははっ! それには勝てないや」


 二人で笑いあって、ステラは一人で父のもとへ向かった。「姉の代わりに婚約する」と、告げるために。


   ―☆―


 ステラと名無しの騎士の婚約話は、とんとん拍子に進んだ。やはり父はルーチェの婚約相手には不満があったらしく、ステラが身代わりになるのは大賛成。母は最後まで反対していたが、相手方からステラでも問題ないという返事があった。


(私と殿下が並んだ姿も、視えなくなった! これで姉様の未来は変わったはず)


 代わりに視えるようになったのは、教会の前に立つ自分。相性の悪い者の場合、あそこまで穏やかな景色になることはないはず。ステラは、視たものを信じることにした。


(騎士様の容姿に似ているという奇跡に助けられました)


 彼女は軽やかな足取りで、婚約者のいるという第一騎士団の詰所に向かっていた。


「ステラ様?」


 聞き覚えのある声に、ステラは目を凝らす。


 辺りを見回して人がいないのを確認してから、見慣れた大男が駆け寄ってきた。珍しく彼は、鎧を纏っていない。


「騎士様! 中庭以外でお会いするのは初めてですね」

「左様でございますね。こちらへいらっしゃったということは、騎士団の者に何か御用が?」

「はい。今日は、婚約者様にお会いする約束があって。えっと、こちらの」


 彼に尋ねてみようと、小さな鞄から釣書を探す。


 彼の穏やかな表情が、途端に崩れた。


「婚約…ですか。随分と突然、ですね。…………おめでとうございます」


 あまりにも暗く沈んだ声に、ステラは彼の顔を覗き込んだ。


「騎士様?」

「これから任務がございますので、案内は他の者に」

「あのっ」


 パッと顔を背けられ、素っ気なく一礼して、彼は王宮のほうへと歩いて行く。


(……苦しそうな顔を)


 胸が痛い。築いてきた関係が壊れてしまう気がする。


 追いかけようと踏み出して、父の言葉を思い出した。昼休憩の時間でないと、会うことも難しいような忙しい御方。後ろ髪を引かれながら、ステラは詰所へ急いだ。


   ―☆―


「貴方が団長の婚約者!?」


 騎士団の者たちが利用している食堂にやってきたステラは、婚約者が所属している第一騎士団の副団長アインと相対している。


 第一騎士団は、王都の防衛を任される精鋭たち。婚約者はそんな騎士たちをまとめる立場にあるらしい。


「褒章にと、選ばれたのが私です」

「団長が褒章にご婦人を? え、あー…まさか。誰だぁぁぁ! 陛下にふざけた報告をしたのはぁぁぁ! 団長の一件についてこの場で心当たりのある者は、さっさと訂正してこい!」


 あまりの大声に、ステラは慌てて耳を塞ぐ。


「一体何が?」

「突然申し訳ございません。団員が褒章に望むものを勝手に伝えたようで」

「ご本人が婚約者を望んだわけではないと?」

「確実に。団長は星詠み師のご友人へ花を贈っていらしたようで、好い人がいると勘違いしたのでしょうね」


(…あれ? 花って、もしかして)


 騎士が、花を持って立っている姿が浮かんだ。


 名前のない釣書、似通った容姿。中庭で会っていた彼が、婚約者だったらしい。よく考えればわかりそうなものなのに、未来が変わった喜びでうっかりしていた。


(恩人は私で、姉様のことで悩んでいたのを見抜かれていて……婚約を伝えて気落ちなさっていたのは、お父様に婚約者を決められると言ったから? とにかく誤解を!)


 焦りからか、ステラの足が出口のほうを向く。


「ムーフリエ嬢。ご安心ください。婚約は解消となるはずです」

「えっ、あ……解消? 王命が覆るのですか」

「陛下は団長を我が子のように思っていらっしゃるようで、欲しい物はないかと何度も。その結果が、これです。誠に申し訳ございません」

「アイン様は悪くは…。つまり、団長様の部下が教えてくれた願いを、陛下が叶えようと?」

「はい。何にせよ、ムーフリエ嬢には団長のことを説明したほうがよさそうですね。端の席へ移動しましょう」


 早く駆け出したい気持ちもあったが、ステラは彼を知ることにした。


 アインの話によると、彼は魔法か何かが制御できず、他の者に姿が見えないらしい。ぶつかったり、声を掛けられたりしてようやく、彼を認識できる。会話もせずしばらくすると、彼の姿は透けていくように見えなくなるらしい。


