乞仏座伽羅(5)
本日の授業が全て終わったと告げるチャイムが鳴った。
先生が教室を出るまでに、喧騒が教室を支配して、僕もその喧騒に混じるようにして帰り仕度をする。これがまるでクラスメイトの一員になれたみたいで、ちょっと嬉しかったりもした。
だけど今は姫鏡と一緒に放課後どこかへ遊びに行く――厳密には栄養補給をしにいくのだけど。何にせよ放課後誰かと約束しているのは中学生以来で高揚していた。
「日直の二人、ちょっと用事があるから来てくれ」
担任の教師が顔を出して、日直の二人を呼んだ。今日の日直は安浦と姫鏡だった。
こんな日に限って用事が降って湧いてくるのは、僕と姫鏡を引き離す為のアーサーの作戦なんじゃないかと勘繰ってしまう。
「先に行ってて」
姫鏡は僕の席を横切る時に、僕にしか聞こえない声で呟いた。
待っていてもいいが、左後ろで人気者になっている乞仏座と同じ空間にいたくないので、先に行ってしまおう。
玄関や校門前で待つ案も考えたが、そこにずっと立っている度胸がないのでやめた。
とりあえず進路をレストランへと向ける。家からだと相当距離があるけど、学校からならば歩けば二十分もあればいける。公共交通機関に乗るのは、これから妹への謝罪の品を買うのを考えると、節約のために徒歩移動に限定される。
「これは奇遇だね。テイラー君」
しばらく歩いて、赤信号で立ち止まっていると、背後から声をかけられる。またこのパターンだし、また名前を間違えられた。
「僕は仕立て屋じゃない」
「これは失敬。横文字が苦手でね」
スプーンって言っていたのを忘れていないからな。
「・・・」
青信号になったので僕は目的地に向けて歩く。乞仏座も小さな歩幅で後をついてくる。僕が止まると止まって、歩き出すとついてくる。右に曲がろうが、左に曲がろうが、影のように当たり前についてくる。
「ねぇ、なんで付いてくるのさ」
今朝された事も、昼に見た笑みも、頭から離れないので、乞仏座と面と向かって二人で話すのが怖かったが、堪えられなくなった僕は振り向いてそう言った。
「酷いなぁ。偶々帰り道が一緒なだけじゃないか」
「じゃあどこに住んでいるの」
「僕が魅力的だからといって、居住地を特定するのはいけないね」
「そんなつもりはないって」
「本当かなぁ? オイラー君、僕の口の中を見て、興奮していたからなぁ」
「し、してない!」
なんで姫鏡も乞仏座も、見ていないし、言っていないのに察しが良いんだ。僕ってそんなに顔にでているのか。
「はぐらかさないでちゃんと答えてよ。僕はちゃんと答えてるんだけど、乞仏座って嘘つかないんでしょ」
「・・・はぁ」
ため息をつかれてしまった。ため息つきたいのはこっちだよ。
「オイラー君は乙女心を学ばないといけないね」
「乙女の心を持ち合わせてるんだ」
「おいおい、それは失礼だよ。どこからどう見てもか弱い乙女だろう?」
見た目は少女。中身は化け物じゃないか。流石にそれは身の危険を案じて言わないし、言えない。
「そういうことにしておいてあげる。それでか弱い乙女さんがどうして僕に付き纏うのさ」
「どうしても言わせたいようだね。仕方のない、恥ずかしいが白状しよう。君の事が気になるからだ」
「気に・・・なる? どういう意味で?」
「・・・そこまでは言えないな。察してくれたまえ」
察せるか。自分で言うのもなんだが、僕は勘の鈍い方なんだぞ。
会話の流れから考えると、ただただ学生生活が楽しかったから、一緒に帰りたかったとかか。ありえるのか? この人間を食料とみなしている化け物が、人間との時間を尊び、共に長い時間を過ごしたいと思うことがあるのか?
