迷宮王に花束を(5)
チャンイの会場はごった返していた。
暗殺には格好の人混みだ。
鈴代と佳奈女は俺のそばにぴったりとついてくる。頼りになる嫁たちだ。
受付で登録料として金貨一枚を差し出し、署名をする。ここから先は俺一人の戦場。
準男爵の正装をしているので、当然、自署だ。
ここで、この国の爵位についてかいつまんで説明しておこう。
準男爵は、功績によって一代限りの貴族叙任を受けた者のことだ。
これが結婚による血筋の底上げや武功、地方官吏としての実績が加わると男爵に昇進する。さらに軍功や治績が積み重なると子爵になり、領主になると伯爵となる。ここまでは一般庶民でも成り上がれる位だ。
侯爵になると、州の長官や師団長クラスになり、政治の世界の住人となる。
その上の公爵は、王族や国の大老の爵位だ。王女と結婚でもしないと一般庶民がつける位ではない。
さて、神官伯である。
神官には、国家祭祀に専念する義務がある。だから政治の世界からは切り離される。侯爵や公爵のまま祭祀にかかわることはできない。清廉潔白で生活は質素、朝から晩まで祈る生活になる(表向きは)。だから、伯爵位になる。
ジェイコブさんによると、今の神官伯トマスクは王の異母弟なのだそうだ。王と仲が悪かったから神官伯にされた、というわけではない。むしろ信頼されているからこその配置だという。ただ、神官伯となった時点で、王位継承権は消えている。つまり、王位を狙えない立場にあるからこそ、高位高官も消せる殺しのライセンスを与えられているのだ。
かつては、気弱な王を操縦して国を乗っ取ろうとした王妃や大臣もいたが、彼らはのきなみ不審死を遂げている。権力をかさにきて庶民を虐げる酷吏、国の財を私する顕官、外国と通じて勢力を築こうとする将軍などもタイミングよく歴史の表舞台から消えている。隠然たる勢力をふるう俠客なども、タイミングよく亡くなっている。それらは一括して「天罰が下った」という扱いになっていた。
そして今。
トマスク神官伯臨席のもと、公明にして正大なチャンイ大会が開幕した。
俺も、市販の定石集を手にいれてできる限りの勉強はした。「トトの目」は俺が蓄えた知識を使ってそれ以上の最善手を教えてくれる。それは、人知を超えた神の叡智だ。
しかし、チャンイの神はサイコロを振る。サイコロは神の叡智をたやすく覆してくる。
そして、互いの「無名駒」の扱いがある。俺の駒は佳奈女にならって「弓」にしたが、最初から無茶な要求をしてくる相手もいる。これは交渉で折り合う。そのため、記録者が一人つく。
緒戦。王の動きをする「太子」という駒を作り、王が取られたら次の王になる、という設定を持ってきた相手にあたった。これはたやすく仕留めた。太子の駒を取ればこちらが圧倒的に有利だ。
横方向を、サイコロ次第では全滅させかねない駒「虹」を提案してきた相手もいた。この時は鈴代が使った「鈴」の駒で殲滅した。取った駒がこちらに使える、というルールは面白い。こちらがとった「虹」をぽんと置くと相手は急にぐだぐだになった。
というわけで、参加者はどんどん敗退し、気がつくと俺は決勝戦に勝ち残っていた。
「次の試合は、王女カルカソンヌ対準男爵ミシャグチとなります。昼食の後、特設会場でご覧になって下さい」
試合を予告する声が響いた。特設会場の観覧は有料で、商売上手なやり方だ。
俺たちは屋台の粉物を食べて腹を満たす。ホットケーキ風の何かに蜂蜜か何かをかけた食べ物だ。俺は満腹になったが、一人欠食児童がいた。
「お腹すいたー」
鈴代が袖にすがってくる。ずっと離れたところから絶対防壁のスキルを展開していたのだ、エネルギーをかなり使ったのだろう。
「よし、焼きそばでも喰うか」
隣りの屋台へと移る。
さすがにランダムに選んだ庶民の店だ。佳奈女も毒味をしない。
ていうか、やたら量が多い店だな。味もムラがあるし。
鈴代は、ハムスターよろしく焼きそばを頬張っている。
……なんてことをしていると。
「準男爵のミシャグチ様ですね」
そっと声をかけてきた女の人がいた。どこかの侍女のようだ。
「ああ、そうだが……」
誰だったろうか、と記憶を探る。思い当たらない。
「失礼いたしました。わたくしは王子ココットに仕える女官で、サラと申します」
「は、はい」
王子ココットって誰だっけ? と首をかしげる。
サラを「トトの目で見ると、何かしら嘘をついている気配がする。が、それが何かはわからない。害意はなさそうだ。
「王子からの召喚状でございます。御座所に来てほしいとのご命令でございます」
確かにそれらしい書式になっている。
「急なんですね」
