妹の力(2)
冒険者ギルド――旅行者登録機関の仕事は、町でやっかいごとをおこしそうな一時滞在の旅人を管理することだ。
まず、絵師に似顔絵を描かれる。いざという時にはこれが手配書になるというわけだ。
次に、身長・体重・頭のサイズ等々を記録され、文書にされる。これは鈴代も同じことだ。下着姿で採寸されていた。エロい、というよりはまだ可愛いと断言できる体型だ。
次の建物では、魔道士からの審査が待っていた。この世界では、職業によって魔法が使えたり使えなかったりという縛りはないようだ。ゲームサーバーの中のデジタルな世界ではないのだ。
得意な魔法はあるのかと聞かれて水魔法と答えた。何せ転生時にもらったスキルが「水魔術師」なのだ。レベルは、ときかれて、よくわからない、と答える。水の入った壺を渡されて何がやってみせめと言われた。
水分子の制御をイメージする。振動を止めれば冷却、振動を増加すれば沸騰。凍らせてみたり、水蒸気を吹き上げたり。
うまく行った。まあ、今の俺に使えるのはその程度の技だ。ウォーターカッターとかの大技は使えない。
「う、うむ」
審査にあたっていた魔道士たちが額を寄せ合う。
「えっと、何か問題がありましたか」
不安になってたずねる。
「ああ、いや。君の水魔法は独特だな。アイスアローとかアイスジャベリンは作れるかね」
「はあ……」
ちなみに、アイスアローとアイスジャベリンの原語はそれぞれ「ツェーチャンヤーツィー」と「ツェーチャンイヤジツェーチャイ」になる。それぞれ「氷の矢」「氷の槍」の意味だ。分子制御以外に、形や重力、風の制御が必要だろう。
「それはちょっと無理ですね。修行ができていないもので。ははは」
「基本的な水魔法すら使えないで、魔物や魔獣とどうやって戦うのだね」
「内部破壊で」
魔道士たちは、また首をつきあわせて協議しはじめた。
「君の言うことは、よくわからない。が、魔法使いとしての能力は認めよう。……次!」
鈴代が呼ばれる。
「妹はまだこの国の言葉に慣れていないのです。俺が通訳していいですか」
「うむ、許可する」
一番偉そうな爺さんが鷹揚にうなずく。さっきから退屈している感じだ。
「何か魔法を見せてくれってさ」
鈴代は、首を横に振る。
「魔法少女の正体を知った者は、死あるのみ」
「たぶん、魔道士は適応除外なんじゃないかな。魔法少女同士はどうなの? 正体を知ったら殺し合うのかな?」
「ううん。仲良くする」
「それな! さ、変身して」
ぶん、という音がして、一瞬にして変身する。短かめの黒髪からピンクのロングヘヤーへ。服装も変化する。アイドル風の制服と、うさ耳のついたハーフコートだ。右手には大きなウォーハンマー。これで敵を粉砕するのだ。……少なくともタンクローリーは真っ二つにしている。
「技を見せてくれ」
審査官が立木を示す。まだ生気のある庭木だ。
「攻撃してこない相手は倒せない、て伝えて」
その通りに翻訳して伝える。
返ってきたのは嘲笑だった。
「なんという愚か者だ」
「変身だけが魔法とは!」
退屈していた爺さんが身を乗り出す。
「何の取り柄もないゴミたちだ。ラナミーにはこういう連中はいらん! 燃やしてしまおう」
え? 爺さん、今、何を言った!?
なだめようとした周りの魔道士たちも、老人の暴走を止められない。
老人は呪文を唱えだした。
「全てを焼き尽くす原初の炎よ! ファイヤーボー……」
とっさに水魔法が発現した。
ジジイの舌を凍りつかせる。同時にワンドを取り出そうとした右手の分子の動きを止める。
何が起きたかわからない鈴代は、俺の横で眼を白黒させていた。
「長老、そこでしなくても」
「今月に入って何人目ですか! さすがに問題になりますぞ!」
魔道士たちは長老の異変に気づいたようだ。
……あ、まずい!
俺は、老人の左大脳の水分子を静止させる。つまり、絶対零度――完全に細胞が破砕される温度だ。
やり過ぎたろうか。
冷やした全ての細胞を常温へと戻す。これで、辻褄は合うはずだ。間に合った!
「脳溢血ですね」
魔道士の一人が老人の様子から診察した。
「あ…… あ……」
老人は、哀れみを乞うまなざしを向ける。が、誰も何もしない。
「こりゃ、ヒーラーを呼んでも無理かなあ」
「教の判定会は中止だな。君らは宿に帰ってくれ」
次席らしい魔道士が告げた。
隣りで鈴代が言う。
「えっと、一瞬、敵の気配がしたのだけど、私の変身はどうしよう」
「解いてくれ。もう敵はいない」
「えっと、それって即死なんとか?」
「それじゃない。誰も死んでないだろ?」
俺は、鈴代を連れてそそくさと会場を後にした。
魔法の検査場を出たところにでっかい看板が立っていた。
「文字の読み書きに自信のある方はこちらへ」と書いてある。
「あなたもチャレンジ! 一等書記官も夢じゃない」「待遇良好、求人多数」……必死か!
