オイラー君(2)
勉強が嫌いだ。国語、数学、理科、社会、英語。その他諸々。教養を身につけ、人としての、社会人になるための階段を誰かの都合で歩まされる。
他人と競い合って、順位を決められ、校内しいては社会での地位までもを確立してしまいかねない指標。それが学生の勉強。
中学二年生時にそんな些細なことで気に病んでしまって、勉強が嫌いになった。誰かに支配されている気がして、とても不快だった。中学二年生という自立心剥き出しの多感な時期だったので、勉強を厳かにし成績は落ちた。
だから誰かのせいでもなく、言うならば自分のせいであり、それから今まで続く勉強嫌いも結局は自分のせいなのだ。
小学生までは百点を取ってクラス内で鼻高々にし、家に持ち帰って親にうんと褒められていた。だからか成績が落ちてからは、クラス内では目立つ存在ではなくなり、親からは憐憫の眼差しを向けられる始末。
ただただ勉強が嫌いなだけで、今まで確立していた地位はあっという間に無くなってしまった。それこそ自分が当時想像した通りの事が起きてしまっただけなのに。
これは過去の自分に対しての言い訳だ。勉強が嫌いと言うが、嫌いになる理由がある。それは語った建前ではなく、本音は勉強についていけなくなっただけなのだ。誰しもがある壁にぶち当たっただけなのだ。
国語や英語なら文法や、数学や理科なら数式。テスト前にある一夜漬けで答えを丸暗記しても、その真意が理解できなくて、頭に入ってこなかった。
沢山の教科があればどの教科かが得意であって欲しいものだったけど、副教科までもが得意にならなかった。得意とまでは言わないが、料理だけは人並み以上にできた。それは学校では役に立たなかった。
勉強の壁にぶち当たった時、努力が必要である。そこで努力できるか、できないかでこの先が決まるのだろう。僕は後者だった。
勉強には正解がある。その正解を見つける努力をしなかった。漠然とした不快感に身を任せて怠った。自分が自分であることを確認したいがために、集団から一人抜け落ちた。
小学生の時に必死に勉強し、中学校はエスカレーター式の私立に入った。だけど前述の通り成績は落ち、高校に入るときは学年最下位まで落ち込んでいた。それでも昔期待してくれていた親の顔を潰すのもなんだから、高校へ上がった。
地獄だった。
中学校でさえ勉強についていけなかったのに、高校の勉強の速さたるものは目を泳がせた。子供の脳はスポンジと信じている教師たちが、寿限無の落語の如く早口で捲し立て、速筆作家の如く黒板を鳴らして書き上げて、窓拭きの容量で消していく。僕の脳がスポンジだったとしても、既に知識の水でひたひたで零れ落ちている。
一年時は必死についていった。予習はもちろん復習もした。周りのクラスメイトは塾に通ったり、友達同士で不得意分野を補っていた。
僕が最底辺にいるから人が寄って来ないのもあるけど、僕自身が人と付き合うのが酷く苦手であった。
中学生二年生までは、あの擦れていない頃までは一応友達がいたんだけども、今は友達と呼べる人間はいない。
馬鹿だとか、阿呆だとか周りから陰口叩かれることもある。陰口の内容で、僕がオイラーと呼ばれているらしい。苗字の最初がeであることと、名前の語感が似ていることと、最底辺だからオイラーとかけているんだと。いやそれかかっているのかと、ツッコミや訂正を入れる暇もなくそうなってしまっていた。
それでも一人孤立した僕はーーようやく現実を見始めた僕は、必死に勉強をし、学校に、現実にしがみ付くように生きていた。
きりのいいところまで書いています。
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