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椿海月三幡(7)

 暮山茶花。ダキア派閥の一員で種族は椿海月さんと同じ人魚である。人魚と言うよりも、半魚人に近く、椿海月さんのように呪いで人間の姿をしている訳ではない。半分魚で、半分人間。丁度ハーフ&ハーフじゃなくて、身体に魚の部分もあるが、ほぼ二足歩行の人間と言ってもいいらしい。

 暮山の見た目は七頭身の細身の人間で、ショートの茶髪の傷んだ髪が特徴的な男。暮山と椿海月さんは父親の祖父の兄の再婚相手の息子の息子といった関係らしい。ほぼ他人じゃないか。とツッコみたくなったけど、野暮なのでやめておいた。


 暮山は人間を憎んでいる。それは母親が関係しているらしい。父親は半魚人だったが、母親は人間である。父親が物心をつく前に他界し、精神が不安定な母親に虐待された過去があった。それで早くに父親を亡くし、母親からは愛されなかった子は、周りの環境も劣悪で、周りの人間からは異常者として迫害され、声にして言うのも嫌になるくらいのいじめ。いやこれは身体と精神に対しての殺人まがいの犯罪ともいえる行為が行われた。

 それは人間を憎むのも当たり前になるだろう。誰が暮山を責められようか。


 暮山は苦しい環境でも生きることを諦めなかった。人間の恨みを糧に生きながらえ、ダキア派閥という存在を知ってアーサーの庇護下に入った。それからは人間への復讐心だけに生を実感しているらしい。


 椿海月さんは今朝に決闘になるであろうと予測していた暮山から連絡を貰っていた。僕を決闘の場所へと行かせなければ、姫鏡を傷つけることはないと。それは嘘ではないけど、代わりに姫鏡ではない僕が、命の保証はされていないという反証なのは火を見るよりも明らかだった。


 椿海月さんは僕と姫鏡を天秤にかけたのだ。そして姫鏡を選んだ。それだけのことなのだ。


 ダキア派閥は会話で何とかなる訳じゃないと言っていた。椿海月さんが断れば、自身の身にも災厄が振りかざされるのは当たり前で、それを避けようとするのは当たり前の事じゃないか。


 もちろん僕も行くなと言われて、わかりました。とはならないから、今この現状がある訳だけど。


 それを背中越しに聞かされて、僕は久々に誰かに対して怒っていた。

 さっきまでの苛立ちとは違う、明確に暮山に対しての怒りだった。


 椿海月さんの姫鏡の対する思いを、駆け引きの手札として弄んだこと。姫鏡に危険を及ばせたこと。僕を殺そうとしていること。正直一番怒りを覚えるのは、椿海月さんを自身のエゴで傷つけたことだ。


 椿海月さんは裸土下座するまでの謝意を見せたんだぞ。ほぼ今日初めて出会った同級生の男に、そこまでして謝罪したのだぞ。どれだけの尊厳を捨ててまで、その意思を実行したのかを慮るほどに、暮山への怒りは沸騰していく。


「よぉ。お前が姫鏡の眷属かぁ?」


 あの長い階段を上がって、僕は暮山と対峙した。


 椿海月さんが言っていた見た目と一致して、そこにか細いが鋭い目つきに、喋るとチラリと覗かせる歯の矯正具。手にはバタフライナイフを遊ばせながら、公園の時計を背もたれにしていた。こてこてのチンピラといった風貌だな。


「そうだ」


 周りには姫鏡も立藤さんも、アーサーもいなかった。この公園には僕と暮山しかないない。


「ここには誰もいないぜ。姫鏡も立藤もアーサーさんと観賞中だ」


 暮山は指でベンチに置いてあるスマートフォンを指さす。夜目のきく目で画面を見ると、通話中になっていて、音声だけが送られているようだった。


 椿海月さんはこれ以上巻き込みたくないから、暮山が張った結界の前で待機してもらっている。


「つーか寒そうな恰好だなお前」


 僕の格好は上のジャージを椿海月さんに貸したので、シャツ一枚と下のジャージだけ。下のジャージも貸そうとしたけど、断られたのでこの寒々しいスタイルで決闘にやってきた。


