迷宮王に花束を(6)
祝福の拍手の中、俺は憮然としつつ会場を後にした。
左腕には、しっかりと王女がからみついている。
鈴代はふくれ、佳奈女は今にも王女を切り刻みそうな形相だ。
ただ、自重してくれたのはありがたかった。こんなところで痴情のもつれで亡くなったら、異世界転生史に残る汚点のなるだろう。
そして、俺たちの周囲は女官たちが囲んでいた。
女主人の気まぐれでよく知りもしない準男爵の家にくっついていくことになったのだ。普通なら全員が「お暇をいただきます」と去って行って不思議はないだろう。それでも護衛を続ける忠誠心は見上げたものである。
「そなたには感謝しておるのじゃ」
王女がぼそりと言った。
「はぁ」
「わらわはそなたと出会ったことで、叔父殺しの大罪を免れることが出来た」
「……?」
「トマスク神官伯は、わらわの母の仇なのじゃ。ココットを太子とせぬために、母とその一族を皆殺しにしおった」
「それで暗殺者の短剣を俺に渡そうとしたのか」
「そうじゃ。じゃが、そなたとの対局でわらわは、生き続けるのも悪くないと思いなおしたのじゃ。復讐心を捨て、市井の民としてな」
「だから俺との結婚を願った、と?」
「そうじゃ」
まん丸な瞳で俺を見つめてくる。男を落とす妖艶な潤みをたたえた目だ。
「よいか、王族の姫の価値はその顔と処女性にある。いわば政略のための駒じゃ。一度降嫁すれば、その価値はなくなる。どんな美女でも、とまでは言わぬが、一度婚姻をした王族の姫は、使い道がなくなる」
「なら、もっと高位の人の妻になればよかったのでは?」
カルカソンヌ王女は鼻で笑った。
「式典に添える花に、子供を産むための道具になればよいと? あげくは、浪費と趣味に没頭したり、奴婢をいじめて憂さ晴らしをしたりする日々か。そうそう楽しいものではないぞ」
身近に実例を見て来たのだろう。実感がこもっている。
足は自然と冒険者ギルドの宿舎に向かった。
「さて。そなたの屋敷はどこじゃ」
「は? ただの借家住まいですけど」
「というと、使用人はこの二人だけか」
鈴代と佳奈女がむっとして抗議する。
「使用人じゃないよ、妻だよ!」
「そうだ、わがあるじは我が夫君でもある」
「そうか。そうであったな。ところでちんちくりん、そなたは準男爵殿の妹でもあるという噂を漏れ聞いたが……」
「カルカソンヌ殿下、それは言わぬが花というものでございます」
サラさんが、なぜか救援の手を差し伸べてくれた。
というわけで、俺は王女一行に宿をとって放り込み、休日の数理事務所に顔を出した。まだ明日の宝物オッズ計算が残っていたのだ。
「おめでとうございます」
アデミー所長が立ち上がって握手を求めてきた。
「えっと、それは……」
「チャンイの準優勝、並びに王女殿下とのご成婚ですよ」
……噂が広がるのは早い。てか、田舎のお婆ちゃん情報網か!?
「これからは、ミシャグチ公爵閣下と呼ばなくてはなりませんな」
所長は屈託なく笑う。
「そんな、面はゆい。それに、まだ正式に叙任は受けてませんよ。いまだただの準男爵です」
「奥ゆかしい。……それはそうと、スウァノ君が大迷宮の最下層に到達したみたいですよ。異界の門の門番と戦っているとのことです。ただ、彼らだけでは力が及ばず、助っ人を大々的に募集しています。どうです、君も行ってみては」
「いいんですか?」
「ええ。何事も経験です。それに、公爵たるもの武勇伝の一つもなくては箔がつきませんからな」
老計算家は、くすりと笑った。
午後。
俺は鈴代と佳奈女を誘ってドルナーク大迷宮へと向かった。
案の定、カルカソンヌ王女と女官たちもついて来たが、日頃歩いている俺たちについて来れるわけもない。
と、思ったら、王女は馬に乗って追いかけてきた。
……いやまあ、山道を馬で行くのはそこそこつらいんですけどね。
「わらわもお供します。これでも少しは心得があるのですよ」
ドレス姿で言われても現実味がないのだが。
とりあえず、俺用に用意してくれた馬にはありがたくまたがる。
鈴代と佳奈女は、女官の馬を徴発した。女官たちは何か言いたげだったが「ファラオの威光」を少し発揮するとしぷしぶ馬を降りてくれた。
武器、防具は、迷宮前の露店でみつくろった。大迷宮攻略戦も終盤にかかったから、閉めてしまった店もすくなくない。残った店は投げ売り状態だ。
鈴代と佳奈女は、俺と同じ軽装甲タイプにした。どこかの誰かのお下がりなのだろうが、整備はきちんとされていた。
王女も、そこそこ値の張る甲冑を買おうとしている。さすがに重そうなので止めた。
女官たちは……
「俺は貧乏な準男爵だ、そこまで面倒はみられんぞ」
王女が支払ってくれた。
商人たちは、金払いのいい王女殿下にへいこらしている。
「さあ、登録だ」
入り口を固める騎士たちに挨拶し、登録料を支払う。
「チーム・ミシャグチ。数理事務所の三名だ」
「王女カルカソンヌとその一行にはして下さいませんの!?」
王女にからまれる。
「いやだよ。王女を危険な目に遭わせたりしたら俺が死罪になる。お前らが大迷宮に入るのは勝手だが、俺はおすすめしない。断固として拒否する」
結局、王女たちはチーム・カルカソンヌで登録する。
両チームとも初回なので、おそらくオッズは二百五十六倍。……アデミー所長、賭けやがるんだろうなあ。
柵についた門をくぐり、爆破跡が残る入り口をくぐる。
大迷宮の内部に入るのはこれが初めてだ。改めて「トトの目」で観察する。
すると……
とんでもない違和感があった。整いすぎているのだ。
精巧な石組みの壁。
ほのかに発光する壁。
徒歩十歩ほどの広い通路。
蜘蛛の巣一つ張っていない。
「佳奈女、向こうの壁を爆破してくれ」
「うん、わかった」
耳当てをおろした佳奈女は、ダンジョン内用に新調した短い弓に矢をつがえる。
「みんな、耳を押さえろ!」
ボン!
