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乞仏座伽羅(7)

 妹に小言を言われながら、シュークリームを一つ貰って、久々の団欒を楽しんでから、予習と復習をして、集中力が欠けてきたのでベッドに入ったのを覚えている。


 コンコン。とベッドの近くにある小窓が鳴った音で起きた。

 時計がまず目に入ったので、時刻を確認すると午前二時を過ぎたところだった。


 コンコン。とまた音がするので小窓の方を見ると、何やら小さい物体が小窓にぶつかっているようだった。


 目を凝らして見てみると、それは乞仏座が嵌めていた髑髏の指輪だった。


 飛び起きて警戒態勢になる。乞仏座に家がバレたのだ、身を守る準備と妹を守る準備が正しい判断だろう。だがしかし僕が飛び起きたのを確認したのか、髑髏の指輪は小窓にぶつかるのをやめて口を大きく開けた。


 それが手に包まれる前兆だと身を持って知っているので、更に警戒心を強める。強めたのはいいけど、視界は良好のままだった。


 髑髏の指輪の口の奥が発光して、そこから文字が照らし出されていた。


 決闘。場所、丸の手公園。時刻、五分後。遅刻厳禁。と書かれていた。


 僕は急いで動きやすい服装に着替えて、妹を起こしては悪いので静かに降りて、玄関の靴だけを拝借して、自身の部屋の窓から、影を踏んで丸の手公園へと向かった。


「やぁオイラー君。急な呼び出しにも時間厳守とは仕事人だね」


 丸の手公園には大体五分で辿り着いた。公園の真ん中で学校の制服を着たまま、乞仏座は待っていて、僕が着地したと同時に話しかけてきた。


「そんな話をするために来たわけじゃない。どう決着をつける」

「やれやれ、見たところ不死性が戻って意気軒高だと言えるね。そうがっつかれるのも嫌いじゃないが、一つ話を聞いてくれないかい」


 見ただけで僕が吸血鬼としての力を取り戻しているとの判別は、飛んできたから分かる。それに直前にレストランに行っているのも知っている。乞仏座に密着された僕の今日の行動を踏まえて考えればわかる事なのだ。なのにも関わらず乞仏座には見透かされているという感覚がある。 

 僕は臆した訳ではなく、舌戦の駆け引きとして話を促す。


「・・・話しなよ」

「僕はアーサーに頼まれて君と決闘をする契約を結んだのは承知の通りだね」


 小さく頷くと、乞仏座はよろしいと言ってから続けた。


「アーサーの目的に関してはどうでもいいが、まりあを僕の側から引き離すのは僕としても反対なんだよ」

「どうして? 乞仏座は姫鏡のことが大事なの?」

「大事だよ。僕の大切なものを入れる箱に入れておきたい程大事だ」


 そこまで姫鏡のことを思っているならば、どうして姫鏡の利にならない立場にいるのだろう。


「その箱にはオイラー君。君も入っている」


 下手で僕を指さす乞仏座。なぜなぜ期の僕は返す。


「僕も? なんで?」

「だって玩具は沢山入っていた方がいいだろう?」


 乞仏座の三日月のような口元に合わせて、手の指輪達が歯音を立てて笑う。

 純粋無垢な質問をしてしまった自分を呪いたい。根本が違うのだ。人を感情を持った単体として見るが、それは自分の世界に入ってこれる価値がある人だけであり、他の有象無象は単位でしかないのだ。こいつはやっぱり話しても分かり合えないのかもしれない。

 こいつはアーサーの考え方に近しい。そう分かっているはずなのに、乞仏座と話していると心地良い気がするのだ。僕は言葉巧みに絆されていたに違いない。


 楽しそうな顔を止めて、いつもの澄ました顔に戻る乞仏座。


「君は戦闘においては僕には勝てない。だからと言って降参しないのは話していて分かったよ。君を失い、まりあも失う可能性に決闘の契約報酬。君とまりあを選んで、決闘の契約報酬を破棄にするのを天秤にかけて僕は迷っている。オイラー君。君はどちらがいいと思う?」


 これは舌戦なんかじゃない。ただ乞仏座の悩みを聞いているだけだ。

 僕を殺してアーサーに姫鏡を持っていかれて、決闘の報酬を得るのか、決闘の報酬を捨てて、アーサーとの契約を反故にするかを、日常で買い物に迷っている主婦かのように問いかけてきているのだ。

