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オイラー君(3)

 二年生になった。こんな地獄の中にも華は咲くようだ。


 僕がいるクラスに学年の美少女ベスト3とか言う、失礼な奴が決めたであろうランキングに入っている美少女、姫鏡まりあ。これまた目を見張るような美少女だ。日本人離れした目と鼻に、太陽光が反射してキラキラと輝く金髪。まるで理想の美を詰め込んだ精巧な人形と言われても遜色ない出立ちで、そんな彼女が僕の隣の席で本を読んでいる。


 眼福という言葉はここで使うのが正しいだろう。これまでも、これからも、こんな美少女を近くで見ることも、同じ空間にいることもない。今、この地獄に咲く可憐な花と共に過ごせる時間を享受できることを心に刻もう。


 そう思い続けて、四月が過ぎ、五月になった。


 僕の地獄の日々には彼女がいる。何も変わらず彼女がいるだけだった。


 しかし一ヶ月も経つとあらぬ噂が一人走りすることもある。


 姫鏡まりあは手首を切っている。そんな噂がクラス内では持ちきりになっていた。友達もいない僕がなんでクラス内の情報を持っているかと言うと、休み時間は机に突っ伏して寝たフリをしているから、みんな寝ているものと思って勝手に話すからである。


 いないものの特権だとふんぞり返っていたが、聞かれても些細な事なのだろうとは思えなかった。


 とにかく根も歯もない噂だ。姫鏡に嫉妬した誰かが流しているに違いない。なんていったって噂の根拠が、常に手首に包帯を巻いているからである。


 冬服の時は手をあげたりしないと確かめようがないけど、体育の時は腕に包帯が巻かれているのを僕も確認した事がある。


 姫鏡本人が怪我をしている。と、空気を読まずに訪ねてきたお調子者に対して可憐な笑顔で答えていた。お調子者もその笑顔に押されてか、それ以上は訊かなかった。


 もしかしたら深い傷が残っていて、それを見せたくがないが為に隠している。そう解釈すればいいのに、一人歩きした噂は走り出す。


 腕を隠しているのはリストカットしている。から、虐待されている。に変わった。


 そして五月下旬に姫鏡が夜の繁華街で目撃された。そりゃあ高校生なんだから、夜の繁華街にいたっていいじゃないか、と、突っ伏しながら耳をそばたてていたが、どうやら歳の離れた男性と歩いていたらしい。


 その時の写真がクラス内のSNSグループで出回ったらしい。へぇ、クラス内にSNSのグループなんてあったんだ。と、僕は酷く関心した。


 噂は一転二転としていき、援助交際やらパパ活やらと、なにやらディープでナイーブでセンシティブな話題を巻き込んで大きくなり、広がってゆき、挙げ句の果てにはその噂が教師の耳に入り、姫鏡は生徒指導室に呼び出された。その後何があったかは姫鏡と教師しか知らない。


 結果。雨露をしのぐ傘の音色が心地いい六月現在、姫鏡まりあはクラスで孤立した。


 孤立無援同士が隣り合っている状態だった。クラス内で腫れ物と、いないもの扱いされている近くには冷やかす者と変人しか寄り付かない。


 じめじめとした季節のせいか、教室の雰囲気もじめじめとしていた。


 地獄に咲いた華は地獄の熱に当てられて枯れた。


 孤立したと姫鏡本人が察した時にそう思ってしまった。だってその時、僕だけが見てしまった表情が哀愁に満ちていたように見えたから。


 今日も教室に入る時に自分の席を見るついでに、先に座って何変わらぬ美しい顔で本を読む姫鏡を目に焼き付ける。


 華は枯れていない。この地獄と化した場所でも変わらず咲いている。あの時の枯れた表情はあれだけで変わらずいる。


 僕だったら現実逃避したくなる。教室にテロリストでも乱入して来ないかなーとか、そしたら僕が通信空手――本当はネットで齧っただけの技で制圧してヒーローになる。みたいな妄想で時間を濁すだろう。


「クスッ」


 隣で笑うような声が聞こえた。


 いつものように机に突っ伏しているので顔を上げて確認は出来ないけど、これまで耳をそばたててきた中で聞いたこともない笑い声だった。


 もしかして姫鏡の笑った声なのかもしれない。本を読んでいても、誰かと話していても愛想笑いのような笑顔しかしなかった。だとしたら珍しいこともあるものだ。何の本を読んでいたんだろう。


 そんなことを思いつつ、今日も必死に現実にしがみついた。最近は図書室で自習をしてから帰宅している。なんと図書室には偶に姫鏡がやってくる。決してそれを知ったから、習慣にしようとしている訳じゃないぞ。勉強をしないと赤点を取ってしまうからだ。


 今日は親が家にいないので、昼間の姫鏡の笑った声を思い出しながら、ファミリーレストランで食事をしていた。


 学生などはおらず、家族連れが多かった。昔は百点とったお祝いにこういうところに連れてきてもらっては喜んでいたな。


 ご飯を食べながらも、予習をしていると、のめり込み過ぎたか、気がつけば時計の針が日付を変えようとしていた。


 食後もドリンクバーとフライドポテトで繋いでいたせいで、店員さんに白い目で見られている気がするので早々に退散しよう。


 ファミレスから出て帰路の途中にある繁華街へと入った。


 夜の繁華街に制服一つで立っているのは、まるで異世界に一人やってきたみたいだった。それほどまでに夜の繁華街は別世界であり、気持ち浮足立つ場所だった。


 酔いどれのサラリーマン。大学生達の集団。夜のお店の派手な男性。泊まる場所を探しているカップル。確かにこんなところに制服でいれば目立つ。僕もあらぬ噂と、警察に補導されないように早く帰らなければ。


 早足に繁華街から離れると、家に帰るまでの道をとぼとぼと歩いた。夕方まで雨が降ったせいか、空気が澄んで星がよく見える。


 あぁそういえば褒めてもらった帰りは星を見に高台にある公園に行ったな。そこから見る夜景と星は本当に綺麗で、自分が特別なんじゃないかと存分に勘違いさせてくれた。最近は全く行っていなかったけど、行ってみるか。どうせ明日は学校は休みだ。


 ぼちぼちと高台の階段を息を切らして登り、食べたものが戻ってきそうになりながらもようやく公園にたどり着いた。公園に近づく程に人はいなくなり、階段を登っている最中は人っ子一人おらず、雨に喜ぶ虫の音色だけが聞こえた。


 懐かしい。何も変わっていない。象の滑り台に、二つのシーソー、夜景を独り占めにできるブランコ。暗がりの中にある時計。そしてぽつんとある街灯と、その下にある椅子。


 その椅子に先客が腰掛けていた。

きりのいいところまで書いています。


なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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