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吸血鬼の花婿(6)

「アーサー、もうやめよう。これ以上やっても不幸になるだけだ」


 姫鏡もアーサーの事を毛嫌いしていたけど、存在を消えて欲しいとまでは思っていない。ただ自分の事を政治的利用せずに放っておいて欲しかったのだ。

 アーサーはそうとはいかない。姫鏡を嫁がせたい一心なのだ。だからこそ姫鏡の願いとアーサーの願いを互いに叶えるのは不可能だ。


「もう諦めてくれ」

「勝手な・・・・・・勝手な事を抜かすな!」


 怒りで喉が詰まるくらいの怒号だ。アーサーの性格からして話し合いで解決するとは思えない。込み上がった溜飲を下げるのは人間であった僕では何を言っても逆効果でしかない。


「お前が私の目の前に現れてからめちゃくちゃだ。いいやお前が存在していたからこそ、こうなったのだろう。あの時ではなく、もっともっと前から人格など与えてはいけなかったのだ。やはりお前達は我々の敵だ。鏖殺するべきだったのだ」


 左腕がゆっくりと再生して、ようやく元の左腕へと戻った。

 僕は確かに力でアーサーを分からせないといけないかもしれない。最終的に結果はそうなのかもしれない。ただ僕がこれからするのはアーサーに認めさせるだけだ。僕が人間ではなく吸血鬼として、対等な存在として話し合いを求めていることを。

 そしてこれからもずっと姫鏡と一緒に人生を歩むことを、認めさせる。


「決闘だアーサー」

「知るか、お前を殺す」

「どちらにせよお前が僕を殺せば終わりだ。僕はその終わりは望んでない」

「有象無象のカスが私に慈悲をかけるか」

「姫鏡が望まない」

「お前がまりあを語るな!」


 全ての言葉が煽りになってしまう為に限界値に達したか、青筋を立てて影の中に溶けた。

 僕の足元に影が出来て、そこから剣が突き出される。刀で横に払いのけると、予想外に軽い感覚に、剣だけが投擲されたのだと気がつく。


 気がついた時には頭上に影が現れて両腕が僕の頭部を掴んだ。

 アーサーが両手で影を作り出すのは知っている。僕の頭部を掴んでいるのに頭部を消そうとしないのには理由がある。それは僕の頸動脈を狙っているからだ。

 僕がしたように、アーサーも僕の血を吸って存在を抹消しようとしている。


 自分が上位の吸血鬼と存在だと証明する為に躊躇いもないのだ。もしかしたら僕の方が上位なのかもしれないのに信じて疑うこともしない。そこだけはアーサーを褒め称えられるし、尊敬できる部分ではある。


 刀を持った女子の影を生成して、アーサーの腕、掴んでいるアーサーの手と僕の頭部、僕の首を三段切りさせる。

 頭部が切られた瞬間に屈んで脹脛に力を入れて影を踏む。

 体を捩じって反動と回転の力でアーサーを横に一刀両断するつもりで斬った。


 腕が切られた時点でアーサーは影に身を隠して、また距離を取っていた。


「その影・・・・・・どうやって」


 女子の影は行動を終えると元々の影に溶けていく。


「影は生成するものを知らないと作り出せないのは知っているだろ」


 修行もせずに影を作り上げられたのは、姫鏡の記憶のおかげである。僕から見た僅かな姫鏡と、姫鏡自身が経験した記憶が折り重なって生成できるようになった。動きは設定した動きしかしないけど、刀の切れ味も、見た目も、全て姫鏡そのもの。


「黙れ・・・お前がまりあの何を知っている。私は生まれた時から知っているのだぞ! それをお前はいけしゃあしゃあと訳知り顔で語り、あろうことか奪った」


 再生中の掌底で額を抑えつつアーサーは怒りで震えていた。


「姫鏡はお前のモノじゃない」

「いいや私の手の中にいた。まりあは手を離さなかった。お前が引き裂いたのだ」


 憎きモノだと言わんばかりに牙を剥き出しにして、無い指を指してくる。


「お前のそのエゴで姫鏡を傷つけたってなぜ分からない!」


 アーサーは姫鏡を籠の中に入れて飼育していた。それが姫鏡は窮屈で、なにより苦しかった。現状を受け入れても、ずっと空っぽのまま成長していく自分が怖かった。だから籠を開けて逃げ出し、自然の中で自立しようとしていた。


「いつ私が傷つけた! 確かに教育の一環で修正したが暴力ではない。いつだって私はまりあを思慮していた! 私がまりあを守り、導かなければいけないのだ!」

「それがエゴでなくて何だって言うんだ!」


 今度は僕が居ても立っても居られなくなった。この国で生きた僕の考え方で、この古来から生きる吸血鬼の思考と合致することはない。思想の対立はどうしても戦いを生むのは勉強してきた歴史を見れば明らかだ。だからこそ、だからこそ認めさせなければいけないのだ。