 完全に見下されている。圧倒的な力を持つ怪異であるのは身を持って体感した。影を踏むことしかできない僕では、影を扱える姫鏡のようには戦えないのも頭では理解している。


「どっちもない」

「うん? 僕が勝つか負けるか」

「お前が勝つか、負けてあげるか、だろ」


 手を差し伸べているつもりだろうが、欲に塗れた手を掴む気にはなれない。


「お前っておいおい語気を強めないでくれよ」

「僕はお前に参ったと言わせるよ」


 訊く分には尖らずに負けてくださいお願いしますと言えば戦わなくて済む話だ。頭で分かっていても、僕は自分で始めた事を逃げないと決めたのだ。変なところ自尊心があって、現実を見れていないのも理解しているつもりだ。それでも僕は僕の我儘を通す為に、乞仏座を負かす必要がある。


 日常を捨てる覚悟はないし、その日常で後ろめたさを抱えたまま生き続ける僕は殺したんだ。 


「・・・・・・いいねその眼、ぞくぞくする。決着はそれでいこう。では始めようか」

「おい待て待て、勝手に始めるな」


 乞仏座と僕のボルテージが最高潮になった時に、公園の外から暮山が気怠そうにやってきた。

 もしかして決闘は罠で、一対二で僕を拘束するのが目的だったのかと思って、警戒心を強く剥き出しにする。


「なんもしねぇよばぁか。オレは見届け人だ」


 僕の警戒心を受け取って、見下すように馬鹿にされた。


「結界は張り終えたのかい?」

「終わったよ。範囲はこの公園全体だ。あと敗北の条件として結界外へ出た時点で逃亡とみなして負けな。じゃ、勝手に始めろ」


 暮山は携帯電話を通話状態のスピーカーモードにして、僕達からある程度距離を取った。


 見届け人が始めろと言ったので、おあずけしていた乞仏座が手を広げて伸ばした。

 その瞬間に僕の思考は一度無くなる。


 次に物事を考え出せたのは、同じ位置で拳を丸めている乞仏座が関心したような表情でいるところからだった。

 どうやら握りつぶされたらしい。何秒の空白があるかは知らないけど、結界に触れて爆散した時よりかは若干早い気がする。


「まりあと同等・・・それ以上かな」


 乞仏座の呟きは聞こえなかった、なぜならもう一度握りつぶされたからだ。

 視界と思考が明瞭になった瞬間には、握りつぶされている。既に乞仏座のテリトリーにいる時点で手から逃れることができない。

 そもそもこいつの手の届く範囲がどのくらいなのかを把握していないから、どこまで引けばいいのかも分からない。もしかしたらこの丸の手公園一帯届くのかもしれないのだ。上へ逃げても追ってくる可能性もある。姫鏡もそこが厄介だと言っていたのを身を持って知る。


 だから僕は引くことはせずに、思考が戻るたびに一歩踏み込んで乞仏座に飛び掛かる。寸前で握りつぶされても、それを続けていく。


 着実に乞仏座に近づいていくが、乞仏座が逃げるという選択肢を取ると、僕はまた追う立場になり、また、円を描いて逃げられると、永遠に乞仏座に辿り着けないのは理解している。


 数十回ほど握りつぶされた後に、乞仏座の位置が後ろへと下がっていることに気がつく。


 これで疑問に思っていたことが解消された。乞仏座の本体は骨であり、その骨を砕かれれば、乞仏座には致命傷となりえるのだろう。つまり乞仏座には吸血鬼ほどの不死性がなく、僕の攻撃が一撃でも当たりさえすれば倒すことができる可能性がある。


 姫鏡はどうやって戦ったのだろうかと考えていた。影から刀を取り出せるにしても、握りつぶされれば意味がない。煙から物質を生成することはできるのだろうけども、現在見たのは鞭と刀だけだから、到底届かない。


 影で工夫して戦ったのは予想ができるが、どう退けたのかは気にかけていたのだ。

 少し考えたら理解できた。

 答えは至極簡単だった。

 人間的な考えでも、化け物的な考え方でも、不死性がないのなら相手にやることは一つだ。


 物量で押す。それだけだ。


 次に視界が明瞭になった瞬間に、地面に力強く足の裏を叩きつけた。そして影を踏んで大きく後ろへと戻った。僕の挙動の不自然さに乞仏座は一拍だけ握りつぶすテンポが遅れたのは、定期的握りつぶされてきた僕だけが分かりえた。


