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吸血鬼の花婿(7)

「やめなさい」


 僕の肩を掴んだ武骨な手のおかげで、血を少量吸った程度で行為は止まった。


「和音貴様っ」


 天を見上げていたアーサーの視線は憎しみを込めながら立藤さんに向けられた。


「君がそこまでする必要はない」


 僕とアーサーしかいなかった空間に、いきなり立藤さんが現れているのは、僕がそれ程までにアーサーの血を吸うのに集中していたということだろう。


「でも、僕」

「それ以上やるなら、今度は俺が認めないよ」


 どんな顔で僕は立藤さんを見たのかは知らないけど、鋭く狼のような眼光に射抜かれて、口の中でアーサーの辛くも甘い血の味にようやく自分のしていた事に恐怖した。


「邪魔をするな! これは!」

「オイラー君を吸血鬼として認める為の通過儀礼って言いたいんだろ。不器用な君がやりそうなことだな」


 叱りつける様な言い草でも、しっかりと粛々とした怒気を孕んでいた。

 僕は自分の過ちを悔いて、放心状態で会話を聞いているしかなかった。


「分かっているならなぜ邪魔をする!」

「君が分からないから邪魔をするんだよ。君が素直にオイラー君を眷属と認めればいいだけじゃないか、まりあが決めたことだぞ、何故信じられない」

「知れたことを、人間を信じられるか」

「君の前にいるのは人間かい?」


 アーサーは立藤さんから視線を僕に移して、明後日の方を向いた。


「・・・・・・半端者だ」


 吸血鬼になったけど、まだ人間と同じ考え方をする僕を危惧して、吸血鬼としての心構えをアーサーは僕に教えてくれていた。二人の会話を聞いていて、能天気な僕はようやく気がついた。その方がアーサーを憎まなくて済むからじゃない、アーサーの血を少し取り入れたからだ。


 吸血鬼の血を、アーサーの血を取り入れて、アーサーの思いを少し理解した。


 アーサーは姫鏡の事を本当に守っており、重んじていた。

 始祖の血を継いでいる姫鏡を狙う吸血鬼は数多にいた。それを力尽くに、政治的に、露払いし、姫鏡の吸血鬼としての生の中で、肩を預け、背を預け、姫鏡を預けてもいい者を許嫁としていた。


 それを言葉にしないから、格式を重んじて、尊厳を確固たるものにしたから、姫鏡には伝わらなかったんだ。裏で行動して、慮っているだけではただの傲慢じゃないか。

 

 そして最悪な事に、眷属が生まれてしまった。その眷属が人間であり続けながら、こちらの世界に身を置くならば、そんな死と死が隣り合わせの世界で、生半可な気持ちでいる眷属を看過できなかったのだ。


 眷属の僕が死ねば、主人である姫鏡は取り返しのつかない傷を負ってしまう。眷属が死ぬのは半身を引き裂かれたも同然なのだ。姫鏡にそんな深い傷を残させない為に僕を容認せず、拒絶し、この地獄のような闇の世界を見せて、覚悟がないのならば身を引けと言っていたのだ。


 行動はどうあれ彼なりに諭していた。


 分かり合えず、殺す直前になって、僕はそのことを理解した。

 立藤さんが止めてくれなければ、アーサーを殺していた。

 恐怖で手が震えている。

 半端者と言われて安堵している。


 ・・・僕はまた逃げたのか。また自分だけが傷ついて事が治まるように・・・その選択をしたのか。


「君の選択は間違っていない。俺は君を尊重するよ」


 立藤さんが軽く屈んで僕と目を合わせてそう言った。

 その瞳の奥に姫鏡がいるような気がして、後ずさりしている僕を止めた。


 姫鏡のあの譫言のような言葉を思い出して、今度こそ武者震いであろう震えに変えて、アーサーと視線を合わせた。


「アーサー・・・約束するよ。この命に代えても姫鏡まりあを守り、幸せにするって」


 この約束が、揺るがなく誓えて、僕が唯一アーサーに差し出せる代物だ。

 

 アーサーは表情一つ変えずに呟いた。


「当たり前だ」


 だけど僕にはどこか憑き物が落ちたような表情に見えたのは、血を吸った為に見えた幻だろう。


 こうしてアーサーに認めさせたことで、僕と姫鏡はアーサーの手から逃れられることができたのだった。



なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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