文明の滴定(3)
ドゥニダハティン鉱山は、ラナミーから馬車で一週間の距離にあった。馬車には公用の旗を立ててある。山岳地帯にはいくつか関所があるのだがフリーパスだ。途中、ニツォケーホーガンという海に面した都市を経由して山道に入る。そこからはリャマっぽい動物に荷物を載せ替えて歩きの旅だ。
「先輩、待って下さいよ~」
ミチョナが真っ先に音を上げた。
筋力強化のスキル――というか魔法で体力を上げてはみたものの、貴族のボンボンでは基礎体力が違った。仕方なくリャマに乗せて荷物は皆で運ぶことにした。
……本人はめちゃくちゃ嫌がってたけど、仕方ない。これが当り前になると「傲慢なお貴族様」になるんだろうな。
鈴代と佳奈女はそこそこ頑張っていた。食料は消費するたびに軽くなるので、二人にお願いして運んでもらっている。書類は俺ともう一頭のリャマの担当だ。
玲奈は…… 体力お化けだった。どんどん先に行って、少し偵察に出ては戻ってくる。現役肉体労働者の行動力、おそるべし!
やがてドゥニダハティン鉱山が見えてきた。魔力のオーラが漏れ出す不思議な山だ。
都市に向かうリャマ部隊が列をなす横をすり抜けて進む。魔鉱石を積んでいるのだ。
特に何の問題もなく鉱山街についた。古くて落ち着いた感じのところだ。ただ、武装した人間はやや多い感じだ。
公用の旗と、とくにサルンバリネッジ家の紋章が効果抜群だった。すぐさま伝令が本部に走り、代理統治官――代官の部下が出迎えに来る。そのまま、しずしずと代官の館に着く。ミチョナは、庶子とはいえ鉱山伯の子にして男爵、そして計算家。下にも置かぬ扱いである。
威風堂々、リャマに乗って門をくぐる。代官のフェッセンダール子爵とその護衛隊が整列して出迎える。さすがは魔鉱石の発掘場所だ。護衛隊のよろいはぴかぴかで部下たちも顔色がよく、上層部の生活は豊かそうだった。
「長旅、ご苦労様でございました。どうぞこちらでゆるりとおくつろぎ下さい」
白髪頭のフェッセンダール子爵は、自ら先に立って館の別館へと案内する。石造りの立派な建物だ。
部屋はちょっとカビ臭かったが、それをのぞくといい風情だった。もちろん、水魔法でカビと湿気は撃滅する。換気をして布団を干すと、いい感じの宿泊所になった。
風呂をつかって一休みする。気分は温泉旅館だ。しばらくすると、小間使いが宴会の準備が出来たと伝えに来た。
鉱山の偉いさんが並んでいた。視線が厳しい。都市から監査官が来たのだ、そりゃ警戒もするだろう。
俺は悟った。ようやく無駄スキル「クレオパトラの宴」を使う時が来たのだ、と。
……盛り上がりました。
そして翌朝。
俺は薄暗いドームの中で目を覚ました。手足を厳重にしばられて。
横にはミチョナもいた。すーすーと可愛い寝息を立てている。昨晩の宴会で、興の乗ったメイドたちに着換えさせられたメイド服のままだ。
頭がガンガンする。一服もられた感じだ。「万能治療」で頭痛と体調をなおす。そこで、この部屋がやたら濃厚な魔力に満ちていることを感じとる。
「ふんぬらばあ!」
筋力強化した全身で縄を引きちぎろうとする。
だめだ。鉱山で使うロープは、人の筋肉が出せる力でなんとかできるものではない。
「ふにゃん」
みちょなが可愛い声を出した。目をしばたいている。
「おい、しっかりしろ。ミチョナ!」
「先輩、どうしちゃったんですか? こんな夜中に」
もぞもぞしている。ようやく縛られていることに気づいたようだ。
「ふっふっふっ、閣下、お目覚めのようですな」
フェッセンダール子爵だった。壁際の椅子に腰をおろしている。
「鈴代たちは……」
「あいにくと魔族のみなさんは男がお望みでしてね。お供の女性は、女日照りの我々がおいしくいただきましたよ」
……嘘だ。たぶん同じようにしてどこかに閉じ込められている。お楽しみは後回しということで。
スキル「トトの目」は人の嘘を見抜く。
「さて、そろそろ魔族のお使いがみえる頃合です。私はこれで失礼します。あちらの世界を楽しんできて下さい」
……そうか。これが失踪した囚人たちの末路か。魔族への生贄。俺たちは魔族へと売り飛ばされたというわけか。
「父が黙ってないぞ」
ミチョナが精一杯の声を張り上げた。
振り返った子爵はにやりと笑った。
「さあ、どうでしょうな。厄介払いが出来て、かえってお喜びかもしれませんよ。ふっふっふっ」
そして、唯一の照明である松明とともにドームを出ていく。
「くそっ、ナイフくらい持っておくんだった」
後悔先に立たずだ。
ミチョナは子爵の言葉にショックを受けたらしく、黙りこくっている。こういう時に場つなぎの適当かつ共通の話題が出せないのはつらい。
「僕は、いらない子なんです。力も弱いし見かけも女の子みたいだし。計算家を継いだのも、少しでも父の役に立ちたかったからなんです。けど、その努力も結局は徒労でした。こんな穴蔵で魔族に食べられてしまうなんて」
ぐすんぐすんと泣いている。体が自由なら抱いてなぐさめたいところなんだが。
何もない暗闇に、ふと生臭い風が吹いた。それとともに月明かりのような光が満ちてくる。
女の声がした。
「なんだなんだ、上物が手に入ったから来てくれ、て言うから来てみたら、ふたりだけじゃんかよ」
「しかも一人は女の子じゃん。これだから人間は信用ならないんだよなー」
そこには二人の黒ギャルがいた。ビキニアーマーにルーズソックス、手には大きな両刃の斧槍をついている。額に生えた二本の角とお尻からうねる長い尻尾、そして最も驚いたのが、背中から左右に広がった黒い翼だった。
「えっと君たちは?」
「ワカでーす」
「アルコでーす」
「二人あわせてアイチャ姉妹でーす」
見た目によらずノリのいい連中だった。そして話しやすい。
「とりあえず縄、ほどいてくんない?」
「いいよ! お安いご用だよ」
「絶対に動かないでね」
ザスっ!
