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虎よ、虎よ、虎よ!(4)

 翌日の戦いは急遽交渉の場と化した。景奈の体調が悪化したためだ。衆人環視の元、日本語での交渉が進み、それをカンナがボシュボナヒューの言葉に、佳奈女がこちら側の言葉に通訳する。

 ちなみに、この国は「ウシュ・ニタワット」という。「我々の・国」だ。国号がない、というのは不便な気もするが、外国との交渉ではそれで通しているらしい。つまり我々が住んでいるのが「ウシュ・ニタワット国」というわけだ。

 彼我(ひが)の戦力差は歴然としていた。ツグミがこちら側についたからだ。それに加えて景奈の衰えがあった。分身半分を散り散りにされた景奈には、もはやバリケードの玉座に坐ったときの覇気はない。

 それでも人の本質はすぐにはかわらない。ボシュボナヒューの民には恥ずかしげもなく「領土をもぎ取った」と演説していた。そして、地図に記された領域を「自治区」、賠償のための年貢(ねんぐ)のことを「契約料」と言い換えていた。

……まあいい。これで厄介者を封じ込めることが出来たのだ。

 俺からも一言、挨拶をした。

「流浪の民であるそなたたちに土地を与え生きる道を示した『我が国』の寛容さに、よくよく感謝して子々孫々伝えるのだ。一朝事あればはせ参じて忠義を働くように心せよ」

……いやまあ、適当ですけどね。さすがに「お前ら犯罪者どもは荒れ地に閉じ込めておくのがお似合いだ」とは言えないからねえ。


 こうしてボシュボナヒューの流民たちは、「偉大なるニャプタク・ピクセン」の導きのよろしきを得て、山間の未開拓の土地へと移動をはじめた。市民兵団と、俺たち勇者スズヨ・チームもついて行く。景奈のカリスマスキル(当人たちはアビリティーと呼んでいた)を信頼してはいたが、それでも統率がゆるまないという保証はなかった。

 半日を歩いての行程は、多くの落伍者を出した。大体は、流民たちの中でも最下層の貧乏人たちだ。彼らには景奈と同胞以外に頼る者はいない。たとえニツォケーホーガンに戻ったとしても言葉が通じない。盗賊として生きるしかないだろう。可哀想だが、全ての人を救うわけにはいかない。

 獣道を踏み分けての行進は夕暮れ時まで続いた。

 地図とも言えない地図で進行方向を確認する。山の形だけが頼りだ。

「今日はここまでにしないか。皆、疲れている」

 景奈が野宿をしたいと申し出た。

「ああ、そのつもりだ。夜道を行くのは危険だし、このあたりでキャンプとしよう」

 鈴代と佳奈女もうなずく。

 佳奈女が手を上げる。

「警戒を怠らない方がいいぞ。ここは未知の場所だ」

 ボシュボナヒュー側から歩哨を出す。

 ニツォケーホーガン側は、俺やミチョナのテントの周りに同心円を組むように拠点を作る。ある者は藪を切り開いて簡易屋根を作り、ある者は岩陰にたき火をする、といった具合だ。

 その夜。

 浅い眠りを破るように悲鳴が鳴り響いた。


「グワッツだ!」「グワッツが出たぞ!」

 聞き慣れない言葉だった。翻訳するならゴブリンという感じだろうか。毛で覆われた小さな二足歩行動物のイメージが浮かんだ。

「鈴代、頼んだ!」

「了解だよ、お兄ちゃん!」

 光の爆発とともに虹色のリボンが現れ、ほんの瞬きほどの間に魔法少女に変身する。

 巨大なウォーハンマーを肩にかついだ、兎耳パーカーの魔法少女エテルネ・リンネの姿は頼もしい。

 森の向こうでは銃声がしていた。ブラスター・カノンが先んじたようだ。

 俺の肘に、すっと腕が絡まった。

「す、すごいね」

 ミチョナだった。

 こういう女の子ムーブをされると勘違いしてしまいそうだ。

……こいつは男の子、こいつは男の子!

 自分に言い聞かせる。

 銃声と、何かを叩き潰す音はだんだん遠のいて行く。

 不意にカンナが現れた。

「ふん!」

 無言でナタを振り下ろしてくる。

「なんなんだ、一体!」

 ゴブリン襲撃の隙をついて、俺を殺しに来たようだ。なんて姑息な真似を!