「運動していたから」

「あぁ、そうだったな。三幡の奴がトチッたせいで決闘が行われることになっちまったな」


 自分がやったことを理解していない風に椿海月さんを貶めたので、身体が強張った。


「お前が、椿海月さんに無理やり指示したんだな」

「あん? あぁ三幡に足止めしとけって言っておいたんだがな。あーもっとちゃんと言い聞かせておけばよかったぜ。つーかお前、どうやって三幡の結界から出れた?」


 僕の拳が強く握られる。掌から血が滴ってきているけど、椿海月さんの痛みや、流した涙に比べれば、なんのことはない。


 暮山の言う、言っておくとは、殴って言い聞かせると言う意味だ。こいつは言葉を介しながら暴力を振るう人間性を持っている。暴力が普遍で、絶対的正義で、揺るがない絶対的な力だと学んできている。暴力を最終手段であり、悲しい手段だと思っている僕が一番嫌悪する人間性であり、決して普段では交わらないだろうというのは言うまでもない。


 移動時にしがみついていた椿海月さんの腕には新しい青痣があった。持っていた太ももにもあった。胴体にも同じような痣があったのだろう。


 僕の早とちりならそれでいい。勘違いならそれでいい。だけどそうじゃない場合は、この拳をどうすればいい。


 慕う主人の友達を傷つけられて、同志であり、友達と呼び合い、共に大切な者の話をして笑い合いたい彼女を傷つけられて、怒り心頭な僕は一体どうすればいい。


「結界は破った」

「だっはっはっは、嘘つくならもっとまともな嘘をつけよ。あいつの結界はそう簡単に破れねぇ。しかも眷属なり立てのお前が、結界自体を破るってのは無理って話よ。どうせ殴って言うこと聞かせたんだろ。あいつ殴るといい声で呻くよな」

「誰がっ・・・」


 憤死しそうだ。誰かのために怒って、それを衝動的にぶつけることを我慢することが、こんなにも辛い事だとは思ってもいなかった。

 今にも飛び出しそうになったけど、そうすれば姫鏡の状況も、椿海月さんの思いも全てが御破算だ。我慢しろ、我慢することは慣れているはずだろ。


「決闘の内容は?」

「んだよ。サンドバッグの質をシェアしようとしただけじゃねぇかよ」

「決闘の内容は!」


 これ以上の会話は要らぬ感情を波立たせるだけなので叫んだ。


「っち、うっせーな。そりゃあ決闘なんだから殺し合いだろ。どちらかが死ぬまでだ」

「断る」

「はぁ? じゃあどうすんだよ。カードゲームでもすんのかよ」

「断るって言ったのは、殺し合いをするのは断る」

「かーっ、これだから穏健派は、決闘だっつってんだろ。命と誇りかけるんだよ。そうじゃなきゃ成り立たねぇだろうがよ」


 やれやれと見下したようなジェスチャーをする暮山に元より決めていた提案をする。


「じゃあそっちは僕を殺したら勝ちでいい」

「は? オレの勝利条件はそれでいいがよぉ、じゃあお前はどうすんだよ」

「僕はお前に敗北を認めさせたら勝ちでいい。命は要らない」

「てめぇ・・・始祖の血が混じったからってナメてんのか。てめえを殺すのなんて、簡単だぞ糞が」


 命の取り合いなのに、僕の必要ない発言を挑発行為だと捉えた暮山は額に青筋を浮かせた。


「僕も・・・君を殺すのは造作もない事だけど、君の命と誇りなんていらないから」

「あーはん。もうそれでいいわ。とりあえず、てめぇぶっ殺すわ」


 話が纏まったときに、公園の時計の針が十二時の数字を指した。


 開戦の合図はそれで良かった。時計が音を鳴らして揺れているのに気づくのは、暮山が僕の目の前に移動してきてからだった。時計の根元を蹴って、常人には眼にもとまらぬ速さで移動してきたのだ。常人でなかったら見逃していた。


 ただ見逃せなかっただけで、身体はそう簡単に反射的に動くことはできなかった。暮山の拳が僕の左肩を抉った。青痣や骨折でもなく、左肩が抉り取られた。自身の被害が見えているからこそ、知覚までの時間が早く。痛みがやってくる。


