まどろむままに待ちいたり(1)
気がつくと、俺と鈴代は柔らかい草むらにころがされていた。鈴代は、エテルネ・リンネの姿のままだ。気絶すると変身は解けないらしい。
横には、人に戻って服を着たツグミがいる。
「おはようございます」
ツグミさん、心なしか頬が赤い。あ、そうか、虎になったらもふもふだけど、本当は素っ裸の女の子なんだ……
「おはよー、て、そんなに時間、たった?」
「うん、そこそこたったよー」
あたりを見回す。真っ白な煙と木が燃える臭いが木々の合間に立ちこめていた。
「はーあ、焼けたね」
「うん、焼けましたねー」
月並みの感想しか出なかった。
魔法少女が放つスキルは、恐ろしい破壊力だった。樹齢何百年もあろうかという木々が灰となって、まるで灰色の扇状地だ。
「焼き畑農業ができそうだね」
「うん。このまま焼き畑農業、できますねー」
二人でとりとめのないことを話す。
「目的地まであと一日だっけ」
「はい」
「このままここを開拓してもいいんじゃないかな」
「それ、いいアイディア!」
そもそも、こんな山の中に領地の境界線などない。ただ、地図の上で便宜的に区割りをしているにすぎないのだ。多少の逸脱は許されるだろう。誰かが問題にしない限りは。
……ニツォケーホーガンに戻ったら、土地台帳に手を加えておこう。
「それにしても、なんでドラゴン、あっちから来たのかなあ」
俺は、ツインピークになっている山を指さす。
「たまたま近くにいたんじゃないですか?」
「……タクシーか!」
二人で笑いあう。あまり知らなかった同年代の子――それも学園の人気者と何気ない会話ができるのがうれしい。
「うーん」
鈴代がうめいた。もにょもにょ言っている。当分、起きそうにない。
「あれ、何でしょうね」
ツグミが、焼け野原の先にある建物っぽい何かを指さした。四角い土台に尖塔が何本か伸びあがっていた。
「うーん、お城、かな? 地図には載ってなかったし、木々に覆われていたのかも」
「何か、雲みたいなのわいてません?」
「うーん。ちょっと待って」
トトの目のスキルを使って観察する。
「ありゃコウモリだな」
「コウモリ、って、ドラキュラとか住んでそうですね」
「てか、よく見るとあれ、人くらいの大きさがあるよ。なんか魔物っぽい」
「ヤバいですね」
「ああ、ヤバい」
我ながらのんきな二人である。
「こっち来るようですね」
雲霞のように見えていたコウモリたちが、まっすぐにこちらを目指して動き出した。灰の扇状地の要を目指しているのだ。
「うん。……鈴代、目を覚まして!」
あっ、やべっ。エテルネ・リンネと言わなきゃならないんだった。まあいいっか。寝てるし。
「エテルネ・リンネ、出番だよ~」
草で鼻の穴をくすぐる。
くしゅん。くしゃみをした。
「うーん、むぐむぐ」
それでもまだ寝言を言っている。あきらかな電池切れだ。そして、バックアップである俺もほぼ電池切れ状態だ。話していないと眠気に襲われそうになる。
「ちょ、ピンチだよ。ツグミ、変身して。俺たちをブラスター・カノンの所に連れていって!」
「うん、了解!」
ツグミはガサゴソと服を脱いでいる。
「ちょっ、おま!」
「緊急事態だから。キングは目をつぶっていて下さい!」
いや、それはムリだ。今、目をつぶったら泥のような眠りに吸い込まれてしまう。
仕方なく鈴代の顔を見つめる。
可愛すぎる寝顔だ。
「ガオ!」
虎の髭が頭をこすった。服を詰めたスポーツバッグをぶっとい前足でさしている。
バッグを虎の首に結びつける。
そして、俺は鈴代を虎の背にかつぎあげると、自らも覆い被さるようにして虎の背にまたがったのだった。
ツグミ虎の動きは鈍かった。
煙でいぶされて嗅覚が鈍っているようだ。
銃声がした。
「あっちだ!」
グワッツの残党を狩っているらしい。
少し走っては向きを確認する。大木の森が作る日陰で、ほぼ灌木のない地面だ。虎には走りやすいと言っても舗装道路があるわけではない。岩や倒木もある。なんとかかんとか現場に着く。
ブラスター・カノンは戦っていた。
コウモリのような羽をもった人型の怪物たちと。
コウモリの弱点はその巨大な翼だ。
ブラスター・カノンは得物を散弾銃に変えていた。沢山の鉛玉(のような何か)をぶっ放す。するとコウモリ人間は翼がズタボロになって地面に落ちる。そこを人々がタコ殴りにする。
ニツォケーホーガンもボシュボナヒューもなかった。人々が協力して敵と戦う――美しいとも恐ろしいともとれる光景だ。古来、統治に行き詰まった政治家は外敵への恐怖をあおって民衆の団結を引き起こしてきた。まさにそれを具現化した光景だ。もしコウモリ人間が鐙景奈の差し金だとすれば、評価を「勘違い女」から「かなりの策士」に改めなくてはならないだろう。
コウモリ人間は、ぴっちりとした貴族風の衣服を身につけ、サーベルを腰にさしていた。重い武器が持てないのだ。そして、身につけた全てがボロボロだった。古い衣装を倉庫から引っ張り出してきた感じだ。それに、動きが大仰で鈍い。まるでお年寄りの動きだ。顔や手も、皮が骸骨に貼り付いたようで生気が感じられない。
「お兄ちゃん!」
ブラスター・カノン――戸原玲奈が俺に気づいた。大きなヘラジカの角がついたパーカーを着ている。擬制的妹二号。だから「お兄ちゃん」なのだ。
「そろそろパワー切れなの。力を貸して!」
抱きついてくる。
妹二号は、俺を充電器か何かと勘違いしているらしい。
ふと何かに気づいたように顔をまっすぐに見つめてくる。
「パワーが、弱い!?」
「ごめん。さっき使い果たした」
俺と妹たちは窮地に陥った。




