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乞仏座伽羅(2)

 朝食を食べて、洗い物を後にして、また歯磨きをして、身だしなみが崩れていないか整えて、金曜日のままの鞄を持って、玄関に鍵を閉めて、いつもより二分遅れて家を出る。


 時間に追われる焦燥感の中、速足で通学路へと出て、段々と自分たちの学校の制服を着た生徒の波に合流できたところで、僕はある必然的な状況に驚愕した。


 姫鏡と一緒に登校している。


 朝から家に姫鏡がいて、一緒に家を出て、一緒に急いで登校して、ようやく歩幅を合わせて歩いている。なんだこれは、若干下を向いて、今日の授業の内容を予習しながら歩いている先週とは大違いじゃないか。


 周りからも注目を置かれている姫鏡。そんな姫鏡が誰かと登校しているところを見たことがない――そもそも教室へ行くと姫鏡が先にいるからだ。だからか、この生徒の波から、波音のように声が聞こえてくる。

 

「えっ姫鏡さんが登校している」

「誰だ横の冴えないの」

「姫鏡先輩だ。綺麗」

「あれが彼氏かな」

「違うでしょ。よくて財布じゃない?」


 波音は辛辣だった。こんな波音心休まらないよ。


「ねぇオイラー君」

「なっ、何?」


 僕にも聞こえる群衆の声なのだ。同じ吸血鬼である姫鏡にも当然聞こえているだろう。

 姫鏡は波風はたたせない。今までの学校での振る舞いはそうだった。あの噂のせいで変な同級生に絡まれても、ひらりとあしらえる程の話芸と存在感がある。それでも言われた言葉、聞こえた言葉は心に残るものだ。


「手、繋いじゃう?」


 前言撤回で。


「急にどうしてさ!」

「繋ぎたくなったから。ほら手が物寂しいって言うじゃない?」

「言うのは口だよね」

「口はちょっと難易度が高いかも・・・でもオイラー君がしたいって言うなら」


 恥ずかしそうに上目遣いになって姫鏡は言う。公衆の面前で何言ってるのこの人。ほら、見てよ、さっきまでヒソヒソと話していた人達が、眼の色変えているよ。


「おいあいつ見せつけようとしてるぞ」

「姫鏡さんにキスって、姫鏡さんあの人に脅されているんじゃ」

「ストーカーって奴か」


 噂が独り歩きして悪い方向に向かっている。

 姫鏡はまた僕を揶揄っているようだ。周りの反応を見て、僕がおたおたとしているの見て楽しむのだろう。我が妹と同じやり口だ。だがこの三日で僕は変わったのだ。人間的にも、人外的にも、どちらにしても変わったのだ。


 人間何度も何度もそう同じ手をくらえば、慣れると言うものだ。そう、この揶揄いは慣れたのだ。

 周りの痛い目などくそくらえだ。左肩を抉り取られる方が痛い。


「えっ」


 僕は姫鏡の手を握った。そのままの勢いで、昨日椿海月さんにしたように姫鏡をお姫様抱っこする。流石の姫鏡も予想外だったのか、目を丸くして僕の手を強く握っていた。どうだ、一昨日できなかった、してやったりだ。


 姫鏡にドヤ顔を決めるのは止めて、全速力で駆けだす。駆けだしたのはいいけど、二、三歩行ったところで、脚が絡んで盛大に顔面からこけた。姫鏡は新体操の選手よろしく、僕の手からするりと抜けて綺麗に着地した。


 吸血鬼なのに足がもつれてこけるなんて事あるのか。運動音痴の僕ならばあるのかもしれない。実際に今そうなっている訳だし。


「あのねオイラー君、多分まだ体力回復してないよ。必要栄養素が足りな過ぎて、吸血鬼としてのスペックが昨日とは比べ物にならないくらいに落ちているから注意してね」


 鼻先を赤くした僕の側に屈んで、こっそりと姫鏡はそう言った。


「もっと早く言って・・・」


 無様にもこけた僕は周囲の笑いものになっていた。

 周りの目を気にせずに姫鏡は手を差し伸べてくれる。僕は手を取って立ち上がる。


 最高と最低が混ざった登校日和と言えよう。


 立ち上がってからは、恥ずかしくなったのと、居た堪れなくなったので、姫鏡には悪いけどちょっと速足で先に登校した。


 教室へ着くと、その話題で持ちきりになっていた。

 噂が回るの早すぎないか。情報化社会って怖いね。


 ただ腫れもの扱いされていた姫鏡と、いないもの扱いされていた僕に、いざ声をかけようとする人間はいなかった。僕の環境は変わったけど、僕を取り巻く環境はなんら変わらないのだと知らしめていた。それはそれで日常なので、ある意味安心できた。