入ってすぐの奥側を爆破する。
予想していたよりは頑丈だ。
「もっと強く!」
ドン!
爆発が地面をゆるがし、少しだけ破片が飛び散る。
選手交代。
「鈴代、爆砕魔法だ」
「うん、わかった、お兄ちゃん!」
思いっ切り入り口の近くに後退する。
「行っくよー!」
ドカン!
派手な爆破で内壁が破壊される。石積みは壊れず、凹面にえぐりとられる。
「思った通りだ」
壁の破片は、発泡構造の何かだった。壁は石で積まれておらず、均質な何かで形成されていたのだ。
外の騎士たちが慌てて様子を見に来る。
「お騒がせして申し訳ない。ちょっと魔物が出たものでね」
嘘も方便、で帰ってもらう。
その先もまた同じような通路になっていた。壁の厚みはほぼ五十センチほど。通路の幅は四メートルほど。高さも同じくらいだ。
「壁の内部から爆破してくれ」
「うん、了解だよ!」
鈴代は、誰かを傷つけないことにスキルを使うのが楽しいらしく、ノリノリで壁を壊していく。そして「絶対防壁」は破片から俺たちを守ってくれる。
たまに広い部屋もあったりするが、完全無視で破砕していく。壁材の内側からの爆破なので、進みは早い。そして、天井が崩れることはない。
何枚目かの壁を壊した時、俺たちは中心部にあるホールへと突入していた。
そこで俺たちが見たのは、恐ろしい光景だった。冒険者たちが互いに攻撃しあっていたのだ。
戦いを回避しつつ、中心部に向かう。
「何をしているんだ!」
マイツォの姿を見つけた俺は、声をかけて近寄った。
が、剣を振るっていて気がついた様子がない。あぶくを吹いて目が血走っている。
戦っている相手は別のパーティーだ。さすがにイカイスダヒの勇者だ。強い!
敵を切り捨てたマイツォは、こちらに向き直る。
「よせ!」
俺は、マイツォの重い一撃を剣で受け流しつつ「万能治癒」の力を放つ。が、効かない。
「正気を失っていますわ」
王女が何かの呪文を唱えた。
とたんに、マイツォが膝を崩して倒れ落ちる。
「大丈夫ですわ。眠らせただけです」
王女、腕に覚えあり、という感じだ。
「お前たち、ここの者どもを眠らせなさい!」
「御意!」
女官たちも、それぞれ呪文を唱える。
斬り合ったり、魔法で攻撃を仕掛けていた冒険者たちは、ばたばたと眠りにつく。
「何ですの、この有様は。ここは闘技場か何かですか!?」
王女の質問はもっともだ。
「ドルナーク大迷宮は、巨大な罠だったんだ。冒険者たちは魔物を狩っているつもりで、互いに殺し合っていたんだ」
諏訪野氏も、血を流しながら床に横たわっていた。
「大丈夫ですか。今、治療します」
「点穴麻酔」で痛みを止め、「免疫賦活」と「万能治癒」で内部から治療する。状態異常はないようだ。
あとは包帯だ。佳奈女が、近くに倒れているヒーラーのリュックを取ってきた。
「主任、早かったですね。地下十階まで来るのは大変だったでしょう」
「いや、それほどでもなかった」
あえて夢を壊さず、誤解のままにする。どうやら、ダンジョンの地下に降りていったと錯覚しているようだ。
「あとをお願いします。敵は思った以上に手ごわい」
諏訪野氏はそのまま気を失った。
「何ですの、この甘ったるい香りは」
カルカソンヌが言うとおり、けだるい香りがあたりに満ちていた。
「おそらくは、ドルナーク大迷宮の呼気だ」
「呼気!? ここは肺か何かですの?」
俺は、あたりにころがった頭蓋骨や錆びた武具を指し示す。
「ここは、ドルナークの消化器官だ。ここがダンジョンだと思い込んだ冒険者たちは、戦い合って最後には朽ち果て養分にされる」
「恐ろしい……」
「で、どうやって倒せばいい?」と佳奈女。
「そうだな」
周囲を見渡す。
中心部に、葡萄のように房をなした色とりどりの宝玉が積み上がっていた。
よく見ると、ところどころに不透明なゼリーのような塊が蠢いている。内部には細胞核のような何かといくつかの臓器が見えていた。
「アレを処せばいいのか」と佳奈女。
「やってみよう」
佳奈女は短弓に矢をつがえると思いっきり引き絞った。
「なむさん!」
矢は放物線を描くことなくまっすぐにゼリー(仮称)の真ん中に突き刺さる。
ボン!
