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文明の滴定(1)

 何かエスニックな香りが鼻腔をくすぐった。

〈いいですか、落ち着いて聞いて下さい〉

 女の人の声が脳内に響いた。

 はいはい。またバックヤードのお医者さん方ですね。今回の担当は女医さんですか。毎度ありがとうございます。魔法少女災害保険の特約ですよね。

〈いえ、今回は超自然災害保険機構による特約です。まことに遺憾ながら、あなたは魔法少女どうしの戦いに巻き込まれて亡くなりました。そこで、わたしたちはばらばらになった肉片をかき集めて蘇生措置を行いました〉

 まぶたを開く。

 すると、そこには頭をつるつるに剃った女性が複数名いた。濃い緑色のアイシャドーをしている。耳には大きな三角の金色のイヤリング、首の周囲には金色と緑色を主体とした、胸まで覆う丸い襟のようなものをつけている。

……ここはエジプトか!?

〈そうです。古代エジプトをイメージしてみました。お楽しみいただけましたでしょうか〉

 再保険機構ともなると、やることに余裕(あそび)があるようだ。

 あたりを見回す。ピラミッドを背景に、実がなった椰子の木がたくさん見える。頭上にはシュロの葉が日陰を作っていた。気温は三十度くらいだろうか、素肌に心地よい。

「で。何かスキルをもらえるんですか?」

 先制してたずねてみる。

〈いえ、そういう規定はとくにはありません〉

「おかしいな。バックヤードの時はそういう扱いだったんだけど」

 ごにょごにょ。

 エジプト風の女医たちは、こそこそ話し合う。

 結論が出たようだ。

〈あなたには、転生して新たな世界の創造神になるという選択肢もあるのですが、本当にスキル追加だけでよろしいのですか〉

「ああ。妹と嫁を守らなくちゃいけないからな」

〈おおっ、それはなんとも愛情深くささやかな願いです。わかりました。そのようにとりはからいましょう〉

 そして沈黙。

 不思議そうにこちらを見ている。

「えっと、選択肢は出ないのかな」

〈お望みのスキルを言って下さい。何でもかなえましょう〉

 さすがに再保険機構だけのことはある。けたはずれの太っ腹ぶりだ。でも、何を願えばいいのだろう。世界の枠組みを壊しそうなスキルを望むのは避けたいし…… そうだ。戦いをなくすにはこんな感じで……

〈わかりました。その願い、かなえましょう〉

「は?」

 再保険機構はやることが早かった。

 俺に従え、的なのと、全てお見通しだ、的なのと、レッツパーリィー! 的なスキルが追加された。

 異なったシステムに放り込まれたとき、人は言葉を失う。

 俺は、わけがわからないまま現実へと引き戻された。


 あたりは爆発と煙硝のにおいが満ちていた。鈴代はウォーハンマーをふるい、魔法少女ブラスター・カノンと戦う。敵が手にしているのは、銃剣がついた現代のアサルトライフルだ。砲身が曲がりそうな激しい連打に、ブラスター・カノンは押され気味だ。

 俺は、肘をついて上半身を起こす。

「ストーップ! 戦闘中止!」

 新しいスキルが発動する。この際だから「ファラオの威光」とでも名づけておこう。ちなみに、あとの二つは「トトの目」と「クレオパトラの(うたげ)」にしておく。

……いやもう、効果てきめんでした。

 高速のあまりブレた()()が打ち合っているような魔法少女たちの姿がぴたりと止まった。「ファラオの威光」には絶対の支配力があるのだ。

「二人ともそこに坐って!」

 鈴代ともう一人がのろのろと正座する。

 鈴代が変身した姿は、さすがにもう見慣れている。顔立ちが大人になってまるで別人だ。うさ耳フードを後ろに垂らしているのが特徴的だ。

 もう一人は、鹿角のついたフードをかぶっていた。茶色い鹿の子(かのこ)模様のフードをかぶっている。こうして見るとまるで鹿怪人だ。表情がうかがえず、どうも話しにくい。

「フードをはずして!」

 しぶしぶフードをはずす。ふてくされた顔の金髪の女の子が現れた。

「君は誰だ」

「……()()()()()()。佐保川中学二年生」

「って、あんた、戸原玲奈だったの?」

 鈴代がぽかんとして鹿少女を見つめている。

「知り合い?」

「うん。同じ中学の子」

「……魔法少女の正体を知った者は、死あるのみ」と鹿少女。

「って、こらっ、お前らが戦ったせいで俺は一度死んでるんだ。そうそう何度も殺されてたまるか!」

 怒りをぶつけると、ブラスター・カノンはふるふると震えている。「ファラオの威光」おそるべし!

