n番目の患者(5)
キャラが勝手に動いて出てきました。
「なあなあ、なんで出てきちゃだめなんだよ~」
白虎は駄々っ子のように鈴代の腕にしがみついてゆさぶっている。……か、かわえ!
「……それは、お兄ちゃんが、ロリコンだから」
「ロリコン、ってなんだ?」
「ちっさい女の子が好き、てこと」
「いい人じゃん」
さすがに無垢な少女になんてことを教えるんだ、と注意したくなる。が、口をついて出てきたのは別の言葉だった。
「さすがに守備範囲外だぞ」
「嘘。お兄ちゃん、子供会の時に私をずっと目で追ってたくせに」
「子供会、て何年前の話だよ。それに、あれはお前がミニスカートでばたばた走り回ってたからつい見ちまっただけだし」
そう。鈴代はパンチラの女王だった。七夕や正月の飾り作りとかでは、真正面で女の子坐りや体育坐りをしていたのだ。ついついスカートの中に目線が行ってしまうのは男子としては当然の反応だろう。
「それは…… 今だから話すけど、お兄ちゃんの気を引きたかったのよー」
「そうか。パンチラをすれば男の気が引けるのだな」
虎娘が妙な理解力を発揮する。
「とにかく、だ。俺は成長した。お前はもう俺の嫁。OK?」
「うん。了解した」
鈴代がうなずく。
「ふーん。お兄ちゃんはあるじの嫁なのか。了解した」
白虎は妙な理解の仕方をしている。どうも男女の関係が主従関係とごっちゃになっているようだ。そりゃそうか。四神って漢代の存在だし。
すると、別の声がした。鈴代をはさんで白虎の反対側に、いつの間にか真っ赤なドレスに真っ赤なツインテールの女の子が坐っていた。
「いけませんわ。『お兄ちゃん』がわたしたちの『あるじさま』のご主人様なのです。きちんと理解しておかないと、あるじさまに仕える神として失格ですわ!」
……えっと、その、誰ですか、あなたは。そんなキャラ、四神にいましたっけ?
いぶかしげに赤毛の女の子を見る。ツンデレっぽい感じがする。
「失礼いたしました。わたくし、朱雀と申します。鈴代様にお仕えする南方の守護神、風水で言えば沼沢の管理者でございます。どうかお見知りおきを」
……小さな雀の姿をして、いない。てか、どう見ても高校生くらいだ。それもボッキュッボンの。
「なんであんたまで出てくるのよ」
鈴代さん、ジト目である。
「あら。せっかくあるじさまのご主人様を紹介していただけるというのに、顕現しないはずがありませんわ」
そこに、野太い男の声が響いた。部屋の陰の隅からだ。
「あるじの旦那様とあれば我らにとっても主家。一度ご挨拶せねばなるまいて」
亀甲紋の鎧兜を身にまとったドワーフのような老人が、仁王立ちで立っていた。そして、その場で片膝をつき、深々と頭を下げる。
……動いている! けど、地震は? すごい怖い神様なんじゃないの? ひょっとしてお父さんに会わせたくない、的な心理!?
「わたくしも主家とは一度、対面したかったのです。おお、聞きしに勝る美丈夫、大いに武功を立てる相をなさっています。これはまことによき旦那様ですな」
背後の死角から現れたのは、青い呉服の優男だった。くい、と丸眼鏡の真ん中を押し上げる。手には糸綴じの古い本を手にしていた。
……ここは家族のご対面かーい!
というわけで、鈴代と俺と四神は作戦会議に入った。
ターゲット、自然教会。
目的、神の怒りを知らしめ、イギフィギの発生源を絶つ
留意事項、勇者チームの介入と知られないようにする
白虎の案。全員でカチ込み。もちろん却下。
朱雀の案。全部燃やす。徹底的に燃やす。完膚なきまでに燃やす。限定採用。
玄武の案。地震で建物を地下に沈め、地下の貯水槽をつぶす。限定採用。
青竜の案。雷を落として教会を粉砕し、神の怒りを目のあたりに示し、教会の権威を完膚なきまでに叩き潰す。――採用!
決行は……
「やっちゃう? もうやっちゃう?」
白虎が興奮する。たぶん、暴れる気まんまんだ。
「鈴代、いいか?」
「ラジャー!」
即座に変身を終える。
「よし、行こう」
かくして俺たちは夜の街へと飛び出した。
アジクの街を見下ろす高台へと登る。
幸い今夜は月夜。教会の巨大な建物ははっきりと見える。
「なんじゃ、ワシにはよく見えんのじゃが……」
もとい、老人一名をのぞけば。……地震作戦は撤回だな。
鈴代が青竜にゴーを出す。
青竜は静かに呪文を唱えはじめた。
「吹けよ嵐、鳴りひびけ稲妻、裂けよ天空、落ちよいかづち、我青竜が神の名において命ず。急々如律令!」
たちまち暗雲が立ちこめ、稲光を含んだ積乱雲となる。電荷をため込んで、一気に落とすらしい。
その時、どみからともなく現れた一本の矢が青竜の肩を貫いた。
「うぐっ!」
神とはいっても、顕現している間は傷がつくのだ。世の理は厳しい。
「佳奈女!?」
いや、違う。佳奈女なら間髪入れず二本射てくるはずだ。それに、不意打ちのような卑怯な真似はしないだろう。
「ここはワシが引き受ける!」
玄武が前に出た。鉄壁の信頼感だ。
「誰!?」
鈴代がウォーハンマーを手に玄武と並び立つ。老人と少女――もとい、幼妻を盾にするのはプライドにかかわるが、傷ついた青竜をヒールするのが先だ。
「私は大丈夫です。それに、神に人のヒールは通用しません」
言われてみればそうだ。
自然教会の尖塔に黒い影が立った。
「ふっふっふっ。よくぞきいてくれた、我が宿敵、魔法少女エテルネ・リンネ」
声だけが届く。すぐ近くにいるかのように。
「その声は、魔法少女ブラスター・カノン!」
敵は姿を見せない。そして、第二の矢が飛んでくる。
カン!
鈴代がウォーハンマーをふるうよりも先に、玄武が作り出した見えない壁が矢を弾き飛ばした。
「まずは挨拶代わりだ。いざ、本気で死合わん!」
あ、あれですか。魔法少女が殺し合う的な。この異世界に来てまで戦い続けるのですか。
「ちょっと待ったー!」
思わず叫ぶ。
「攻撃中止! 交渉を要求する! ここには一般人がいるんだ!」
ちゅどーん!
ハッシュ音に続いて、ミサイルのような何かが飛んできた。
その背後に、ヘラジカの角のような何かを広げた人影が飛来する。
避ける間もなく、ミサイルが至近距離で爆発した。
それとほぼ同時に激しい閃光が天空を覆った。
今際の際の俺が見たのは、自然教会の塔にいくつもの雷が落ち、そこに盛大な火柱が吹き上がる光景だった。