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虎よ、虎よ、虎よ!(1)

 ニツォケーホーガン。そこは陸上交通の要衝で港町でもあった。

 俺たちのリャマ隊はそこで完全な足止めをくらった。

「海賊です。海賊に攻撃されているんです! 助けて下さい!」

 ニツォケーホーガンの役人は、情けない顔で俺たちに懇願した。

「えっと、どういうことかな。俺たちはただ、荷物を売りさばいてラナミーの街に行きたいだけなんだけど」

 そう。純度の高い魔法石はいい値段がつくのだ。

「あなた方の噂は聞き及んでいます。ラナミーのガビッシュを退治なさった勇者様ですよね」

「まあ、そうなんだけどねえ」

「お願いします! 謝礼ははずみます」

 ひざまづいて頭をこすりつけている――鈴代のブーツのつま先に。そう、勇者として知られているのはは鈴代なのだ。

「お兄ちゃん、この人、何言ってるの?」

……ドン引きするのも無理はない。

 毎晩の特訓でこの国の文字の読み書きはできるようになった鈴代だが、いまだ話し言葉は聞き取れない。「言語自在」のスキルを持った俺か佳奈女がいなければ、この世界に来ても大変な目に遭っていたかもしれないのだ。

「海賊が攻めてくるので退治してほしいってさ」

「街の人が困っているのなら、見過ごしにはできないぞ」佳奈女が持ち前の義気を発揮する。

「そうだね。勇者としては、戦うしかないかもね」いまいち気乗りしていない鈴代だ。

 戦いになれば誰かが死ぬ。人を殺すのはいやだ、というのは正常な心の働きだ。それとともに、誰かを殺さなくては無辜の民が虐殺されるのなら自分が手を汚すしかない、という佳奈女の思いもよくわかる。俺は、二人のバックアップに徹するしかない。

 魔法石とリャマ隊のことは役人に任せて、少数の市民兵とともに海賊が占拠している地区へと向かう。

 街道を封鎖するように広がったバリケード。そこには、弓矢を構えた精悍な兵士たちが……もとい、ひどく痩せ衰えた烏合の衆がたむろしていた。


「海賊、てどこ?」鈴代が疑問をぶつけた。

 小高い丘から見下ろした「海賊」の占領地。

 そこには薄汚い服を着た栄養失調の人々がいた。

 女子供も多い。海賊と言うよりは難民なのだ。

 港の方に目をうつすと、難破船と見まごうボロ船が十隻近く係留されていた。

 推察するに、どこか戦乱の地から逃れてきた一般人が自衛のために武装しているのだ。

 ただ、ニツォケーホーガンの人々が彼らを「海賊」と呼ぶのもわからないわけではない。あきらかに元からあった建物が破壊され占拠されている。おそらく、倉庫の食料や衣類も略奪されただろう。

