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白梅沢美門(6)

 ズビーッ。

 大きく息を吸ってから、渡したハンカチで思いっきり鼻をかまれた。


 図書室から出てきたのは癖っ毛とアホ毛と瓶底眼鏡が特徴的な女子だった。白旗をあげる彼女を落ち着かせながら、図書室の中へと入った。彼女が下手な動きをすれば乞仏座が能力を発動するはずなので、僕としてはそれを阻止するために気を揉んでいる。

 ネクタイの色で学年がわかるので、彼女は同じ学年だと言うことはわかる。しかし彼女はどこかで出会った気がするが、思い出せないので、直接聞いた方が早いだろう。


「落ち着いた?」

「はい・・・・・・落ち着きまじだ」


 枯れた涙声で言ってから、涙を堪える為に口を窄めた。


「自己紹介の前に聞いておきたいことがある。君が姫鏡を攫ったって思っていいんだね」

「攫ってなん・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」


 反抗の眼差しで僕達を見たが、それが無駄であると悟ったのか認めた。


「僕は二年三組の」

「オイラーさん。二年三組、出席番号四番。成績は学内ほぼ最下位で、運動能力も平均以下。帰宅部であり、学友関係は皆無。クラス内ではオイラーと呼ばれていて、苗字を覚えているのは誰もいなくて、名前もオイラーに引っ張られて曖昧に記憶されているオイラーさん」


 アホ毛女子は床を一点に見つめながら、僕の小恥ずかしい内情を津々浦々と話してくれた。へぇ誰も僕の苗字を覚えていないんだ。確かに珍しいし、読み方も変だから覚えにくいしね。名前くらい覚えて欲しいものだったな。あれ僕もハンカチが必要かもしれない。


「それでそっちの人は、呉糸女学院の二年A組の出席番号十一番、椿海月三幡さん。成績は学内上位で、運動能力は平均。手芸部所属。学友関係は良好。クラス内ではおっとりを演じるが、学校内では密に見せる男のような覚悟が決まった目が評判で隠れファンもいる。今は呪いで人間の姿をしているが、本当は人魚」


 僕と椿海月さんは顔を見合わせる。この女子は既に僕達の正体を知っている。それはそうなんだけど、知っていて行動に出たのと、知らなくて行動に出たのでは罪の重さは違うのだ。


「それでそっちの人? は、二年三組出席番号六番、乞仏座伽羅さん。成績はむぐっ」

「口は災いの元だよ」


 子供の手がアホ毛女子の口を塞いで黙らせた。そのまま僕が味わったことのある万力で潰していくような手法で、彼女の頬を圧縮していく。


「やめろ乞仏座」


 僕が乞仏座の手を握って止めると子供の手は消えて、つまらなそうに明後日の方へと視線を向けた。

 アホ毛女子は前かがみになって咳き込んで、嗚咽交じりの呻き声をあげていた。


「君の名前は?」


 重度のプレッシャーを与えられて、肩で息をしているアホ毛女子は青ざめさせた顔を上げた。


「しっ・・・・・・白梅沢しらうめさわ美門みかど


 白梅沢美門。聞き覚えも無かった。クラス内の人間は苗字くらいは覚えているし、一年の時に同じクラスだったとしても覚えている。また、学内の有名な人間だったら覚えているはずだ。


「二年五組だから、おっ同じクラスじゃない」

「姫鏡をどうしたの」

「姫鏡さんは・・・・・・」


 白梅沢は目線を背後に置いてある自分の鞄へと向けた。乞仏座が鞄を操る手で勝手に持ってきて、机の上に中身をぶちまけた。筆記用具、教科書、ノート、プリント、弁当箱、小物入れ、小説、菓子、ゴミが出てきた。


「そのノートの中です」


 白梅沢が指さすのは、なんら普遍なノートだ。嘘をついているようにも見えないので、ノートを手に取ってみると姫鏡の匂いがした。

 その匂いで僕は、白梅沢が今朝ぶつかった女子だと思い出した。

 なんで今日の出来事で、それも印象的なことなのに思い出せなかったんだ。という思いは置いておいてノートを開いた。


「わっ!」


 突然空中に姫鏡が現れて、咄嗟に両腕を前に出して受け止めようとする。姫鏡も僕に気がついてそのまま腕の中に納まった。吸血鬼として覚醒しているので綿を受け止めるかのような軽さだった。