 地面に四股を踏むように足を叩きつけたことで、これまでに踏み込んできたひび割れた地面から反動で小石が飛び上がっていた。

 それらを後ろへ飛んだ時に、幾つか手に取って、そのままの態勢のまま小石を軽く投げた。


 僕は軽く投げたつもりでも、吸血鬼となった僕の投擲は弾丸、もしくはそれ以上のものの威力なのだろうと予測し、実際にそうであった。

 乞仏座は攻撃の手を止めて、身を守るために手を使うしかない。


 読み通りに乞仏座は手で身を守った。初めて乞仏座の手を視認したけど、老人のようなしわがれた手だった。ただ大きさは乞仏座の身体をゆうに超える。しかも弾丸と同じくらいであろう威力の小石を受け止めているのだ。


 小石を絶え間なく投げることを止めずにいる。手に当たって砕けた小石が、散弾銃のように分散して背後の木々を破壊していく。

 乞仏座を直接傷つけることはないが、当たれば致命傷の為に、その場で動けなくさせることはできた。


 視界がいきなり暗くなることはなくなったのを見て、対象者を捉えていないと包み込むのは無理なようだと確信を得る。しかし今度は小さな子供のような手が無数に乞仏座の周りに現れる。それらが大きな手に当たる前に小石を全部相殺するように当たっていく。

 乞仏座が攻撃特化ではなく、迎撃型に切り替えたと見ていい。


 それでも僕は小石と言う弾薬を足元から製造して投げるのを止めない。ここで手を止めれば、また握られて蘇るの負のループに戻ってしまう。


「いい案だが、幾つもの戦争を経験している僕は既に対処済みなんだ」


 そんなのは戦闘経験なんて皆無な僕からすれば重々承知の事、暴力的な戦いをしたことのない高校生が歴史で習った程度の出せる浅知恵で対処しているだけなんだ。


「オイラー君。君は僕に勝つと宣言した。それは人間としてかい? それとも吸血鬼としてかい?」


 乞仏座の声は手の奥から聞こえてくる。何も息を切らさずに、平静のまま、淡々と会話をする。


「影を扱っても勝てないと言ったが、それは君が人間としての考え方を持っているからだ。再生能力を駆使した特攻も、それを伏線としたこの面の攻撃も、僕にとってはただ小賢しいだけだ。それに君は今、勝手に思い込んで油断しているよ」


 顔面の前に爪の伸びた女性のような手が出現し、僕の顔面に張り付いた。

 一気に潰すのではなくて、キリキリと万力のようにゆっくりと頭を軋ませてゆく。再生した瞬間にそこに手があるせいで、鈍痛がずっと続く。


「あああああああああああああ!」


 視界がなく、味わったことのない痛みが続く中、痛みを紛らす為と己を鼓舞する為に声をあげるものの、小石を投げるのを止めない。


「君の次の一手を予想できるよ。このまま僕の視界が覆われている膠着状態を維持する理由は、僕の手で治まり切らないものを投げる為だ。だが残念ながら、僕の手に包まれたものは、なんでも収縮されるので、意味はない」


 次の攻撃が読まれていても関係ない。

 今度は手で地面を抉り取って、砲丸くらいの大きさの石を投げつけた。そして無理やり顔面に張り付いている手を剥がし、抵抗しようとしたので折った。折ると動かなくなったので捨てて、急いで移動し、木を根っこから引き抜いて乞仏座に向かって投げた。


 言ったとおりに乞仏座の手に触れた瞬間に、木は湾曲してひしゃげてダンブルウィードのような丸い球体へと変貌してしまった。

 そのまま後ろへと軌道がそれて砂煙を上げた。


「君が僕に勝つ方法は一つだけ。化け物になりなよ。人間の精神なんてかなぐり捨てて、獣のように闘争心剥き出しにして、僕との時間を愛おしいと思えるくらい僕だけを見て、聴いて、感じればいい。そうすれば、勝てる」