 市民兵の団長であるアヤニ氏がせっついた。

「早く何とかしてください。皆殺しにしろとは言いません。ただどこかに去るよう仕向けていただきたいのです」

「と言われてもなあ、俺たちにはどうこうできる問題じゃない。こういうのは国の方針で何とか対処するものだろう」

「国からは、掃討の許可は出ております。それに、ガツンとかまさないと奴らはますます増え続けます」

 アヤニ氏が指さしたのは、沖合の小島の周囲に密集している小舟だった。その横には、座礁した母船も見えている。

「彼らはいったい、どういう集団でどこから来たんだ」

「わかりません。何人か捕まえてみたのですが、我々とは全く異なる言葉を話しているのです」

「捕虜がいたのか! まず、そいつの尋問が先だ」

「無駄だとは思いましたが、勇者様がそうおっしゃるのでしたら」

 アヤニ氏は俺の提案を呑んだ。


 捕虜は、町で一番大きな警察署の牢に入れられていた。普通のおっさんかと思ったが、目つきの鋭さが気になった。

 案内についた警察署長が説明する。

「戦闘を指揮していた一人です。最初の頃は何か話していましたが、今は観念したのかずっと黙っています」

「ちょっとヤバいことをするが見逃してくれ」

 署長がうなずく。

「佳奈女、弓で狙ってみてくれ」

「了解」

 何のため、とか言い出さないのがありがたい。

 捕虜は、じっとこちらをにらみ返してくる。命乞いをするでもなく、おびえるわけでもない。肝がすわっていた。おそらくはかなりの修羅場をくぐってきた手練(てだ)れだ。

「もういい」

 佳奈女が弓矢を下げる。

 署長に、食事はどうしているのかと訊く。

「日に一度、魚とパンと果物を」

「水は?」

「もちろん、食事とともに与えています」

「そのあとは?」

「適宜」

 捕虜は喉が渇いているように見えた。

「そうか。水差し一杯の水をやってくれないか」

 牢屋の下役人が水を持ってくる。それを檻の小窓から差し入れる。

 小さく何かをつぶやく。母国語で「ありがとう」と言ったようだ。よほど喉が渇いていたのだろう。ごくごくと水を飲んでいる。

「子供用の絵本とかないか。言葉を覚えるためのヤツ」

「署内には特には」

 佳奈女が鈴代に耳打ちする。

「お兄ちゃん、私のでよければ!」

 鈴代にあげた手作りのノートだ。リュックから引っ張り出す。

「うーん、それは無理だよ。日本語との対照表になってるから」

「ほら、絵もあるよ」

 そう、少しだがイラストもつけていた。顔や体のパーツや武器の種類とか衣服とか。

 署長はそれを見て去って行った。何と悠長なことを、と言いたげだ。しかし、交渉に言葉は欠かせない。

 鉄格子越しにノートを見せつつ、単語を聞きとっていく。鼻はシフ、耳はルー、口はウォク、といった具合だ。同時に、紙とクレヨン的なものを渡して文字も書かせる。どうやら表音文字のようだ。

 言語自在のスキルは、相手がべらべらとしゃべってくれないと発動しない。が、一度訊いた単語はネイティブレベルで再現できるし忘れることもない。俺と佳奈女は必死になって単語を覚えていく。

 鈴代は横で退屈そうにしていた。

……ごめん、スキル付与とかでれぎいいのだけど、それは無理だ。


 捕虜の名はラタナブといった。

 ボシュボナヒューの民だという。ウジャワイに乗ってきた。長はピクセンというらしく、ニャプタクとも言う……

「わ、わからん! ウジャワイって、船のことか? それとも難破船? 船の名前?」

 ちょっと複雑になるとわからなくなる。

 二人で頭を抱えていると、暇そうにしていた鈴代が言った。

「ねえ、もう一人捕虜を連れて来て話をさせたらいいんじゃないかな」

「「それだ!」」

 二人の声がハモった。


 別の捕虜か連れて来られた。街に忍び込んで食料を盗もうとしていた男だ。二人を同じ房に入れてもらう。そして、俺たちは隣りの房に隠れて耳を澄ませる。

 なぜ魔族のアイチャ姉妹の言葉が何の苦もなくわかったのだろう。そう考えた時、なんかなく理由がわかった。それは、相手が心を開いていたからだ。あいつらは話したがっていたし、何より仲良くしたと思っていたのだ。

「言語自在」のスキルは、気を許した相手との会話にはとても強い。ということは、ラタナブは堅く心を閉ざしていたということになる。現に今、二人目の捕虜――アウクという名前らしい――との会話は、自然に頭に入ってきた。二人は看守を殺して脱出し、ピクセン船団長のもとへと帰る、という計画の相談をしていた。アウクはただのこそ泥ではなく、斥候みたいな役割だったのだ。

 言葉が通じないという思い込みは、二人の会話を大胆にしていた。彼らは難民などではなく、明らかに侵略の意図をもってやって来た軍隊だった。最初からニツォケーホーガンの豊かな土地を占拠して自分たちのものにするのが目的で渡来したのだ。彼らは家族を連れて母国を後にした。途中でいくつかに村を亡ぼし、略奪もしてきた。いわば植民兵団とも言うべき組織だったのだ。彼らはピクセン船長に絶対の忠誠心を抱いている。そして、植民兵団には第二、第三が準備されていた。

