虎よ、虎よ、虎よ!(2)
鐙景奈。佐保川学園高等部の自称カリスマ兼オピニオンリーダーにして生徒会長選挙の落選者。一部に熱狂的なファンがいるかわりに、アンチからは底知れぬ勘違い女として嫌われている人物だ。どうやらタンクローリー爆発事件に巻き込まれてこちらの世界に転生したらしい。
「ふっ、まさかとは思ったけど、この国にも転生者がいたとはね」
取り巻き女子の小阪と有村もいる。同じような軍服を着ていた。というか、よく見たらバンドトワラーの服だ。三人そろってチーム景奈、というわけか。
「トトの目」で観察する。
自信に満ちた景奈姫に反して、小阪と有村は内心の不安が隠し切れていない。元の世界の住人と会えたことでほっとしている気配すらある。三人ともスキル持ちだろう。とすれば、戦うのは避けたい。何せ俺は「ひ弱な文官」なのだ。
「鐙さんがトップなら話は早い。こちらの要求は、血が流れる前にすみやかにこの地を離れていただきたい、ということだ」
「こちらの要求はこうだ。この地域の支配権をすみやかに譲渡していただこう。平和裏に」
話が完全にかみあっていない。
「どういう理屈だ。侵略者が土地の割譲を求めるのか。帝国主義か!」
「我々は難民だ。生きる権利がある。定住地を求めて彷徨っていたのだ」
「嘘をつけ。たどり着く先々で略奪を繰り返してきたんだろう。それを正当化する理論などない!」
「人権と生存権だ。豊かな土地に住む者には、窮乏した民を救う義務がある。そうは思わないかね、キング君」
過去、こうしてあまたの戦争が起きたんだろうな、と思わせる対立の構図だった。
必死で考える。
この国の統治システムすら把握していない俺が、この対立をどうやって仲裁するのか。いや、そもそも仲裁していいものだろうか。こういうのは大人にまかせて…… いたらろくでもない結果にしかならないしなあ。
「とりあえず休戦をして話し合いをしよう……」
「古来、こういう時は一騎打ちと決まっている。代表者を出して戦わせようじゃないか」
鐙景奈、とことん話の合わない女だった。
「こちらの代表は、小阪ツムギだ」
「えーっ、私ですかー!?」
ピンク髪のゆるふわ女子が慌てている。
「大丈夫だ。お前はこちら側で最強のポテンシャル持ちだ。いっちょ揉んでこい!」
「わかりました」
物陰でバトントワリングの制服を脱いでジャージに着替えている。なんか可愛い。
「トトの目」で観察する。見かけによらずパワータイプのようだ。本当に、物凄いポテンシャルを感じる。手には即席のトンファーを持っている。空手か中国武術の使い手だ。
「まいります!」
バリケードの残骸を飛び越えてきた。
……これは分が悪いな。
あいにく我が方には、パワータイプで、見た目の愛らしさでも対抗できる人材がいない。いや、いるにはいるが鈴代は公衆の面前では変身できない。そこがネックだ。
「えっと……」
鈴代が袖を引っ張った。
「お兄ちゃん、白虎ちゃんが暴れたいって言ってるんだけど。出してもいいよね」
……そうか、その手があったか!
見てくれはちびっ子、愛らしさではツムギに匹敵。そして、おそらくはパワープレイヤー。
「よし、まかせた!」
と言うが早いか、虎耳虎手袋虎ブーツのもふもふ娘が飛び出して行った。
「殺すなよ!」
「了解した!」
白虎はボクシングの構えだ。軽くステップを踏みながらパンチを繰り出す。ツムギはトンファーでパンチを防ぐが、攻撃には手が回らない様子だ。一度キックをくらった白虎だが、すぐに体勢を取り戻す。うおっーっと観衆が盛り上がる。レフェリーのない試合――本質的には死合いだ。
ツムギは意外にねばった。神相手に人としては最善を尽くしたと言っていいだろう。そして、なんということだろう。白虎が段々と弱っていったのだ!
横を見ると鈴代がふらふらしている。
「鈴代、しっかりしろ」
ダメージが召喚主にも届いているらしい。そうか、こいつすぐにパワーダウンするんだった!
「俺の力を吸え!」
鈴代を抱きしめてパワーを注入する。そのエネルギーは白虎にも伝わったらしい。突然、動きの切れがよくなった。白虎のストレートパンチがトンファーを叩き折る。
ゴン、という鈍い音が、少し離れたここまで聞えてきた。
「やったか!」
ツムギの額から血が飛び散る。トンファーの破片があたったのだ。
「やったー!」
飛び跳ねて喜ぶ白虎。
しかし白虎がこちらを向いた瞬間、ツムギが奥の手を出した。巨大な虎に変身したのだ。
「虎だ、虎だ、虎だ!」
観衆のざわめきが広がる。
白虎の数倍はあろうかという黄色と黒の縞模様の巨大生物が現れた。そして、白虎の首を上からガブリ、とかじり取ろうとする。間一髪、虎口を脱する白虎。
「もう頭にきた!」
白虎は、虎の顎に連続パンチを叩き込む。まるで猫パンチだ。
そして、自らも巨大な白虎と化して黄虎と組み合う。
白虎はますます巨大化する。力業では白虎が上まわった。上にまたがってのパンチを繰り出す。
雄叫びとともに、白虎は黄虎の首根っこに噛みついた。そして、ぶんぶん振り回すと海をめがけてぶん投げた。
「きゃーっ!!」
空中で人の姿に戻ったツムギは、一糸まとわぬ裸体だ。巨大化した時に服が破れたらしい。
「おーっ!」
観衆のおっさんたちがどよめく。
「これで決着がついたな」
俺が景奈の方に目をやると……
景奈は俺のすぐ近くいた。瞬間移動? いや、高速移動か。
邪悪な笑みをうかべてレイピアを突き出す。
鈴代が動いた。
俺の前に立ちふさがって景奈の剣を受け止める。
間に合わない!
二人はともに串刺しに……
ならなかった。
「絶対防壁だよ」
鈴代がにっこりする。
佳奈女が脇差しをぬいて景奈に切りつけた。
景奈は、ぐべっ、といやな音を立てつつ地面に倒れ落ちる。
「ふっ、あっけなかったな」
佳奈女がトドメの一太刀を加える。武家に容赦はない。
が、景奈の肉体はヘドロのように崩れ落ちると地面に溶けていった。
「何なんだ、これは!」
「トトの目」でも分析不能だった。
景奈は元の場所で腕を組んでふんぞり返っている。おそらくは分身だ。
「次! 有村カンナ!」
「はいっ!」
チーム景奈の二人目だ。
いつの間にかジャージに着換えている。
ていうか、これ、何回戦なんだ? 代表戦じゃなかったのか!?
いや、鐙景奈に常識を求めてはならない。
「トトの目」でカンナを観察する。ポテンシャルは低そうだが、一撃必殺の何かを秘めている。
「どうした。不戦敗か」
景奈があおってくる。
「私が出よう」
佳奈女が立ち上がった。




