n番目の患者(1)
〈いいですか、落ち着いて聞いて下さい〉
白衣を着た人が、沈鬱なおももちで俺をのぞき込んでいた。
〈私は、あなたの心に直接語りかけています。あなたは魔法少女が引き起こした深刻な影響で亡くなりました。具体的に言うと生命力の枯渇です。魔法少女災害保険の特約を適用して、緊急蘇生措置を行いました〉
確かこの保険の話は二度目だ。そして、特約がなかったら蘇生しなかったんかーい、と心の中でツッコミを入れた。医者が、あちゃー、という感じで顔をしかめる。
〈そ、そ、そ、そこでです。バックヤードへの二度目の緊急搬送を受けたあなたには、追加の能力をさしあげたいと思います。これから見せるパネルから選んで下さい〉
ベッドの上にパネルが開いた。詫びガチャならぬ詫びスキルか。
「免疫賦活……」
って何ですか、とたずねようとしたが間に合わなかった。医者は、パネルにチェックをつける。
〈あといくつか選べますが、どうします?〉
「万能治癒、筋力強化、点穴麻酔?」
あっ、しまったと思った時には、もう登録はおわっていた。
登録を終えた能力についての大体の説明が脳裏に浮かんでくる。今回はヒーラー系だ。
そう思うと同時に意識が遠のいていった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
黒髪の鈴代が俺の胸を激しく叩いていた。心臓マッサージのつもりらしい。
……肋骨が折れるまで叩かないでくれてありがとう。
「げふっ」
俺は、ゲップを吐き出すと鈴代を軽くタップした。
「おにいちゃーん!」
すすりながら鼻を胸にこすりつけてくる。可愛いけどそれはちょっとやめてほしい。
自分の状態を観察する。「免疫賦活」と「万能治癒」の力が働いているのがわかった。これは自他ともに使えるスキルだ。これでいつでもヒーラーに転職できる!
「ミシャグチ、目が覚めたか」
佳奈女だった。言葉は冷静だったが、目は充血して涙を浮かべている。
頭の中に謎のビンゴが浮かび上がる。
妹、幼なじみ、同級生。あとは僕っ子とかヤンキーとか幽霊とか…… ヒロイン攻略ビンゴかよ!
耳をすませると「うおーっ!」という雄叫びや何かが打ち合う音が聞えてくる。死んでいたのはほんの一瞬のようだ。
「状況は?」
佳奈女にたずねる。
「掃討戦になってる。妹ちゃんが怪光線でなぎ払ったけど、生き残りもいたからな」
「そうか。お前は行かないのか」
「探馬赤や打草穀騎みたいなのは性に合わない」
探馬赤というのは、モンゴル帝国が使った掃討戦部隊だ。打草穀騎は中国五代の遼がの略奪部隊だ。ともに、世界史を選択しているとちょっとだけ出てきた。
「そうか」
正々堂々とした戦いをしたいのだろう。弓道少女らしい、まっすぐな感覚だ。
「動けるか?」
佳奈女が背中を支えて起こしてくれた。
壁の向こうを見下ろすと、乱戦が続いていた。戦場になるのは穀物がみのった畑だ。数人がかりで一匹のガビッシュにとりついている。おそらく鈴代の光線で目が見えなくなった者がほとんどだろう。可哀想な気もするが、この世界の人間にとっては不倶戴天の敵だ。そして、ガビッシュはこんな不利な状況でも進軍をやめない。湿地帯から湧いてきたのか、追加の戦力も見える。彼らは仲間の死体――首を焼き切られた屍を踏み越えてやってくる。まるで、産卵のために目的地に向かうシャケやウミガメのように。野生動物なら身の危険を感じたら逃げ出すだろう。が、そうはしないということは、何かしら指揮する存在がいるということか。
少し離れたところには、騎士隊長いた。
「顔色がよくなったな。俺たちは下で勤めを果たしてくる。疲れただろう。君らはもう帰っていいぞ」
騎士たちが城門へ向けて去る。
俺は佳奈女の肩を借りると、よろよろと帰路についた。
「うわーっ、ちっさ」
佳奈女が俺たちの部屋をのぞいて発した第一声がこれだった。
「妹ちゃんのプラバシーもへったくれもないじゃん」
洗濯物を吊した室内を見回している。
鈴代が唇をとがらせる。
「私はこれでいいんです!」
「しかし、二人暮らしじゃ何かと不便なんじゃない? その、性的な意味で」
鈴代が顔を赤らめて抗議する。
「私、お兄ちゃんのお嫁さんだから」
佳奈女の目に殺気が走った。闘気すら感じられる。
「誤解するな! 鈴代は幼なじみだ。兄妹というのは表向きの話だ」
「このロリコンめ!」
「ロリ! 私、これでも赤ちゃん産める体なんです!」
平和であるべき我が家に戦争の風が吹きはじめた。
「あー、とりあえず話を聞いてくれ。俺はこいつとエッチはしてないから。鈴ちゃん、そこは証言してくれ!」
「うん。でも、結婚する、て言ってくれたよね。転生した直後に。言ったよね?」
いや、あれは、死ぬか結婚するかお兄ちゃんになるかの三択で、しかもお前がお兄ちゃんを選ばせたんだろうが……
「はーあ、そうなんだ。なんだかなぁ」
残念そうな佳奈女さんだ。
……こいつ、ひょっとして俺を彼氏候補として狙っていた!?
