迷宮王に花束を(1)
久しぶりに戻ったラナミーの街は、やたら活気づいていた。フリーの冒険者がたくさんいる。店に並んでいる商品も多い。
冒険者ギルドで最近の状況をきく。
「新しい迷宮、ドルナーク大迷宮が見つかったんです。数日中にフリー開放になりますよ」
受付嬢のツァズロイさんが教えてくれた。
「フリー開放?」
「登録は必要ですが、参加資格に制限はありません。三人以上なら、誰でも参加出来ます。早い者勝ちで、お宝が取り放題です。でも、迷宮に行く時は慎重にしてくださいね。迷宮の中では他のパーティーの獲物を横取りする事件がよく起きますから」
「それって、盗まれたってことを立証しづらいよね」
「ええ。ですから迷宮の中は弱肉強食、切り捨て御免の無法地帯です」
「逆に言えば、強盗殺人が横行する、と?」と佳奈女。
「かもしれません。私たちもそこまでは管理出来ませんから」
乾いた笑みを浮かべる。
……この人きっと、目の前に見えてない汚れは存在しないって考えるタイプの人だ。
冒険者はそもそもが弱肉強食の世界だ。ただ、街中では暴力事件は滅多に起こらない。騎士団が警備しているし、他人の目もある。いさかいが起きても無理にでも和解しておわる。あるいは、他の都市に逃げ出す。が、人目のない場所では別だ。日頃から魔物退治をしているような連中は気性が荒い。郊外で被疑者不明の殺しが起きる、なんてことはザラだ。そして、ラナミーの法律では、冒険者同士の争いに司法は関与しないことになっている。
冒険者ギルドから寮に向かい、軽く湯浴みをしてから数理事務所に向かう。勤め人たるもの、服装は常に清潔に、だ。
ミチョナがいた席には、電卓をはじいている中年男性がいた。ソーラー電池つきなので、この世界でも使えるのだ。
「紹介しよう。スウァノさんだ」
ベルヌーイ・ハーシーニリエ氏が紹介する。
「諏訪野倫太郎と申します」
両手で名刺を差し出す。地方銀行の名称と部長の肩書きがつていてる。
「転生者の方なんですね。僕はミシャグチ・キンゴ、勇者、上級計算家、準男爵をしています」
名刺がないので口頭で挨拶する。
「笹森鈴代、もといミシャグチ・スズヨです。勇者をしています。初級計算家です」
スズヨも日本語で自己紹介をする。佳奈女はすでに挨拶を済ませたらしく、机で雑用係のカイラツさんとダベっていた。
きけば、倫太郎氏はフェリー乗り場でテロリスト同士の銃撃事件に巻き込まれて転生したのだという。おそらく殺ったのはブラスター・カノンだ。その流れ弾の犠牲になって保険が適用されたということだろう。
「いやー、〈言語自在〉のスキルはとったのですが、あとは冒険者向きのスキルにしてしまいましてね。まさか異世界でも凡庸なサラリーマン生活を続るとは思いませんでしたよ」
はっはっはっ、と自嘲気味に笑う。
アデミー所長が会話に加わる。
「彼は唯一の趣味が酒でね。どんなに飲んでも翌朝にはけろりとしているプロフェッショナルだ」
倫太郎氏、苦笑する。
「酔うと、元の世界に残してきた妻子のことをよく話す。家族思いのいい男だ。ただ、必ず『不幸だ』と愚痴り始めるのは玉に瑕だがね。……というわけで、おかえりなさい、ミシャングッチ主任」
発音がなってないのはもう慣れた。
ちなみに、主任というのは俺の役職だ。数理事務所では「四則演算」のスキルがあることで出世が早かった。帳簿を一瞥しただけでミスが指摘できるからだ。どこで計算が狂ったか、まで言い当てられるので、実はそこそこ恐れられている。
……選んだ時にはこんなに使えるスキルだとは思わなかったよ。
「今の事務所はどんな具合です?」
「ぶっちゃけ、暇だよ。大迷宮が開放されたら忙しくなりそうだ。毎日のオッズ計算がはじまるから、残業が続くかもしれない」
「オッズ計算?」
聞けば、迷宮探索は公営ギャンブルの対象になっているのだという。
どのチームが生還するか、損耗率はどのくらいか、持ち帰った宝物の価値はどれくらいか、が賭けの対象となる。
そこに出資人たちの思惑が重なる。
平凡なチームが無傷で帰還し、凡庸な宝物を売ったとする。冒険者自身はそこそこの利益を上げるが彼らの生存に賭けていた者は大きな利益を得る。ダークホースだからだ。
逆に下馬評の高いチームがボロボロになって帰還し、高額な宝物を持ち帰ったとする。オッズは低いし、チームの評価は下がる。チームの生き残りは莫大な利益を得るが、掛けた連中に金は入らない。
ただしこれには別のかけ方があって、チームの生還率ではなく持ち帰った宝物の価値に賭けることもできる。すると、宝物に賭けた者には莫大な利益が出る。
「というわけで、今の作業はそのオッズ表を作るところです」と、大きな紙と資料の束を前にした倫太郎氏が言う。
ギャンブルには、賭けを受ける運営側がいる。ラナミーの富豪たちだ。その中には、前回の迷宮出現で大もうけをした者もいる。彼らに損失を与えないよう、なおかつ民衆の射幸心を損なわないようにオッズ表を作らなければならないのだとか。
