まどろむままに待ちいたり(4)
「何事だ!」
スキル「ファラオの威光」をフル発揮して兵士たちを睨みつける。兵士たちはおびえた表情を浮かべた。
隊長らしい人物がおずおずと切り出した。
「そういうあなた様は……」
「新しく赴任したオルロック伯である。控えよ!」
明らかに兵士たちは魔界の言葉を話し、理解していた。それも、ノスフェラトゥらが使っていた古めかしい言葉を。つまり、彼らはオルロック伯に仕える子飼いの人間なのだ。
宴席に新鮮な肉や野菜が用意されていた時点で気づくべきだった。ノスフェラトゥやコウモリ人間に仕えている者たちの存在を。彼らは君主が眠りについている間も、忠実にその下僕としての働きをしていたのだ。
「我らは『栄光のカタラン』の塔からの招集に応じてまいったのです。伯爵様はいずこに」
「それはこちらが訊きたいことだ。そなたらの君主はいずこで惰眠をむさぼっている」
強い口調でなじる。
「ここにおられないのなら、おそらくはまどろみの館に……」
「案内せい」
もはやはったりである。
そう、こちらには兵士たちを数分とかからずに狩りつくすだけの戦力はあった。ただ、こちらからは攻撃が仕掛けられない。魔法少女は「愛と平和」の使者だし、頼みの綱の四神は鈴代の配下だ。ツグミはどう動くか予想がつかない。最悪、自分だけどこかに逃げてしまうかもしれない。戦力が佳奈女だけでは荷が重い。
兵士たちに囲まれて、別の建物へと移動する。教会のような、ステンドグラスの窓がついた建物だ。
「開けよ!」
「しかし、ここは……」
「よもや、余の命令がきけないとでも言うのではあるまいな。仕方ない、この扉を壊すとしよう」
鈴代に耳打ちする。
「うん、わかった」
鈴代が玄武に命じ、玄武は手に現した大きな槌を扉に向けて振りかぶる。
「まいりますぞ!」
どーん!
神の一撃が「まどろみの館」の頑丈な扉を破砕した。すさまじい一撃だった。
「キング~」
「先輩~」
そこには厳重に縄をかけられたカンナとミチョナ、そして何名かの人族がいた。
捕虜たちのの向こうには、所狭しと棺桶が並んでいた。どうやらここは、ノスフェラトゥの配下の寝所らしい。捕虜は、彼らが眠りから覚めた時のための朝食用というわけか。
「縄を解いてやれ」
俺は、ついてきた兵士たちに命令する。
彼らは堅く結ばれた縄を解き始める。「ファラオの威光」恐るべし。使い方次第では、一国を亡ぼしかねない力だ。
「助かったよ-」とカンナ。
「怖かったですー」とミチョナ。
ミチョナは臆面もなく抱きついてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここにいる吸血鬼どもを片付けなくいはならないんだ。もう少しだけ威厳を保たせてくれ」
そして、いぶかしげな兵士たちに説明する。
「彼らは我が眷属。忠実なしもべなのだ。不幸な行き違いはあったにせよ、我らは同胞、協力して事に当たってくれ」
解放された捕虜たちにも同じことを告げる。
「さあ、棺桶を運び出し、中身を中庭に並べるのだ!」
ざわめきが広がる。
あまりにも冒涜的な命令に、伯爵の部下たちはうろたえている。
「早くしろっ! 愚民どもが!」
つい言ってしまった。が、効果は絶大だった。兵士たちは慌てて棺桶をかついで庭に出る。そして、中身の屍を太陽光にさらし、棺桶を積み上げる。干からびた姿をしたコウモリ人間たちは、数秒もたたないうちに燃え上がった。
「見よ、これが弱き者の末路だ。よく見て心に刻んでおくがよい。余に逆らう者の末路はこうだ」
棺桶を運ぶ動きが早まる。
自分でも悪乗りが過ぎた気がする。鈴代と佳奈女は気配で何を言っているかわかったようだ。白けた気配がする。
……はい、すみません。吸血鬼が日光にあたると灰になるのは元の世界では常識です。
そして、最後の棺がひっくり返された。豪華な装飾がついていて、他の物とは明らかに格が違う。
ノスフェラトゥ伯爵の棺だった。屍が転がり出た時に一瞬、目を見開いて俺を見つめた。が、それもすぐに灰塵へと帰した。
かくして、俺たちの吸血鬼退治はおわった。
その後の経緯を語っておこう。
運気機は壊し、『栄光のカタラン』は本格的に封印した。
あふれ出る魔力は魔界から流れ出る恩恵であり、同時に扱い方を間違えると危険な力でもあった。
鐙景奈は、分身を使って勇敢に戦ったらしい。わずか半日の戦いでめっきり年をとっていた。肌はたるみ、シミが出来、ほぼ初老の女性に変貌していたのだ。俺の見立てでは余命はもってあと半年。その命を支えるためにカタランの塔に居室と玉座をうつした。景奈が「鏡は見たくない」と言うので、館にある数少ない鏡は全て撤去して一室に隠した。「吸血鬼が鏡に映らない」という伝承は意外とここらあたりがルーツかもしれない。
ニツォケーホーガンとボシュボナヒューの民は、鈴代が焼き払った土地に住ませることにした。魔界のオルロック伯としての俺は、この土地の管理をミチョナ・サルンバリネッジ男爵に委託し、鐙景奈がその代理統治官としてこの地をおさめる、という形式にした。オルロックの民には引き続き山向こうの土地での居住を許した。景奈ならそのカリスマ性で彼らを支配下に置くことができるだろう。
ミチョナには、引き続き戸原玲奈が補佐としてつく。魔法少女ブラスター・カノンがついていれば、トップがミチョナでも安心だ。小阪ツグミにもそちらについてもらった。トラツグミパワーがあれば、たとえサルンバリネッジの家臣団が逆らったとしても瞬時に黙らせられるだろう。
有村カンナには景奈の補佐についてもらった。ドゥニダハティン鉱山との連絡役として、ツグミともちょくちょく会える。カンナはツグミが好きなようなのだが、ツグミはうざがっていた。ツグミは…… たまにぼそりとデレてくるのだが、鈴代と佳奈女ががっちりガードしているので俺も手を出す気はない。そして、この子はミチョナも好きなようだ。ミチョナよ、頼んだぞ。男になれ!
人の統治には組織が必要だ。組織が残っていればトップがかわっても統治が続けられる。眠れるコウモリ人間たちは本当のところ何の統治もしてこなかったようだ。ただ、たまに起きては人の血をすすり肉を食べ、恐怖で言うことに従わせる。彼らはただまどろみつつ亡びを待つだけだったのだ。