 痛みがやってくるはずだった。

 殴りぬけられて、背後に暮山が移動する間に左肩は元通りになっていた。


 初めて自分の眼で確認する吸血鬼の再生能力に恐怖する。さっきは意識が飛んだから、どうなったかは知らないだけで、こうも明確に再生されると不気味だ。


「がっ!」


 暮山は態勢を立て直して、左足で僕の背骨の中心を蹴った。無抵抗で食らったので公園の端まで吹き飛ばされる。


 直撃した瞬間に衝撃が走るのだが、痛みがやってこない。やっぱりそれが不気味だけど、僕が吸血鬼という不気味な化け物なのだと知らしめている証拠だった。

 再生能力に意識を失うのかと思っていたけど、どうやら頭部を失った場合に意識が飛ぶみたいだ。ならば頭部を守れば、なんてことはない。


「おいおい。大口叩いておいてそんなもんかよ。まだウォーミングアップだぞ」


 僕の立っていた位置から煽る声が聞こえてきたので、土埃の中から姿を現してやる。


「へぇ本気に見えたけど、そういうことにしとこうか」

「その口きけなくしてやるよ」


 下瞼を痙攣させながら、暮山は再び足に力を入れた。今度は相手の初動を見れたので、大まかにどこへ移動するのかも目で追えている。あとはこれを身体が付いてきてくれるかどうかなのだ。


 格闘技経験もなく、喧嘩をするのは妹との口喧嘩くらいで、運動も得意ではないのだ。いきなりバトル漫画のように肉弾戦を強いられている状況で、機敏に動けるわけがない。だが何かしなくては決着がつかないので、まぐれ当たりでもいいから、凡その位置へ握った拳振りぬく。


 ごう! と、右拳を振りぬくと、反動で風が吹いた。普通ならばひょひょろパンチなのだろうけど、吸血鬼の身体能力のおかげで、トラックが真横を通ったのかと錯覚するような音が鳴った。

 しかし避けられた。お互い攻撃が見えているのだ、避けるくらいは造作もないことなのだ。だけどさっきまで近くにいた暮山は、公園の反対側まで移動していた。

 何やら胸を押さえながら肩で息をしているようだったが、想像以上に僕の力が強かったから驚いているのだろう。


 距離を取られてしまったが、距離をとると言うことは僕の攻撃が功を奏したと言える。ただ休憩を与えるつもりはない。


 影を踏んで跳躍する。ぐん。ぐん。ぐん。と暮山の表情が近づいてくる。拳が届く範囲でようやく僕を認識できたのか、顔を青ざめさせた。


 下から腹へのボディブロー。暮山は咄嗟に両腕で防御したが、防御した腕が外側へひしゃげて、腕ごと腹へとめり込んだ。暮山の身体は少しだけ宙に浮いて、海老のような姿のまま。


「がぼっ」


 声にならない声と血を吐き出して、滞空していた身体がようやく身体が地面に戻ってき、そのまま倒れ伏した。


 呆気のない終わり方だった。


 実はこうなるだろうとは椿海月さんから言われていた。再生能力が普通の吸血鬼より頭抜けていて、影を踏んで跳躍する跳躍力も、姫鏡くらいしか見たこともないくらい跳躍していたようだ。だから膂力が例え同じでも、再生能力と反動を駆使した力があれば相手にならないと。


 椿海月さんが危惧していたのは、僕が力加減を誤ってやり過ぎる事だ。


 暮山の腕からは骨が剥き出しになって、その骨が腹に刺さっていた。深くは刺さっていないけど、重症なのは間違いない。正直腕がひしゃげた時に、力を緩めた。それでもこの惨状なのだから、怒りのまま力を使っていたら、僕は暮山を殺していただろう。


 用意していた椿海月さんの治癒の呪いのかかった水と、僕の血が混ざった液体を、暮山の腹と腕にかけてやる。すると剥き出しの骨はゆっくりとくっついて、腹の傷もゆっくりと塞がっていく。吸血鬼の血には治癒効果もあるらしくて、もしもやり過ぎたら、即死でなければ暮山を治してほしいと言われていた。


