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乞仏座伽羅(4)

 乞仏座は見た目と、腹に据えた悪性とは違い、授業をまともに受けていた。ノートに板書して、当てられれば受け答えをし、至極普通の学生をやっていた。左斜め後ろに人を圧縮できる化け物がいるので僕は授業に集中できなかった。


 休み時間には派手目の噂好きのクラスメイトから声をかけられていた。


「乞仏座さんってどこの学校から来たの?」

「同じような場所さ。それよりも過去の僕より、今の僕の質問の方が嬉しいな」

「進学校だったんだ。じゃあずばり聞いちゃうけど、そのアクセサリーって注意されなかったの?」

「これかい? あぁ注意はされたけど、大切なものだからね。理事長に掛け合って承諾させたんだよ」

「えぇ~、理事長に口きけるって凄くない!? あたしもアクセ解禁してほしいなぁ」

「君は装飾品が好きなのかい?」

「うん。好き。ほら、これとかブランド物だよ」


 スマホを見せられて、ブランド物のちょっと高価なアクセサリーを見ている乞仏座の酷くつまらなそうな表情は一瞬であり、誰も気がつけないだろう。


「いい趣味だね。実は僕は自家製の宝飾品を取り扱っていてね。よければ今度遊びにおいでよ。はい、これ名刺」

「えっ、これってセカンドヘブンじゃん。えっえっ乞仏座さんってセカンドヘブンの人なの?」

「ふふオフレコだよ。僕が経営者なんだ」

「マジ! セカンドヘブンのアカウントフォローしてる! やっば、変な汗かいてきた。絶対行くね!」

「是非とも、御贔屓に」


 それからスマホでその女子と連絡先を交換したりとして、長年人間社会に紛れて身に着けた社交術は伊達じゃないなと感服する。齢十七の僕は友達なんてこの三日で指折り出来るほどしかいないのに、乞仏座はものの三回の休み時間で、クラスメイトの殆どと交流を深めていた。


 怪異が学校に馴染めるのかと思っていたけど、現代人の僕よりも社会的に馴染んでいて、劣等感に一人で傷ついた。


 昼休みになったので、社交力で敗北した僕はいつものように席を立って、購買へと足を進める。今朝はゴタゴタだったので購買の総菜パンでも食べよう。

 姫鏡に栄養不足だと言われたのに総菜パンとはこれ如何に。でも栄養価の高い食べ物は学生の身分ではそうそう買えるものではない。


「やぁボイラー君」


 購入する総菜パンを何にするかと小さな列に並んだところで、背後から声をかけられて背筋を伸ばす。だってこの聞き逃せない声は乞仏座だから。


「僕は湯沸かし器じゃない」

「おっと失敬横文字は慣れなくてね」


 オフレコとか言ってたくせに。


「それで、何か用?」


 振り返ると、小さいのに脅威に感じる乞仏座がいた。どうやらさっきの暗闇を思い出して、身体が警戒しているようだ。並んでいると、体格の差で何もおっかなびっくりすることはないのに、今の僕は吸血鬼もどきで、乞仏座の気が変わって攻撃でもされればひとたまりもないことを分からせられている。

 そもそもこいつ、僕が教室を出る時はまだクラスメイトと談笑していたじゃないか。つまりそれを切り上げて僕を追ってきたってことは、付け狙われているのは確実。


「君はここをよく利用するのかい?」


 なんだ、何を食べているかを把握して、決闘前に毒を混ぜるのか。そんなことをしなくても握りつぶすだけで済むはずだが、一体どういう意図なんだ。


「昼ご飯は大体購買か学食を利用するけど・・・それがなに?」

「ふむ。いやね、僕はこういったのを利用することがないからね。せっかくだから利用してみようと思ったんだよ。ちょうどいいね。君はよく利用しているようだから、僕に教えてほしい」

「教えて欲しいって何を、好きな食べ物を買えばいいじゃないか」

「好きな食べ物? ここに並んでいるけど、陳列はされていないね」


 僕の頬がひきつっているのがわかる。こいつ好きな食べ物は人間だと言っている。


「だからこういったのを利用したことがなく、勝手がわからないんだよ」


 人間しか食べたことがないから、人間が利用する購買の仕組みが分からない。だから顔見知りである僕に教えろと、脅している。姫鏡が言ったように、こいつを人と共存しようとしている人外の枠組みに当てはめてはいけないな。


