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吸血鬼の花婿(3)

「オイラー君!」


 暮山に息がある事を確認していると姫鏡が声を大にして近寄ってきた。


「姫鏡、影人間は?」

「一旦は全部消したよ。今の戦い方は、やめたほうがいいよ」

「あぁあれ? 乞仏座と戦った時にちょっと慣れちゃったから大丈夫だよ」


 数時間ぶっ通しで破壊と再生を繰り返したので、まぁまぁ慣れてしまったからいけると思ったのだ。一応自分から首をねじ切るのは、ちょっと勇気がいったけど、やってみたら別にそこまで精神を削るような勇気でもなかった。


「駄目! 駄目だよ!」


 姫鏡が普段出さない大声に驚いて、何をそんなに危惧するように声を上げているかを理解できない僕は、おずおずと聞き返した。


「えっと・・・・・・なんで?」

「あれは化け物の戦い方。死を織り込み済みで戦うなんて・・・駄目だよ」

「でも姫鏡も同じような戦い方をするでしょ。安心して、僕は姫鏡と同じ吸血鬼なんだから」

「そっ・・・・・・そうだね」


 姫鏡は下唇を噛んで俯いた。何かマズい事を言ってしまっただろうか。それともあの戦い方が戦術的に拙かったのだろうか。何か励ます言葉をかけなければ。


「ぎゃああぶっ倒れた!」


 白梅沢の叫び声で椿海月さんが体育館の中央で倒れているのが見えた。


 駆け寄って安否を確かめるも、高熱を出して額に汗を浮かび上がらせながら肩で息をしていた。

 姫鏡は椿海月さんの制服のボタンを外して、胸に手を突っ込んでブラジャーを外した。そのまま姫鏡も制服を脱いで、脱いだ制服を枕にして椿海月さんを比較的楽と言われている回復姿勢にした。


「美門ちゃん。椿海月ちゃんにこれ以上結界を使わせないで、次やったら死ぬ」

「りょ、了解」


 緊迫した表情に背筋を正して敬礼をして返した白梅沢を見て、姫鏡は立ち上がって僕を見た。


「頼んだよ。じゃあ行こうかオイラー君」

「うん」


 姫鏡は怒っている。アーサーに対して怒り心頭になってる。僕も姫鏡の眷属だから、怒りのスイッチは同じなのだ。大切な人が傷つけられた。暴力であっても、暴言であっても、大切な人が傷つけられたら怒りが湧いてくるものだ。


「オイラー君、本当にごめんね」

「急にどうしたのさ」


 体育館を出たところで姫鏡が謝ったので何事かと表情を見ると、今にも泣きそうだった。


 そこで姫鏡がアーサーに対して怒っているのではなくて、自分に対して怒っているのだと理解した。


「私が我儘を突き通したから、オイラー君を吸血鬼にしちゃったし、椿海月ちゃんを瀕死にしちゃったし、美門ちゃんに怖い思いをさせたし、伽羅にも得にならない戦いを強いているし、師匠にも沢山迷惑かけちゃった。ううん。もっと沢山の人達に迷惑がかかってる」


 僕は聞き返すべきではなかったのだ。一つ栓が抜けたように言葉を発する度に、堰が切れたのか謝罪の言葉を紡いでいく姫鏡。


 自責の念に駆られて、それを言葉にしてしまうと、まるで感情に身体が支配されたのように止まらないのは、一度した親との喧嘩で知っている。


 この感情を全て吐露する姫鏡を見て、若干失望をしている自分を恥じて、悔いた。僕は姫鏡を崇め過ぎていた。等身大の女子高生で、彼女が吸血鬼だろうと、感情を持った生物なのだ。理解しているつもりでも、していなかったんだ。姫鏡を救いの女神として讃え過ぎていた。


「今もこうやって慰めてもらおうとしているし、私は卑怯だ。オイラー君の優しさに寄りかかって、それで二人で決めなきゃいけないことを私一人で決めているもの」

「ど、どういうこと?」

「オイラー君に言ってないことがあるの」


 いつものことだ。どんなことだって気丈に乗り越えられる自信が半分、どんな爆弾が炸裂するかの不安が半分で聞き返す。


「それは・・・なに?」

「私の眷属を止めて、人間に戻る方法があるの」


 それは衝撃的な事実であった。

 考えなかった? いいや考えたさ。人間が吸血鬼になるなら、吸血鬼から人間になる方法もあるんじゃないかって。でも僕は吸血鬼の弱点が無くなった人間で、誰にも害意を与え、振りまくつもりもなかった。それに姫鏡とようやく真に隣同士にいられる同志になれたのだから、現状に満足していた。考えた結果、考えなかったのだ。


「なんで今、そんなことを言うの?」


 気丈にいつもの質問を返すように振舞うと、姫鏡は沈痛な面持ちで口を開く。


「・・・・・・ごめんね。私の我儘でオイラー君の優しさに乗っかったから言い出す機会がなかったの・・・ううん、これも言い訳だ。私が言わなかった。ずっとオイラー君と一緒に吸血鬼として過ごせればいいと思ったから、このままずっと続けばいいと思っちゃったから」