じゃあ恋愛的な意味なのかとなると、一番考えにくい。気になるから、猛アプローチをかけているのだとすれば、今までの言葉でのやり取りは完全に裏目に出ている。
では僕の内面が気になるのではないだろうか。僕は姫鏡の眷属だ。しかも眷属を持つことが無かった姫鏡の初めての眷属。姫鏡と関わり深い乞仏座は、僕がどんな眷属なのか興味が湧いているのかもしれない。うん。これが文脈から読み取れる答えだ。
だとすれば、乞仏座が初めて見せた口論での弱みかもしれない。
「ふーん。僕は今からレストランで姫鏡と待ち合わせしているんだけど、乞仏座も来る?」
「ほう。まりあは僕を毛嫌いしているだろう? オイラー君の独断で決めて、行ってもいいのかい?」
「いいんじゃないかな。乞仏座はクラスメイトとして僕と仲良くしたいんでしょ? だったら仲良くしようよ。姫鏡のご飯も美味しいって思ったんだったら、あそこの料理はもっと美味しいよ」
「・・・そうなのかい?」
「僕は嘘をつかないよ」
「ふふ、じゃあ行こうかな」
僕と乞仏座は再び歩き出した。
暫く会話もなく歩いていたが、ありえないことに僕から会話を振った。
「僕、乞仏座に聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「おや。オイラー君に質問されるとは光栄だね。何かな?」
「簡単な質問を幾つかするんだけど、レストランまで距離があるからさ、ゲーム形式にしない?」
「うん?」
「僕が二つ質問をするから、その質問に嘘の回答か本当の回答をしてほしい。例えば一回目の質問に嘘の回答をしたなら、次は絶対に本当の回答をしなければいけない。それを三回する」
「へぇ、面白そうじゃないか」
上々な口ぶりでのってきた。僕の事が気になっているから、断られるとは思っていなかったが、何か一つ二つ会話を挟まれて主導権を持っていかれるかと読んでいたが、そんなことはなかった。
「ではもっと面白くするために、交互に質問し合おうじゃないか。僕もオイラー君に質問したいことはあるからね」
やっぱり、そう簡単に僕のペースにはしてくれないみたいだ。
「いいよ。じゃあ先に質問させてもらうよ。姫鏡との出会いはどんなのだったの?」
「まりあとは数年前に、まりあが来日してきた間もない頃だ、始祖に近い吸血鬼が来たとの噂を訊いて殺しにいった」
これが本当だとすれば、姫鏡が毛嫌いする理由のも当たり前じゃないだろうか。
「僕の番だね。オイラー君が慕う人はいるかい?」
「いない」
人。と言われたので、吸血鬼である姫鏡は除外される。これは真実である。
「人間をどう思っている?」
「家畜以下だね」
嘘か真か分かりにくいな。どちらにせよ良き友ではないわけだ。
「まりあと共に死ねるかい?」
「・・・死ねない」
僕の性格を読んで分かりやすい質問をされた。既に身を捧げているのだ、姫鏡とは運命共同体だと思っている。
「決闘の報酬は?」
「不必要な人間を狩ってもお咎めがない権利」
噓であって欲しいものだ。
それにしても乞仏座は間を置かずにどんな質問でもすぐに答える。乞仏座を揺さぶれるのはもっと予想外の質問でないと駄目か。
「好きな食べ物はなんだい?」
「桃」
一瞬あり過ぎて考えそうになったけど、ここで考えると嘘か本当かをすぐにバレてしまう可能性がある。だから逡巡するのは許されないので、最近答えたのを思い出して桃を選んだ。
「乞仏座の出生は?」
「・・・・・・」
ここで初めて乞仏座が黙って考えた。
ちょっとして、信号が青から赤に変わるくらいの間。
「僕は戦国時代の怨念だよ。怨念が形どる為に骨になって、その骨が年々積み重なって、がしゃどくろと呼ばれる存在になった」
姫鏡が言っていたのと意味合いは変わらないな。これも嘘か本当かを判別するのは難しいが、乞仏座は自分の出生を話すのが苦手だったのか。まあ元は人の怨念なんだから、思い出したくないこともあるよね。
「僕のこと好き?」
「好きではない」
嫌いではない。乞仏座は嫌いになれないが、好きにもなれない。人心掌握されているとは思わないけど、どうしても嫌いにはなれない。まず好き嫌いの前に怖い。
「お前には弱点がある? あるなら教えて」
「僕の両目を貫いて、しゃれこうべを取り出して、それだけを供養する」
弱点を聞き出したかったけど、それが本当だとしても、近づかないといけないのでできない。
「思い人とキスはしたことあるかい?」
「ある!」