「・・・・・・わかったよ。どれが気になる?」

「うーん。上の方が見えないね。持ち上げてくれないかい?」


 陳列されている総菜パンや菓子パン類を眺めた後に、上の方にあるおにぎり類が見たいのかそう言った。


「嫌だよ」


 見た目小学生の転入生の脇を抱えて持ち上げるなんて、悪い目立ち方をするのは間違いない。既に変な目で見られ始めているしね。


「じゃあ椅子になってくれないかい?」

「もっと嫌だよ!」

「それじゃあ選べないじゃないか、意地悪しないでくれよ」


 意地悪してるのそっちだろ。


「口で説明してあげるから我慢して」

「・・・上には握り飯があるようだが、全部同じなのかい?」

「おかかとか、昆布とか、梅干しとか色々あるよ」

「ひえや粟は?」

「ない・・・かな」

「全部米ってことかい?」

「ブランド米とかの種類は知らないけど、全部お米だよ」

「へぇ高級品を陳列するとは流石は進学校だね。よし梅干し握り飯にしよう」


 乞仏座は財布も取りださずに、握った掌からおにぎりの値段丁度の硬貨を出した。ただのコンビニおにぎりと大差ないんだけどな。人間しか食べたことないから、米の価値が大昔よりも下がったことを知らないのか。


「君は何を食べるんだい?」

「えっと」


 乞仏座に気を取られていて、自分が何を買うか考えていなかった。


「あ、オイラー君、ここにいた」


 何でもいいから買おうとしたところに、今度は姫鏡が可愛い巾着袋を携えてやってきた。


「え、姫鏡どうして」

「探したよ。裏庭まで行っちゃったよ。さ、行こう」

「え、あ、うん」


 僕は言われるがままに姫鏡の背中を追う。購買前は異様な雰囲気になっていたので、また変な噂が広まるのだろう。


 いつもの裏庭にまでやってきて、ようやく僕は姫鏡と会話を始めた。


「姫鏡、僕昼ご飯を買わないといけないんだけど」

「ふふん。これはオイラー君のお昼ご飯です」


 胸を張って姫鏡は鼻高々に言った。無邪気にはしゃいでいるようで可愛い。


「えっ・・・わざわざ作ってきてくれたの?」

「そういう約束だったじゃない」


 約束? 昼ご飯を作って欲しい約束なんて・・・していた。レストランで姫鏡のご飯が食べたいと言っていた。昨日のフルーツサンドがそれなのだと思っていたが、まさか学校にお手製弁当を作ってきてくれるとは思ってもいなかった。


「はいはい、座って座って」


 裏庭にある石階段にハンカチを敷いて姫鏡が座ったので、僕もいつものように間隔を開けて座る。


「今日はじゃじゃーん。オムライスです」


 弁当箱の蓋を景気よく開けると、それなりのオムライスが現れた。表現が乏しいんじゃなくて、それなりなのだ。洋食屋やテレビのコマーシャルで見るようなオムライスじゃなく、忙しい時に適当に作ったケチャップライスに卵焼きを乗せたオムライス。そんな見た目。


 上に乗っている卵の端は、少し焦げて茶色になっていたり、気泡が破裂したかところどころ穴が開いていたりしていた。


「見た目は駄目だけど、味は美味しいはずだよ」

「よくできてると思うよ」


 姫鏡も見た目は良くないと分かっているけど、それを指摘するのは僕の為に作ってきてくれているのだから失礼だ。


「じゃあいただきます」

「いただいてください」


 スプーンで掬って、口に入れる。ケチャップの味が広がる中、卵焼きからは何か濃厚な卵とは違う甘さがした。

 姫鏡は僕の食べる顔を見つめて、評価の言葉を待っている。


「美味しい」

「やった」


 姫鏡は嬉しそうに小さくガッツポーズをした。これまた可愛い。


「卵の中に何か入れた? 卵の甘さとは違うのがあるんだけど」

「おっ、分かっちゃうか、流石はオイラー君。それはね」

「血でも混ぜているのかい?」


 また気がつかない間に乞仏座がいた。しかも今度は僕の隣に座っていた。

 付き纏われてるのに恐怖したので、空いていた間隔を姫鏡の方へと詰めた。


「なーんで伽羅がいるのかな?」

「僕はこの学校の生徒だからね」


 いつもの作り笑顔で対応したら屁理屈が返ってきたので、一瞬固まったけど、笑顔を崩すことなく姫鏡は続ける。


「そうじゃなくて、どうして付いてくるのって言ってるんだけど」

「まりあは冷血だね。転入生にここまで冷たくあしらえるんだからね。吸血鬼は冷血なのかな? それに比べてオイラー君は優しいよ。迷える転入生に手を差し伸べてくれるのだからね。僕はまだオイラー君と楽しい時間を過ごす予定だったのだけど、まりあが連れて行ってしまったから、追わざる負えなくなったんだよ」