「ふんぬ!」

 またしてもナタが横に払われる。

 ミチョナが引っ張ってくれたおかげで二撃目もかわせた。

 俺は無言で筋力を強化すると前蹴りをお見舞いした。強化された筋肉は予想外の速度で脚を動かす。

「げふっ」

 カンナのみぞおちに蹴りが入った。

 女子に暴力をふるうのは趣味じゃない。が、ナタを振り回す狂女相手に、そうも言ってられない。

 反射的に放った蹴りだったが、腹の急所を直撃したようだ。カンナが地面に崩れ落ちる。

「カンナ!」

 ツムギが走ってきた。

「何があったの?」

「突然、襲われた。仕方なく蹴ったら崩れ落ちた」

 点穴麻酔――ツボに入ったら眠らせるスキル。自分でもこんな時に発動するとは思わなかった。

 地面に落ちたナタを見て、ツグミは状況をを理解したようだった。

「カンナ、何てことをしてくれたのよ。せっかくみんなで住める場所が決まったっていうのに……」

 ゆさぶっている。

「ミチョナ、縛り上げてくれ」

「はい!」

 テントに使ったロープの残りでカンナを縛りあげる。後ろ手にして首にも縄をかける本式の縄のかけ方だ。マンガで見るような生っちょろいぐるぐる巻きではない。ついでに隠し持っていたクナイも遠慮なく没収する。俺なら見落としていたかもしれない。

「できました!」

 得意げに胸を張る。褒めてオーラが出ている。

……こいつ、可愛いな!

 俺はカンナを引き起こすと地面に坐らせた。

 背中に膝を当てて活を入れる。

「う、うーん」

 目覚めるカンナ。

 目の前には、目を怒らせたツグミがいる。

「ツグミ…… 会いたかったよー」

 泣いている。

「キングに何してんだよ! 全て台無しじゃん」とツグミ。

「倒したら、全ての支配が握れるから、て鐙先輩が……」

 暗殺者としてはアホである。全てばらしている。

 鐙景奈はいまだにニツォケーホーガンを支配することを諦めていなかったのか。それとも今日一日の旅路で気がかわったのか。何にせよ、二人目の手駒も突っ込ませてみごと玉砕したというわけだ。

「あの怪物は?」とツグミ。

「えっと、もう動き出したのかな」

「って、もう仕掛けてるじゃん」

「え? まだのはずなんだけど」

 話がかみ合っていない。

「それって何のことかな? 話してみそ」

 俺は、なるべく邪悪な笑みを浮かべつつカンナの頬を刀の腹で叩く。

「話さなければ話せなくなるまで切り刻むぞ」

 ペシペシ。

 まちろん脅しだ。けど、刺客にはそれが本気に思えたのだろう。「ファラオの威光」も効いているかもしれない。

「ひいっ! ドラゴンです。鐙先輩がドラゴンを召喚して襲わせるって……」

「あいつ、また何て物を持ちだしやがったんだ!」

 ミチョナは、俺たちの会話がわからずおろおろしている。

 通訳する。

「ニャプタク・ピクセンがオジーオシャーンを召喚したらしい」

「オジーオシャーン!」

 ミチョナは目を丸くしている。

 オジーオシャーンとは、こちらの言葉で「伝説の巨大爬虫類」のことだ。概念としては「恐竜」に近いかもしれない。いずれにせよ、なめてかかれない相手なのは確かだ。

「ただ、こちらには魔法少女が二人いる。遅れはとらないとは思うのだけど……」

……ここは森林の中だ。不意打ちをされるとまずい。

「なんとか二人を呼び戻さないといけないな」

「それなら私がなんとかします!」

 ツグミが動いた。


 荷物の陰に入ったツグミは、虎に変身して出てきた。くわえてきたカバンを首に巻いてやる。その背中にまたがると、俺とツグミは森の奥へと向かった。

 虎は夜行性だ。その嗅覚は人間の約百倍と言われている。日没直後の闇の中、鈴代は、もとい、エテルネ・リンネはすぐに見つかった。

 手短に事情を話す。

「うん、大丈夫だよ。感知してる」

 遠くの斜面を指さす。

 ブラスター・カノンの位置は銃声でわかる。指の方角とははずれている。

「やれるか?」

「うん。お兄ちゃん、支えていてね」

 ちゅっ、と軽くキスをする。

 俺はエテルネ・リンネの後ろに立ち、その後ろにツグミの虎が支えとなる。

……これが本当のトラツグミだ、と馬鹿なことを思いついた瞬間、鈴代の目から夕闇を切り裂く激しい光線が放たれた。

 キシャー!

 森の奥で飛び上がろうとしていた竜をめがけて、極太の光線が突き刺さる。

 竜が逃げようと動いたため、光線の追尾が左右にぶれる。おそらく鈴代は勘だけで撃っている。光線を放つ間は眼が機能しないのだ。

 森が燃え上がって広い炎の道ができた。

 さすがは竜だ。飛び上がったり隠れようとしてあがく。しかし、光速の追撃からは逃れるすべがない。

 やけくそになったのか竜は炎を吐く。が、こちらに届くまでもない。

 その断末魔の声が消えるとともに鈴代はぐったりとよりかかってきた。俺もふらふらになってツグミ虎のふかふかクッションにめり込む。

……森の生き物たち、ごめん。俺たちは自分たちの安寧を優先してしまった。

 申し訳ない気持ちになりつつ、俺の意識はもふもふの夢へと沈み込んだのだった。

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