白梅沢美門(5)
図書室は技術棟の一階にある。今日、安浦達と話していた廊下が図書室のある廊下だ。
普段歩いているリノリウムの廊下を緊張感を持って歩いて、図書室へと向かう。
昇降口から技術棟へ続く渡り廊下、技術棟の一階廊下、中央階段、一階西トイレ、図書準備室、そして図書室といった順で辿り着ける。
辿り着けるはずなのだが。一向に辿り着かない。前に向かって歩いているはずなのに、気がつくと昇降口へといける渡り廊下が隣にあるのだ。
混乱した頭を落ち着かせて、現状を理解するために立ち止まったが、乞仏座は黙って歩き出した。
何か声をかけた方がいいのだろうが、そんな声も出る前に図書準備室があるところでいきなり乞仏座の姿が消えたかと思うと、僕の背中を上から下に指でなぞった。
「なにするんだ!」
「魅力的な背中がいきなりあったものでね」
何も嬉しくはなかった。
「ふざけてないでさ、これって結界?」
冷静沈着なところを二人に見せたい僕は、物怖気ずに言った。
「結界ですね」
「破壊とかはできないのかな」
「中心へと近づかせないタイプの人払い結界ですので破壊は無理ですね。このタイプの結界には核があるんですが、それが中心にある為に破壊するのは至難の業かと思います。ですが出るのは体験した通り簡単です。ただ近寄り難い結界ってイメージだと思って頂ければ」
「椿海月さんでも?」
姫鏡や乞仏座が太鼓判を押す結界のスペシャリストである椿海月さんならば、破壊は可能ではないのかと思い駄目元で訊ねてみる。
「結界は解読するために触れなければいけません。この結界の外郭部分を探し当てれれば解読できますが、結界を通った感覚がしませんでしたので、どこが外郭なのかが判別できません。オイラーさんや乞仏座さんは感じましたか?」
僕は感じなかったので、乞仏座の方へと視線をやると乞仏座は首を振った。
椿海月さんでも結界の外郭とやらを判別できないなら、それを巧妙に隠されているか、学校以上の大きさ、もしくは椿海月さんが本気になった時ほどの大きさを持った結界ということになる。
「では解読破壊と物理破壊は現状不可能と考えましょう」
「それじゃあどうすればいいの?」
「相手が結界から出てくるのを待つか、外郭を探し当てるかです。後者は今日一日で探し当てるのは・・・・・・」
椿海月さんは表情を曇らせたので、がむしゃらにやっても難しいのだろう。
「でもこれで図書室に姫鏡の手がかりがあるってのは濃厚になった訳だよね」
「オイラー君にしては前向きな発言だね。まりあの状況がどうなっているかは分からない為、時間はないとすると、後手に回ってしまっているのだよ」
僕だって前向きな発言くらいするし、これは椿海月さんにだけに責任を負わせたくない発言でもあるのだ。それにしても乞仏座が危機感を煽ってくるのはちょっと珍しい気がした。
「それはそうだけど、打開策がないんじゃどうしようもないだろ」
「何を言っているんだい、あるじゃないか」
「あるなら早く言ってよ!」
「・・・・・・」
「な、なんで黙るの」
乞仏座は黙ってしまい、疑り深い目で見てくる。その目を維持したまま、小さく鼻で息を吐いて口を開いた。
「僕もオイラー君のことを分かってきたつもりだから、この提案を快く受け入れるとは思わなくてね」
「やるよ。姫鏡の為ならば、僕は鬼にでもなるさ」
馬鹿にされては困る。僕は姫鏡の為なら例え火の中だろうが海水の中だろうが、銀が溶けたの溶鉱炉の中であろうが飛び込める。
「もうなっているだろうに・・・・・・まったく妬けるね。では打開策を教えよう」
乞仏座の打開策に息を呑む音がいやに聞こえた。
「校舎を破壊すればいい」
「んなっ・・・」
「三幡君も分かっていたはずだよ。固定された場所を守る人払い結界ならば、その場所を破壊してしまえばいいとね。だが三幡君は心優しいから除外した。そうだね?」
「はい・・・でも中に結界を張った人がいますし、姫鏡ちゃんもいるかもしれないんです」
「放置すれば猖獗を極めた状況になるかもしれない。校舎が壊れたくらい、人か怪異かは知らないが、一人死んだくらいなんだ。まりあは崩落程度では死なないよ。死んだのならば・・・・・興覚めだ」
椿海月さんは乞仏座に言葉を返さなかった。代わりと言っては何だけど僕が逡巡もせずに返す。
「やるよ」
「お、オイラーさん!?」
暴力的な事を二つ返事で了承したことに椿海月さんは驚いていた。
「でもまず警告する。それでも結界を解かずに立てこもるならば・・・・・・やる」
そう付け足すと、椿海月さんは固い決意を感じ取ってくれたのか真剣な顔つきになった。
「分かりました・・・・・・では人払いの結界と認識阻害の結界を張りますので待ってもらえますか」
「うん。お願いするよ」
「じゃあ僕は見物でもしているよ」
乞仏座がどこかへ行こうとしたので僕は止めた。
「いや、乞仏座は僕が壊したときに出る瓦礫を手で防いで二次被害を防いでほしい」
「なんで僕がそんなことをしなければいけないんだい?」
「僕が乞仏座と学校生活を続けたいからだ」
「・・・・・・わかったよ」
嫌そうにしていたが、本当に僕との学校生活が気に入ってくれているようで了承してくれた。
椿海月さんが結界を張り終えて、技術棟の中から人がポツポツと出て行ってから、乞仏座が技術棟全体を見渡せる本棟屋上に陣取ったのを見てから、僕は図書室に向かって叫んだ。
「図書室の中にいる人間に告げる! この結界を解かない場合、今から校舎を破壊する! これは脅しではない! 僕は吸血鬼でありその力がある。一分間待つ! それまでに返答または結界を解かなければ、行動を開始する!」
夕暮れの閑散とした中庭に僕の声がこだまする。
スマートフォンのタイマー機能で一分を計り始める。スタートを押しても結界は解かれない。刻一刻と秒数を刻んでいっても結界が解かれる気配も、誰かが出てくる気配も無い。
このままだと校舎を破壊してしまうことになるが、姫鏡を救うためには・・・・・・仕方ない。
時間になった。
僕は乞仏座に合図して、本棟に避難している椿海月さんを一瞥してから、影を踏み込んだ。
「だあああああ!!!まっで!!!!まっでくだはい!!!!」
空中に飛び上がって、踵落としで校舎を破壊しようとしたところに、そんな怯えた少女の濁声が聞こえたので、踵に影を作って踏み込んで一回転して勢いを殺し、また影を踏んで最初の位置へと戻った。
着地体勢から立ち上がってみると、図書室の扉が開いていて、一人の少女が涙目になって鼻水を流しながら胸を抑えてこちらを見ていた。
「解きました! 解きましたから! いのぢだけは助けてくだはい!!!」
目が合うとボロボロと大粒の涙を流しながら、その場で大きく頭を下げたのだった。
僕は後ろで合流した二人を見ると、乞仏座は呆れており、椿海月さんは困っていた。
一体なんなんだ。
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