 僕の両腕の中に納まっているということは、それは抱き合っている状態とも言えよう。その事実に気がついたのは姫鏡の天頂部を見つめながら、姫鏡の匂いを満喫している時だった。


「姫鏡?」


 一向に離れないし動かない姫鏡に声をかける。胸の中で呼吸音はするし、温もりもしっかりとあるので生きているのは確かだ。

 受け止める時だけ背中に回していた両手は、現在どこに置いておけばいいのか分からないので、手持無沙汰にしていた。


「ヨシ」


 胸の中で活が入ったような声が聞こえたと思ったら、視界一杯に姫鏡の顔が現れる。赤い瞳に瞬きすると揺れる長い上睫毛に、筋の通った高い鼻に、紅もつけていないのに目を奪われるような血色の良い唇。透き通った肌は僕の胸に埋もれていたせいで赤みがかっている。影になった金髪が僕の鼻をくすぐった。


「ありがとう」


 頬に温かく湿った感触がした。

 礼を言われた。それは僕が姫鏡を助けたことによるお礼なのは分かる。だが、この頬に残る余熱は分からない。


 離れていく姫鏡の目が少しだけ潤っていた気がした。僕は今だに現実へと帰ってこれていない。


「椿海月ちゃんもありがと」

「はい。無事でよかったです」


 隣にいる椿海月さんは両手で顔を抑えながらご満悦そうな顔をやめて、冷静なふりの顔をしてから返事をした。


「僕もいるんだけどねぇ」

「・・・伽羅もありがと」

「どういたしまして。それでまりあ、君ともあろう者がどうしてそんな小娘に捕まってしまったんだい?」


 頬の感触を感慨深く記憶の奥底に張り付けておきながら、ようやく現実に帰ってきた僕は、話を振られて身体を硬直させた白梅沢を見た。


「いやぁ面目ない話だけど、一言で表すと油断だね。美門ちゃんとは図書委員と利用者との顔見知り関係だったんだけどさ。下校前にこれまたいきなりノートの中に封印されちゃったわけ。・・・・・・てなわけで、どうしてそんなことをしたの?」


 姫鏡は乞仏座から白梅沢の方へと身体を向けて、前屈みになって作り笑いで問うた。笑顔が作り物なのはこの場にいる全員が理解しているので怒りの圧があった。


「えと、その、はひ」


 白梅沢は引きつった笑顔で返した。姫鏡が笑顔だったので、相手の真似をしただけに過ぎないし、普段こんな圧をかけない姫鏡があまりにも怖すぎて、言葉が出てこなくて笑ってしまっただけのことだ。同じ過ちを犯したことがある僕は痛いほどにわかる。

 それが本気になっている相手にどう伝わるかも、わかる。


「そんなに楽しかったかな?」

「いやっ、ちがくて」

「何が違うのかな?」

「えっと・・・・・・ごべんなざい」


 白梅沢はプレッシャーに耐え切れなくなってまた涙を流して謝った。


「白梅沢さん。姫鏡は報復したいんじゃない、理由が知りたいだけなんだ。この場にいる者の中で君を傷つけようなんて思っているのはいない」

 

 約一名を除けばそう。その一名である乞仏座の方を一瞥してから、鼻息荒くして泣き止んだ白梅沢は喉を鳴らしてから、膝に置いていた手を強く握って話し始めた。


「あたし、この春から父方の祖父から力を受け継いたんです。あたしは嫌だったんですけど、嫌だったんですけど強制的にハクタクに乗り移りされて半人半妖になったんです。半人半妖と言ってもハクタクが降りてこないと人間とさほど変わらないです」

「へぇハクタクか」

「ハクタクって・・・なに?」


 理解したように姫鏡が言ったので訊ねてみた。


「昔からいる牛の怪異だよ。日本だと似たようなのは・・・件って知ってる?」

「不吉な予言を残す妖怪の?」


 身体は牛で顔は人間で、不吉な予言を残して絶命する妖怪だったかな。


「そうそう。ハクタクも人間に知識と予言を与えてくれるお節介な怪異って程度に思ってくれたらいいよ。美門ちゃんは霊媒師の家系でも、ハクタクを降ろせるんだったら結構有名な家系なはずだけど、白梅沢なんて聞いたことないんだよね」

