白梅沢美門(1)
死闘という消耗戦を終えた僕は、身体は疲弊しているようにも感じ無かったので、自宅へ帰って朝食を作っていた。いつもは妹の方が朝練があるので先に起きているのだけど、今日は僕の方が早起きだった為に、ここ数日独りにさせた償いをする思いも込めて朝食くらい作ってやりたいのだ。
「香ばしい匂いがするが、何を作っているんだい?」
乞仏座がフライパンの上で転がしているウィンナーを珍しそうに覗き込んできた。
「ウィンナーを焼いているだけだよ」
「ウィンナー?」
「えーっと、塩漬け豚肉やらの腸詰?」
「ほう・・・そんな刺激的なものも人間は食べるのだね」
「まぁ昔から保存食としては使われていたんじゃないかな」
「腸詰か・・・」
僕のお腹を見ながら呟く乞仏座。
「絶対よからぬことを考えているでしょ」
「なんと、オイラー君は僕の思考が読めるのかい? これはこれは相思相愛だね」
「変な事言ってないで、油が飛んで危ないし、調理場で調理人以外がいたらだめだから、大人しく座っていてね」
「・・・わかったよ」
乞仏座は素直に椅子に戻って、ちょこんと座りなおした。
どうして乞仏座もいるのか説明しろと言われた場合、僕が乞仏座のご飯を作る。と、売り言葉に買い言葉で言ってしまったからである。ただし、この朝食は特別で毎食作ってはいられないのだ。手間がかかるのはもちろんだけど、僕の懐事情が寒々しいのが主な原因である。
乞仏座にそれを説明したら、別段と言って僕を嘘つき呼ばわりすることもなく、素直に受け入れてくれた。なんだかちょっと上機嫌のように見えるのは、一日二日しか接していない僕の勘違いだろう。
これは僕が僕に言い聞かせる説明だ。妹になんと説明すればいいのだろうか。昨日でさえ姫鏡が朝からやってきていたのに、次の日には姫鏡と遜色ない美形の顔をした乞仏座がいたのならば、どう説明すればいいのか。そもそも二日連続で僕が女性を朝から家に呼ぶことは、妹からすれば異様だろう。いや、友達を家に呼ぶことすらない僕が・・・いやいや、人を家に呼ぶことないどない僕が誰かを家に呼んでいること自体が異常なのかもしれない。
昨日の姫鏡は妹を納得させるのに、僕の友達だと言ったのを妹から聞いた。最初は疑ったけど、新学期から仲良くなり出したとの嘘をついていた。乞仏座も社交性は僕よりかはあるので、乞仏座自身の心配は大丈夫だろう。
問題は僕の方だ。姫鏡がついた嘘に対して、どういった理由で仲良くなったのかと問われて、言葉を詰まらせた。咄嗟に出てきたのは、ノートを貸してあげただ。ほぼ底辺の僕が姫鏡にノートを貸すなんてありえないのにな。妹はそれで信じてくれた。
吸血鬼になったことは妹には内緒にしてほしいと、乞仏座にお願いしておいたので、直接的な言い回しはしないと思う。果たして僕は乞仏座の嘘に対して、気の利いた言い回しができるだろうか。それが心配だ。
そんなことを考えているとウィンナーを焼き終えたので、皿に盛り付ける。
盛り付けていると、ドタドタと騒がしい足音と共に、妹が洗面所に入って行く音が聞こえた。
「お兄~、ちょっとちょっと~」
洗面所で妹が呼んでいるので、僕はもう少しで完成する朝ごはんを一旦おいておいて、洗面所へ向かう。
「どうしたのさ」
「朝練遅刻しちゃう」
中等部のジャージ姿の妹が、髪型を整えながら鏡越しに言う。
「へぇ、珍しいね」
「お兄が朝ごはん作っているのも珍しくない?」
「偶々早起きしたし、それに香子にはここ数日迷惑かけてるからさ」
「ここ数日だけ?」
「んぐっ・・・」
「・・・嘘だよ。迷惑なんて指先くらいしか思ってないもん」
「思ってはいるんだ」
「そりゃあ、そうすればお兄にこうして罪悪感が生まれるからね」
にししと妹は悪戯笑顔で笑う。可愛げのある妹だことで。
「折角朝ごはん作ってくれているところ悪いんだけど、そういった理由があるから朝ご飯は食べれないから」
「朝ごはん食べずに朝練できるの?」
「コンビニで何か買うから大丈夫」
「ちょっと待ってて」
妹の身支度がもう少しで終わりそうなので、僕は早足に台所に戻って、サランラップを適当に切って、その上に炊飯器から白米をよそい、塩を振りかけてから握って、海苔を巻いた。それを三つほど作って、また洗面所へ持っていく。
「はい。コンビニ寄ってる時間もないでしょ?」
「・・・ありがと」
身支度を終えた妹は照れくさそうにお握りを受け取った。
「じゃあタロにご飯よろしくね」
「うん。いってらっしゃい」
「いってきます」
妹は玄関まで行くと乞仏座の靴に一瞬目がいって、洗面所から出てきた僕の顔を一瞥した。でも本当に時間が無いので、靴を指さしてから、少し怒った風な表情をしてから玄関を開けて行ってしまった。
どうやらリビングに誰かがいるのを理解したので、何故言わないのかと怒ったと予想する。我が妹は外面は良く見せようとするからな。
「行ってしまったのかい?」
リビングへと戻ると、まだちゃんと座っている乞仏座に声をかけられた。一連の行動中も、ずっと僕を見つめているだけで、何も言ってこなかったのは、僕と妹の家族間の事だと弁えてくれているからだろうか。物分かりは良いとは思うが、そこまで気を遣えるとも思えないのだが。
「うん。聞こえていたと思うけど、遅刻しそうだったんだって」
「自己鍛錬をしているのだろう? 刀かい?」
「えっと・・・部活動のことでいいんだよね? 妹は弓道部だよ。全国大会出場常連だし、気合入ってるんじゃないかな」
「弓か。難敵だねぇ」
「僕の妹と戦うことなんてないんだし、そんな物騒な事を考えないで」
「僕とオイラー君が戦うなんて二日前では起こりえなかったのだから、考えておいて損はないだろう?」
「損しかないよ。てか弓が難敵ってどうして? 乞仏座なら弓矢なんて丸められるでしょ?」
「飛び道具は人間の天敵だからさ」
乞仏座の明確な弱点を聞き出されると思ったのにはぐらかされた。でも飛び道具は難攻不落な乞仏座自身も嫌だとは思ってはいるって事か、これは良い事を訊いたかもしれない。
「それよりも朝ご飯はまだかい?」
きゅるるると小さく可愛いらしい音が鳴った。それは僕ではなく、乞仏座の腹の音だったようだ。乞仏座は不思議そうに自身の腹部を見ていた。
「ふっ。よし、じゃあ食べようか」
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