斧槍を振り下ろすと、みごとに縄だけが切れた。ミチョナも縄を切ってもらう。
「えっと、俺たち、生贄なのかな」
とりあえずたずねてみる。
「うーん、そうでもありそうでもなし」とワカ。
曖昧な回答だ。だが「トトの目」はごまかす気はないと告げていた。
「というと?」
「生きた供物という意味では生贄。でも、食べるとか殺すとかはしない」とアルコ。
「要するに、あんた方はあーしたちへのおみやげ。供物なんよ」
「つまり向こうの世界へと連れて帰ると?」
「そう」
「そのあとは?」
「そりゃあんた、男と女がすることと言ったら一つだけでしょ」
アイチャ姉妹はにやにやする。
……なんか安心した。鉱山で働かされている囚人たちにとっては、願ったり叶ったりの状況なわけだ。
「けどさ、連れて帰ってもすぐ飽きちゃうんだよね。大抵はなーんも知らないし」
「そうそう。言葉もしゃべれないしさ。あんたみたいなのは珍しいんよ。貴重種だよ」
「あーしたちは、別にのべつまくなしに盛っているわけじゃないんよ。ちょっとは実のある話をしたいわけよ。ほら、ピロートークってやつでさ、この世界の魔力構造のあり方とかちょっとシャレオツな会話もしてみたいわけよ」
「魔力の弱い世界でなんで生きられてるんだ、とかさ、そもそも世界全体の構造はどうなってるんだとかさ。こっちの生産や経済はどう回ってるんだ、とか聞きたいじゃん」
……いや、たぶんそれはどんなに偉い学者先生を連れてきても説明は難しいだろう。鉱山労働者にたずねるのは酷だ。てか、魔族のピロートークって何なんだよ!
「そういえば昔、やたら殺しの方法に詳しいのがいたよな。衝撃だったわ」
「そうそう。だんだん調子に乗ってきて『敵は皆殺しにして俺が魔王になる』とか言い出してさ。あれは愉快だったわ」
二人でけらけら笑っている。
……魔族の価値観というのはよくわからない。
「でさ。あーしらと一緒に来る? 来るっしょ。楽しいよー。毎晩エッチし放題だよ~」
……いやまあ、そっちの方は充分満足していますので。
「でも、魔族って侵攻してきたりはしないの? その、世界構造とか魔力構造の専門家って、首都の大学にしかいないと思うんだけど」
「あー、年寄りはダメ。つまんないもん。物覚えも悪いし、肉も硬いし」
「やっぱ、男は若くないとねー。ぴちぴちジューシーに限る!」
……やっぱ食べるんだ。
そのあとも色んな話をした。
魔族の中の人間(?)関係はほぼ憎しみあいだとか、魔王はただの自称に過ぎないとか。この世界に魔法文明が発達したのが謎なのだとも言っていた。こちらの世界に来るのは、代償が高い上にやたら魔力を吸い取られるからあまり来れないのだとか。
そして、話に飽きたところでベッド・インのターンに入った。風情も何もない岩屋の中だったけど、二人は充分に満足してくれたようだった。
「あー、楽しかった。今回は当たりだったわ」
「子供が出来たら届けるからね! きちんと育ててね!」
そして、アイチャ姉妹は闇の彼方へと去って行った。あたりに大量の魔石――魔鉱石を精製した結晶を置き土産にして。なんと! 純度の高い魔石は、魔族とイチャイチャすることで勝手にあちこちに生えてくるのだ。
「あの、魔族たちと何を話してたんです?」
隅でふるえていたミチョナが小声でたずねた。そういえば「言語自在」のスキルは自動発動だったっけ。
「ごめん。命がけの交渉をしてた」
「怖くなかったですか?」
……いや、全然楽しかったんだけど。
てか、ミチョナには俺たちが何をしていたように見えていたのだろう。




