迷宮王に花束を(4)
「神官伯って何なんです」
俺の質問に、ジェイコブさんは沈鬱な面持ちで答えた。
「ラナミー大神宮の祭祀長だ。王家の庇護を受けている。いや、権威から言えばむしろ王室よりも上かもしれない」
「そんな人が暗殺の元締めとはねえ」
「いや、ひょっとしたらその配下がやらせているだけかもしれない。なあ、お前ら、滅多なことを言うもんじゃないぞ」
足元にころがっている犯罪者を蹴飛ばす。
「へへへ。どうなんでしょうね」
「ガサ入れでもしてみますかね。きっと神罰が下りますぜ」
急に強気だ。
ヒーラーが到着した。どこまで力がある人なのか、俺は知らないし知ろうとも思わない。あとは平騎士に監視をまかせてジェイコブさんと詰め所に入る。マイツォが盗まれた品物の話をしなくてはならない
マイツォ自身が盗まれた品物のことを話す。特に、迷宮から持ち帰った宝物の話はジェイコブさんも驚いていた。
「ヒーラーがそんなことをしたら、うかつに治療を頼めないじゃないか」
「本当に!」
そして、例の自称騎士は何の手配もしていないようだった。少なくともこの分署に手配書は届いていない。
「どこの署のボケナスだ、ったく。文字が書けねえで騎士がつとまるか!」
ジェイコブさんも苛立ちをあらわにする。
「手配書は明日一番で街の古物商に回すよ。だが、目立つ品だ、他所の町で売りさばくために隠しているかもしれない。そこんとこは了承してくれ」
マイツォはうなずく。
新しいオッズ表を完成させて金庫にしまう。迷宮からの入手品の評価には時間がかかる。こちらの表は数日遅れでの発表になる。それまでに宝玉が見つかればいいのだが。
仕事が一段落ついたので、所長にラナミー大神宮のことをきいてみた。
「ラナミー大神宮ですか。私もよく行きますよ」
日本の神社のように、誰もが参拝出来る場所のようだ。
「祭神はゾンメック神。裁きと公平をつかさどる神様です。俗説では、冥界の王、太陽神だとも言われておりますな」
「というと、恨みを晴らすために祈る人も少なくない、と?」
「ええ。まあそれは信仰に詳しい人の場合で、大抵の人は何も考えずに色んな願い事をしていると思いますよ。信仰なんてそんなものです」
「なぜ、冥界の王と?」
「あー、昔の人は、太陽が夜中に冥界を旅して、朝になったら東から現れると考えていたのです。ゾンメック神の裁きを受けて亡くなった者は、西の果ての門から冥界へと連れて行かれる、と言われていました。太陽が一年を通じて夜と昼を公平に与えるように、禍福もまた公平に与える、生と死も公平に与える、ただ、神にも死角はあります。神も人も自らの後頭部が見られないように、ね。世界をつかさどる均衡の天秤が崩れることはしばしばあるのです。まあ、それをただしてくれと人々はゾンメック神に祈るわけですな」
亀の甲より年の功である。アデミー氏にたずねて正解だった。
そして、なんとなく暗殺者ギルドの原点が見えてきた気がした。彼らは代価をもらって暗殺をする。けど一方でそれは、世界の公平性を実現するための行為だと信じている。だからこそ、ラナミー大神宮の祭祀長がその頂点に君臨しているのだ。……たぶん。
鈴代と佳奈女は、先に帰って部屋でくつろいでいた。将棋のようなゲームをしている。ただ、盤面が少し大きくて駒も見たことのない物だ。たまにサイコロを振っている。
「それは?」
「チャンイってゲームだよ。昔の転生者が伝えたんじゃないかな」と鈴代。
駒に行き先が刻んであるので初心者にも優しそうだ。
「私も将棋は知らなかったんだが、ここまで面白い物だったとはな」
佳奈女は漢字で「弓」と書いてある駒を動かす。二駒進んでその左右の駒を取る。桂馬より一コマ大きな動きだ。
「一網打尽を狙うよ!」
鈴代は「鈴」と書いた駒を指で押さえてから宣言し、もう一方の手でサイコロを振った。