 乞仏座の言う通り、僕は勝てない。

 人間性を持ち合わせているから、常識の範疇で行動しようとするから、なんの要因があろうと、姫鏡が既に勝つのは難しいと太鼓判を押した時点で勝てないのだ。


 どれだけ乞仏座を焚きつけて油断を誘っても、あの手に触れられれば、全ては丸になる。


「乞仏座、僕が諦めないのは知ってるだろ」

「あぁ君は諦めないね。だから少しでもマシになるように助言をしてあげているんじゃあないか」

「残念だけど、このまま平行線だよ」


 砂煙の中から出てきた乞仏座がつまらなそうな顔をした。


 それから四時間弱。

 顔を潰され、身体を潰され、臓器を潰され、いたるところを圧縮された。だが栄養補給をした僕の再生能力は尽きることはなく、ずっと再生能力を衰えさせることなく復活した。

 代わりに公園の地面は抉り尽くして欠けて、木々はタンブルウィードのようになって転がり、そこが公園だとは思えない程に地形は変化していた。


 疲れをみせているのは、まだ最初のように石を投げ続けている僕だけだった。

 乞仏座は開始の合図の時と同じように立っている。違うと言えば、飽きた表情をしていることだろう。


「オイラー君。時間の無駄だとは思わないのかい?」


 空が白み始めているのを確認しながら乞仏座はため息交じりに言う。


「思わない」

「・・・はぁ、全く頑固なところまでまりあそっくりにならななくてもいいじゃないか。君が僕に勝つことはない。これまでの攻撃が僕にかすり傷を与えていないのが証拠だろう。君ができる選択は諦めるだけなんだ。だからもうこのまま続けても時間の無駄だよ」

「そう思っているのは乞仏座だけだよ・・・」

「ふぅ・・・そうギラギラとした目をしても、もう疼かないよ。独りよがりは感心しないよ」


 乞仏座を焚きつけて、戦闘して、命と命の削り合いをして、そして機転を利かして形勢逆転して勝鬨を上げるのを期待するのが第三者目線なのだろう。乞仏座からすれば退屈で、僕の独りよがりで勝手に熱くなっている人間を、ただ赤子の手を捻るようにあしらうだけ。


 勝てない。

 これが大事なのだ。


「横文字」

「ん?」

「横文字得意なんだろ、嘘つき」

「心外だね。人も怪異も嘘をつくものだろう。僕はそうではないけどね」


 勝てないのであれば、勝たなかったらいいのだ。

 戦闘を放棄するのではなく、戦闘しながら勝たなきゃいい。ずっとこのまま終わりのない戦いに身を投じればいい。勝つこともなく、負けることもない。


「楽しいね・・・乞仏座」

「そう思っているのは君だけだ」

「そうだったんだ。僕は乞仏座と一緒に入れて楽しかったけどね」

「なんだって?」


 僕はずっと考えていた。この乞仏座に勝つのはどうしたらいいのかと。でもそれは違った。

 乞仏座は僕との戦闘に興味を示していたし、戦闘だけじゃなくて、僕達と関わることに興味を示していた。そこにエゴしかなくても僕と姫鏡を慮っていた。

 昨日という日々を、僕と姫鏡と過ごした学校生活を、少しでも楽しいと思っていたのなら。


「僕は乞仏座との学校生活や、これまでの戦いも楽しかった」

「・・・本気で言っているのかい? それともこれは負けを認める命乞いかい?」

「負ける気はないし、命乞いでもない。ただ本音で話しているだけ」


 乞仏座と話して絆されていると思っていた。それも勘違いだった。戦っていて、頭を潰されて、身体を潰されて、冷静になる瞬間があったからこそ、勘違いだと知れた。

 実際に恐怖しながらも僕は、乞仏座との会話を楽しんでいた。意味を理解できなくても、真意を理解できていなくても、まるで友達と喋っているような気分になっていた。


「僕は・・・これからも乞仏座と学校生活がしたい」


 本音だ。

 姫鏡は乞仏座のことを人権を尊重する怪異達とは一緒にしてはいけないと言っていた。僕もそう思っていた。だけどこいつは物事の捉え方が極端なだけであり、興味のある内は自分に不利益な行動は起こさないという自制心を持っている。