 半強制的に手を差し伸べさせられただけなんだけど、事実がこいつの手によって捻じ曲げられた。


「伽羅が勝手にオイラー君を追い回しているんでしょ」

「物はいい様だね。まりあが意地悪をして僕をオイラー君から遠ざけているんじゃないのかい?」

「ああいえばこういう・・・」

「会話も楽しいものだねぇ」


 凄い。姫鏡が会話で弄ばれている。その証拠に、もう作り笑顔なんてしていないし、怒りが顔に現れているもの。


「それで、その赤い米は血でも入っているんじゃないのかい?」


 そんな表情も意に介さず自由気ままに乞仏座は先の会話を続ける。


「・・・いや、これはトマトケチャップを混ぜただけだよ」

「トマトケチャップ?」


 目を見て話しかけてきたので、怖くなって答えてしまった。だが乞仏座はトマトケチャップとの単語を理解していない風に首を傾げた。横文字が苦手ってこういうことも指すのか?


「駄目だよオイラー君。伽羅は普通のご飯を食べないから、料理の話はできないよ」

「普通のご飯を食べないのは君たちだろう。それに見縊ってくれては困るね、料理くらいできるさ」

「握るだけでしょ」

「煮るなり焼くなりもできるさ」

「オイラー君、卵に入ってるのはコンソメだよ」


 無視した。

 あの姫鏡が会話をするのに面倒くさくなって無視をし始めた。


「だよね、僕も偶に入れるよ」


 いないものとして扱うのは良くないけど、このタイプの面倒くさい奴はそう扱った方がいいのかもしれない。だけどこういうタイプはめげないし、空気を読まないし、我が道を進む。


「オイラー君、この黒いのも剥がして食べるのかい?」


 買ってきたおにぎりのフィルムを剥がした後に、隣で不思議そうにおにぎりを観察しながら訊ねてくる。無視してもいいんだけど、流石に語りかけている人物を無視できるほど太々しくないし、僕の教義に反する。

 姫鏡も僕の性格を察しているから頷いている。


「・・・それは海苔だよ。そのまま食べられるよ」

「なるほど海苔か。今はこうして握り飯を包む梱包品なのだね」

「うーん。まぁそういう目的も無くはないけど・・・」

「実食だ。いただこう」


 一口。小動物が齧った程度の可愛い一口でおにぎりの頂点部分を食べた。

 軽く咀嚼した後に、続けて二口、三口、今度は頬に貯めるほどに頬張って食べた。

 すると突然眉を顰めて、口を窄めた。多分梅干しが想像以上に酸っぱかったのだろう。側が良いのでその感情の変化に可愛いと思いたかったが、恐怖と先入観がブレーキの役割を果たした。

 また黙って咀嚼しておにぎりを完食してしまう。僕はオムライスを食べずに、乞仏座の食事を最後まで見てしまった。


「美味しかったの?」


 指についた白米と、塩加減のきいた海苔の破片を舐めている乞仏座に訊ねてしまった。今まで人間だけを食べてきた化け物が、人間の食べ物を食べた時の感想を知りたくなってしまったのだ。