「はい。何分にも、急を要することですので。昼食時間はまだございます。ちょっと寄っていただけないでしょうか」
佳奈女が横から割り込む。
「私たちもついていっていいか。ぜひとも王子にはお目通りしたい」
「よろしいですとも。さ、早く」
数名の女官に囲まれて俺たちは大神宮の敷地にある立入制限された場所へと入る。
そこには、独立した立派な建物があった。
「こちらでございます」
靴を脱いでキザハシを上がる。その奥にある一室に王子ココットはいた。
え、王子? どう見てもお姫様なのですが……
「ようまいった。足労であったな」
ソファーに腰をおろし、足を組んだドレス姿の女性が声をかけてきた。床には白いニーソックスが脱ぎ散らかしてある。
「わらわがカルカソンヌ。この国の第七王女である」
偉そうな小娘だ。ほぼ同い年くらいか。髪の毛のツインテドリルが幼く感じさせるのだ。
「ココット殿下は……」
「名を借りた。ココットは今頃、王都のどこかで遊んでおろう」
鷹揚に足を組み替える。スカートの中がちらりと見える。
……こいつ、わざとやってやがるな。
警戒のまなざしで見つめる。
「実はな。そなたに折り入って頼みがあるのじゃ。次の決勝戦、わらわに負けてほしい。褒美はとらすぞ」
……はあ、そんなこったろうと思いましたよ。
「決勝に勝った者は、ゾンメック神の前で――つまり神官伯の前で一つだけ願い事ができるのじゃ。そこでわらわは蛮族への降嫁を撤回して、次の祭祀長になることを願おうと思っている」
「はあ……」
「会ったことも見たこともない蛮族の王にとつがされるのじゃ。あわれと思うじゃろ」
そりゃまあ、同情しないわけではありませんが。
「なんなら、そなたへの降嫁を望んでやってもよいぞ。まあ、そなたの妻たちが許してくれそうにないがな」
くっくっくっ、と冗談っぽく笑う。
後ろからえもいわれぬ殺気がただよってきた。落ち着いてくれ、嫁たち。
「王女殿下、イカサマをしてチャンイに勝ったとして、ゾンメック神は許してくれるものなのでしょうか」
「何、願いをかなえるのは我が叔父だ。公開の場でなされた神への請願は、よほど無理難題でなければかなえられるものと古来決まっておる。そして、我が願いはゾンメック神に仕えること、かなえられぬわけがない」
考えぬいた末に出した結論なのだろう。
「それこそ、勝負は時の運です。勝ったら俺がかなえてやるというのはいかがでしょう」
「何!? そなたの妻にしてくれると言うのか!?」
話が噛み合っていない。
そして、喰いつきが激しい。よほど結婚願望が強いようだ。
てか、祭祀長になったら一生独身なんじゃないのか? そうじゃないのか?
「いえ、殿下が降嫁を免れて次の祭祀長になるという話のことなのですが」
「それは無理じゃ。ゾンメック神は衷心からの願いでなければ聞き届けぬ。たとえば、そなたがわらわの降嫁を願えばそれはかなうじゃろうが、わらわのためによかれと思ってそなたが願っても、それは聞き捨てられるだけじゃ」
……うーん、そういうものなのか。
王女が身を乗り出した。
「ひょっとしてそなた、何か心に秘めた願い事があるのか。解決のためにはひと肌ぬぐぞ」
「いえ。……というか、暗殺者に狙われるのを撤回してほしいな、という願い事はあったりはするのですが……」
王女の目がキラリと光る。
「ならばどうじゃ。そなたがわらわのために叔父を抹殺するというのは。叔父を抹殺すれば、暗殺命令は自動的に撤回されるぞ。……サラよ、暗殺者の短剣を持て」
「ははっ」
侍女はどこかへと早足で消える。
「暗殺者の短剣とは?」
「狙った獲物を確実に仕留めるための短剣じゃ。これがあれば、神官伯の正式な使者として認められる。つまり、そなたは神官伯自身の命によって神官伯を仕留めた者として処罰を免れるのじゃ」
……なんか、とってもややこしい話になってるんですけど。
どうやら俺は、二重三重に張り巡らされた罠にかかってしまったようだ。
サラさんが白布にのせた短剣を持って戻って来た。もちろん、鞘入りの、だ。そしてそれは、ジェイコブさんのところで見た三角錘のダガーナイフにそっりだった。どうやら、暗殺が処罰を免れるというのは一部の世界の常識か都市伝説らしい。
「どうぞ」
うやうやしく差し出す。
俺はそれを布ごと手に取ると、王女に向けて短剣だけ放り投げた。
「うわっ」
王女は、短剣を取ろうとしてとっさに手を出した。
それがまずかった。
いや、彼女の動きは悪くなかった。刃ではなく柄の方を手に取ったからだ。けど、柄にも毒が塗られていた。なぜそれがわかったのかというと、サラさんの挙動った目の動きや微妙な顔のこわばりからだ。