 これは命を乞うのではなく、単純に乞うている。


「な、何を言っているんだい? それはこれから学校に登校しようと言っているのかい?」

「・・・そうなるね。できるならば、これからもだけど」


 乞仏座は初めて僕の真意が読めなくて、眉を顰めていた。

 目線を右下から左下にゆっくりと動かしてから、再び僕を見据えた。


「つまり・・・このままだと埒が明かないから、一旦休戦にしようということかい」

「それはない。僕が言いたいのは、乞仏座と学校生活がしたいから、負けを認めてほしいんだ」

「んなっ・・・・・・なるほどね。そうきたか」


 ここで初めて僕が戦闘で勝とうとしていないと分かった乞仏座。

 乞仏座がようやく手を下ろしたので、僕も小石を投げるのを止めた。


「僕が学校の生徒に手を出さないとはいいきれないよ」

「その時は僕が止めるし、ここでの決着をつけるだけ」

「僕が君の身辺で食事を始めるかもしれないよ」

「させないよ。乞仏座の舌を唸らす料理を僕が作ってあげるからね」

「僕が君を殺してしまうかもしれないよ」

「やってみなよ。何度でも受けて立つ」


 乞仏座はついに口を噤んでしまった。

 言いたいこと、言うこと、言っておきたいこと、何もなくなったのか、それとも呆れてしまったのか。

 僕としては勝機はここにしかない。

 勝とうとするのではない。自分で勝利を持ってくるのではない。最初から相手に勝利の行方を委ねている。乞仏座の気持ちだけで勝敗は変わるのは変わりない。


 勝ちを貰うんじゃなくて、乞仏座に負けを認めさせる。当初の予定通りだ。


「ははっ・・・参ったなぁ・・・そんなにも猛烈にアプローチされちゃ、僕の乙女心も揺れると言うものだよ。それともオイラー君は、それを理解していて持ち掛けてきているのかい?」


 乞仏座は喜んでいるのか困っているか分からない複雑な表情をしていた。


「さっき言ったことが本心だ。それと、その参ったは、降参ととっていい?」


 そう言うと乞仏座は小さく息を吐く間をおいてから口を開けた。


「・・・いいよ。参った。僕の負けだ」


 言質を取ったので、ようやく僕は全ての気を抜いて、その場に座り込んだ。

 頭とかは即死なので痛くないとは言っても、殺される恐怖はずっとあるし、身体の一部分が欠けた時は本当に一瞬だけどピリッとした攣るような感覚もある。おかげでずっと精神を摩耗して、いつ発狂してもおかしくはなかった。普通に話しているのも、行動を止め続けなかったのも、全てはアドレナリンが身体を支配していたのと、使命感を頭の中で埋め尽くして、発狂しないようにしていたからだ。


「おい乞仏座。おまえ報酬要らねぇのかよ」


 見届け人として途中から距離をかなりおいて見ていた暮山が、乞仏座の敗北宣言を聞いて近寄ってきた。


「要らないね。お生憎権力の傘の下に入るのは好きじゃなくてね。僕はオイラー君のご飯で充分だ」


 自分で言ったことだけども、もしかしてこれから三食全部乞仏座のご飯を用意しなければいけないのだろうか。


「アーサーさんが黙ってないぞ」

「虎の威を借りる狐とは言ったものだ。僕は気分屋だよ。埋め合わせに君でも構わないんだけど」

「っち」


 乞仏座が腕を伸ばすような動作をした瞬間に暮山茶花は逃げるように姿を消した。


「さて、オイラー君。学校へ行こうか」

「いやまずはこの惨状を片付けないとでしょ・・・」


 辺りは怪獣映画で怪獣が通過したのかと勘違いする程の荒れよう。


「僕は壊すのは得意だけど、治すのは苦手なんだ」

「胸張って言うことじゃないよ。このまま放置なんて駄目でしょ」

「いいんじゃないかい? 掃除屋が来て一時間もすれば治っているからね」

「そ、そうなの?」

「だから心配せずとも、僕と登校しようじゃないか」


 乞仏座がへたり込んでいる僕へと手を伸ばしてきた。それは攻撃をする為じゃなくて、共に時間を過ごしたいとの共存への歩み寄りだというのは、鈍い僕も流石に理解できた。


 だから僕は手を取って、よき隣人のように話し始めるのだ。


「とりあえずお腹空かない?」


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