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虎よ、虎よ、虎よ!(3)

 有村カンナ。ヒップホップダンスの世界ではちょっとは知られた存在だ。佳奈女とは対照的な陽キャだと思う。いつも授業をサボって遊びまくっていたイメージがある。チーム景奈に入っていたのはちょっと驚きだった。まあ、知らない世界で同じ学校の出身というだけでつるんでいるだけなのかもしれないが。

「いざ、まいる」

 佳奈女は弓矢と刀を鈴代にあずけていった。相手が素手なので合わせたのだろう。武士道精神ここに極まれり、だ。が、これはミスだった。カンナはクナイのような武器を隠し持っていたのだ。

「くっ、卑怯な!」

「自分のアホさを棚に上げてそういうことは言わないの!」

 カンナの動きはまるでバレエだ。蹴り中心の回転技。そこにカポエラの要素も加えてくる。まるでストリートダンスのようなバトル。動きが読めない。

 対する佳奈女は合気道の構えだ。手足をとらえなくては技がかけられない。そこで傷を負わされてしまった。

 実は佳奈女には空手部の男子が何度かふざけて挑んでみたことがある。が、すぐに関節を取られて投げ飛ばされてしまった。もっとも、本気の戦いではなかったので実戦ではどうなるかはわからないが。

 観衆も俺も、二人の戦いに目が釘づけになっていた時だった。

 ふっ、と俺の首にまきつくものがあった。

 針金のようだった。

 背後から締められたのだ。

 が、今度は俺の側にも準備があった。鈴代に四神を配置してもらったのだ。

「いけませんね」

 青竜が小さくつぶやくと、景奈の分身の背後から頸動脈を締める。

 崩れ落ちた分身は、すぐさま溶け落ちようとした。

 とっさに水分子の動きを止める。

 実体のある分身が相手だ。水魔法が効いた。

 バリケードの椅子にすわった景奈をふりかえる。

 ポーカーフェイスをよそおってはいるが、見るからに顔色がわるくなっていた。分身を傷つけられるとその影響が本体に及ぶらしい。

「あるじ、どうしましょう」

「そうだな。そこらに転がしてくれ」

 青竜は、景奈の分身だったドロドロの塊を草むらにころがす。

 間髪を入れず、水分子の動きを沸点まで上げた。

 バン!

 景奈の分身はあっけなく破裂した。


 バトルフィールドでは佳奈女が膝をついていた。

 全身、刺し傷だらけだ。

 慌てて叫ぶ。

「勝負はついた。これで一勝一敗の引き分けだ。最後は大将戦でいいな」

 青い顔、というかどす黒い顔の景奈はうなずく。

 甲冑姿の玄武が佳奈女を回収しに行く。さすがにカンナも武神には手を出さない。クナイでは鎧は貫けないし、格の違いを感じたのもあるだろう。

……さて、次の大将戦だが。

 正直、勝つ方策がなかった。「筋力強化」のスキルを使ったところでどう動くかの知識がない。景奈の実力も未知数だ。

 分身を破壊された景奈の体調は悪そうだった。

「ちょっと待ってくれ。十分だけ休みをくれないか」

 景奈は、返事も待たずにバリケードの玉座をふらふらと降りる。

……助かった。

 俺は佳奈女の治療に全力を注いだ。


 十分が経過した。

 カンナが現れて大声で告げる。

「我らがニャプタク・ピクセンは急な体調不良である。一日の休戦を申し入れたい」

 観衆がざわめく。

「どうしよう。一気に攻め込むか?」

 俺の膝を枕にして休んでいた佳奈女がたずねる。

 治癒は完了していた。気合いは十分だ。

「いや。さすがに白起将軍にはなりたくない」

 白起将軍というのは、秦の昭襄王に仕えた人物で、投降した趙の兵士四十万人を生き埋めにしたという伝説の持ち主だ。世界史をとっている同士だとこれで通じるから話が早い。

「そうだな。恥ずかしいことを言ってしまった」

 反省する佳奈女である。

 俺は立ち上がると宣言した。

「こちらの要求は戦いではなく話し合いだ。休戦は望むところだ」

 かくして、一勝一敗のまま勝負は翌日に持ち越された。


 宿舎に戻る途中、俺はニツォケーホーガンの数理事務所に顔を出した。調べたいことがあったからだ。ここには町の全情報が集まっている。

 さすがに海賊騒動で事務所は閑散としていた。土地台帳を出してもらい、土地の利用状況をチェックする。

 やはり思った通りだ。ドゥニダハティン鉱山への道以外にも、山村への道が広がっている。その脇に広がる、誰も開拓しようとしないけわしい山と谷。開拓は大変だろうが、うまく導けば最低限の生活はできるだろう。

 警察署長や市の役人も呼んで協議する。どうやらそこは、書類上は国有鉱山の管轄地になっているようだ。ただ、具体的な手続きがわからない。最悪、不法占拠になるかもしれない。