「えっと・・・白梅沢はお母さんの苗字で、お父さんが百河です」

「百河。あぁあの霊媒師ながらも結界術に長けていたあいつか」


 乞仏座が思い出したように手を叩いた。


「お父さんを知っているんですか」

「父親ではないが、祖先にあたる者だね。オイラー君には先ほど三人の人間の話をしただろう? その一人さ」


 椿海月さんと同じように複数の結界を張れる人間の一人。白梅沢はその血を継いでいるという訳か。


「百河ね。うん。納得だ。それでどうして私を狙ったの? ハクタクに命令されたから?」

「うっ、そう・・・じゃなくて、ハクタクの予言で夏までにこの学校が吸血鬼に破壊される未来予知が出たから、ハクタクの力を借りて姫鏡さんが吸血鬼だって分かって、それで、それで、昨日決行した」

「そんな頭ごなしに!」


 肩を落として白状する白梅沢に僕は詰め寄ろうとすると、姫鏡が僕の胸の前に手を出して止めた。


「待ってオイラー君。ハクタクの予言は絶対なんだよ。それが起こると言われたら確実に起こるの。でも予言を回避こともできる。予言に出てきた原因を対処すれば違う結果にはなるの。美門ちゃんはそれをしただけだから、あんまり責めないであげて」

「でもなんで話し合わなかったのさ。姫鏡のことを調べたなら話し合いでも解決できたはずだよ」

「吸血鬼と聞いて、自身から手を出して話し合える度胸がある人間はほとんどいないんだよオイラー君」


 だって僕はそうだったじゃないか。僕は姫鏡に誘われた形だけど、あの夜あの公園で話せたじゃないか。だったのならば白梅沢も話し合えたはずなのに。

 この思いは言葉にならない。

 言ってしまえば、誰も彼もを傷つけてしまうから。


「美門ちゃんはどうして自分で処理しようとしたのかな? 荷が重すぎるってハクタクは止めたでしょ?」

「うぐっ・・・それは・・・・・・」


 上目遣いの白梅沢と目が合った。僕の顔色を窺っても何も気の利いた言葉はでてこないのに、見つめられても困る。


「・・・ははぁん。自分の身を危険に晒しても学校生活を守りたかったんだね」


 人の思いを顔色だけで読むのが得意な姫鏡はニヤリと笑ってから、優しい笑顔を作って言う。


「そっそうです。でも結局うまくいかなかった。オイラーさんに校舎を破壊されそうになるし、結局あたしが何かをしたところで何も変わらないんだあ。負け組なんだあ」 

 

 白梅沢は更に肩を大きく落として項垂れた。


「えっオイラー君そんなことをしようとしてたの?」

「まぁ・・・・・・成り行きで?」

「だから美門ちゃんオイラー君を見る目が怯えているんだね。ちゃんと蟠りは解消しておいた方がいいよ」

「うっ、そうする」


 姫鏡の真っすぐな瞳に射抜かれて行動に出る。


「白梅沢さんは変えたよ。だってもう一人じゃないから。今度は僕達が力になるからさ、一緒にその予言を解決しようよ」

「お、オイラーさん」


 涙ぐみ今にも胸に飛び込んできそうな白梅沢。姫鏡もこうして無事だったので、もう白梅沢を警戒し、否定するのも違うだろう。


「ううっあたし勝ち組ですかね」

「そうだね」


 何を持って勝ち組か負け組かを判断しているかは知らないけど、とりあえず蟠りを解消するために肯定しておこう。


「あたしの勝ちってことですよね」

「そう・・・なのかな?」


 何をそんなに勝ちに拘っているんだろうかと、思っていると白梅沢の目つきが鋭くなった。


「じゃあオレの勝ちで」


 白梅沢がそう言った瞬間に、図書室に夜が訪れた。

 夕日が差し込んでいた窓がいきなり遮光カーテンを閉めたかのように黒へと塗り替わり、電灯も全て火花を上げてから消えて、図書室全体は暗闇に包まれた。


 突然の出来事に辺りを見回すと、暗闇より一層黒い塊が本棚と本棚の間にあった。黒く、いやどす黒い塊だ。見ているだけで気分が悪くなりそうな、怨嗟を孕んだような黒。

 その中から腕がゆっくりと出てきた。白手袋をして、スーツを着ている手。


 その手が引き戸を開けるように黒をどかして、全身を現した。


 高身長に似合う上下黒色で上着に縦に白いボーダーが引かれたスーツを着用していて、丸サングラスの奥で赤く光る鋭い眼光をギラつかせ、長い黒い髪を半分で分けて、麗人のような顔立ちをした三十代くらいに見える男。いや吸血鬼。


「さあ幕間は終わりだまりあ」


 アーサー・アルカードがそこにいた。

なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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