オイラー君(4)
隣に座ったはいいものの、何を話せばいいのだろうか。安否確認をしたほうがいいのか。それともそうなった原因を聞けばいいのか。その吸っているのは煙草なのかと。姫鏡が人間なのかどうか等々。質問は、質問するのが困るほどに湧いて出てきた。
チラリと姫鏡を見ると映える金髪が、ちょうど心地よい風に揺られていた。
絵画の世界がどんなのかは分からないけど。今この瞬間左側の姫鏡も、右側のボロボロの姫鏡も、合わせて絵画の世界から出てきた美しいモノだと思ってしまう。
そんな姫鏡に吸い寄せられるように見惚れていると、姫鏡の顔がゆっくりとこちらに向けられる。
「・・・・・・えっ」
姫鏡の右目は治っていた。見事に左目と遜色なく綺麗な赤い瞳。その瞳を見て惹き込まれそうになるけど、先程の絵画世界には及ばなかった。
姫鏡は長い睫毛をあげて目を見張った。そしてもう一度僕の瞳を見つめる。こんなにも姫鏡と、いや女子と見つめあったことない僕は目を逸らそうとするけど、妙な魅力に目を逸らせなかった。
姫鏡は一度考えるように目を伏せたが、すぐに視線は僕へと戻った。
「これはね、煙草じゃないよ。ほら火もついていないでしょ。ただ咥えていると煙が出るだけだよ。あ、電子タバコでもないからね。あれだよ、あれ。シガレットみたいなものだよ。だから学校には報告してほしくないな」
最初にそれの釈明か。てか学校に報告する前に、もっと違うところに報告しないといけないきがするけども・・・・・・まぁ僕がする理由はないな。
「えぇっと、オイラー君だったよね?」
「クラスではそう呼ばれているけど」
「じゃあオイラー君でいいかな?」
「あぁ、うん」
姫鏡に本名で呼ばれるのも烏滸がましいので、蔑称であるそちらで呼んでもらおう。決して罵られたいからとかの理由じゃない。
「変わりと言ってはなんだけど私の事は姫って呼んでいいよ」
いいよって言われて、そんな気軽に呼べるわけがなかった。名前で呼ぶよりも難易度が高い渾名呼び。初めて会話する人同士が、お互いの距離を縮める為の行為。成程、これがリア充のテクニックか。僕も遂にその一歩を踏み出す時なんだろう。
「ひ」
「なーんちゃって。普通に姫鏡でも、まりあでも呼びやすい呼び方で呼んじゃって」
危なかった。危うく浮かれて姫って呼ぶとこだった。痛気持ち悪い選手権一着受賞するところだった。過去一番の消し去りたり自分の歴史を創造するところだったぞ。
「姫鏡さんは、その・・・・・・人間なの?」
「違うよ」
即答だった。惜しみもなく人外宣言をした。だってそこは駆け引きがあると思うじゃないか。例えば魔法少女だったとしたら一般人に正体を明かしてはいけない条件があったりするのがセオリーだ。もしかして、この後僕を殺してしまうから簡単に話してしまうんじゃなかろうか。だとすれば、死にたくはないが痛みなく殺して欲しいところだ。
「そんな険しい顔しなくても何もしないってば。もうどう言い訳しても信じないでしょ?」
「・・・・・・」
確かにそうだけども、割り切りが良すぎて不信感はある。
「信じる信じない以前に、なんで話すの?」
「だってオイラー君、話す友達もいないでしょ?」
そこらへんの罵倒よりも心に刺さる一言を言われた。僕だって話す相手くらいいるんだよ。妹なら話半分に聞いてくれそうだ。
「ご、ごめん。笑えない冗談だったね」
僕が黙ったせいで姫鏡に気を使わせてしまった。これは僕が・・・・・・悪いのか? いや友達も話し相手もいないの僕が悪いのだろう。
「姫鏡さんは何も悪くないよ。でも話す相手は顔見知りとかじゃなくて、警察とかもあるけども」
「どう説明するの? 同じクラスのクラスメイトが夜更けに煙草を吸っていましたって?」
「どうって、右手と右脚が・・・・・・あれっ!?」
いつの間にか姫鏡の右手と右脚は元通りになっていた。
「右手と右脚がどうかしたのかな?」
姫鏡が右手を見せつけるようにグーパーしながら少し悪戯っぽく笑って言う。その動作にいつもの清廉とした姿の変化にドキッとしてしまう。
「どうって、さっきまで」
「無かったって? うふふ、夢でも見たんじゃないかな? ほら、私の手はここにあるよ」
前屈みになって距離を詰めてから、ゆっくりと姫鏡の右手が伸びてきて、頬にひたりと触れた。情けなくも殺されると思ったので身体を跳ね上がらせながらも、最後に姫鏡を目に焼き付けようとするだけで抵抗はしなかった。
頬には温もりと、綺麗でか細い指と整えられた爪が視界に入る。さっきまでは確かに無かった姫鏡の手がそこにある。
姫鏡が近い。動悸が早くなった呼吸で、蠱惑的な姫鏡の匂いと、少し据えた鉄のような臭い。それが血の臭いだと理解した時現実に引き戻される。
「少し、うるさいかも」
姫鏡の手が下へとつつつと這っていく。首元を通り左胸で止まる。
「ほら、深呼吸して」
あの姫鏡の手が胸の上にあった。それだけで心臓はディーゼルエンジンの如く音を上げる。姫鏡は何を思っているのだろう。何を思って僕を弄んでいるんだろう。
言われた通りに深呼吸する。姫鏡の匂いと、雨上がりの土の匂いがして、さっきまであった臭いがしないのが気味が悪かった。
「うん。落ち着いた」
姫鏡が朗らかに笑う。人を安心させるような笑顔だ。
きりのいいところまで書いています。
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