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妹の力(3)

「あなたには、再試験を受けてもらいます」

 マチュア大書記の言葉に、ちょっとカチンとくる。

……試験監督はあなたでしたよね? あの少人数の会場で不正があったとでも?

 と、喉元まで出かかったところをぐっとこらえる。今は(すず)ちゃんとの生活費をかせぐことが最優先だ。取れる資格はとっておきたい。

「いいですよ。今から受けましょうか?」

「そ、そうね。私の食事が終ってからにします。あとで呼びに来ます」

 試験監督もまた忙しそうなのだった。


 試験は楽勝だった。

 円錐の表面積を求めよ、という中学生レベルの問題だ。

 立ち会いの計算家という人――髭のおじさん――は、俺が回答を書き上げる様子をじっくり見ている。

 一応、展開図を描いて解説もつけた。計算式は、全て日本式だ。こればかりは、この土地の文字にするとこんがらがってしまう。

「表面積」の解釈違いがあるといけないので、底面積を加えていないバージョンの答えも書いておく。これで完成。

 おじさんがたずねた。

「君は、この解法を誰に教わったのかね」

「故郷の学校で習いました」

「何と言う土地なのだね」

「ニッポンです」

「なるほど。……どうだ、ラナミーの数理事務所で働いてみる気はないか。何、穀物の取れ高の集計とか、橋の建設にどれくらいの材料が必要かとか、そういった類の計算をするのが仕事だ。上級職になると借金の利払いや税金の計算をしたりもする。準貴族の資格も取れるぞ」

「は、はい。やります!」

 とんとん拍子に就職が決まった。


 廊下の椅子でまちぼうけをくらわされていた鈴代は、試験会場から出てきた俺に飛びついてきた。

「めちゃくちゃ怖かったよ~」

 甘えてくる。

 知らない土地での言葉が通じない不安――それはたとえようもない重圧だろう。その支えとなるのが俺のつとめということだ。

 試験内容をきかれて円錐の表面積と答えると、さらにブルブルとふるえている。

「そんな…… 恐ろしい…… 私には無理だ……」

「こほん」

 髭のおじさんが横に立っていた。

「ベルヌーイ・ハーシーニリエ先生だ。俺を雇ってくれることになった」

「はへ?」

「今から事務所に行くんだ。妹もついて来ていいってさ」

「うん」

 鈴代は泣き笑いで俺を見上げる。

「さあ、行きましょう」

 ハーシーニリエ先生は俺たちを見てにこにこしていた。


 数理事務所は試験会場のすぐ近くにあった。

 石造りの立派な建物だ。ほぼ城塞と言ってもいいだろう。

 ラナミーの街の各種機密情報が集まっていて、不作の年は借金を帳消しにしたい暴徒が襲いに来ることもあると言う。いわばデータセンター兼バックアップセンターといったところだ。

「あーっ! ミシャグチ!」

 聞き覚えのある声がした。

「その声は、我が友李徴子(りちょうし)!」

「ちゃうわい! 誰が虎やねん!」

 紅石(くれいし)佳奈女(かなめ)、同級生だった。弓道部員の格好をして事務机に向かっている。

「えっと、誰?」と鈴代。

「同級生のカナメさんだ。……て、ことは、カナメも爆発事故に巻き込まれてこっちに来たのか!?」

「ああ。なんか転生時のスキル選びで最初の方のを選んでたらここに就職できた」

……くぅ、俺みたいな考え方をしたヤツがほかにもいたとは! いや、意外にいるのかもしれない。基礎能力重視派。

 佳奈女にたずねる。

「いつから働いてるんだ」

「昨日から。街で腹すかしてたらスカウトされた。最初は掃除係だったんだけど、計算には自信があります、やらせて下さい、て言ったらなんか採用された」

 母語で話し合う俺たちに、ハーシーニリエ氏はぽかんとしている。

「すみません、話し込んじゃって。すぐに仕事にとりかかります」と俺。

「いや、いいんだ。しかし、アデミー所長が連れて来た彼女が君の知り合いだったとはな。奇遇だな。あー、そうだ。君の妹君は計算はできないのかね」

……多分、無理だ。文字の読み書き、数字の読み取り、指示を聴き取る能力、いずれも鈴代には欠けている。

「えっと、妹はまだ無理だと思います」

「ならば、雑用係からだな」

 ハーシーニリエの口調には、露骨に失望した雰囲気がこもっていた。


 与えられた仕事は単純だった。

 他の職員がすでにした計算の検算だ。間違いがあれば訂正意見をつけて差し戻す。

 これが驚くほど大雑把なのだ。

 利息は何でも一割。十日でも一週間でも一月で一年でも結果は同じ。えいや、できめているようだ。

 借り手が損をしていることが多いが、貸し手側が複利の計算を間違え損していたりもする。概数の表が受け継がれていてそこに間違いがあったのが原因だ。

 面積の計算も細かなところは省いている。徴税官の計算にむちゃくちゃなものがあって、これは断固訂正させてもらった。一家離散が出そうなレベルでの計算間違いだったのだ。

 鈴音は雑用係としてまったり過ごしている。一日の大半は窓の下の壁兼椅子にすわって、「お茶」「紙」「インク」「鉛筆」といった声がかかったらいそいそと立ち働く。それ以外の用件――買い出しなどは、言葉がわかる俺がついていく。まあ、そんなに忙しい職場ではないし、暇な時はとことん暇なのだ。

 喰う寝るために働く日々。

 喰うのは、朝は屋台だ。昼は冒険者ギルドの食堂、夜は佳奈女に教えてもらった近所の食堂ですませる。計算家は信用が高く、付けがきくのがありがたかった。あとは、ワンルームほどの宿で眠る。ベッドは一つだが、なんとか一線は越えずに耐えている。てか、ふだんの鈴代にはあまりムラムラとはしない。幼なじみ妹、恐るべし。