「中和薬を持て! 早く!」
侍女たちがあわてる。
「なんだ、やっぱりそういうことか。怪しいと思ったんだ」
佳奈女は刀を抜いて俺の背中を固める。鈴代は「絶対防壁」を展開する。
「待て待て待て。わらわはそなたを殺そうとしたわけではない。単に、ちょっと気分が悪くなって判断力が鈍る薬をもろうとしただけじゃ」
……嘘はついてなさそうだ。まあ「万能治癒」のスキルを持った俺には意味のない小細工だが。
「次の対局に勝ちたくてそんなことを?」
「そうじゃ。ちょっとしたお茶目じゃ」
王族のお茶目とはなんとも恐ろしいものである。
「これはそなたが対局に負けてよし、勝っても暗殺者としてわらわの役に立つという両取りの策じゃ」
策士策に溺れる、という感じのアホさ加減である。
……いかん、なんかこいつ、可愛く思えてきたぞ。
俺は頭をふるうと王女に告げた。
「とにかくだ。ゾンメック神が次の対局で結果を示してくれるだろう」
俺たちはその場を辞した。
対局はいまいち冴えないまま一進一退を続けた。
俺はこのあとの請願のことに気が散っているし、王女は王女で凡ミスが多い。が、それでも容赦なく盤面は終盤へと向かった。
「まいりました」
俺は頭を下げた。カルカソンヌ王女はほっとした様子だ。
「みごとな戦いであった」
固く握手をする。
トマスク神官伯が近づいて声をかけてきた。
「準男爵、みごとな戦いぶりであった。しかし、余が見たところ手にためらいがあったようだが、王女相手に臆したのではあるまいな」
「ご明察、いたみいります。正直、それは少しはあったと思います」
実際、棋譜を残すのもためらわれるほどの歴史的迷対局だった。心に逡巡があると「トトの目」もうまく機能しないのだ。
「王女カルカソンヌよ、慣例に従ってそなたの請願を述べてみよ」
「はい。我が願いはひとつ、この者への降嫁をいたしたく存じます」
「えーっ!?」
驚いたのは俺の方だった。
……こいつ、神官伯になりたいとか言ってなかったっけ!? なんでこう言うことがころころ変るんだ!
トマスク神官伯もたじろいでいる。
「それは、余の一存では……」
「ゾンメック神がかなえてくれます。神官伯にはそれだけの権限があるはずです」
「う、うむ」
置いてけぼりをくらった俺も、さすがに口を挟んだ。
「拙にはすでに二人の妻がおります。この上、三人目に王女をめとるのは荷が重すぎます!」
「なんでじゃ。わらわと結婚すればそなたは公爵、公爵ならば妻の四、五人いてもおかしいことはなかろう」
「いや、そういう意味ではなくて……」
できることなら、我が家の平穏を乱さないでほしいんですけど。
「う、うむ」
神官伯は腕組みをしている。
そして、何か閃いたようだった。
「準男爵、余とチャンイを一局、指そうではないか。神意はその結果にあらわれるであろう。余が勝てば、降嫁はうけなくてよい」
「というと、俺が勝てば何か願いをかなえてもらえるということですか?」
「そうだ。神官伯としてゾンメック神に誓おう」
やる気を出した俺に「トトの目」のスキルは答えてくれた。
盤面に確率論の雲がかかり、刻一刻と変化する情勢が見えてきた。それはあたかも、四次元の視点からの俯瞰図のようだ。
一方で、神官伯はサイコロの神を味方につけていた。六、六、六! 仕込みの入ったサイコロではないとわかっているので、なおさら腹立たしい。けど…… この人、定石を知らんわ!
俺は勝った。王女相手の時とは大違いの奮闘ぶりだった。バックヤードの皆様に、心底感謝した。
「まいった」
神官伯は頭をさげた。
棋譜の記録官も満足そうに立ち去る。
「カルカソンヌは貴様にくれてやろう。ゾンメック神に誓って」
「えっと、そうじゃなくて。俺は自分にかかる暗殺命令を消してほしかっただけなんですけど」
「なんだ、そんなことか。それならもう効力は消えている。貴様が仕事を受けた者を撃退してしまったからな」
かっかっかっ、と楽しそうに笑う。
「え? そんな…… ということは、あの犯人たちは?」
「司直が適切に裁いてくれるだろう。余のあずかり知らぬことだ」
急に力が抜けた。
それとともに、カルカソンヌのギラギラしたまなざしが痛かった。
「ふっふっふっ、さすがは我が夫君、みごとな戦いぶりじゃった」
俺の背後から抱きついてくる。
観客がざわめいた。
神官伯が立ち上がり、皆を身振りで制した。
「第七王女カルカソンヌは、今回の対戦相手に降嫁すると決まった。これは王女自身の請願にともなうゾンメック神の神意である」
……何か、思ってもいなかった方向に話が進み始めた。




