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白梅沢美門(2)

 時間に追われることもなく、悠々自適に通学路へと出て、段々と自分たちの学校の制服を着た生徒の波に合流できたところで、僕はある必然的な状況に驚愕した。


 乞仏座と共に登校していることだ。


 それはまぁ昨日とは状況は似て非なるものかもしれないが、同学年の異性と登校する状況は傍から見れば変わらないのだ。


 乞仏座も転校生で、更には何やら有名なアクセサリー店を経営しているらしいし、見た目は姫鏡にも劣らないので、噂になるのも、目を引くのも当然の事だ。昨日と同じように空言のような声が聞こえてくる。


「え? 誘拐? でもうちの制服だけど・・・」

「あいつ昨日姫鏡さんと登校してなかったか?」

「兄妹かな?」

「ちゃんと見なよ、あれペットだよ」


 酷い言われようである。僕はそんなに不審者面しているだろうか。


「オイラー君はああいうのは耐え忍ぶのかい?」

「言いたい人には言わせておけばいいんだよ。それで周りの評価が変わったとしても、それは他人から見た僕の評価でしかないからね。僕の事を知ろうとしていない人の流言なんて、どうだっていいことだよ」


 それでも馬鹿だとか阿保だとかと悪口を言われるのは苦い思いではある。いくら正当化させても、耳から入った言葉の苦みは身体には毒なのだ。僕が特別な趣向の持ち主ならば薬にもなりえたかもしれないが、そうではない。


「僕はオイラー君を蔑ろにされるのは快くはないのだがね。これは報復しても構わないかい?」


 アクセサリー音を鳴らして物騒な事を言う乞仏座。


「駄目だよ」

「どうしてだい? オイラー君だってまりあの事を目の前で悪く言われたら、手は出さなくても言葉は返すだろう?」

「それは・・・そうかもだけど・・・」


 目の前で姫鏡を侮辱されたら、怒りはする。これは眷属になる前だったら我慢していたけど、姫鏡と知り合えたからこそ、我慢してやり過ごす選択肢はないかもしれない。


「僕はもどかしさを内包したままにするならば、言動と行動で態度を示すのだがね。僕自身も、オイラー君も不当に不評を流布されるのは心ままならないだろう。真実であろうと虚実であろうと、不利益を被るのならば、それに対応するのは人間の行動原理としては当たり前だと思うのだがどうだろうか」

「身近な人が不当な評価をされていたら、煮え湯を飲まされた思いだよ。流石に言葉を返すけど、全員に言葉を返していたらキリがないでしょ」


 そういう人間一人一人に対処していたら余計に精神が摩耗してしまう。だからラインを超えた発言でなければ、戯言として受け流すのが世渡り上手なのかもしれない。


「・・・ふむふむ。なるほど、つまりは一撃で全員に僕とオイラー君の関係を知らしめればいいのだね」

「別に僕はそんなことをしなくてもっ!」


 乞仏座が突然僕のネクタイを持ったかと思うと、そのまま勢い良く引っ張った。乞仏座の力は僕が踏ん張る力よりも強くて、引っ張られた方へと身体を倒してしまう。

 そこには乞仏座の唇があり、咄嗟に首だけで重なるのを避けた。


 乞仏座の唇は僕の額に当たった。


「おいおい朝からキスしてるぜ」

「うらやま、妬ましいな」

「愛情表現かしら」

「私もペットによくするし、そうなんじゃない?」


 周りの声はそんなことを言っているが、僕が避けなかったら確実にマウストゥマウスだった。姫鏡よりも強引な手段で周りを黙らせようとする。これが協調性が無い乞仏座という生き物か。

 手が緩んでネクタイを離したので、慌てて距離を取った。


「何するのさ!」

「なぜ避けるのさ」


 かなり不満そうな顔をして言い返された。


「そりゃあ・・・・・・僕だって男だ」


 ネクタイを正しながらそう言うと、乞仏座は双眸を細めた。


「・・・はぁん。オイラー君からしてくれるってことかい?」

「・・・・・・知らない」


 吐き捨てるように言って、乞仏座を置いて歩き出す。


「あっ、おいおい。そんなに怒らなくてもいいじゃないか」


 怒っているのではない。化け物と言えども、見た目が女子生徒な生き物に額にキスをされて舞い上がってしまっているのだ。それを感づかれたくないから、怒っている振りをして、乞仏座から逃げているのだ。男だと言って、男らしくはなかった。


 乞仏座に追いつかれないように速足で角を曲がった。


「ぎゃぴ」


 普段の僕ならば互いにしりもちをついていたのだろうが、吸血鬼として覚醒しているので僕とぶつかった人物だけがしりもちをついて、鞄の中身をぶちまけて盛大にこけた。


「す、すみません」

「いえいえこちらこそ。あれっ、あわわ、眼鏡眼鏡」


 同じ制服を着た癖っ毛の女子が、ぴょんと跳ねたアホ毛の上に乗っている眼鏡を探して地面を探している。


「あの眼鏡は頭の上に」

「ほ、ほんとだ。うへへ失礼しました。どぅええ!」


 瓶底眼鏡を定位置に戻した癖っ毛女子は、大きな声を上げてから片手をあげて驚きを体現するポーズをとった。


「ど、どうかしました?」

「あっ、ひえ、あのあのあの荷物! 大切な荷物なんです!」


 地面に散らばっているのはノートや教科書や筆箱といった勉強道具。確かに学生からすれば大切な荷物である。

 癖っ毛女子は慌ててそれらを拾い集める。

 僕もノートを拾ってあげると、姫鏡の家で嗅いだ甘い匂いが周りから漂ってきた。


 周りを見渡しても姫鏡はいない。覚醒状態なので気のせいではないのだが、匂いがどこから漂ってきているのかは分からなかった。もしかしてこの女子生徒が姫鏡と同じシャンプーや洗剤を使っているだけなのかもしれない。近くで嗅げばわかるが、それをするのは憚れる。


「あ、ありがとうございます。失礼しました!」


 ノートを手渡すと、全てを鞄に詰め込んで、僕が来た道を走って行ってしまった。彼女も何か急いでいたみたいだ、またぶつからなきゃいいけど。


「オイラー君。僕は自慢じゃないが体力には自信が無くてね、あまり急がないでくれたまえ・・・どうかしたのかい?」


 乞仏座に追いつかれた事なんてどうでもよくて。僕は昨日から姿を見ていない姫鏡の事を軽んじていたのを後悔していた。

 その後悔が現実に追いついたのは、ホームルームまでに姫鏡が登校してこなかった事が判明した時だ。

 

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