 様々なことを試したが解決には至らず、その特性を利用した単独での任務も請け負っているそうだ。


「というわけでして。過去に何かあったのか、名乗る名がないのか。陛下にも名乗っていらっしゃらないようで。髪色から灰騎士などと呼ばれています」

「灰騎士」

「姿が見えないと言われても、信じられませんよね。貴方様がいらっしゃる少し前に出て行かれたので、すれ違っていると思いますよ」

「そう…ですね」

「ですね?」

「間違えました。そうなのですね。……見えないというのは、さぞご苦労をなさったと」


 話しかけても驚かれてしまう彼は、人付き合いを諦めていたのかもしれない。中庭で鳥を眺めていたのも、暇な時間はいつも鍛錬をしていると話してくれたのも。誰にも迷惑を掛けずに過ごすことを考えての行動だ。


(そんなの……寂しすぎます)


 ステラの目に、涙が滲む。


「我々には計り知れない苦労があると思います。でも、先ほど話したご友人が、団長の姿が見えるそうで。嬉しそうだったな、団長。そもそも驚かせるからって、一人でいる必要はないと言ってるんですけどね。ご友人に贈る花だって、代わりに買ってくるのに――あ、申し訳ない。愚痴っぽくなってしまいました」

「…アイン様も、団員の方々も、団長様を尊敬していらっしゃるのですね」

「はい! ですから部下のことも、お許しいただけると」

「もちろんです。ありがとうございました、アイン様」


 ステラは席を立って一礼した。


「このあと団長にお会いするなら、わたくしが捜しますよ?」

「ご心配には及びません。昼食の邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした。叫び回わらなくとも、見つけられますので」

「え……?」


 考え込むアインを置いて、ステラは中庭に向かって走った。


(誰にも気づいてもらえない人生は……どれほど苦しいものだったのでしょう。名まで隠して、関係を築くことも諦めて、いつ忘れられてもいいように生きるのは)


『私の人生において、この上ない救いをもたらしてくださいました。ですので、恩返しをしたいと思っています。まずは、悩みを聞き出すところから…ですかね』


 彼の言葉を思い出したところで、いつもの中庭が見えた。


(騎士様。私は、姉様のために婚約しました。婚約解消となれば、姉様がどうなるのかわかりません。……そんな私と、貴方様は)


   ―☆―


 噴水の縁に腰掛ける彼の背中は、どこか寂しそうだった。渡り廊下を歩く人々は、誰も彼に気づかない。こんなにも――


(とっ、鳥が。なぜ頭にっ)


 面白いことになっているのに。


 ステラは必死に笑いを堪えていたが、ついに限界を迎える。


 彼女の笑い声にやっと騎士が振り向いた。彼の頭で休憩していた小鳥が飛び立ち、ステラは膝から崩れ落ちる。


「ふふっ」


(ずるい。大きな体躯をなさった殿方が、頭に小鳥を乗せているなんて)