「お前はもう諦めろ! 代わりに僕が姫鏡を守る!」


 アーサーの傷の治りが遅い。またやっと両腕が治ったところだった。その理由は仮定でしかないが、刀で斬った部分は再生能力を著しく低下させていると考えられる。アーサーがわざと再生能力を遅くさせる理由もない。恐らくアーサーも気がついているかこそ距離を取っている。


「一々癪に障る奴だ!」


 こうして会話しているのは傷を治す為だ。僕と同じように最初の一撃で疑問に思い、さっきの攻撃で確信を得たに違いない。次は簡単に刀の間合いには自分から入ってこないだろう。そう踏んで僕は先に動き出す。


 女子の影を作り出し、真っ向切り、袈裟斬り、逆左袈裟斬りの順で行動させる。

 縦に振り下ろされた斬撃を剣でいなして影そのものに剣を突き刺して消し去った。消されるのも織り込み済みで、その消された影の後ろに隠れるように一体待機させていて行動を続けさせた。


 右上へと振り上げていた刀が左下へと振り下ろされる時に、アーサーは突き刺した剣を力強く振り上げて刀と相殺させた。影に筋力はないが創造者が想像した程度の力が補間されるので、相殺させた力が影の腕を痺れさせる程の力だっただけだ。刀の扱いを知ったからこそ言えるが、刀の芯でない部分で強い衝撃を受けると腕は痺れる。身近な現象だと野球だろう。


 そのため女子の影は刀をうまく握れずに刀を上空へと弾き飛ばされてしまった。


 二人目の影が溶けて影に戻って地面に影を作った瞬間に、そこから三人目の影を生成して下から左上に掬い上げるように斬りかかる。右上に上がった剣を左下に戻す動作は人間には無理だ。


 しかしアーサーは左手で刀を掴んで止めた。


 ありえないと言ってしまうのは人間的な思考をしているからで、アーサーのことだから何かしらの行動で止められると見越していた。


 だから僕は上空へと弾かれていた刀を取って、死角となった上から叩きつける。


 アーサーはこちらを見向きもしないで剣を影に戻して、右手の中に影を生成する。影と影がぶつかり合った時、どちらの影の強度が強いかは思いの強さだ。借り物の思いと空白の思いは同等であって、斬ることも削り取ることもなく、押さえつけ合う。


「それで本気か! こんなものでまりあを守るだ! 思い上がるなよ!」


 分かってる。さっきまでの僕だったら思い上がりも甚だしいと蔑み笑われていて、それを受け入れていたさ。

 大言壮語じゃない。有言実行できる力と意志と思い、それに信頼があるんだ。確乎不抜を示せ。


 左足で影を踏んで顎を蹴り上げるも、アーサーの顔面が弾け飛んで瞬く間に再生するだけだ。

 ただ僕は喉から手が出るほどに、瞬くだけの時間が欲しかった。


 刀を掴む直前に煙を吐いて、三日は固定できる拘束具を作り出しておいた。それをアーサーに取り付けるための時間だ。最初に胸に張り付いたら後は自動で関節をすべて極める代物。