 椿海月さんは甘すぎると思う反面、僕が椿海月さんと同じ立場でもお願いしたと思うのだ。


「ぎゃああああああああ!!!!!」


 気絶していた暮山は声を荒げてのたうち回る。本で読んだことがあるけど、傷は治っている時が一番痛いらしい。だからゆっくりと傷が治るのは、痛みを知っていながら、他人の痛みを軽視する暮山にはいい薬なのだろう。


「いでえええええええええ!!!! くそが! くそがくそがあああああ!」


 のたうち回る暮山の隣でため息をついて言う。


「まだやる?」

「くっそがあああああああ!!!!!」

「君が負けを認めない限り、これかこれ以上の痛みを味わうし、いくらでも治すよ」

「ぐあああああっ・・・はぁ、はぁ。てめぇ・・・正気か。今度は勝つかもしれないぞ。オレはまだ獲物も特技も使ってないんだぞ」


 傷が治りきっていないが、息を切らしながらでも会話をできるようになった暮山はギラつかせた目でそういう。


「じゃあ、続行ってことね」


 続けるとの言葉と受け取って、拳を握って腕を引く。


「待った! 分かった! 分かったから!」


 暮山は両手を上げて白旗を上げる。だけど僕は腕を引いた動作のまま気を抜かない。これが時間稼ぎじゃないと言い切れないから。


「何が分かったの?」

「参った。降参だ。オレの負けだ」


 暮山は負けを認めた。

 僕の勝利条件を満たしたので、この決闘は決着だ。


「じゃあ僕の勝ちだね。これで姫鏡にも、僕にも手を出さないんだね」


 終わったのだ。これで姫鏡が自由になれるし、僕もあのアーサーと戦いなんてしなくて済む。


「あぁ? 何言ってんだてめぇ。てめぇは今回は勝っただけで、まだ決闘はやるぞ」


 僕の思いとは裏腹に暮山はそんなことを虚言を言った。


「聞いてないぞ! 決闘で勝てば手は出さない誓約だろ!」

「てめぇが聞いてねぇだけで、決闘は三回だ。三回とも勝てば、てめぇも姫鏡も見逃してやるってよ。今回は勝てて良かったな糞が。あー痛ぇ」


 そう言うとふらふらと立ち上がって、ベンチに置いたスマホを拾って、何か会話をしながら暮山は長い階段を下りて行った。


「おい! 姫鏡と立藤さんは!」


 見えなくなる背中に声をかけると、伸びた手がひらひらと振ってから、中指を立てて返されるだけだった。

 

 それが見えなくなってから、どうしようかと思っていると、わんわん泣いている椿海月さんが姫鏡に軽くハグされて、頭を撫でられながら、立藤さんと共に上がってきた。

 僕も三人の姿を見て涙腺が緩くなったが、ぐっと堪えて、不慣れな笑顔を作りながら近づく。


「オイラー君」


 最初に声をかけてくれたのは姫鏡だった。ちょっとだけ土くれが肌についていて、ジャージもところどころ破れているのが、影人間との戦いが壮絶だったのを意味するのだろう。


「ありがとう」


 礼を言われてしまった。

 椿海月さんを、決闘を、頼んだよと言われた。それを成し遂げたからの礼なのだろう。

 だけど僕は椿海月さんを救っていないし、決闘も僕自身の力ではなく、姫鏡の吸血鬼としての力で勝っただけだ。僕は何もしていない。

 そう言いたかったけど、ここは素直に受け入れた方がいいのは、人と関わるのが苦手な僕でも分かった。


「うん」


 一言返すと、姫鏡は嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見れて、ありがとうという言葉に実感が沸いてきた。


「あ、そうそう姫鏡フルーツサンド美味しかったよ」

「でっしょ~、でも生クリーム微妙じゃなかった?」

「ソンナコトナイヨ」

「めちゃくちゃ片言だ! 今度一緒に改良に付き合ってよ。椿海月ちゃんもね」

「私なんかが、いいんですか? 今回ご迷惑をおかけしたのに」

「いいのいいの。迷惑まき散らしているの私とあの男なんだから。オイラー君も気にしないでね。オイラー君? え? ちょっと、オイラー君!?」


 姫鏡の声が遠く聞こえる。頭がボーッとする。張り詰めていた緊張が解けて疲れが来たのかな。なんだか眠い。あぁ昨日ちゃんと布団で寝ておけばよかったな。


 

なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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