 頭を冷やすために少し休憩する。コーヒーブレイクだ。この世界にコーヒーと砂糖と牛乳(っぽい何か)があってよかった。

 そこに、なつかしい声が響いた。

「先輩、やっぱりここにいましたね」

 ミチョナだった。戸原玲奈もいる。

「え? 二人ともどうしたの?」

「荷物の代金が送られてこないので様子を見に来たんです。家臣団からは連絡が来ないし、海賊で大変だって噂もあって、いてもたってもいられなくなったんですよ」

……なるほどね。

 かくかくしかじかと状況を説明する。そして「海賊」たちの移住先の候補地を示す。

「うわーっ、それって僕一人で決めちゃっていい話なんでしょうか」

 ミチョナはぶるっている。

「キミがOKをくれれば、俺は虐殺者の汚名をかぶらなくて済む。それに、定住者が増えれば農産物も取れる。逆に彼らを追い出せばまた別の都市が襲われる。戦いと被害が続くことになる」

「うーん。協力したいのはやまやまですが、さすがに僕の一存では……」

 その時、玲奈が名案を思いついた。

「海賊を全員、逮捕すればいいんじゃないかな。囚人にしたら鉱山送りにできるし、何も刑罰が鉱石堀りだけってわけじゃないんでしょ。農地開拓させればいいんじゃない?」

「それだ!」

 横にいた警察署長も同意する。数千人の同時逮捕、という無謀な計画だが、逮捕される側が納得しているのなら不可能ではない、と。かくしてこちらの素案は出来上がった。


 その日の夕方、市民兵団のアヤニ氏が宿舎を訪れた。

「コサカ・ツムギを捕まえました。勇者様に面会したいと言っているのですがいかがいたしましょう」

 俺たちの顔を交互に見ている。どうやら「勇者」が笹森鈴代だけではなくチームまるごとで勇者なのだと認識を改めたようだ。

「いいよね」

 うなずく二人。面会することに決める。

 場所は、石造りの倉庫の中。もし万一戦いになったら、を考えての用心だ。

 椅子とテーブルと灯火だけの、がらんとした会見場所になった。

 手錠と腰縄をつけたツムギは、どこかで盗んだのだろうシーツを身にまとっていた。おどおどしているのが素人目にもわかる。

「よっ、小阪」

「ミシャグチ君……」

 声をかけるとうるうる目でこちらを見て来た。前の世界では顔を知っている程度の間柄だが、それでも潮風にもまれた肌が荒れているのがわかる。あの可愛くて人気者だったツムギが可哀想に……

 ツムギの方は、もはや人目もはばからぬ滂沱(ぼうだ)の涙だ。

「怖かったよ~。大変だったんだよ~」

 ぐすんぐすん。

 時々、シーツで涙をぬぐいながら今までの経緯を話しはじめた。


 あの日、チーム景奈はいつものように駅でつるむと学校に向かった。

 その途中、ガソリンタンクの爆発に巻き込まれて気がついたら例の空間――バックヤードにいて、事情を説明されて詫びスキルをもらいこの世界に転生した。最初は面白がって異世界冒険をしていた彼女たちだが、すぐに現地の王に目をつけられてしまった。危険な能力者、ということで兵士の襲撃を受け、景奈を支持していたボシュボナヒューの民とともに海に出た。その後、あちこちの村や町で定住をことわられ、ようやくニツォケーホーガンの港にたどりついたのだという。

「えっと、俺が聞いた話とはずいぶん違うのだけどな」

 ラタナブとアウクから聞きとったのは、もっと武勇譚のような感じの内容だった。あまたの町を襲い、略奪し、焼き払ってきた、という感じの。

 もっとも、同じ事柄を別の面から見たら話は違ってくるのだろうが。

「で、景奈がニャプタク・ピクセンになったのはどうして?」

「それは……」と言いよどむ。「ぶっちゃけ、(あぶみ)先輩のアビリティーなんです」

……くはー、やっぱりそうかよ!

 景奈の能力は民衆扇動のような物らしい。自称カリスマとしては、この能力は願ったり叶ったりだったろう。ただ、その効果は限定的だった。ある程度の批判能力を持った人間には効かなかったのだ。そこで、ボシュボナヒューの民にも分断が起きた。王の介入を招いたのはそのせいらしい。

「過分な野望を抱くとろくなことはないな」佳奈女が評する。

「で。鐙の狙いはどっちなんだ。この国の征服か、それともボシュボナヒューの民に安住の地を与えることか」

「安住の地、だと思います。いつも流浪の旅はもうおわりにしたいと言ってましたから」

「それならお兄ちゃんの案でうまく行きそうだね」鈴代が笑みをもらす。

「案?」

「ああ。ボシュボナヒューの民に開拓地を与える案だ。つらいとは思う。けど、略奪の旅を続けて憎まれつづけるよりはましだろう」

「はい」

 しんみりとするツムギだ。

「ところで、あの虎少女は……」

「ここにいるよ!」

 白虎がひょい、と鈴代の陰から現れた。こいつ、召喚されなくても勝手に現れる()()がついたらしい。

「ひぃ!」

 ツムギは、よほどトラウマになっていたのだろう、椅子から転げ落ちておたおたしている。

「ひどいなあ。捕虜を襲ったりはしないぞ」

 むくれる白虎。

「さて。メシにするか。小阪も腹減ってるんだろ」

「うん」

 メシは人の心を平和にする。

 俺の提案で四神も交えての食事にすることにした。

 その食卓は…… 豪儀だった。

「神への供物は、多ければ多いほどいいよ」

 朱雀がぼそりとつぶやいた。

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