ミス、上申、情報掌握
「それで、私はどうすれば?」
言ってから気付く。
少佐「中尉、寝言か?自分で考えるのが士官だ。」
しくじった、言うんじゃなかった。指揮官たる教育を受けた士官の発言じゃないな、と我ながら思う。
覆水盆に返らずとは言うが、今はもうちょっと融通効いても良いんじゃないか?
少佐「...申告は事実か。」
「はい」
少佐「分かった。部隊の回収はしっかりな。言い忘れてたが、現在より3:25までは無線封鎖を厳にせよ」
えっ良いの?ラッキー!
...とはいかないだろうな。面倒くさい、国家安全部の要員はまだ来ないのか?
少佐「仔細は後で確認する。分かってるな?」
やっぱり。これだから信頼関係のない上司は嫌なんだ。
タスクを確認すべく端末を触る。疲れ果てた上兵を見つつ、引き攣って戻らない表情筋を解しながら。
「確認せよ、第2中隊の指揮官はリ・ドンチェン。」
上兵「第2中隊ドンチェン了解、階級は?」
「恐らく大尉だ。」
突き刺さる視線、上兵のため息。
自分で言ってなんだけどさ、何だよ"恐らく"って。
ああクソ。うちは陸軍じゃないだろ、どうして洋上勤務じゃないんだよ。
先が見えずとも事態は進む。解決よりも早く、より面倒くさい方へ。
無線が終えてすぐにトラックの音がして、まもなく聞き慣れた号令が響いた。
運転兵「開けろ!第2中隊だ!」
やっとだ。ハイビームに目が眩みつつ、検問規程を思い出す。
もしもの為に、上兵を土塁の辺りまで下がらせる
少なくとも士官の仕事じゃないな。
「中隊長の名前は?」
運転手「ドンチェン大尉が2号車に乗ってます」
よし。解決だ。疲れがどっと押し寄せる。
衛兵所のレバーを引き、通行ブザーを押す。やっと上級士官が戻ってきたんだ。そう思うと全身の力が抜ける。
プシュゥと音を立てて空気が抜けてる感じが、まるで交換後のタイヤみたいだ。
小さな装甲車のドアが開き、円筒形で迷彩柄の帽子を被った男が、駑馬のような足音を立てて現れた。ドンチェン大尉だ。
「状況掌握を求めます」
ドンチェン「説明は後だ。今は状況が緊迫してる」
意味不明だ。事前告知も徹底せずに何が出来るというんだ?
眠気、意味不明な状況。そして混乱。それらが口を突く。
「我々は何をすれば良いのでしょうか?」
ドンチェン「自分で判断しろ馬鹿者、お前も士官だろ?」
荒い言葉、短くうるさい息遣い。その態度からは焦りが隠せない。事態を掌握しあぐねているのだろう。
「了解。ご指示を求めます」
大尉の顔が渋くなる。私にはどうにもならない。
ドンチェン「サウジ軍はまだだな。第2中隊はこれから在外同胞を兵舎にて保護する。貴官は本部との連絡を取り指示を求めろ。近隣の航空部隊へ管制を再開せよ。以上、解散!」
命令を受領したならやる事は一つ、仕事はさっきと同じだ。
端末の電源を入れ、パスワードを入力する。
「上佐。」
足音がバタバタと騒々しく響く中で無線を繋ぐ。さっきと同じ工程だ。でも心なしか手慣れてきた。
「こちら第57連隊アデン分屯基地。司令部は応答せよ。繰り返す、こちら第57連隊.....」
上佐「遅かったじゃないか。現状を報告せよ」
「連隊の第2中隊が帰還し、華僑の避難民を収容中です。国家安全部との接触はありません。」
不気味な間が置かれ、上佐の肘が机へと乗った。
上佐「要員との接触なし....。なるほど、続けろ。地元当局の接触は?」
「ありません。」
表情が曇る。仕方ないだろ、無いものは無い。
上佐「大使館と連絡を取れ。避難民の中に関係者は?」
「現在は確認中です。名簿も無く、この状況下では.....」
上佐「ならとっとと探せ!忠誠心で仕事しろ、な?」
上佐殿の語気が強まる。冷たい気温には似つかわしくない、怒りと憔悴が混じった熱気が画面越しに伝わる。
クソ。資料ゼロではやりようもない。
上佐「....すまん。それで連隊司令部からは何か報告ないか?」
「ありません。」
表情が戻る。理性的な上官は助かるな。
上佐「そうか、また連絡する。」
身体を捩る姿がモニターに映る。勲章がプレートのように並んだ左胸が、画面中央に強調されていく。
.....ダメだ。引き止めなければ、きっと義務を損なう。
「お待ちを」
上佐「要件は?」
「航空管制員としてご報告します。我が小隊は連隊司令部へ人員を割いたため離発着管制は中断しております。人員の増派を求めます」
連隊への航空支援には管制員が要る。将校なら考えれば分かるだろう。
だがモニター越しに流れるのは暗雲だった。
上佐「アラビア語は話せないそうだな。」
「はい」
そんな事は入隊プロフィールで申告済みだ。
上佐「良かろう。武器庫で無線機と機械翻訳パッケージを確認せよ。次はそれで連絡する」
まずは情報収集、それからだろう。