 揶揄いでもなく、心からの言葉だろう。その言葉は姫鏡に今までかけて貰った言葉の中で一番僕を救ってくれた気がした。だってそうだろう、姫鏡が僕と共に時間を過ごしたいと思ってくれていたんだから。独りで分かり切った路線図のように過ぎ去る地獄の時間を過ごすより、人間でなくなろうが、最終的に環境が変化しようが、確証のない生活でも姫鏡となら生きられる。


「僕も、僕もそのつもりだよ。確かに最初は戸惑ったけど、吸血鬼としてやっていく決心はついたんだ」

「そうなんだろうね。だけどね、私の為にオイラー君が傷つくのも、オイラー君の為に私が傷つくのもお互いに良しとはしないんだよ。今の状況がそうだもん。二人が助け合うということは互いに傷つけあうんだ。私達はそういう性分なんだよ」


 椿海月さんも同じことを言っていた。願いを叶え続ける為には、どちらも傷つけ合わないといけない。吸血鬼と元人間が共に生きようとするのは、それ程までに茨の道である。


「そんなの・・・・・・そんなの今更だよ」

「ごめんね。本当にごめんなさい。これ以上大切な人が傷つくのを見てられないの」


 最初の決闘で僕が倒れた時も、その後家に来た時も、ノートの中から出てきた時も、ずっとずっと姫鏡は僕を心配してくれていた。

 ずっと自分のせいで傷つけたのだと苛まれていたに違いない。

 僕がさっき自傷行為をいとも容易く行ったことで、風船のように膨れ上がった心配事が破裂してしまって、罪悪感が飛び出てきて精神を蝕んでいる。


「だからオイラー君は人間に戻って、ここから逃げて。私も諦めて本国に帰るよ。そうすることで丸く収まるの、最初から抵抗なんてしなきゃよかったんだよ」


 薄っすらと目に涙を溜めながら弱弱しく姫鏡が言ったのに対して、僕は初めて姫鏡に揺るがない強い意志を持って反論をした。


「嫌だ!」

「えっ・・・嫌って」


 弱った姫鏡を鼓舞する為じゃない、これは願いだ。 


「姫鏡はそれでいいの!? 人間の料理に感動してその感動を他の怪異に伝えたいんじゃないの! 対等な人間関係を築きたかったんじゃないの! 姫鏡の我儘を通して叶えたかった夢って、夢を応援する人が傷つつくだけで諦めるがつく夢だったの!?」

「だって、だってそれで叶っても、一緒に分かち合う人たちがいなかったら本末転倒じゃない!」


 僕の強い意志に同じ力で反発するかのように姫鏡も叫んだ。


「姫鏡がいなくなったらそれこそ僕にとっては本末転倒だよ! 姫鏡が今まで我儘を通してきたって言うなら、僕も我儘を言うよ。姫鏡と別れるなんて嫌だ! 例え人間に戻れなくても、アーサーに殴殺されても、姫鏡が側にいなきゃ嫌なんだ」

「なにそれ。そんな我儘通らないよ! 傷つけあって痛いだけだよ!」


 吸血鬼という生き物は痛覚に鈍い。僕も徐々にそうなってきている。だからこそ精神だけが傷ついてしまう悲しい生き物なのかもしれない。姫鏡と僕は見た目は似ても似つかない。だけど似ている部分を大々的に一つ上げるとすれば、それは自分のせいで他人が傷つくことを良しとせず、自分だけが傷ついて治まるならばそこへ向かおうとする精神性。


 自分だけが傷ついて事が済むならば、僕はあの時逃げていた。


「いいんだよ、傷つけあっても。吸血鬼なんだからお互いに傷つけ合おうよ。それでその傷をお互いに慰め合おうよ。もう僕は逃げないし、ずっと付き合うよ」


 姫鏡が地獄を見ると言うならば、地獄を共に歩いていこう。

 姫鏡が涙を流すのならば、涙が枯れるまで隣にいよう。

 姫鏡が笑うのならば、共に笑おう。

 姫鏡まりあとずっと共にいられる僕であろう。


「姫鏡は一人じゃないよ」


 姫鏡の目には涙が溜まっていた。初めて見せる姫鏡の泣き顔に、ずっと笑顔を崩さずに手を差し伸べ続ける。

 姫鏡を失いたくないという我儘と、これからの僕の全てを差し出して、共にいてほしいという願い。


「やっぱりオイラー君は私に相応しくないよ」


 涙を堪えた鼻声で姫鏡が言う。莞爾として笑い。


「僕も姫鏡に相応しくないよ。だけど隣に立って、誰にも何も言わせない程に相応しくなってみせるよ。約束する」


 そう決心を口にした。

 今は隣に立っても吸血鬼にも人間にも否定されているけど、変えてみせるのだ。そうでないと姫鏡は安心できない。またこうして傷つつけ合う事を恐れて、最後には壊れてしまうかもしれない。そんな未来は嫌だ。


「そうだね。君はそうなんだよね。だったら私も変わらなきゃだよね・・・・・・」


 姫鏡は涙を指で掬うように拭って、両頬を強く叩いた。


「うじうじしてごめん。それでありがとう」

「こちらこそありがとう」


 赤くなった頬で微笑んで歯を見せて笑う姫鏡に元気を貰ったのでお礼を返しておく。


「あとねオイラー君」

「・・・・・・なに?」


 長い間があったので問い返すと、さっきまでとは違う赤みがかった表情で姫鏡は答えた。


「好きだよ」


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