迷宮王に花束を(2)
公営ギャンブルを仕切るのは都市の振興委員会だ。委員長は都市伯になっている。その下に実行委員会、都市伯の並びに別の貴族たちが構成した監査委員会がある。実行委員会の下には、入出管理記録委員と出納委員と記録作成委員がいる。日々のオッズ計算はラナミーの数理事務所が計算家としての名誉をかけて引き受ける。
というわけで、今回の二百五十六倍阻止は計算家としての名誉をかけた戦いだった。
しかし、それにお怒りの連中がいた。倫太郎氏を焚きつけた誰かさんだ。
おそらくは、黒幕がチーム・スワノの一日目の生還に大金をはり込み、勝ち逃げしようとしたのだろう。倫太郎氏は初日は生還したが、翌日の倍率はかなり低くなる。もしあのまま金庫にしまわれたオッズ表をそのまま張り出していたら、大穴狙いの誰かさんは桁違いの儲けを手にしていたはずだ。
いや、再計算後の二十七倍という数値も破格と言ってよかった。未経験者二人とブランクのある魔道士がチームを組んだダークホース。ただ生還するというだけならどこか安全な場所に隠れていればすむ話だ。が、賭けが成立するにはそこそこののお宝を持ち帰らなくてはならない。初回クエスト達成ということは、チーム・スワノが立派に冒険をなしとげた実績になるのだ。
一日目、すでに脱落するチームは出ていた。大ケガをして馬車で運ばれてきた負傷者は、冒険者ギルドの中庭に横たえられた。俺もヒーラーの一員なので、治療の手伝いをする。「免疫賦活」と「万能治癒」と「点穴麻酔」のスキルは凡百のヒーラーよりははるかに役立った。
鈴代は、食い込んだ木片を極小の「爆砕魔法」で吹き飛ばす。傷口の焼灼もかねた処置だ。
佳奈女は切り落とさざるを得なくなった手足を切る。そのあとは、火魔法使いに焼灼をまかせて、傷口がふさがったら俺が治癒する。
そうやって忙しく働いている所に、一人のケガ人が担架に乗せられて運ばれて来た。
「俺、大丈夫だから。ケガ人じゃないから」
しきりに言っている。
「そう言って無理をして命を落とす人ってたくさんいるんですよ! さあ診てもらいましょう」
担架に縛り付けて運ばれてきたのは、筋骨隆々の戦士だった。ちなみに、この世界では担架に縛り付けての搬送が基本だ。
「あ、先生! 助けて下さい! 俺の腕を処置したの、あの先生ですから!」
俺の方に視線を向けていた。
「マイツォ! マイツォじゃないか!」
担架に駆け寄る。
どこか悪いのかと診察してみたが、とりたてて悪い所はない。ただ、水虫と空腹なのとが唯一の不調だ。
手をかざして呪文を唱える。
「はんにゃはらみ!」
白癬菌を凍結粉砕する。たぶん、ブーツを長く履いていたのが原因だ。
「さあ、治療は済ませたぞ」
周りの看護人たちが不服そうな顔を見せる。
「彼の腕なんですが……」
「これは無理だ。腕が生えてくる魔法なんて便利な物は存在しない」
「いえ、ありますよ」
ヒーラーの一人が割って入った。
「モルログの手、という技がありましたね。生命力の強いガビッシュの手を移植するんです。今まで何人もの成功例があるんですよ」
初耳だった。マイツォが興味深そうにしている。
「あなたは?」と俺。
「フリーアマガラム。上級ヒーラーです」
「トトの目」で観察する。詐欺師や嘘つきの類というわけではなさそうだ。
「モルログの手を使うと、人間の何倍もの攻撃力が得られます。基本的には元となるガビッシュの筋力を越えることは出来ませんが。手術費用もかさみます。それでも、なくした手の代わりが得られるのならやってみる価値はあると思いますよ」
マイツォに熱心に売り込んでいる。
「今は金がない。がいずれ頼むかもしれない」
フリーアマガラムは、診療所のパンフレットをマイツォの服の胸ポケットに差し込む。
俺はたずねた。
「その手術の成功率はどのくらいなんですか」
「成功率? ちょっと意味がわかりませんが」
「言い換えます。先生は今まで何人に『モルログの手』の手術をし、何人が完全に手を動かせるようになったのですか?」
「そうですね。手術だけなら百回はしたでしょうか。その内成功したのは十例ほどですが、その方たちはみな満足しています」
どうも若干の嘘が混じっているようだ。そもそも、何をもって成功と言っているのかが怪しい。神経の接続などという繊細な手術がこの世界で出来るのだろうか。
「さあ、縛り付けている布をはずしてやってくれ。それとも、俺が切ろうか?」
看護人たちはあわてて布を解き始めた。この世界では布も貴重品だ。特に、担架用の頑丈な布は。
マイツォは立ち上がると俺に礼を言った。
「ところで、先生。どこか俺を雇ってくれそうなチームはありませんかねえ。片手だとどうしても断られてばかりで。お恥ずかしい話ですが、金を積んで仲間に入れてもらったチームがあったのです。が、宝物を手に入れた瞬間、そいつらに殺されそうになりましてね」
「え? そんなひどいことが」
「ええ。だからそいつらを叩きのめしてから迷宮の奥に置き去りにしてきました。今日の探索は無駄足になりましたよ」
「武器や防具は?」
「迷宮を出たところでヒーラーの皆さんにお預けしたのですが…… どこに行ってしまったんでしょうね」
ははは、とのんきに笑っている。
この気のいい大男をカモろうとした連中がいた――これが迷宮探索の現実なのだ。けど、迷宮の外で起きた犯罪はきっちり取り締まってもらわねばならない。
俺は、たまたま通りかかった騎士をつかまえてこの件を通報した。
「買い取り屋に手配してくれ。ヒーラーが武具や宝物を売りに来たらそれは泥棒だ。決して買い取るな、と」
騎士は「わかりました」と手短かに答える。見るからにやる気がなさそうだ。
「マイツォ、言ってやれ。お前の武器はどんなんだった」
「子供の背丈ほどある大きな剣です。あれを振り回せる者はめったといません」
「防具は、この体躯に合わせた大きなプレートメイルです」
売れば目立ちそうな感じだ。泥棒は早めに売り逃げようとするだろう。
「あとは宝物だが、どんなだった」
「鶏の卵ほどの大きさの真っ赤な宝石でした。形もちょうど卵のようでした」
騎士は、ふんふん、とうなずく。
「メモくらいとれよ!」
さすがに腹が立った。
「自分は文字が書けないんでね」
……嘘をつけ。騎士が読み書きできないなんて聞いたことがない!