 男二人を好きに話させていると、いずれは女のことになる。小娘と弓女――鈴代と佳奈女のどちらがいい、といった話だ。ちょっとむかつく。どうやら男は殺して女は犯す、というのが彼らの流儀らしかった。そして、俺のことは「ひ弱な文官」としてあなどっていた。彼らは俺を、どのように拷問するか、を話しあっていた。

 そろそろ我慢の限界だった。

「処そうか? 今すぐ処そうか?」

 佳奈女の鼻息が荒くなる。よほど腹に据えかねたらしい。

「ちょっと待て。何も殺すことはない。彼らにとって最もつらい刑罰を与えよう」

 佳奈女がニヤリとする。

「司馬遷のアレか」

 何をするつもりか気づいたらしい。

 俺は、囚人たちの房の前に姿をあらわすと、習得したばかりの彼らの言葉で宣告した。

「お前たちの意図はよくわかった。命まではとらない。だが、お前たちの子孫は断つ」

 そして、水魔法で二人の睾丸を凍結した。絶対零度で。

「え? 何をした」

「股間がひどく冷たい……」

 ラタナブとアウクは突然のことに困惑している。

「しばらく休んでおけ。後でお前たちの親玉のところに案内してもらう」


 翌日、ガニ股になったラタナブとアウクを手錠つきで外に引き出した。

 少し離れた場所で待機して、バリケードを守る門番たちと交渉させる。

「ニャプタク・ピクセンと話がしたいと言っている」

「この方はこの土地のニャプタクだ。護衛は女が二人だけだ」

 嘲笑の声が浴びせられる。

「女に守られた男とは、この地のニャプタクとはまことに豪儀なものだな」

「捕虜になった腰抜けども。帰れ帰れ!」

 ラタナブとアウクでは交渉役としては格が足りないということか。

 そして、あろうことか二人に向けて矢を放ってきた。急所をはずした場所に矢が刺さる。

「佳奈女、頼めるか」

「承知!」

 佳奈女が長弓を引き絞る。

 矢が放たれた。

 ほぼまっすぐにバリケードへと到達する。どんな弓の名手でも届かせるのは難しい距離だ。到達した矢は、その先で爆発を起こした。バリケードの門が崩れ落ち、門番たちは腰をぬかす。背後で様子を見ていた野次馬たちが快哉を叫んだ。

「俺たちはニャプタク・ピクセンと交渉がしたい。そう伝えてくれ」

 俺は声を張り上げた。

 ボシュボナヒュー側の動きに混乱が見られる。

 だが、さすがに彼らは海賊と呼ばれるだけのことはあった。この程度の攻撃は想定済みと言うことか。

「突撃ー!」

 槍を持った兵士が隊列を組んで突進してくる。武器と防具を装備したプロの戦闘集団だ。体格も、一般の民とは違う。ラタナブとアウクは、その背後で敵陣営が確保したようだ。

「鈴代、頼んだ!」

「うん」

 鈴代は変身することなく右手を高く掲げて天を指さし、迫り来る兵士に向けて振り下ろした。

「爆砕!」

 兵士たちの真ん中に派手な爆発が起きた。

 槍を構えた兵士たちは宙に吹き飛ばされる。ただし、五体満足なままで。さすがに人を殺すのにはためらいがあったのだろう。

 佳奈女も矢を放つ。こちらの爆発は手傷もいとわない本気の攻撃だ。別の扉から出てきた一団を打ち倒す。さすがは武家の家系だ。容赦がない。

「待て待て待て!」

 相手の陣営に動きがあった。

 軍服を着た派手な女が現れた。

「私がニャプタク・ピクセンである。この船団の団長だ。話を聞こう」

「げっ、アブミ・ケイナだ!」

 俺と佳奈女は知り合いの登場に虚を衝かれたのだった。

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