佳奈女は体はでかいし男っぽい性格だ。ついたあだ名は「八尺様」。日直で一緒になったとき、女子からしか告白されたことがない、と愚痴っていた。あの時、「じゃあ付き合おうか」とでも言っていたらその後のスクールデイズは全く違っていた!? それとも、最近ずっと三人で飯食ってたから、妙な期待を抱かせてしまったのか。
佳奈女が唐突に話題を変える。
「この部屋って一泊いくら?」
「食堂の晩飯代ほどだ。日払いを受けとってもかつかつだな」
「なら、勇者認定受けなよ。合格したらギルドの宿舎にタダで泊まれるよ」
「勇者?」
「特殊スキル持ち限定の上位資格。あたしは、アデミー所長の推薦で突っ込んでもらった。必中の弓技能があるからな」
「ふーん、そうなんだ……」
俺に提示されたスキルにそんなのはなかった気がする。スキル一覧は提示前にすでにカスタマイズされていたってことか。
「って、ミシャグチ、何か攻撃系の技能ないの?」
「水魔術を少々」
「はあ。そりゃ成長させるのに時間がかかりそうだわ」
同情されてしまった。確かに、ゲームだとそんな感じだ。使い方次第では即死チートなみに使えるのだが。
「でも、妹ちゃんの能力で認定とれるんじゃね? 光線砲? 的なヤツで。あれ、すごかったよね」
「うん。発現の条件が厳しいけどね」
「そうなんです。危険を感じないと力が出せないんです」
それに加えて、変身するところを第三者に見られてはいけない。攻撃には多大な魔力が必要だし、俺がいないと鈴代の魔力はすぐに尽きてしまう。こういったことは佳奈女には秘密だ。
「そうだ! ジェイコブさんに頼んでみよう。立派な証人だ!」
「誰?」
「騎士の隊長さん。何かあったら力になるって言ってくれた」
少し未来への希望がわいてきた。
そのあと俺たちは外では話せないことを話しあった。といっても転生に関することだが。
佳奈女は歩道を歩いていてタンクローリーの爆発に巻き込まれた。手術台で目覚め、俺同様、スキル選択イベントがあった。その場にいた他の犠牲者もこの世界に転生しているんじゃないかと言う。
「まったく何なんだよ『魔法少女が引き起こした不慮の事故』って。あたしら巻き込まれ事故の被害者ですかっての」
佳奈女さん、心底お怒りである。横目でうかがうと鈴代は肩身が狭そうだ。
それから話は故郷――元いた世界の話になった。失踪した同級生の話とか、最近頻発していた怪奇現象とか、おそらく魔法少女がかかわっていたであろう事件もちょくちょくあったらしい。
……俺が聞いてないだけで、鈴代は色んな事件にかかわっていたようだ。
「いやー、どこの誰だか知らないけれど、ほんま、えらい目に遭わせてくれたわー」
佳奈女さん、無意識のちくちく言葉で我が妹を追撃している。
「まあ、よかったんじゃない? 包帯でぐるぐる巻きになって一生病院で機械につながれてるよりはさあ」
「それはそうなんだけどねえ」
佳奈女はため息をつく。
話題は異世界転生の仕組みにうつる。
「バックヤードって何なんだろうね。何かリアリティーないよなあ」
「そうそう。この世界が量子コンピューターの中で、はるか未来で生かされているのかも」
佳奈女が大胆な仮説を唱える。
「それを言うなら、元いた世界も量子コンピューターの中だったかもしれないよ。ほら、シミュレーション仮説ってやつ」
「というと、本物の現実に比べたら、この世界はかなり簡約化されている?」
「そうそう。色んな所をはしょっているのかもしれない。中にいる俺たちにはわからないけど」
……話は尽きない。
鈴代が放置されている感じなので、話題を変える。
風呂トイレ別の生活への不満とか、娯楽のなさとか、意外と豊かな食生活とか。
スイーツ談義をしていると、佳奈女が頬を抑えてイタタタと言い出した。
「虫歯!?」
「そう。たまに痛むんだ。放っておいたらそのうち治るんだけど…… この世界じゃ歯をひっこ抜く以外の治療法はないらしいしな」
「見せてみなよ。治せるかもしれないぞ」
「そんなスキル、あったんだ」
今日もらったスキルだということは伏せておくことにする。
無防備に開けた同級生の口の中を、顎を持ってまじまじと見るなんて経験は歯科医にでもならなければ出来ないだろう。鈴代が、ミニ懐中電灯で照らしてくれる。優秀な歯科助手だ。
免疫賦活、万能治療……
どうやら虫歯にはこれらの力は効かないようだ。
残るは点穴麻酔……
「針があるといいんだけどな」
鈴代がポシェットの中から裁縫セットを取り出した。女子力が高い!
精神を集中して痛みの経路を見極める。人体スキャンをしている感じだ。耳のうしろ、首筋のこのあたりにポイントがあった。
「点穴!」
気を込めて針を立てる。殺菌はしてないけど、スキルで何とかなるはずだ。
佳奈女がびくりとする。けっこう奥まで刺さった。
針を引き抜くと……
「あ、痛みが消えた!」
佳奈女が頬を押さえながらにっこりした。