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白梅沢美門(3)

「おかけになった電話は、現在電源が入っていないか、電波の通じないところにあります」


 一限目が終了時に姫鏡のスマホにかけてみても、帰ってくるのはありきたりな電子音声だけだった。


「その板は便利だよね」


 屋上までの踊り場から教室へと戻ろうとすると、乞仏座がぬっと背後から現れた。もう驚きもしないで応対をする。


「乞仏座もスマホを持っていなかった?」

「持ってはいるが、常に触れないようにしているのさ。電気機器は僕達とは相性が悪いからね」


 そういうものなのかと言うと、そういうものさと言われた。具体的な説明は今はどうでも良かった。


「それよりも乞仏座は姫鏡がどこに行ったかは知らないんだね」


 遺憾の意を示すように眉を顰めた乞仏座。


「疑り深いね。それはさっき知らないと言っただろう。昨日はオイラー君と別れた後に、自分の店で過ごしていたし、証拠が必要ならば監視射影機でも確認すればいいさ。それに僕がまりあを拘束して何の利益があるんだい?」

「いや・・・・・・うん。確かにそうだね」


 乞仏座ならば小手先なことをするのではなく、直接闘うことを望むはずだ。もしかしたら直接闘う為の布石なのかもしれないと考えたけど、だとしたら僕に負けを認める必要がない。僕を亡き者にすれば、姫鏡の怒りをものにできるのだ。・・・我ながら嫌な考え方ができるようになってしまった。


「じゃあ姫鏡はどこに行ったんだろう。アーサーさんのところとか?」

「それも考えられないね。アーサーも直接まりあに手を出すことはできない誓約がある。だから考えられるとすれば、第三者による拉致監禁」

「そっそれなら姫鏡が危険じゃないか!」


 廊下で大声を出したために周りにいる人達が何事かとこちらを見た。


「落ち着きたまえ。まりあを個人で拉致監禁できる奴なんて指折りだ。指の中にアーサーは入るが、言ったとおり有り得ない。そして他の指は海外さ。で、だ。集団でまりあを捕らえるとなったら、用意周到に襲わなければいけない。まりあの番犬がその前情報を許さないだろうから、これもまたありえない」


 番犬とは立藤さんの事だろうか。確かに警察の情報網を私的に使えば、怪しげな集団を見つけることもできるかもしれないが、裏の世界の住人に人間と同じ方法が通用するとは思えない。


「それじゃあ、誰に拉致監禁されたって言うんだ」

「簡単だ。人間だ」

「それこそありあえないでしょ」

「なぜだい? 吸血鬼だからかい?」

「分かってるなら聞き返さないで」

「ふふん。オイラー君は分かっていないね。人間だからこそ、人間を装っていたからこそ、人間大好きなまりあの不意を突けるんじゃないか」

「あっ・・・・・・」


 小馬鹿にするように乞仏座は笑う。乞仏座の言う通り、人間ならば不意を突ける。だけどその予想には大きな穴がある。


「人間なのにどうやって、何の為に姫鏡を拉致監禁する必要があるのさ」

「それは僕が与り知らぬところだし、そもそも拉致監禁されているかも予想でしかない」

「・・・・・・」


 僕は乞仏座に対して心底軽蔑する視線を送った。


「なんだいその目は、まるで今までの会話が意味をなさなかったと言いたげな目だね」

「乞仏座を当てにしたのが馬鹿だった」

「おや頼りにされていたのかい。だったらされがいがある助言を一つしておこう」


 軽蔑した視線のまま期待せずに答えておく。


「・・・・・・なに」

「決闘のことは一旦忘れて、まりあの昨日の動向を追うといい。一日前のことだし追いやすいだろうね」


 訳知り顔で言う乞仏座にはもう騙されない。でも言っていることは道理にかなっているので、悔しいがこの助言には従わざるおえなかった。やろうと思っていたのに、やれと言われた気分だ。




「まりあが学校に来ていない?」


 二限目後の休み時間には立藤さんに電話をした。立藤さんの後ろでは歩行者信号のけたたましい音が聞こえてくるので外にいるのだろう。


「はい。何か連絡いっていませんか?」

「特にはないね。オイラー君にも連絡はないんだろう?」

「ないですね。電話も出ません」

「・・・・・・無断欠席をするとも思えないね。分かった、ありがとう。あぁ遅くなったが、勝利おめでとう。アーサーは秘蔵の手が負けて、手を拱いているよ」

「ありがとうございます。アーサーさんの仕業ではないんですよね?」

「アーサーではないと思う。だが仮にアーサーだとすれば、まりあの我儘を抑える交渉材料を手に入れたことになる。そんなものはオイラー君が立たされている立場だけだし、窮地に追い込まれたからと言っても、あのアーサーが自尊心を地に捨ててまでまりあを取り戻すこともないな。・・・・・・とにかく早急に調べてみるよ」