ない! さっきから乞仏座の質問が本当に他愛のない僕に対して聞きたい質問なのはなんなんだ。駆け引きがしたかったのに、これじゃあ友達同士で楽しく嘘か真かゲームしているだけじゃないか。
「決闘で負けて欲しいって言ったら、負けてくれるか?」
「オイラー君がどうしてもって言うなら条件付きでいいよ」
どっちか分からねぇ。弱点が本当だとすれば、これは嘘だし、弱点が嘘だとすれば、これは本当になる。もう濃い質問をするつもりもなかったから、どっちかを簡単な二択にしておけば良かった。
「最後だね。オイラー君、僕と添い遂げる気はないかい?」
「ない」
最後の最後で揶揄われた。乞仏座の質問をまとめると、僕の身辺や好みを知りたかったようだが、もしかして家族を人質に取ってやろうって魂胆じゃないかと邪推する。そんな卑怯な事をしなくても、捻られる気がするが、何かに理由をつけないと乞仏座の質問が適当過ぎて、僕の頭では理解できないのだ。
「ふふふ」
当の乞仏座は楽しそうに笑っていた。
なぜ笑っているのか。何を考えているか理解できないのはやっぱり怖い。
「楽しかったね、オイラー君」
「楽しんでもらえて何よりだよ。ほら仲良くなるなら、こういうレクリエーションをして互いの関係を深めるのが一番だって、昔小学校の先生が言っていたんだよ」
簡単な質問ゲームをして互いの距離感を縮めていく。乞仏座の弱みを握るためには、虎の穴へと入る行為をしなければならない。
幸い、乞仏座は僕の事が気になっているので、そこに付け込んで少しでも弱みを引き出すしかない。人が悪いと言われようが、勝つためには手段は選んでいられない。
「ふむ。そういうものなのかい? ではオイラー君は人同士の関係を良好にする手立てを知っているのに、君のクラス内での人間関係は良好ではないのだい?」
これこそが手段を選ばない一言なのか。僕の心はズタズタになったぞ。
「僕は友達を作らないから・・・」
言っていて悲しい。
作らないのか、作れないのか。いいや、確実に作らないスタンスを取っている自分がいた。だから間違ってはいない。
「なぜだい? 孤独は人間を殺す一つの手段だよ」
「あ、悪の手先に大切な人を人質に取られるかもしれないでしょ」
もう心がズタズタで、頭の中に残っていた思考を、思いついたがままに言葉にしてしまった。
「なるほど。君は普段からそんな風に考えて生きてきたんだね。だから今も、決闘で僕に勝つために、情報を引き出そうとしている。偉いね」
僕の魂胆は見透かされていたようだ。露骨すぎたのは自分でも感じていたから、勘の鋭い乞仏座には見透かされるのは時間の問題だっただろう。だけど僕は嘘に嘘を積み重ねる。
「ううん。僕は乞仏座の事が知りたかったんだ」
乞仏座は目を丸くさせてから、何度か瞬きをした。
「本当かい?」
「・・・乞仏座に決闘で勝ちたいってのは本当。本音を言うと、こうして話し合えるんだから決闘で戦いたくないよ。でも戦わないといけないなら、乞仏座の事をを知った上で決闘に挑みたいんだ」
「・・・・・・・・・・」
心がズタズタの中、嘘を重ねたことに耐えかねて、ついつい本音を吐いてしまう。
乞仏座はどこか哀愁を感じさせるように目を伏せて考えていた。
「・・・まりあの眷属になるだけはあるね」
「ど、どうもありがとう?」
なにやら眷属として認められたので、お礼を言っておく。
あと二つ程横断歩道を渡ればレストランに辿り着くところまで来ていたのに、乞仏座は僕より先に歩いて、レストランとは違う方向へと歩き出した。
「どこ行くの? レストランはこっちだよ」
引き留めなきゃいいのに、レストランの料理を食べさせたら改心してくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてからか、それとも乞仏座に対しての罪の意識に苛まれたのか、僕は引き留めてしまう。
「悪いねオイラー君。どうやら僕はお腹いっぱいだったようだ。また今度の機会でお願いするよ」
横顔だけを向けて、そう言い残して乞仏座はそのまま歩いて行ってしまう。
昼のお握りだけでお腹いっぱいになったって意味なのか。それともどこかで主食をつまみ食いしたからなのかで意味合いは変わるけど、どちらにせよ、僕達には共にご飯を食べ合う次の機会が巡り合うとは到底思えなかった。
ネタバレですが、乞仏座の回答は〇×〇××〇です
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