「ステラ様? 随分と早いお戻りですね。えーと……一体何が」

「ごめっ、ごめんなさい。笑ってしまって。小鳥が、騎士様の頭に」

「鳥? 気づきませんでした」

「小鳥にも騎士様が見えているのだと、嬉しくなりました。ずっと心配なさっていましたもの」

「……座ったままでは、御召し物が」


 バツの悪そうな顔で、彼はステラに手を差し出した。


「ありがとうございます」

「いえ。……その、婚約者の方にお会いするのでは」


 騎士は目を伏せる。


「ですから、会いに来ました。仕事だとは仰っていましたが、まずは確認しておこうと中庭に」

「は?」

「ちなみに、こちらが婚約者様の釣書です」

「俺が無理やり書かされた……え? 何も聞かされて」

「国王陛下が騎士様を驚かせようと黙っていたようで」

「陛下が? ……団員にしか友人と説明していないのに」


 ボソリと言って、彼は頭を掻いた。


「騎士様。いちから説明いたしますので、聞いていただけますか?」


 アインから聞いたこと、ステラが婚約するに至った経緯を説明する。姉の未来は、最近視たと嘘をついた。


「婚約解消となると、変化のあった未来が元に戻る可能性があると…」

「はい。視てみないとわかりませんが」

「私との婚約で、ステラ様の姉君を救うことができるなら、婚約者となるのはやぶさかではありません」

「ですが私は見習いの星詠み師で、騎士団長様とは身分が――」

「立場を利用してもよろしいのなら、私と婚約していただけますか?」


 淡々と言った彼の笑みは、どこか悪戯っぽく見える。ぐっと顔を近づけられ、逃げようとするも、彼の腕が腰に回っていて仰け反るしかない。


「あのっ離していただけると…嬉しいなぁ、なんて」

「申し訳ございませんが、もう二度と、小鳥に気づかぬほど後悔するのは御免なので。ステラ様にとっても、悪い話ではないはずですが」


 姉のために奔走してきたステラにとって、願ってもない申し出。ただ、彼の変貌ぶりに思考がまとまらない。


(近い。近いです。騎士様にどういった心境の変化がっ! 鳥さんですか? 笑ったのがいけなかった? もしや私の前では演技を? いや、でも、恩返しで)


 頬が熱くなっている。心臓の音が頭にまで響く。


 ステラは、男性に慣れていなかった。星詠みの力を持つのは、圧倒的に女性が多い。必然的に、塔や館の人間は女性が多くなる。加えて、釣書で知るのは最低な男ばかり。騎士は、彼女にとって稀有な存在だった。


「そうですけど! 私ばかりが得を……いえ、婚約となるとお互いの人生が」


「俺は、ステラ様しか見えません」


 鋭い目が、弧を描いている。彼の目には、呆然とした自分が映った。


(……そうでした。騎士様には、今日(こんにち)までの私との日々が、私という存在が、何よりも特別で)


 両手を伸ばして、彼の頬に触れる。彼の驚きに染まった表情に、ステラは目を細めた。


「お名前を教えていただいても? 事情がおありでしたら、無理にとは言いませんので」


 逡巡していた彼が、口を開こうとした時。


「だんちょー! お返事を!」

「ステラぁ、いないのー! アイン様、本当にここにステラの婚約者様が?」

「最近はよくこちらに。どこまで捜しに行かれたのでしょう。団長の返事もありませんし」

「とにかく、心当たりのある場所を案内してください」

「わかりました。団長! どこですかー」

「ステラー! お姉ちゃんの昼休憩が終わるまでに出てきてー」


 二人は言って、ステラにも気づかず去って行く。


 アインはステラが見えることを知らず、姉と一緒に捜しに来てくれたらしい。


「本当だったのですね。騎士様が暫く触れたものも、見えなくなるというのは」

「その過程で物が宙に浮くことになるので、不気味だと評判です。今回ばかりは、功を奏したようですが。……その、名前のことは」

「婚約者となるなら、お呼びしたいなと思っただけですので。ところで、いつになったら腕を」

「――グレイ。グレイ・フェリスと申します。二人のときだけ、呼んでいただけると」

「グレイ様…ですね。わぶっ」


 胸元に押し付けられるように抱きしめられる。


(苦しいっ!)

 

 頭を抱え込む手に抗って、必死に上を向いた。


 幸せそうな表情でこちらを見下ろしていたグレイに、文句が引っ込む。


「ステラ様にも、この幸福を理解いただける未来になるよう、今後は遠慮しませんので」

「……? グレイ様は視えなかったのですが、穏やかな景色が視えたので、婚約はきっと上手くいきますよ?」


 腕の中から解放されたかと思うと、彼はステラの右手を取って片膝をついた。


「そうなることを祈って、星詠みで視ることのできない多くの幸福を、ステラ様に贈ることを誓います」


 グレイは手の甲へそっと口づける。言葉の真意をステラが知るのは、そう遠くない未来の話。


   ―☆―


(星詠みで彼から逃げ切る予定を立てたのに!)

 

 ある日のステラは、ひとけのない廊下で追い詰められていた。


「三日も私から逃げ切ったのですから、見習いを卒業されては?」

「偶然です、偶然。なかなかお会いできないなと」

「なるほど。アインやルーチェ様にシリウス殿下、彼らに嘘を教えたのも偶然だと?」


(……とても怒っていらっしゃる。そして、バレている)


「自覚したのが恥ずかしくてですね。その、わかりましたから。壁に追い込むのをやめてください! どうして誰もいないのですかっ」

「なぜでしょうね……。気づけば殿下とルーチェ様に先を越される始末」


(人払いしたところに追い込まれたのですねっ! あぁ、逃げられません)

 

「ステラ様。あの日から俺は、貴方しか見えていません」


 退路を断たれ、いよいよ正直に答えるしかない。


「……私も、その。グレイ様しか見えません」

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