文明の滴定(4)
長い長い地下迷宮をぬけると、そこはドゥニダハティン鉱山のど真ん中だった。
インドの階段井戸チャンド・バオリを思わせる階段状の採掘場、その中腹部分に出たのだ。
この幾何学的な採掘坑は、みごとに迷宮の入り口を隠していた。もし何らかの必要があってあのドームに行くとしたら、迷うこと必定だ。
多くの囚人がこつこつと採掘を続けていた。魔鉱石は小さな宝石の粒が混じった砂岩のようなものだ。ドームに出来た魔石のような純度と硬度はない。
鉱夫頭をみつけて、代官の館への行き方をたずねる。
「あちらです。その階段をまっすぐに上がって下さい」
服装が違うので返事も丁寧だ。囚人たちのギラギラしたまなざしがミチョナの全身をねめまわす。もっとも彼らは、この可愛いメイドが鉱山伯の息子だとは思いもしないだろうが。
「ありがとう」
「くれぐれもお気をつけになってください」
鉱夫頭の口調が気になる。
階段の一番上に立つ。その先は草原と林になっていた。砂利で舗装された林間の道を道なりに進む。
やがて代官の館が見えてきた。
焼けていた。
今もまだ煙が昇っている。生き残った人々は、館の庭に墓穴を掘っていた。かたわらには死体の山と、剥ぎ取った甲冑や武器が山をなしていた。甲冑や武器は代官からの貸与品なのだ。靴も…… たぶんそうなのだろう。
館を見て回る。石壁の基底部だけが残って無残なありさまだ。戦争でもあったのだろうか。
「トトの目」で観察する。
石壁に残った銃痕からおおよその見当はついた。鈴代と玲奈がぶち切れたのだ。おそらくは佳奈女も。
世の中には敵に回してはいけない人間がいる。「絶対防壁」と「爆砕魔法」のスキルをもった魔法少女だ。ロープは「爆砕魔法」で切れるし、頑丈な扉も「爆砕魔法」で木っ端微塵だ。あとは、フェッセンダール子爵を探して殴り込みをかけるだけだ。兎パーカーと鹿パーカーの見たこともない二人組が突入してきたら、どんなに肝が据わった戦士でも動転するだろう。だが、兵士たちも家臣である以上、侵入者を見過ごすわけにはいかない。戦闘は避けられない。多分、三人は今頃、子爵をこづいて俺とミチョナを探しているはずだ。
……つまり、行き違い!?
その可能性は充分にあった。地下迷宮は広い。
……またあの迷宮に戻るのか? 案内役もなく? 不可能だ!
そのとき、ミチョナのお腹がぐー、と音を立てた。
俺の腹の虫も追随する。
太陽は沖天にかかっていた。地下迷宮でけっこう時間がかかったのだ。最終的には右手法――一方の壁に右手をつけて進むヤツを試した。この右手法には致命的な欠点がある。広い空洞の真ん中に階段があると見逃してしまうのだ。
「とりあえず、何か食べることにしよう。腹が減っては戦は出来ない」
「そうですね」
俺たちは、メシを求めて焼け残った建物へと向かう。
食堂でメシを喰いながら出した結論は単純だった。三人を待つのだ。腹が減れば戻ってくるだろう。……って、あいつらは出ていった猫か!?
食事をすませた俺たちは宿舎のベッドに転がり込んだ。お日様のにおいがする布団にくるまれていると、泥のような深い眠りが襲ってきた。
目を開くとすぐそばに鈴代の顔があった。
「お兄ちゃん、やっと起きた」
佳奈女も足早に近づいてきて俺の顔をのぞき込む。
「心配したぞ、我があるじ」
昔、キングというあだ名がいやだ、という話をしたら、ふざけてこう言い始めたのだ。高校時代の甘い思い出だ。
ミチョナは目を覚ましていつもの下級貴族風の装いに着換えていた。玲奈は、着換え用に持ってきていたらしい佐保川学園の制服姿だ。こうして見るとまだ幼さが感じられる。
地下迷宮に案内した子爵は、魔石であふれたドームを見て俺たちが異世界に旅立ったと説明したそうだ。そして、魔石がその証だ、と。で、三人は脱力して地上に戻り、宿舎に戻った。子爵は変身した二人をサルンバリネッジ家がよこした新たな使者だと思ったらしく、しきりに「ご命令通りにいたしました」と繰り返していたという。今は牢獄の一室に閉じ込めてあるのだとか。
可哀想なのはミチョナだ。父親に魔族に売られかけたことが確定したのだ。すっかり落ち込んでいる。
「もう親とは縁を切ったらどうだな。ここで消えたことにして」
「そんな…… 簡単に言わないで下さいよ、先輩」
べそをかいている。
「それか、思い切ってこの鉱山を乗っ取るかだ」
「へ?」
「いいか。俺たちは正式な監査令状を持っている。ということは、全ての帳簿が見られるってことだ。……まあ、焼け残ってたらの話だがな。あの代官のことだ、きっと不正をしている。それを暴いて報告するんだ。魔族との取引の件はおやじさんが知っているとしても、その他の不正については知らないだろう。それをつきつけて代理統治の権限を剥奪する。そして、伯爵家の一員として臨時の代官におさまる。あとは時の流れに任せる」
「僕なんかにできるでしょうか」
「できなけりゃそれまでさ。別の生き方もある。俺たちはミチョナを全力で支える」
皆がうなずく。
「先輩……」
また涙ぐんでいる。今度はいい笑顔だ。
……そんな顔をしたら抱きしめてキスしたくなるだろうが!
こうして、俺たちの本来の仕事が始まった。
幸いだったのが、代官の館が壊されていたことだ。隠し金庫があらわになっていた。そこには金貨・銀貨とともに裏帳簿も隠されていた。
「ずいぶんとため込んだものだな」
尋問に連れ出したフェッセンダール子爵は、ぶるぶると震えている。言い訳しようとしてもうまくろれつが回らない有様だ。
去年一年間のチェックだけで、利益の半分以上の横領がみつかった。手口は魔石を魔鉱石といつわっての計上。その代償が魔族への毎月の生贄だったというわけだ。
問題は、生贄システムについてどうすべきかだ。子爵によると、これは先祖が魔族と交わした盟約によるもので、協定を破ると魔族との全面戦争になるかもしれないという。その言葉に嘘はなかった。
結局、現状維持しかないのかもしれない。
ラナミーに報告書を送って一週間。処分の決定が下された。フェッセンダール子爵は背任の罪で貴族の位を剥奪、引き続き鉱山で囚人として禁固刑をつとめる。ミチョナは次の代官が決まるまで鉱山を統治する。補佐官としては、サルンバリネッジ家の家臣団が送られる。
「あの、ちょっといいかな」
玲奈が手を上げた。
「ここに残って、あたしがミチョナ君の護衛につくっていうのはどうかな。子爵の残党もいるかもしれないし、家臣団だって信用できるかどうかわからない、と思うんだ」
「それはいい考えだ。ミチョナはどう?」
「はい。ありがたいです」
それはとてもいい提案に思えた。何かの拍子にエテルネ・リンネとブラスター・カノンが激突する、なんて事故もなくなるわけだ。
かくして俺と鈴代と佳奈女は、ラナミーへの帰途についたのだった。