 そんな勤め人の日々がずっと過ぎるのかと思っていたある日。

 町中に太鼓の音が鳴り響いた。

「冒険者は集まれ! 招集だ!」

 触れ人の大きな声がする。

「あー、君は行かなくていいぞ」とハーシーニリエ氏。

「あの、私は……」と鈴代。

「行くべきだろうな。おそらく、ガビッシュが出たのだろう。何匹か退治したら報酬がもらえるぞ」

 雑用係の地位は低い。賃金もお情けほどだ。報酬と聞いて鈴代の顔がぱっと明るくなる。ようやく出番が回ってきたというわけだ。

「ガビッシュって何です?」

 そして、理解できない単語に頭がこんがらがっていた。仕事でもたまに、業界用語や略語が出た時にそんな感じになる。

「怪獣、怪異、魔物、そういった感じの意味だな」

「それは楽しそうな…… 俺も行ってもいいんですよね。仕事もないですし」

「ああ、事務所としては止めることは出来ない。怪我をしないいようにくれぐれも気をつけてくれたまえ」

 ハーシーニリエ氏は悔しそうだ。

 冒険者ギルドに向かう。佳奈女も、ロッカーから長弓と矢筒を取ってついてきた。

 冒険者がある程度そろったところで、依頼内容が書かれた黒板が引き上げられる。

「場所:ラナミーの南郊の湿地 内容:緊急討伐・早い者勝ち 報酬:一体につき銀貨五枚 精算方法:事後支払い」

「うっしゃ、やるぞー!」

 佳奈女が燃えている。

「私も、頑張る!」

 鈴代も、初任務にうれしそうだ。

 ギルドの受付嬢に名前を告げて記録してもらい、戦いの現場に向かう。

 南にある大門はすでに閉められていた。ラナミーの騎士たちが守っている。

 外からどんどん扉を叩く音がする。

「モンスター!?」

 違った。逃げ込もうとしていた近郊の人たちだ。声でわかる。

「城壁の上から確認しよう」と騎士隊長のジェイコブ・ビン・エーチャイ氏。

 冒険者たちを防壁の内側にある階段へと率いていく。作戦はその場で決める気らしい。

 ラナミーの街を囲んでいる大道には、農民や農地に働きに出ていた都市の民が集まっていた。隊長の姿を見つけると、口々に門を開けてくれと頼む。

「規則で無理なんだよなー」

 愚痴をこぼす隊長。

「何ですか、あれ」

 佳奈女が街の外に広がる野原を指さした。

「ガビッシュどもめ。もうここまで来たか。今回は大変な戦いになりそうだ」と隊長。

 畑の向こうの湿地には、半魚人かゾンビのような二足歩行生物が隊伍を組んで進軍していた。手に手に武器を持っている。知性は人間並みにありそうだ。

「対策はあるんですか」俺はたずねてみる。

「みんなで戦う」

……そりゃそうですよね。

 冒険者たちは、やる気満々だ。こういう時こそ一番の稼ぎ時なのだ。

「私に試させてくれないかな。『目射光線』のスキルで結構やっつけられると思うの」

 鈴代が名乗りを上げた。俺は隊長に通訳しつつ一抹の不安を抱く。あまり過大な期待をされても困るからだ。

「嬢ちゃんが、か。まあ言われなくても戦いには出てもらうが、何か策があるのか」

「妹は、『目射光線』で焼き払うことが出来ると言っててます」

 そもそも他人のスキルなどわかるはずもないし、魔法少女のパワーが加わったとしてもあれだけ沢山のガービッシュをどこまで倒せるかは予測できない。 

「そうだな。どんだけ威力があるか試してみてもいいかもな」

 周りの冒険者たちもうなずく。初撃で数を減らして後はいつも通り各個撃破で、という作戦が決まった。

 攻撃の角度が気になる。最大出力で光線を発射しても、数を倒せなければ意味がない。そして、畑のかかしと比べると、敵はかなり大きそうだ。

「ガビッシュの背丈ってどのくらいなんです」

「人の三倍くらいかな」

 けっこうでかい。

「城壁の外に足場を出してもらえませんか。半分くらいのところなら『目射光線』の攻撃効果が最大化できると思います」

「うむ、よくわからんがその通りにしよう」

 隊長が、外壁の補修用のカーゴへと案内する。雨や日光を避けるために屋根がついていた。これはありがたい。

「大体でいいので、ガビッシュのヘソのあたりまで下ろして下さい。あと、他の人たちを近づけさせないようにして下さい。危険なので」

 そう。鈴代の変身シーンを見られてはいけないのだ。

 兵士たちがあたりを牽制して、俺たちが乗ったカーゴを途中まで下ろす。

 鈴代が虹色の光を放ち変身する。ピンク色の髪とうさ耳のフードが俺の顔をくすぐる。

「鈴ちゃん、最大出力で、なるべく絞って! 左右約四十五度をなぎ払って!」

「はい、お兄ちゃん!」

 鈴ちゃんは深呼吸をすると俺の前にぴったりとくっついた。こうして触れ合っていると、鈴代の魔力がどんどん高まっていくようだ。

「行っくよーーーっ!」

 激しい光がフードの向こうの鈴代の頭部から放たれた。

 

 時間は十秒ほどだろうか。

 俺は、霊力を全て吸い取られたようだった。妹には兄を守る霊力があるだって? 全く逆じゃないか!

「お兄ちゃん!」

 俺の意識は鈴代の声を耳の底にとどめつつ、闇の向こうへと持って行かれたのだった。

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