「わかりました。こっちでも調べようと思います」

「まりあに何かあったのなら、それ相応の手練れだ。オイラー君も十分に気を付けてくれ」

「立藤さんもお気をつけて」


 僕が立藤さんに心配事を言うのは烏滸がましいかと思ったが、何やらただならぬ雰囲気のせいで口からこぼれてしまった。


「ありがとう」


 立藤さんが朗らかな口調で言ってから通話は切れた。





「やっぱり姫鏡ちゃん帰っていないんですか?」


 三限目後の休み時間には椿海月さんに電話していた。昨日の帰り際にバイト仲間として電話番号を聞いていたのが功を奏したと言える。因みに二人目の異性の電話番号で、帰ってから喜びステップをしたのは秘密だ。


「椿海月さんは家に行ってくれたんだよね?」

「はい。九時くらいに行きましたけど、不在でした」

「そっか。じゃあ僕と別れた後から消息が不明なわけだ」

「姫鏡ちゃんとは最後学校で別れたんですよね?」

「そうだね」


 あの時恥を捨てて待っていれば、姫鏡が行方不明になることもなかったのに、僕はなんて愚かなんだ。


「あの、放課後私も合流します。オイラーさん一人だけだと危ないかもしれないです」

「あえっ・・・・・・でも乞仏座がいるけど、いいの?」

「うえっ、だ、大丈夫です。ががが頑張ります」


 電話越しにも恐怖とそれを振り払うような意気込みが伝わる。


「それじゃあ放課後に」

「はい。それまで色々とお気をつけて」




 昼休みは朝ご飯のついでに作っておいたおかずを弁当箱に詰め込んだ適当弁当を、乞仏座と共に済まして姫鏡と最後に接した人物であろう安浦を探していた。


 今日は登校していたのを確認して、昼ご飯を食べる前に話しておきたかったのに、乞仏座に早く一緒に食べようとぐずられたせいで、話すタイミングを逃してしまったのだ。


 クラスのグループ分けは大体知っているが、それらがどこでどう活動しているかは知らない。これは逸れ者の性だ。


「安浦? あぁあいつらなら技術棟だよ。どっかの教室の前で陣取ってだべってるよ」

「ありがとう」


 僕が教室に残っているクラスメイトに訊ねようか訊ねまいかと、勇気を振り絞る準備をしていると、乞仏座がクラスの何でも知り顔の女子生徒から居場所を聞き出していた。


「いくのだろう?」

「あっ、うん」


 乞仏座のせいで探すはめになっているが、乞仏座のおかげで見つけられた。変な事実だが、謝意を伝えると、嬉しそうにごちそうさまと返された。こうなる風に仕組んだのだったら、やっぱり乞仏座は食えない奴だ。


「ん? 姫鏡さん? コバ先の頼みの後は知らないな。つーかえだ・・・なんだっけ? オイラーだっけ? 最近姫鏡さんと仲良さげじゃん。俺にも姫鏡さん紹介してよ」


 言われたとおりに技術棟を探していたら、一階の窓に知っている顔が見えたので訊ねたら、これが返ってきた。


「そっか。ありがとう。ごめん、急いでるからそれじゃあ」

「おい、待てよ」


 情報も聞けたので、無駄話をしたくない僕は礼を言って踵を返そうとすると、そんな態度が気に食わなかったのか強い言葉で止められた。


「用事を済まして、はい終わりはないだろ。俺だけ得してないじゃん」

「ありがとう。じゃあ急いでるから」


 本当にもう用はないし、別に仲良くなりたい訳でもなく、更に言うと個人的に気に食わないので、今度こそ踵を返して背中を向けた。


「わかんねぇかなぁ」


 安浦は背中を向けた僕の、肩を掴もうと手を伸ばしたのだろう。だが僕の肩を掴む前に身体が固まってしまった。

 鬱陶しくて、機嫌が悪くなりそうだったので、僕の背中から何かを感じたのかもしれない。只今僕は吸血鬼として覚醒中である。


「用はないよね。じゃあ」


 ピクリとも動かない安浦を背に、僕は職員室へと早歩きで向かう。


「因みにまりあは僕のものだから、手を出したら火傷じゃすまないよ」


 乞仏座がそんなことを言って、安浦の額をつついて、安浦が尻もちをついてこけたのをグループの男子たちが笑っていた。





 五限目の後、昼食後に職員室にいなかった小林先生を探し、再び職員室へとやってきていた。


「姫鏡か。確か第二資料室に教材を運んでもらったな。それがどうかしたか?」

「それって何時くらいのことか分かりますか?」

「鍵を返してもらったのが、五時十分くらいだったかな。うん。多分そうだな。今日の姫鏡の欠席をなにか知ってるのか?」

「いえ、僕が知ってるはずないじゃないですか」

「・・・・・・それもそうか」


 そして大した情報を掴めずに放課後になった。

なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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