「もう、カジノ経済学、ここに極まれり、ですよ」
倫太郎氏は、苦労を嘆きつつ、大仕事をまかされてとても楽しそうだった。
「あ、そうそう。当事務所の勇者の皆さんは迷宮探索は禁止です。賭けるのも禁止です。もし勝手にやったら、即日解雇です」
最後に所長が釘を刺した。
「迷宮探索、行ってみたかったな-。冒険してみたかったなー。暴れたかったなー」
ベッドにころがった鈴代がぶちつく。風呂上がりでピンクのパジャマ姿だ。
「私もちょっと残念かな。でも、地道に働いている方が平和でいいかもしれないよ」
佳奈女は、倫太郎氏からもらった文庫本を読んでいる。ラノベか何かのようだ。
「うーん、その迷宮ってのがどういう物なんだかわからない以上、どちらがいいとも言えないなあ。大体、死人が出るってことは中がかなり危険ってことだろ。それに、俺たちの力が狭い場所で発揮されたらどうなるかも考えておかないと。最悪、迷宮が壊れてみんな仲良くあの世行き、かもしれないぞ」
……いや、本音を言うとちょっと冒険してみたい気はするのだけどね。数理事務所は追い出されたくないのですよ。安定した職場だし。
鈴代が「そうだ!」と声を上げた。「一度迷宮を見に行こうよ。外から見るだけなら問題ないでしょ。お兄ちゃんの〈トトの目〉なら何かわかるかもしれないよ」
佳奈女もうなずく。「せっかくだし、私も一度、見ておきたいな」
というわけで次の休日、俺たちはドルナーク大迷宮を見に行くことにした。
徒歩一時間弱。山の中にその迷宮はあった。
第一印象は……
「メロンパンだ……」
「メロンパンだね……」
「せめて東京ドームって言ってやれよ……」
確かにメロンパンだった。
まん丸で白い、巨大な建物。
その周りには騎士団が駐屯して入り口を守っている。
入り口と言っても、立派な門があるわけではない。
爆発かなにかで手荒く開けられた穴が迷宮の入り口になっていた。
その周りには屋台村が出来ている。冒険者たちの食事や装備を売りに来た連中だ。
「うわぁ、にぎわってるね」と鈴代。
「ゴールドラッシュみたいだな」と俺。
「ジーンズとツルハシでも売ったら儲かるかな」と佳奈女。
そこに倫太郎氏がいた。真新しい胴丸鎧と兜を着ている。冒険者ギルドのツァズロイさん、数理事務所の雑用係のカイラツさんもいる。ツァズロイさんは魔道士、カイラツさんはヒーラーの格好だ。
「え? どうしたんですか? コスプレですか?」
思わずまぬけなことを口走る。
こちらの世界では、魔道士がこれ、ヒーラーがこれ、というテンプレ衣装が存在しない。各人が思い思いの服装をしていて、わずかに装備の特徴で職業がわかるくらいだ。
「ひどいなあ。本物の冒険者ですよ。いえ、これから本物になります」
倫太郎氏は、腰に差した刀の柄を軽く叩く。
立ち話も何だから、と喫茶の屋台にさそわれた。
「いやー、僕もねえ、主任みたいに活躍したくなったんですよ。せっかく拾った命です。冒険者向けのギフトスキルもありますし、自由に生きてみたいなあ、と。はっはっはっ」
まさか中年男性がこういう思考になるとは思わなかった。
「えっと、ツァズロイさんはどうして?」
「私ももう一度、迷宮にもぐってみたくなったんです。これでもかつては凄腕のトレジャーハンターだったんですよ」
意味深な笑みを浮かべる。
鈴代がカイラツさんにたずねる。
「どうしてトレジャーハンターになったの?」
「お金がほしいんです。それと、旦那様について行きたくて」
照れながら倫太郎氏の袖を引っ張る。
「新しい妻です」
……あ、なるほどね、理解した!
「前の世界のことをいつまでも引きずっていてはいけない、と心機一転したわけですね。職場結婚、おめでとうございます。でも、何も仕事まで捨てなくてもいいのに……」
「オッズ表はきっちりと仕上げました。計算式も残しています。あとは扉が開くとともに張り出すだけです。ミシャグチ主任がおられるのなら後は大丈夫でしょう。……それとも、一緒にダンジョンに入ってみます?」
俺は首を横に振った。鈴代も佳奈女も首を横に振る。
「では、私たちはパーティーメンバーを探したいのでこのあたりで失礼」
倫太郎氏は、一礼するとその場を去った。
佳奈女がぼそりとつぶやいた。
「諏訪野さんのチームってオッズいくつにしたのかなあ」
「さあ。思いっ切り高い倍率にしたんじゃないかな。新人だし」
その結果は翌朝の出勤のときにわかった。
最高倍率二百五十六倍!
「こりゃ、大穴狙いが殺到するなあ」
そして、計算式を一瞥して致命的な間違いに気づいた。
「ツァズロイさんって経験者だよね? これだと倍率は……」
倫太郎氏が残した電卓で計算し直すと、オッズは二十七倍にさがった。
「訂正しておいてくれたまえ」
所長がぶっきらぼうに言った。