「で。お前らは何で殺し合ったんだ。魔法少女ってのは『愛と平和』の死者なんじゃないのか」

「それは…… 街を破壊しようとした怪しい力を感知して討伐に来た」

「怪しい力って。あれは神の怒り。イギフィギの元となる病原体を撒き散らしていた教会に天罰を加えてたんだよ」

「はい」

 レイナは借りてきた猫状態だ。てか、年下の女の子をガチ責めしていると、生活指導の鬼教師を思い出して自己嫌悪に陥る。

「さっき『我が宿敵』とか言ってたよね? 魔法少女って殺し合うの?」

「時と場合によっては」

 この問題は根が深そうだ。魔法少女どうしで解決してもらうしかないだろう。

「二人とも、変身を解いて」

 ぎゅん。

 コンマ数秒。虹色のリボンが周囲に広がり、鈴代と玲奈は普段の姿に戻る。レイナは、年の割には大人びた見た目だ。金髪にしているのもそう感じる一因だろう。

 て、私服に戻ったの? この子が来ているのはどう見てもメイド服なんだけど。

「その服装は何?」

「職場の服です」

「というと、ウェイトレスか何か?」

「はい。ハイヒールカフェでメイドをしています」

 ……ハイヒールカフェだと!?

 初耳だった。普段だったら()()()てみたいところだけど、凶暴魔法少女が働いているとわかったあとではちょっと。

「ハイヒールカフェ、ねえ。アジクの街にあるんだ」

「はい」

「どんなことをするの」

「お給仕とか、配膳とか……」

「その他には?」

「ふみふみもします」

「その短いスカートで、人の上に乗ってふみふみするんだ」

「はい」

 ……行ってみたい。

「お兄ちゃん、エッチい」

 気配を察した鈴代が頬をふくらませた。


 権威というものはふとした瞬間に崩れる。

 何者の支配も打ち砕く「ファラオの威光」も、気がゆるむとすぐに崩れるのだ。

 今度は俺が質問攻めにあう番だった。

 最初にたずねられたのが鈴代との関係だった。魔法少女には擬制兄妹関係というシステムがあって、他人を兄や姉にして魔力を吸い取る関係できる、らしい。けど、鈴代の答えは違っていた。

「夫婦だよ!」

 噛みつくように答える。

「うらやましい……」

「ふっふっふっ」

 鈴代は玲奈にマウントをとっている。

 あとは、アジクの街から応援に来た勇者だとかそういった話をする。

 高台の広場でそんなことをしていると……

「何があった!」

 佳奈女だった。弓を構えてあたりを警戒しつつ走ってくる。

 そう。犯人はいち早く事件現場を去るべきなのだ。

 ここは高台の上、ということは、街からも見通せる場所。突然の「神の怒り」に丘の上で繰り広げられた激しい戦闘。そりゃ、街の防衛隊も動くわなあ。

「ミシャグチ、鈴代、大丈夫か!?」

「ああ。何があったかは俺にもよくわからない。とにかく、イギフィギの元は絶たれた。神の怒りによって」

「は?」

 首をかしげる佳奈女さん。

 嘘はついていない。

 完全武装のヒヨス氏が息を切らしながら岡を登ってきた。大きな鉾槍(ハルバード)を杖代わりにしている。

「なにがあったんだ!」

 爆発の痕跡があちこちに残った山上を見まわしている。

「さあ。俺にもさっぱり」

 鈴代と玲奈もうなずく。魔法少女同士の戦いなんて、表に出せる話ではない。「わからない」で済ますしかないのだ。

 俺は、鈴代と佳奈女に告げた。

「任務完了だ。あとはこの町の人たちでなんとかなるだろう。俺は明日、ラナミーの街に戻ろうと思う」

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