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まどろむままに待ちいたり(3)

 オルロック伯ノスフェラトゥ十三世が失敗したのは、俺が魔族の側に立っていると思い込んでいたことだ。なるべく穏便にすまそうという思いは、人間を畑の作物にたとえた時点ですっかり消えた。

 俺は、自分が見聞きしたことを鈴代たちに話した。……魔族の言葉がわかるようになった経緯は伏せて。

「人間を作物って…… わかるけど、わからない」と鈴代。

「吸血鬼って、害獣ですよねー」とツグミ。

「断固、処すべし!」

 佳奈女の意見に、鈴代とツグミがうなずいた。


 翌朝、というかその日の朝、太陽が昇るとともに俺たちは行動を開始した。

 まず、この城の結界装置を探す。これがあると、人間の目には伯爵の城が幻のように思えてしまうようなのだ。

 魔力の流れを(さかのぼ)ると、城の中心にある塔の上の階へとたどりついた。

 広間の向こうに鋼鉄製の分厚い扉があった。ドラゴンの形をした大きな南京錠がかかっている。

「佳奈女、錠を壊せるか」

「お安いご用だ」

 居合の、腰を落とした構えから刀を横に一閃する。

 すこっ、と錠前の輪っかが切れた。

 俺は、ツグミとともに重い扉を開く。

 警報音が鳴り響く、かと思ったがそういうことはなかった。予想した以上に無防備だ。

 上り坂になった通路を進んで行く。天井近くにある採光窓からの淡い光がたのもしい。

 次の扉も同様にして開く。

 青銅の扉になっていて、全面に不気味な浮き彫りが施されていた。

 その次は銀の扉だ。こちらは宇宙船の中のようなデザインになっている。酸化していないのは、コーティングがされているのだろう。

 段々と外の光が弱くなる。代わりに魔結晶が壁に取りつけられていてほのかな光を放っていた。

 最後は黄金の扉だった。

「せいっ!」

 佳奈女がふるった刀は、南京錠ごと扉を切り裂いた。力みすぎたらしい。それが幸いした。

 切れ目から白い煙が吹き出す。

「毒ガスだ!」

 すぐに被害が出る濃度ではない。しかし、肺に入り続けるとかなり危険な感じだ。「トトの目」はそう鑑定していた。

 慌ててみなを後退させる。

 入り口の広間に戻り、壁のカーテンと窓を開く。新鮮な風が心地よい。

 いくら吸血鬼と言っても、全く光がなければ物が見えない。そして、彼らが頼りにするのは日光ではなく月光だ。窓はそのためにつけられていた。

「誰か、風系のスキルか魔法を持ってないかな。奥の毒ガスをなんとかしたいんだ」

 皆、首を横に振る。

「あっ、でも、朱雀(すざく)なら何とかできるかも」

 鈴代は、椅子に坐って精神を集中させる。

「朱雀召喚!」

 すると、真っ赤な中華風のドレスを着た少女が現れた。

「どうぞご命令を」

 拱手して鈴代と俺に頭を下げる。

 年の頃は十七、八歳くらい。真っ赤な髪をツインテールにしている。改めて見ると、世にも稀な美少女だ。元の世界なら映画女優にいそうな凛とした雰囲気がある。

 俺の頬の緩みに気づいたのだろう、鈴代が朱雀にややつっけんどんに言った。

「この奥の部屋の毒ガスを何とかしたいんだけど、できる?」

「はい」

 朱雀は壁際につかつかと歩み寄ると、両手を真横からやや後方に広げ、そのままふんわりと浮き上がった。まるで宇宙船の中のような優雅な飛翔だ。

 そして、広間の上の壁龕にあるレバーを動かす。

……え!? 何!?

 システム(からくり)がわかったのね。

 ぶん、と風が吹いた。

 窓から入った風が、通路の奥へと吸い込まれていく。

「危険がなくなるまで、しばらくお待ちください」

 そして、周りの皆を興味深そうに見回す。

「佳奈女は知ってるよな」

「はい。旦那様の二番目の奥様ですね」

 玲奈とツグミが引いている。別に秘密にしていたわけではないが、倫理的に抵抗感があるのだろう。

 スルーして紹介にうつる。

「こちらが戸原玲奈。俺の妹だ」

「ということは、我があるじのお姉様ですね」

「いや、妹だ。ちょっと事情があって、鈴代の妹分になっている」

 玲奈は、ビクビクしながら朱雀に挨拶する。ブラスター・カノンの時とは性格が違って人見知りなのだ。

「こちらは小阪ツグミ。同じく転生者だ」

「はじめまして」

 ツグミはビビってなさそうだ。むしろ対抗意識を持っている感じだ。

「あの、お二人は旦那様の奥様なのですか」

 朱雀が素朴な疑問を口にした。

 ぷるぷる。

 二人はそろって首を横に振る。

 鈴代が止めに入った。

「朱雀、そういう話はもういいから。そろそろ毒ガスは大丈夫かな~」

「見てまいります」

 一礼すると扉の向こうに走って行く。というか、宙を歩むような優雅な歩みだ。

 しばらくすると戻って来てにっこりした。

「大丈夫です」

 俺たちは、結界装置のある場所へと向かった。


 黄金の扉を開くと、その先に大きな宝玉を閉じ込めた幾何学的な彫刻が立っていた。立体の多角形が何重にも重なっていて、宝玉はその中心に浮かんでいる。材質は紫がかった金色で、換気用に開け放たれた縦長の格子窓からの陽光を色とりどりに反射している。その周りの彫刻は、どす黒い地金に赤い血の道が走っていた。

……これは尋常の物じゃないぞ。

 本能的にヤバさを感じた。

「魔界の何かだな。触っちゃだめなヤツだ」

「これを壊したら更なる災厄が訪れるでしょう。人の手でどうこうすべき物ではありません」と朱雀。

 そこに幼さの残る声が響いた。

「というと、神の手にも余るのかな、かな」

 白虎だった。また勝手に出てきている。

「鈴ちゃん、青竜と玄武の見解も聞きたい」

「うん」

 その場にぺたんと坐って精神を集中する。すぐに残りの二神も現れた。

「これは、実に興味深い。なんとこれは!」

 青竜は、丸眼鏡の真ん中を押さえつつ、装置の周りを何周も回って観察している。

 玄武はその場に突っ立っているばかりだ。

「わしは武骨な一方でな。こういうのはさっぱりわからん」

 知りもしないことに首を突っ込まないのは立派な態度だ。

「青竜さん、何かわかりましたか」

 たずねてみる。

「正直言ってさっぱりわからない。でも、物凄い気を放っていることはわかります」

 四神が生きている世界とはロジックが違うのだと言う。青竜は「太極分かれて両儀となる。両儀は四象(ししょう)を生じ、四象はやがて八卦(はっか)となり……」と難しいことを言い始めた。

「で、結局、この城の結界を解く方法はわからないのかしら」

 鈴代がちょっと気取った物言いでたずねる。

「それはわかります、わがあるじ。この下の方にある運気機を壊せばいいのです」

「ウンキキ?」

 またよくわからない言葉が出てきた。

「城の周囲に結界を張り巡らせている装置です。でも、そんなことをして何をなさるのですか」

「人間を中に入れる」

 俺の言葉に青竜は目を丸くした。

「人間は、すでに来ておりますが……」

 その言葉とともに、大勢の兵士が広間へとなだれ込んできた。


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