「これ、面白そうじゃん、受けてみようよ!」
鈴代はぽかんとしている。
「お兄ちゃん、これ、読めるの?」
「ああ。『文字筆記』のスキルも持ってるからね」
「あーっ、私のバカバカバカ。何で基本スキルとっとかなかったんだろう」
「どんなスキルとったの?」
「『四神召喚』と『爆砕魔法』と『絶対防壁』。あと『現状継承』だよ」
……ほぼ、戦いに特化したスキルなのね。仕方ないか。俺みたいに基本スキルから抑えていくヤツって滅多にいないだろうし。
次の試験会場へ向かう。
学校の体育館のような建物だ。そこに机と椅子が置いてあった。
そして、どう見ても貴族にしか見えない人たちがたむろしていた。旧知の人も多いらしく、互いに挨拶をしている。
俺たちの制服も、縫製はしっかりしていると思う。ただ、彼らのようにきらびやかさを押し出した服装ではない。さすがに気後れして隅に控える。
しばらくすると紙の束を抱えたメガネのお姉さんが現れた。
「はいはーい、皆さん、席について-。試験官のマチュア・レーチャーフェーチャー大書記です。……従者の皆さんは、白線の外に出て下さいねー」
そう。貴族の子弟ともなると、従者くらい連れていて当然なのだ。俺も、身振りで鈴代に白線の外に出るように告げる。
試験用紙と鉛筆が配られた。木版刷りの試験用紙だ。受験料の徴収係も回ってきた。コインを渡す。紙も鉛筆も貴重品なのだ。
「はい。では今から試験を始めます」
……カリカリカリ。
最初は、アルファベットを書くところからだった。もちろん、この世界の、だ。表音文字にはじまって、漢字っぽい複合文字の筆記へとうつる。
文法上の間違いを指摘したり、いにしえの詩文を読み解くといった難問もあった。これはわかるはずもない。周りの貴族たちはすらすらと解いている。文字の読み書きが出来ても、教養がなければ上級の書記官にはなれないということか。
問題用紙の裏側は計算問題になっていた。これは簡単だった。台形や円の面積を求めるといった、小学生レベルの問題だ。利息の計算なども入っている。一応、四則演算の範囲なのだが、これにはドキドキした。小数点以下の計算を筆算でこなすのはかなり面倒くさい。さすがの貴族たちも、裏面の問題では苦戦しているようだ。
ちなみに、使われているのは古代マヤ数字に似た点と棒を使った位取り記数法だ。なんと! ゼロの概念もある。古代ヨーロッパのように文字だけで表した数式だと太刀打ちできなかったところだ。
「はい、そこまで」
試験時間がおわった。
「合格者は、一時間ほどあとに表の黒板に名前を書き出します。各自、自分で確認して書かれた指示に従うように」
……まあいいか。記念受験みたいな物だしな。
答案用紙を提出した俺は、鈴代と一緒に試験会場の外に出た。
次は法律講座だ。
刑法は大きく分けて三種類。
大犯罪は死刑。
中犯罪は懲役。
小犯罪は裁判官の量刑による。
大犯罪とは、ラナミーの民を殺すこと。貴族を殺したら死刑。誘拐しても死刑。冒険者同士の殺人は……どうでもいい。
中犯罪は、障害や額の大きな盗み、小犯罪は喧嘩やスリ、けちくさい詐欺など。恋愛のトラブルも含まれる。たとえば、貴族のお嬢様と冒険者が男女の関係になったら、男は懲役刑だ。
裁判は、貴族がいればその場で裁定を下す。
騎士には裁判権はない。要するに、兵士なのだ。ただ、騎士に逆らえば切られても仕方ない。隊長クラスには準貴族もいて、軽微な犯罪ならその場で裁判ができる。万引き犯がつかまった場合、大抵は棒での尻叩きが執行される。これは恥ずかしいので商品をくすねたりしないように、と釘を刺された。 「犯罪は全て、金銭や物品による和解や償いが可能だ。冒険者ギルドは、問題が起きた時の調停もする。が、基本は君らが問題を起こさないことだ」と講師。
困窮したら冒険者ギルドに申し出ること。仕事の斡旋や、場合によっては物乞いの許可証が与えられる。これは、犯罪に走らせないための施策だ。公共の場での水道使用は飲むだけなら無料、洗濯は自宅か川で、風呂は風呂屋で入ること、昼間から酒を飲むな、などなど。
鈴代は、わけがわからないまま地面に坐ってぼーっとしている。言葉が通じないのはつらい。あとでルールを教えてやらないては。
講義がおわったら帳簿に受講記録が記される。これでいっぱしの冒険者というわけだ。あとは、畑の収穫なり害獣の駆除なり野草の採集なり、好きな仕事をもらって生きていく。もちろん、この町を出て行くのも自由だ。
……実際の冒険者はこんなものだった。
冒険者ギルドの食堂で食事を摂る。もちろん有料だ。ロックベアーの買い取り金があって本当によかった。
俺たちは、パンとシチューをお盆に載せてテーブルに向かい合う、
「ねえ、盗賊ギルドとかないのかな」
鈴ちゃん、とぼけたことを言う。
「ないない。そんな社会秩序を乱すような組織が大っぴらに存在できるわけないだろ」
「なんか思ってたのと違う…… じゃ、暗殺者ギルドとかもなさそうね」
メガネのお姉さん――マチュア大書記が俺の名前を呼んでいるのが聞えた。手に紙を持ってテーブルの間をうろうろしている。
俺は手を上げる。
「今行きます」
「ぞうかそのまま。こちらから行きます!」
言葉遣いが若干丁寧だ。
小走りに歩いてくる。
そして、俺のそばに近づくと俺の答案の裏面を示した。
「あなたは一体、何者なんですか。計算師? お忍びの貴族?」
「いえ、ただの一介の冒険者ですけど」
「そんな人が数学の問題で全問正解できるわけないじゃないですか!」
周りの冒険者がざわついた。