「紙と鉛筆を貸してくれ。俺が書く。ちなみに、こう見えても俺は準男爵だ。文字くらいは書ける」
騎士に緊張が走る。たかがヒーラー風情、とあなどっていたらしい。
マイツォが言った奪われた物をリストにする。剣と防具につていは、マイツォ自身に絵を描いてもらった。
「さあ、これでいいだろう」
巡回の騎士は去った。あとでジェイコブ隊長にも言っておこう。
「さて、マイツォ君、このあとメシでも喰いに行こうじゃないか」
「けど、俺は一文無しなんで……」
「大丈夫、メシくらい俺がおごる。ついでに別のチームも紹介してやろう」
「ありがとうございます!」
マイツォのいかつい顔に涙が浮かんだ。
俺が紹介したのはチーム・スワノだ。彼らは数理事務所のメンツがたまに晩飯を喰う居酒屋にいた。が、なぜか険悪な雰囲気が漂っていた。
「倍率、変えたんですね」と諏訪野倫太郎氏。
「あーあ、なんだかなあ」とツァズロイさん。
一人だけ居心地の悪そうなカイラツさん。気まずそうに顔を伏せている。俺は構わず隣りの席に腰を下ろした。
「ええ、あなたが残した計算式通りにしましたよ」
どうやら、倫太郎氏は職場の去り際に不正を仕込んでいったらしい。
「そうですか。さすがは『鬼の主任』と呼ばれるだけのことはありますな。……で、そちらのお連れさんは?」
俺の斜め後ろに立ったマイツォ・リツィニアコスに視線を向ける。
「フリーの戦士です。彼の戦いぶりは素晴しいですよ。おすすめの人材です」
「でも、腕がない」
「片方だけね。よろしいですか。マイツォをチームに加えると明日の生還時の賞金倍率は十八倍になります。今日はチームが全滅して、生き残ったのは彼だけ、いわば賭けの上でのハンディです。その彼をチームに加えることで、二回目での掛け率は二十七掛ける十八の四百八十六倍。どうです、この提案」
倫太郎氏は宙を睨んでから答えた。
「よし、乗った! 彼をメンバーに入れましょう」
契約が成立した。
そのあと食事を終えた俺たとマイツォは、武器と防具を探すことにした。俺の出資ということでマイツォには納得してもらう。
大迷宮が出ている間は、ラナミーの商店街は夜遅くまで開いている。そこで、老舗の武器屋に入る。老舗には老舗だけの実績があるのだ。
マイツォが、壁に飾ってあった特大の剣を手に取った。
「これなんてどうでしょうね。手頃な重さだと思うのですが」
ぶんぶんと振り回している。すごい膂力だ。
俺も、ちょっと持たせてもらう。筋力強化のスキルがないと持てないほどの重さだ。
「君がそれでいいと言うのならそれでもいいが…… 俺としてはもう少し軽いヤツの方がおすすめだ。体への負荷を考えると、迷宮を出るまでの体力温存を考えておくべきなんだ」
「先生がそうおっしゃるのなら」
マイツォは普通の重さの剣を手に取る。叩き切る系ではなく、手元近くに重心があって動かしやすい系だ。ベルトつきの鞘もつけてもらう。
防具も同じ店で買うことにする。店主のすすめで鎖帷子にした。というか、サイズが合う物がこれしかなかったのだ。
「あまりにも軽くて、無防備になった気がします」とマイツォ。
「その分、動きでかわしてくれ。防具は過度に信頼するな」
マイツォはうなずく。
金貨で代金を支払う。店主は見本の金貨と見比べ、天秤で重さを量ってから代金として受け取った。いい心がけだ。
「さあ、次は盗難品の届け出だ」
「え?」
「念のため騎士隊長にも知らせておこう。文字の読み書きができない騎士なんてのは初手から信用していない」
「そういう物なんですね」
マイツォは、少し悲しげな顔をした。




