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n番目の患者(2)

 人は働かなくてはならない。

 悲しいかな、異世界に転生してもその宿命からは逃れられないのだ。

 というわけで、今日もまた数理事務所で帳簿とにらめっこをしている。

……何でこんなに計算ミスが多いんだー

 ぼやいていると、ジェイコブ氏が現れた。ちなみに、ジェイコブというのはそう聞こえがちというだけで、正確にはジシェイゴッフという発音になる。

「やあ、ミシャグチ君。いい物を持ってきてやったぞ」

 騎士の隊長というが、実質、近所のお巡りさんという感じの存在だ。街中ではヘルメットに短めの鎖帷子という軽装にしている。

「ジャジャーン! 勇者の認定証だ。名前は、ミシャグチ・スズヨ&キンゴにしてあるぞ」

 ミシャグチ・キンゴ――御佐口金吾という名前は、実を言うと嫌いだ。御佐口というのはどこかの藩の門番の一族で、金吾というのは護衛武官の意味。どうしようもなく門番な名前なのだ。小学校でついたあだ名はキング。といってもバカにしてのキングだ。家が貧乏だったので、何かあると「借金グ」「どんなに貧乏になっても名前の金だけはとられないからいいよな」などととからかわれてきた。名簿ではいつも最後の方、テストでは名前が書きにくい、姓名判断では姓が凶……

 ふとさみしくなる。こちらの世界では漢字は使わない。表意文字はあるものの、名前には使わないのだ。もう一生使うことはないだろう。賞状の文字が「御佐口」でなく「御左口」だったというアホらしい騒動もなくなる。

 ぽろぽろと涙がこぼれてきた。

 ジェイコブさんは、それを見てうれし涙ととったらしい。

「そうかそうか。よかったな」

 肩を抱き寄せられた。

「わー、凄いですね」

「おめでとう、新入り!」

 職場の同僚が集まってくる。勇者の認定証がもらえるは、かなりの栄誉らしい。 

「鈴ちゃん、こっちおいでよ」

 窓際の花と化していた幼なじみ妹は、俺の手招きで早足になる。

「もう、お兄ちゃん、日本語使ってよ」

「ごめんごめん」

 そして、認定証についた特典の説明を一通り読み上げる。

「冒険者ギルドの寮に部屋がもらえるんだってさ」

「よかったね」

 なんか膨れている。

「って、功績のメインはお前だから。それに、もうあの狭い部屋で寝なくていいんだぞ」

「ふうん」

 あまり気乗りしない様子の妹だった。


 鈴代の気分がかわったのは、冒険者ギルドの寮を見に行ってからだった。

 風呂・トイレ、共同なのは仕方ないとして、ベッドが大きかったのだ。ただし、部屋に一台。繰り返し言うが一台である。

「いいなあ。上級の勇者になると、扱いが違うんだ」

 今度は露骨にうらやましがる佳奈女さんである。

紅石(くれいし)の部屋ってどんなんなんだ?」

「見に来る? 見に来る?」

 嬉しそうだ。

 行きました。妹付きで。

 そこは一階の狭い部屋だった。確かに宿のワンルームよりは大きいけど、自分たちの部屋を見た後だと見劣りがする。

 ただし。

 可愛い小物が飾ってあって、いつ誰が来ても大丈夫、的なしつらえだった。

 かなめは、〈むふん、勝った!〉と言いたげなドヤ顔である。

「いつでも遊びに来ていいんだからね」

 乙女のオーラを放つ佳奈女さんだった。


 出勤すると、ジェイコブ氏がアデミー所長と白熱した議論をしていた。

「そこをまげてお願いする。勇者をお借りしたい。アジクの街が危険なんだ」

「しかしなあ。いつまでかかるかわからん遠征を了承しろというのは、そもそも無理というものだろう。こちらもギリギリの人数で回しているんだ」

「アジクが落ちれば、次はラナミーだ。イギフィギは甘くはないぞ。今のうちに根絶しておくのが最善の策なんだ」

 二人は、俺と鈴代に気づく。

「おはようございます。失礼、イギフィギって何ですか?」

「ああ、おはよう。生ける(しかばね)のことだ。これがやっかいでな。なかなか死なない。いや、そもそも死んでいるから倒せない。結局、首を()ねるか焼き尽くすしかない」