 姫鏡は僕の内心を察してくれたのか、教室ではいつも通り本を読んで過ごすようだった。僕もひんやりとした机に突っ伏して寝てみたりする。目をいくら瞑っても暗いはずなのに、何故だろうか、いつもと違う気がするのは。隣にいる姫鏡は変わりないのに、周りの目が痛い地獄のような日常なはずなのに、どうしてこんなにも視界が煌びやかに見えて、どうしてこんなにも高揚感があるんだろう。


 あぁこれがありふれた日常なんだ。


 命の取り合いをして、生き延びたからだ。ありふれた日常はこんなにも有難いものだったとは。


「はーい席着け」


 チャイムが鳴り終わると、担任の教師がやってきた。一限目は担任の教師が担当している現文だったか。


「授業の前に、このクラスの転入生を紹介する。おーい入ってくれ」


 転入生。聞き慣れない響きだ。このエスカレータ私立で転入してくる人間はほぼいない。僕は見たことない。見たことあるのは転校していく人間だけだ。僕もその一歩手前なんだから、そうならないように勤勉であるべきだろう。


 流石に気にはなるので、突っ伏していた顔を上げて二の腕に顎を置く。


 教室の扉を開けて入ってきたのは、小学生高学年と見間違うような小さな女子生徒だった。銀のゆるふわおさげ髪に、垂れ眉のつり目と溺れるくらい黒い瞳に、小顔矯正されているのかと勘違いする程の造形。系統は姫鏡だけど、姫鏡とは身長が違うが、存在感はある。

 顔や髪の毛もそうなのだけど、目立つのはメリケンサックでも嵌めているのかと勘違いする程に左手の薬指以外に髑髏のリングを嵌めて、オーパル眼鏡の蔓から耳にかけて鎖が伸びていて、その先には口が大きく空いた髑髏のイヤリングが垂れていた。明らかな校則違反の塊だった。


 クラスの全員が、顔面を見てから、アクセサリーの不自然さに目移りしただろう。そして誰もがこう思ったはずだ。やべぇ奴がやってきたのだと。だってそうだろう。私立の進学校の転入初日に、こんなアクセサリーを沢山つけてくる人間がまともな訳がない。自分作りに虎視眈々としているのが目に見えてわかる。


「じゃあ自己紹介をしてくれるか?」


 担任の教師は、そんな転入生に注意することもなく自己紹介を促した。クラス全員が明らかな校則違反だと認識しているのに、それをスルーするのか。そんなどよめきもある。

 そのどよめきを消し去ったのは転入生の声だった。


乞仏座こつほとけのざ伽羅きゃらです。家の都合で、転入してきました。新参者ですけど、仲良くしてくれると嬉しいな」


 乞仏座は笑顔を作って挨拶をした。聞き惚れる声でもない。普通の可愛げのある高めの声なのだけど、どうしてか聞き逃せない。聞き逃してはいけない気がした。僕以外のクラスメイトもそう感じていたのか、一瞬の沈黙の後にまばらな拍手をした。


「ん。じゃあ、姫鏡の後ろが乞仏座の席な」

「はい」


 本当にアクセサリーの事はお咎めがない様だ。


 乞仏座がこちらへ向かってくる。歩くたびにちゃらちゃらとアクセサリーが鳴っている。教壇を降りると、座っている僕や姫鏡と目線が同じくらい小さいのが近づいてくると分かる。


 僕と姫鏡の隣を通り抜けた瞬間に寒気を覚えた。似た寒気を最近感じたことがあるので、この寒気が何を意味しているのかはすぐに理解できた。


 敵意だ。


 それは乞仏座からではなく、隣で澄ました顔をしている姫鏡からだった。その敵意は明確に乞仏座に向けられているのは眷属たる僕だけが理解していたのだろう。


 どうして転入生である乞仏座に敵意を向けなければならないのか。人間には決して敵意を向けることはない姫鏡が向けるとなると、それは乞仏座が人間ではないと言うことになる。


 日中の学校に人外がいるはずないと、隣にいる主人を見て言える訳もなく。

 もしかしたら昨日の影人間のごとく、ここで襲われるんじゃないかと構えていたが、そんなことはなく授業は進み、一限目は無事に終わった。



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