 刀に注意を引き付けておいて本命はこっちであった。アーサーは殺し合いを求めているが、欲求に付き合うまでもないのだ。


 僕が本気で殺しに来ていると見せないと、アーサーはここまで切迫してくれなかっただろう。


 関節を極められて体勢が崩れたアーサーに力任せに馬乗りになる。


「殺せ。さぁ殺せ」


 拘束されて抵抗できないのを知って潔いのか、死という概念が稀薄なのか、それとも誉なのか、何にせよ、アーサーの自慰行為に加担する気はない。


「やめろ。決着はついているだろ」

「決闘は殺すか殺されるかだ」

「どうしてそんなに死にたがるんだ! お前が死んでも悲しむ人はいるだろ」

「私が死んで悲しむ者はいるかもしれないな。だが死んだ私には関係ない。感情は死で隔てられるからな」

「お前は・・・・・・どうしてそこまで人の気持ちが理解できないんだ」

「お前こそどうして理解できんのだ」


 吸血鬼は血を吸うことでしか理解し合えない。僕はその事実を知っている。


「まりあを守ると言ったな?」


 諦念からなのかアーサーは睨みつけながら問いかけてきた。


「では問おう。まりあを守る為に、絶対にお前の信念を曲げなければいけない場合。お前はまりあか信念どちらを選ぶ」


 それは今の状況の事を言っているのか。それともこれからも起こり得ることを言っているのか。

 簡単な答えだった。


「姫鏡の信念と僕の信念は一緒だ。だから姫鏡を守ることが信念を突き通すことになる」

「詭弁だな。どちらも選べない状況が来るとは考えないのか」

「それこそ詭弁だ。そうならないように僕は善処するんだ・・・・・・具体的には言えないけど」

「机上の空論を話すのは無駄だな。現実的な話をしてやろう」


 どちらかが折れない限り話の着地点が無い事を悟ったアーサーはため息交じりに話だした。


「お前は吸血鬼だと言ったが、吸血鬼と称するならば上位存在であると知らしめろ。吸血鬼は人間に下に見られていい存在ではない。吸血鬼は人間が畏怖する存在であるからこそ、吸血鬼で有り得るのだ。分かるか?」

「分かる気はする・・・・・・だけど僕は人間を恐怖に陥れたい訳じゃない。一緒に暮らしたいんだ」


 そう言うと表情には出さないが、声色から失望を感じた。


「分かっていないようだな。お前のこの学び舎には差別はないのか? 格差はないのか? 競争はないのか? 吸血鬼の、私達の世界でもあるものが人間の世界にない訳がないな。吸血鬼は種の頂点であるべきで、あらなければならない。ましてや人間にその位置が脅かされたとなれば、それは種の存続に関わる。人間は排他的な生き物だからな。敵、と冠つけられた存在を、正義の旗を掲げてかくも非道になれる邪悪な生き物だ」


 勉強をしてきた僕にはその言葉の意味が理解できてしまう。

 体験してきた僕にはその言葉の真意が理解できてしまう。


 だけど、人間はそんな醜悪の部分だけで構成された存在じゃないことも知っている。


「それは一部の人間の性質だろ。本質のように語るな」

「齢二十も超えていないお前に何が分かると言うのだ」


 何千年と生きて、何人の人間と関わってきたかは知らないが、西暦よりも多くの人間と関わってきているはずであろうアーサーにそう言われてしまうと、僕のようなちっぽけな高校生は一つの答えしか答えようが無かった。


「わかんないよ。・・・でもそんな本質だったらとっくに衰退してる」


 人間が排他的な行動しかしない生き物だったのならば、ここまで進化も発展もしていない。そう、学んだんだ。


「・・・・・・なんとでも言え。ただ現実を語ってやっているのだ」

「余計なお世話だ。僕が求めているのは姫鏡から手を引くことだ。お前が姫鏡を守っていたって言うなら、僕がそれを引き継ぐ。だから手を引いてくれ」


 戦いで勝った者からの願いにアーサーは不遜にも上顎を上げて言う。


「では示せ。お前が吸血鬼であることをそうすれば認めてやる」


 それはアーサーが譲歩してくれた言葉ではない。何も変わっていない。吸血鬼の本質は血を吸う事だ。つまり殺せと言っているのだ。そうすることで僕が望むことが叶うとほざいている。


 力を失った姫鏡を守るにはアーサーを無力化しなければならない。

 今、ここで存在を消してしまわないと、僕を吸血鬼と認めずにずっと付き纏う。そうなれば姫鏡は普通の生活ができない。


 僕が・・・殺す?


 吸血鬼であると認めさせる為に、完全な吸血鬼に成る為に、殺しを強いられている。

 覚悟を決めていた、もしかしたらここまでの事になるかもしれないと予想はしていた。問題に直面した時に臨機応変に対応できると希望的観測をしていた。でも予想なのだ。知らないことと、現実が強くのしかかってくる。


「うあっ・・・」


 姫鏡の血を吸った時を思い出して、冷たくなっていた手を思い出して、あの気色の悪い甘さと罪悪感で潰れそうになる美味しさを思い出して、人を殺さなければいけないという重圧に押しつぶされそうになって、僕は込み上げてきた嗚咽を耐えられなかった。


「喚くな! 化け物に情など不要だ。やれ、早くやれ。さもなくばこの時間を終わらせる」


 拘束具が半壊し始める。どうやら言葉は本気で時間はないようだ。


 今度はこの拘束具を取り付けても話し合いで解決はしない。アーサーは僕を吸血鬼と認めるまで、自身を屠り、姫鏡を守る者に取って代わるまで戦い続ける。それは姫鏡が危惧した負の連鎖、吸血鬼同士の永遠に終わらない戦い。


 僕が・・・僕が終わらせないと。

 変わらないと、姫鏡との信頼が無くなってしまう。


「うわあああああああ!」


 アーサーの顎を掌底で押さえつけて首元へと牙を挿し込んだ。

なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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