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吸血鬼の花婿(2)

 外も夜へと変わっていた。でも天井には煌めく星空も、下弦に向かっている月もない。黒色のペンキを塗りたくられた空だ。こちらは恐怖ではなく、不気味が妥当だった。


 僕達は本棟を抜けて体育館へとやってきていた。


「どどどど、どうして外へ逃げないんですか!」


 体育館に入って最初に発言したのは、僕の脇に小動物のように抱えられている白梅沢だった。


「お前よくそんなことが言えるな。お前のせいで」

「ひぇえ殴らないで!」


 怒りを向けると白梅沢は暴力を振るわれると思ったのか、丸まって防御態勢を取った。流石にそれはしないのに、吸血鬼という暴虐な性質の権化を目の前で見てしまっているから、その反応は正しいのかもしれない。吸血鬼と人間は逢い慣れない・・・白梅沢の反応はそう思わせる。


「オイラー君、違う。美門ちゃん自身が行動したのは予言を回避するところまで、それ以外はハクタクが美門ちゃんに降霊して乗っ取ってしたこと。だから美門ちゃんも被害者だよ。私達はハクタクとあの男の策に負けたの」

「でも・・・・・・いや、白梅沢。ごめん」


 すべてを呑んだ。納得がいかなくても、喉の奥から灼熱の言葉がでそうになっても、僕が僕であって、姫鏡に誇れる僕である為に、白梅沢を優しく降ろしてから、今言うべき言葉を言った。


「あ、あたしも、何が何だかですが、ハクタクのせいでこうなっているのは分かります。ごめんなさい」


 白梅沢も大きく頭を下げた。最初から話せていれば、こんなに互いに謝罪することも無かったろうにと思うだけで、口にするには、今まで姫鏡と話そうともしなかった僕には資格は無かった。


「二人とも最大の原因は私とあの男だからね。ごめんね」


 非力、後悔、罪悪の三者三様の謝罪で最悪の空気だった。


「えっと、はい! 反省は事が終わってからにしましょう! 結界を再展開したので、ちょっとは安全なはずですよ」


 椿海月さんが手を叩いて空気を和ませようとしてくれたので、俯きがちな僕達は顔を上げた。

 気持ちの切り替えができる姫鏡が柔和な笑顔を作って話し出す。


「ありがと。体育館に来た理由を話すね。まず外には出られないんだ」

「けけけ結界なら、あたしは何とかできるかも」


 ずっと震えが止まらない白梅沢は勇気を振り絞って意見を出しているのだろう。


「結界という意味合いは結界だけど、学校に張られているのはあの男の影。あの男の影でこの学校を囲っているから、結界とは別物で椿海月ちゃんや美門ちゃんじゃどうしようもないの」

「影だったら破壊すればいいんじゃないの」


 影っと言われてもピンときていない白梅沢は置いておいて、今度は僕が話に入った。


「あいつの影が作り出すのは空間なの。影の奥にはあいつが作り出した空間があって、何が待ち受けているかは分からない。そんなあの男のテリトリーに無防備に入って行くのはお勧めできない」

「じゃっどんするんどすか!」


 恐怖を抑えるために興奮で紛らわしている白梅沢は目が据わっていないし、舌も回っていない。


「・・・・・・考え中」

「お、終わった。きゅっ吸血鬼なら、弱点ついて責めればいいのでは、うはっあたし天才だ」

「美門ちゃん、吸血鬼の弱点を言ってみて?」

「太陽光! 十字架! 大蒜! 聖水! 銀! 真水を渡れない! 招かれないと家に入れない! 血を吸う! ぬふっハクタクの知識を借りて調べたのでちょちょいのちょいですわ」


 ない胸を張る白梅沢は僕の知り得ない弱点まで網羅していたし、吸血鬼同士でしか知らないことも知っていた。ハクタクという妖怪は未来予知だけではなく、知識も豊富なのだろうな。


「それらがあるかな?」

「・・・大蒜なら家庭科室にあるかもです」


 姫鏡に優しく諭されて固まった白梅沢は再起動してそう言うも、また諭されてしまう。


「あの男は上位吸血鬼で最大の弱点の太陽光を浴びてもすこーし体調が悪くなる程度なんだ」

「あたしの人生終了のお知らせだ」


 白梅沢は頭を抱えて蹲ってしまった。なんとも元気な奴だ。


「僕がアーサーの血を吸うのは?」

「前にも言ったけど、オイラー君がどこに位置している吸血鬼かが分からないから、分の悪すぎる賭けなの。オイラー君も上書きされて、あの男が二人出来上がるのは本望じゃないでしょ」

「・・・・・・そうだけど、でもそれしかないんだったら僕は分が悪くても賭けるよ」

「私は・・・」


 姫鏡が何かを言いかけて止まって目を伏せた。何を言おうとしたのかを予想する前に、再び前を見て結論を言った。


「やっぱり私が戦うしかないね」


 結局はそこへと至ってしまう。僕では実力不足なのだ。それでも姫鏡の役に立てるならなんだってするつもりだ。


「どうやって決着をつけるつもりなの」


 吸血鬼になって分かった。吸血鬼に不死性がある限り、不死性を超える弱点を突かない限り吸血鬼は死なない。では互いに弱点が同じの同種属で戦ったら決着はつくのだろうか。答えはつかない。もしかしたらお互いの不死性を削り合えば決着はつくのかもしれないけど、その事を先に言わない姫鏡は、削り合いは現実的ではないと言う答えではあった。