ゼリーは破裂した。
中央にあるとりわけ大きな宝玉がうなりをあげ、赤い光の点滅をはじめる。
「まずいな。自爆モードに入ったか」
「いや、そう思わせているだけだ。生物は自己破壊のシステムを持たない」
「わがあるじがそう言うのならそうなんだろう」
佳奈女は次の矢をつがえる。
物理法則を無視した必殺必中の矢は、次のゼリーの核を貫く。
警報音はさらに高まり、赤い球は輝きを増す。もはや白日のような輝きだ。けど、佳奈女の心は折れない。矢がなくなると、適当にそこらの射手から矢を調達して撃ちつづける。
「もしこれで死んだとて、私は本望だ。わがあるじよ、来世でまた結ばれよう」
ビュン!
容赦なくゼリーたちは破壊される。
「お兄ちゃん、私もいっしょだからね! 絶対にいっしょだからね!」
鈴代も『二世の誓い』に加わる。
そして、爆砕魔法をゼリーたちに加える。というか、宝玉ごと爆砕だ。魔法少女に変身していなくても、すさまじい破壊力だ。
「そなたたち、何を話している。わらわにもわかる言葉で話してたもれ」
一人カヤの外のカルカソンヌ王女だ。
そして、唐突に警報音と点滅は消えた。
「システム、沈黙」
「ああ。さすがにびびったぞ。これで、わがあるじの子供を産む希望ができた」
「やだよ、鈴代の方が先だよ!」
笑い合う俺たちに、一人ぽかんとするカルカソンヌだった。
俺たちがあけた直通通路で、ヒーラーたちがケガ人を運び出す。
「本当に、大丈夫なんだろうな」
ジェイコブさんがたずねた。
「さあ。でも、この迷宮。もう復活することはないんじゃないですかね」
「だといいんだがな」
まだ不安そうだ。
「大迷宮って、何年かに一度、復活するんですよね」
「ああ。あちこちに突然現れて、ある日突然、消え去る。正体不明の謎の存在だったんだ」
「で、それに人々がむらがって突入し、大迷宮は自分の糧として人々を食べていた、と」
「でも、貴公の働きで攻略法がわかった。次に現れたら確実に仕留められる。冒険者を突入させることもなくなるだろうさ」
「つまり、騎士の討伐対象になると?」
「ああ。言っちゃ何だが、冒険者はトライアンドエラーのための手駒みたいなものだ。彼らは強欲から突入し、道を開いてくれる。俺たちは一般の人々を守るのが仕事だから、そんなリスクはとてもとれない」
カルカソンヌが声をかけた。
「失礼、旦那様」
ジェイコブさんは、一礼して片膝をついて控える。さすがに王女殿下は有名人だ。
「お願いがあってまいりました。私を離縁していただきたいのでございます」
……は? 何だこの出たとこまかせのお姫様は。言葉つきまでかえてやがるぞ。
「無礼は承知で申します。わたくし、旦那様とお二人の妻女の間には堅い絆が結ばれていると思い知らされました。元々が異界の方々、私には割り込む隙はなかったと思い知らされました」
……えっと、しおらしいこと言っているけど、何だお前、別に好きな人が出来ただけなんじゃないのか?
俺は、王女の後ろに控えるマイツォの姿を確認する。明らかに困惑した顔つきをしていた。
「で、次の夫は誰だ?」
「この、マイツォ・リツィニアコス様でございます」
「マイツォ、いいのか、このわがまま姫で」
一応、確認をする。
「モルログの手がほしい……」
ぼそりとつぶやく。
そうか、コイツも利欲で動くことがあるんだな。
失望するとともに、何かほっとする自分がいた。
モルログの手の手術には多額の金がかかる。それには出資者が必要だ。まあ、そういうことならわからないではない。
「あ、そうですわ。旦那様への公爵の称号はそのままさしあげます。数日中に勅使が届けるでしょう。わたくしからのささやかなお詫びでございます」
……なんか納得いかねー! けどまあ、我が家に無駄な嵐が吹き荒れずに済んだのはよしとしよう。
俺の横には、王女との会話の内容がわかる佳奈女と、わからないまま頬をふくらませる鈴代の姿があるのだった。
完?