「うん。悪くない。価値観を変える一品とまではいかないが、また食してみたい」

「ほ、本気で言ってるの?」

「僕は嘘をつかない」

「その言葉は嘘つきしか言わないよ」


 もう二度と嘘をつかないと言う嘘みたいなものだ。


「駄目だよオイラー君。伽羅は意味のある嘘も、意味のない嘘も言うから考えるだけ無駄だよ」


 まともに取り合ってはいけないとのお告げをされた。その言葉に乞仏座は不服そうにしていた。


「心外だな。ならばそのケチャプとやらを混ぜた米も食べてみたい」

「駄目。それはオイラー君の為に」

「まりあ。君は人間の食文化を僕のような怪異に伝えたいのだろう? それなのに食べてみたいと、歩み寄っている僕に食べさせてくれないのかい?」

「ぐっ・・・それは・・・」


 姫鏡に対しての殺し文句だったので、強気だった姫鏡が臆した。


「あぁ悲しいな。君の感動は他人に分け与えるものではなく、自分の棺に宝飾品と同じように閉まっておくものだったのか。そうかそうか。それなら仕方のない」

「分かった! 分かりました! 私が悪かったです! どうぞ、オムライスを食べて、感想をください!」


 姫鏡が負けた。

 撃沈して肩を落としている。慰めてあげたいけど、言葉をかけると、隣の化け物が追い打ちしそうだから何も言えない。


「では許可も頂いたことだし、オイラー君。食べさせてくれ」

「自分で食べなよ」

「手がべた付くからね。このべた付いた手で、君のスプーンを持つ気はないよ。僕だって人間の礼節くらいは知っているつもりさ。だからほら」


 乞仏座は目を瞑って口を開ける。

 これ以上口で何を言っても、僕がオムライスを乞仏座に食べさせる運命は揺るがない。だって姫鏡が会話で負ける相手に僕が勝てるわけがない。

 目を瞑る必要があるのかは知らないが、また口の中と言う秘部を見てしまって、変な気持ちになる前に、観念してオムライスを乞仏座の口へ入れた。


 誰かに食べさせてあげるなんて、妹にしかやったことないのに、こんな公共の場でやることになるとは、これが相手が姫鏡だったらよかったのに相手は乞仏座という化物。見た目は本当に可愛らしいんだけどな。


「これは・・・・・・表現し難いな」

「美味しいか美味しくないかでお願いしまーす」


 不貞腐れたように言葉を投げる姫鏡。


「・・・美味だ」

「え? 噓でしょ?」

「食べ物を前に嘘偽りはないよ」


 姫鏡は信じられないようなものを見た顔をしたまま、僕を見た。乞仏座の事を全く知らないけど、姫鏡の驚きようから、乞仏座からこの言葉がでるのが相当珍しいものらしい。

 乞仏座は指を顎にあてて考えるポーズをとって黙った。


「本気なのかな?」


 考え込んだ乞仏座をよそに僕は姫鏡に小声で話しかける。


「分からない。でも今日のは師匠に味見してもらってるから、人間ベースの味にはなっているんだよ。もしかしたら本当に美味しいと思ったのかも」

「ねぇ姫鏡は昨日寝たの?」


 たしか僕が夜中の二時に帰っていて、それを確認して解散しているのだ。そこから軽く寝ても五時くらいに起きないと、オムライスを作って僕の家に来るのは不可能だろう。なのでもしかしたら寝ていないのかもしれないと想像するのは容易だった。


「寝たよ? 一時間くらい」

「それは寝たって言っていいのかな。ご飯は有難いけど、僕の為に身を削られると申し訳ないんだけど」

「あはは、心配してくれてありがと。私は一週間ほど寝なくても活動はできるから大丈夫だよ」


 基準が分からない。

 姫鏡が大丈夫と言うならば大丈夫なのだろう。愛想笑いもしていないし、無理しているのが顔にも表れていない。


「・・・成程。理解したよ」


 考え込んでいた乞仏座がようやく口を開いた。


「何を?」

「人間が美味しい理由だよ。こんなにも美味なものを食べているのだから、あれ程までに美味なのだと理解したよ。ふふふ、これは知見だ。いいや天啓と言えよう。オイラー君に出会ったからこそ降ってきた天啓。くふふふ、悪くない。悪くないね」


 小口だったのに、今は口裂け女かのように三日月型の口で不気味に笑う乞仏座。

 昔インターネットで引っかかった怖い画像が急に出てくるスケアリージャンプなんかが可愛く感じるくらいの、寒気がする不気味な笑顔。


 もしかしたら僕達は乞仏座の新たな扉を開いてしまったのかもしれない。それも開いてはいけなかった扉をだ。


「では失礼するよ。ごゆっくり」


 楽しそうに笑うのをやめたかと思ったら、澄ました顔に戻って立ち上がり、僕達に背を向けてどこかへ行ってしまった。


「行っちゃった」

「ああやって引っ掻き回すのが趣味なの。てかあいつごゆっくりとか言っておいて、もう昼休み終わっちゃうじゃない。オイラー君食べて食べて」

「うわ、本当だ」


 姫鏡の手作り弁当オムライス編は、乞仏座の乱入によってかき乱されて、かき込んで食べた味はよく覚えていない。


 僕達と乞仏座の前哨戦は完敗だ。 


なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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