 決着がつかないことを理解しているからこそ姫鏡は答えない。


「姫鏡が戦うなら、足手纏いでも僕も戦うからね」


 否定も肯定もしなかった。ただ姫鏡は苦しそうに視線を逸らすだけだった。


「はっ! 皆さん構えて!」


 椿海月さんが体育館の玄関口を振り向いて叫んだ。


「探したぜ糞共」


 玄関口には額から血を垂らしながら気怠そうに立っている暮山がいた。

 なんだアーサーじゃないのか。手負いの暮山なんて、僕と姫鏡にとっては雑魚も同然だ。


「糞が。てめぇ今、アーサーさんじゃなくて安心しやがったな。ムカつくぜその態度。強者っていうのは一人で振舞えるから強者なんだよ! おめぇはよぉ、後ろの糞共守りながら戦えんのかぁ!? えぇ!!」


 暮山が指差すは、唐突に両鼻から血を流し始める椿海月さんと、その事態に対応できずにおたついていた白梅沢。


「どしたんその血!」

「結界を無理に破られた反動です。気にしないでください」


 鼻血を手の甲で拭いながら、右手を前に突き出して構える椿海月さん。見えないが二人の周りに嫌な感じがするから、結界が展開されているのだろう。


「え、それって何回も結界張ったらなるやつじゃないのか。頭沸騰するって聞いたが・・・・・・」

「人間体ですから、もってあと二回ですかね」

「う、うそつい・・・・・・これ使え! あとあたしも補助するから」


 首を大きく振ってから白梅沢はポケットティッシュを渡して、椿海月さんの隣に立ち、結界の維持を補助する意思をみせた。


 椿海月さんの結界に頼りっきりでは時間がない。僕と姫鏡は二人を守りながら戦わなければいけないのは当然のことだ。ただ前回と一緒だ。反応できない速さで距離を詰めて、相手に何もさせることなく戦闘不能にして終わりだ。


「馬鹿がよぉ! 見誤ってんだよ! ボンクラ共が!」


 暮山が両手を擦り合わせて指先をこちらに向ける動作をとった。僕はその動作の動きだしと同時に影を踏み込んで移動を始めていた。姫鏡が後ろで何かを言おうと声を発した瞬間でもあり、音はまだ僕に届いていない。


「まっ」


 暮山との距離が丁度半分になった時に、体育館の窓に複数の人影ができる。人影は窓を割って侵入してきた。


 影人間だ。機械的な動きをするアーサーが作り出した影人間。それらが椿海月さんと白梅沢だけを狙って飛び掛かっている。

 視線を暮山に戻すと不敵に笑っていた。

 僕の腕に鳥肌が立った。これは恐れやおぞましさからではなく、怒りが燃料だ。

 今度はあれじゃすまないぞ。そう念を込めて拳を握った。


「任せて!」


 ようやく姫鏡の声が届いた。

 最初の決闘の時のように、姫鏡に託された。

 姫鏡の思いの乗った声で、内包していた燃料が一気に消費されて、込めていた怨念も消えた。


 暮山の指の間から赤い水が噴射される。ホースに溜まった水を噴射する勢いだ。動体視力が上がっている僕が見てそう感じるのだから実際にはもっと速いはずだ。だからこれに当たれば水圧で貫かれてしまう。普通ならそう。普通なら。

 こんなのは避ける必要もなく、くらっても勢いが落ちるだけで、暮山を殴りぬけることはできる。


「避けて!」


 今度は椿海月さんの声だった。空中で影を踏んで身を回して間一髪の回避をする。

 噴射された水は直線をつくって床に落ちた。回避後、壁に接着している間に、暮山は舌打ちをして後ろへと大きく距離をとった。


「その水は神経毒が含まれてます! 不死性があっても効きます!」

「てことよ!」


 暮山は僕に照準を合わせて、また噴射する。

 暮山の前まで移動するために壁を蹴った。これを避けるのは造作もないことなのは変わりない。避けて、距離を詰めて、戦闘不能にするのは変わりない。


「ところがぎっちょん!」


 暮山が指を曲げて方向を変えた。このままでは当たってしまうが、まださっきのように影を踏んで反応できる距離だ。その勝ち誇った顔を泣き顔に変えてやる。


「避けていいのかぁ」


 言葉の真意を理解した。その瞬間に時間が止まった気がした。この射線上には椿海月さん達がいる。もしかしたら結界で弾けたり、避けられるかもしれないが、今は僕の身体が射線を邪魔しているせいで軌道が変わったのが見えていない。避けなければ神経毒で動けなくなるが、避ければ椿海月さんか白梅沢の命に関わる一撃になる。


 考える間はないし、考えるまでもなかった。


 高速で回転するドリルのような赤い水が僕の脳天を貫いた。


「おまえ・・・・・・マジかっよ・・・・・・」


 暗転なんてものはないくらいに瞬き一回程の速さで視界は戻った。

 僕の拳が狙い通りに顎下に当たったらしく、脳を揺らされて事が切れたように倒れる暮山。


 なんてことない。

 神経毒が回る前に、自分の首をねじ切ってしまっただけだ。どうせすぐに僕の頭部は戻るのだし、安いものだ。



なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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