「六!」
周囲の駒をまとめて取る。
「くーっ、じゃあこちらは砲撃で……」
佳奈女も駒を押さえつつサイコロを振った。
「クイーン、とったよ!」
「あちゃー」と鈴代。
「えっと、ルールがさっぱりわからないんだけど」
「うん。大体、将棋と一緒。取った駒も使えるんだよ!」
「元から一枚だけ空白の駒がある。それに名前をつけて、その駒を使った時のルールは自由に決められる。ミシャグチもやってみようよ」
というわけで、俺もゲームに加わってまったりした時間を過ごしたのだった。
実は、ゲームの類は「トトの目」を使うと勝つことはとても簡単だ。特に、パズルゲーム的な物は瞬時にして正解がわかる。「四則演算」のスキルとあいまって、確率論的なことまで見通せてしまうのだ。だから、チャンイに関しても数回遊んだだけで俺はかなりの名手になっていた。
「うわーっ、これならゲーム大会に出ても勝てるね」
「そんなのあるんだ」
「来週末に、ラナミー大神宮で開かれるらしいよ。事務所の人たちが言ってた」
「誰でも参加可能で、豪華賞品があるんだって」
……ということは、祭祀長とやらもその場に現れるかもしれない。もし、俺を抹殺しようと考えているのなら、先手を打つべきだ。俺は、むざむざと殺されるのを待つような生き方はしたくない。
俺は、鈴代と佳奈女に全ての事情を話した。暗殺者ギルドが俺だけを狙ってくるとは限らないからだ。
「暗殺者ギルド! まさかそんな物があったなんて!」
鈴代は、こちらの世界に来たばかりの発言のことはすっかり忘れて驚いている。
「というと、ミシャグチの命はずっと狙われ続けるってことか!?」
佳奈女は俺が一番聞きたいことをたずねてくる。
「警戒は怠らない方がいい。俺も、襲ってくるヤツらには容赦しない覚悟はしている。けど、毒物とか呪いとか、思いもかけない手段をとってくるかもしれない。最悪、爆弾とかもありうる。相手は殺人を正しい事だと信じている連中だ」
「う、うん。二人で旦那様を守ろうな!」
佳奈女の呼び方が「旦那様」にかわったのはこの時からだった。
マイツォが加わってからのチーム諏訪野の活躍ぶりはめざましいものがあった。生還オッズは低下してついにつかなくなった。宝物オッズは上がり続け、そして数日後、突然1倍になった。つまり、安定して成果が上げられるチームとして周知されたのだ。
迷宮の中は、宝物があちこちに埋もれている。といっても、宝箱が目立つ形で置いてあるわけではない。
一番多いのが、魔物の腹の中に隠されている宝玉やアイテムだ。これは「捌いてみないとわからない」と言われている。
次が「探してみたら出てきた」パターンだ。剥がれかけの岩の壁を壊してみたら、裏側に立派な剣が隠されていた、など。諏訪野氏は、そんな一振りを得てますます意気軒昂だ。
そして、他の冒険者の死体からうばってきた「かっぱらい」という物もある。金貨の袋や魔法のロッド、スクロールに古文書等々。これらは時に莫大な価値を秘めていたりする。
「かっぱらい」の品は、縁起が悪い。けど、古物商は構わず引き取ってくれる。彼らには彼らなりの「お清め」の方法があるのだとか。
以上、冒険者であふれかえったいつもの居酒屋での聞きかじり知識だ。
外食ではいつも佳奈女が毒味をしてくれた。
「そこまで用心しなくても……」
「いや、そういう油断がいけないのだ。旦那様はのんきすぎる。私は生涯をかけて貴様を守る!」
鈴代はそばについて「絶対防壁」で守ってくれている。魔力は使い続けると伸びるらしく、最近は魔力を消費し続けてもさほど疲れなくなったらしい。このあたり、デジタル表示が出るわけでもないので当人の感覚でしかない。
そして、チャンイーの大会当日。
俺は二人の嫁を連れてラナミー大神宮へと向かった。