 鈴代にも通訳する。

「隣りの町でゾンビが出たんだってさ」

「え? マジで!?」

 日本語の解説は楽だ。

「アジクって、どのくらいの距離なんですか」

「馬車で半日。ただ、行って倒して帰ってくる、なんて簡単な仕事じゃない。イギフィギは不治の病だ。発症するまでに時間がかかる。流行を抑え込むには、最低でも一ヶ月の滞在を見ておかなくちゃならない」

……それで所長が渋っているというわけか。

 所長が補足する。

「それだけじゃない。イギフィギは本当にやっかいなんだ。イギフィギ退治に行った勇者は、半分くらいは還ってこない。私は、前途有望な若者が旅立ってそのまま死の国へと旅立っていた例をいくつも知っている」

「だからといって、放置すればラナミーの街にもイギフィギが広まる。アジクで封じ込めるのが最善の策なんだ」

 どちらの意見も正しく聞こえる。

 扉の近くでは、出勤してきたばかりの佳奈女が腕組みをして立っていた。

「カナメ君はどう思うかね」

 所長がたずねた。

「義を見てせざるは勇なきなり、と言います。ここで働きを見せねば勇者の名がすたります」

……たぶん、こいつならそう言うだろうな、という返事だ。

 俺たち兄妹(きょうだい)チームでも結論は同じだった。

「俺たちも行こうと思います。幸い俺にはヒーリングのスキルがあります。妹には強力な光線があります。役に立つと思います」

「ありがとう。感謝する」

 ジェイコブ氏が深々と頭を下げた。


 アジクの町は完全に大門が閉ざされていた。脇門の外には、騎士団の臨時詰め所が出来ている。中の住民は外には出られないらしい。

 中に入るには騎士団発行の特別な通行証が必要だ。外の住人が食料を持ち込んで、中で作られた製品――金属製品や革製品、陶器といったもの――を運び出す。防疫のためとは言え、中の住人にはつらい生活だろう。

 俺たちは馬車から降りると、地元のヒーラーたちから健康診断を受けた。喉、舌、目の観察と通り一遍の問診。中で病気になった時の対策用だろう。

 通行証を受け取り、徒歩で町に入る。

 あたりには、どんよりとした気配がただよっていた。メイン通りの商店も、雨戸が閉まったままのところが多い。

 大きな建物から出迎えの一団があらわれる。

「アジクの防衛隊指揮官、ヒヨスです。勇者の皆様を歓迎します」

 顔色の悪い男が代表して挨拶した。防衛隊、というからには、正式の騎士ではないのだろう。手間のかかる紋章ではなく、手書き文字が入ったたすきをかけている。

「昼間はイギフィギは現れません。ただし、裏路地や物陰にひそんでいることはあります。病人が襲ってくるかもしれないので、くれぐれも注意して下さい」

「というと、戦いは主に夜になると言うのですな」

 ラナミーの冒険者ギルドで相乗りした火魔道士がたずねる。

「そうです。病人の治療は中央の大聖堂で行っています。ミシャグチ様はそちらで治癒をお願いします」

 ヒヨス氏は俺の方を見て告げる。情報はあらかじめ伝わっているようだ。

「スズヨ様は言葉がわからないという事なので、お兄様の補佐と、大聖堂の警備、患者がイギフィギ化した場合の対処をお願いします。弓の勇者様は、夜にそなえて宿泊所でお休みください」

 てきぱきと指示をしてくれる。

 そして、謎の紋章がついたマスクを渡される。じっとりと湿っていていやな感じだ。

「これは?」

「自然教会の支給品です」

 丸と四角と六芒星形を組み合わせたマークが刺繍してある。

 丸は天、四角は地、上向きの三角は火、下向きの三角は水を示し、それらの渾然一体とした物を宇宙神としてあがめる宗教なのだそうだ。マスクは聖水によって聖別されているという。

「……ちょっと祈らせてください」

 俺は、マスクの山に向かって片膝をつくき、手をかざした。

「ハンニャハラミ!」

 一瞬、水分子を励起して乾燥させる。これで聖水にまじった雑菌は死滅したはずだ。

「何をしたのです?」とヒヨス氏。

「火の加護を祈りました。これで天と地と火と水の全ての加護がそろいました」

 口から出任せである。

 が、ヒヨス氏は感心した様子だ。

「なるほど!」

「普通の人でもこの技は使えます。清潔な水を鍋でわかし、そこにマスクをつけ、煮沸してから天日に半日ほどさらすのです」

「おおっ、それはいい事を聴きました!」

 俺の称号に、計算家、勇者、ヒーラー、につづいてプリーストが加わった瞬間だった。

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