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椿海月三幡(2)

「特訓をします!」


 姫鏡は今朝起きて、朝食をとっている時に言ったことを、堂々と胸を張って言った。


 姫鏡の家から少し離れた大きめの自然公園の一画。姫鏡のジャージに身を包んだ僕と、少し小さめに見える体操着を着た姫鏡と、黒のニットセーターと、グレーのスラックスを着たレストランのウエイトレスさんがいた。


「まずは影とは、だね。吸血鬼は異能の一つとして、自分の影を変幻自在に操る事ができます。言葉で変幻自在と言っても分かりにくいので、私の足元をごらんください」


 姫鏡の足元を見ると、太陽光で作られた姫鏡の影がゆらりと揺れる。姫鏡は屈んで、その影に触れると、姫鏡の手は影の中へと入っていく。


「吸血鬼は影を自分に纏って日光を軽減しているってのは昨日話したよね。それと他に、自分と相性の良い武器を形作ることもできるの。私の場合はこれだね」


 白昼堂々公共の場で影の中から抜き身の刀を取り出す姫鏡。おそらく人払いしてあるので、周りに人はいないが、もしも通報されたら、悪戯では済まないとんでもないことになるだろう。その時は警察官である立藤さんにフォローしてもらおう。


「相性と偏に言っても色々あるし、自分の好きなものを作るのが良いとされているんだよね。オイラー君は何か好きなものがある?」

「えっ・・・と、急に言われても思いつかないな・・・」


 嫌いなものはパッとすぐに思いつくあたり、ネガティブ思考に毒されているのがわかる。

 改めて自分の好きなものを問われると考え込んでしまう。食べ物で言うと桃とかが好きだが、それが武器になるかと言われると違うので、候補からは外そう。


「何でもいいんだよ。私なんてレトロゲームを武器にしようとしたんだからね。もちろん却下されたけど。あ、お家でわんちゃん飼ってるんだったよね? わんちゃん好き?」

「うちの犬は好きだけど、犬自体は絶賛するほど好きじゃないかな」

「あれ以外だ。犬飼っている人は犬大好きだと思ってた」

「嫌いとかじゃないんだけどね、でも他人の犬でも接したら仲良くなれる自信はあるよ」


 人には好かれないけど犬やその他の動物には好かれる自信はある。

 というか姫鏡に犬を飼っていることを話したっけ? 覚えていないけど、昨日寝落ちする前に話したのだろう。


「いいねオイラー君らしいね」

「そういえばアーサーさんも巨大な狼を作り出していたけど、あれも好きだからってこと?」

「あ~、あれは違う。猟犬だと思えばいいよ。あの男は好きだから作っている訳じゃないから参考にしない方がいいよ」


 都合のいい道具を作り出しているだけであり、それが相性が良いだけということだろうか。聞いた話のアーサーは僕達とは意識と感覚が違うから、参考にはならないのだろうな。


「人って駄目なの?」

「好きな人ってこと? 誰々、教えて教えて」


 目を輝かせてずずいと寄ってくる姫鏡。


「違う違う。僕の分身ってこと。影を纏えるならば、同じように分身も作れるんじゃないかって思ってね」


 そう答えると残念そうな面持ちになって離れた。どうして女の子は恋のお話しになると前のめりになるんだろう。恋人はおろか友達もいない僕には一生かけても理解はできない事柄かもしれない。


「できないこともないけど、現状好きなものを把握できていないオイラー君が精巧に作れるとは思えないな。自分の事が大好きな人でも主観が強くなりすぎて作れないからね。今のオイラー君が分身を作れたとしても、ほとんど木偶の坊になっちゃうかも」

「うーん、難しいか。そもそも武器になりそうなもので好きなものがないんだよね」

「だよね。そんな都合よくいかないよね」


 二人で唸りあう。このままじゃ埒が明かないので、先人から話を聞いた方がよさそうだ。


「姫鏡は刀が好きだったの?」

「うん」

「どんなところが?」

「刀って、何度も何度も打つんだよ。一重二重、二十重に鉄を打って、打って、打って、気が遠くなるほどに打ち続けるの。刀身に見える波紋は、その結晶で職人たちの血潮なの。そういう普通にやっていたら、そうはならないでしょ。みたいな、その仕事一筋みたいなところに惹かれたかな」


 炉のように熱のこもった瞳で熱弁された。確かにこれは好きを語る時の人間の雄弁さだ。

 僕はここまで目を輝かせて、雄弁に語ることができる物事があるだろうか。

 ふと頭に過ったのは、姫鏡だった。

 学校生活で姫鏡のことを考えていて、その機微に一喜一憂していた。恋愛の好きとは違い、趣味の範疇。興味を持った好きには近い。理想の姫鏡を語るならば同じように雄弁になれよう。それを本人を前にして言える程肝っ玉は据わっていないし、空気を読めないわけでもない。


「あ、そうだ、紹介するね。昨日レストランで会っていると思うけど、椿海月(つばきくらげ三幡さんまんちゃんです」

「今!?」


 唐突に遅すぎた紹介をされて、大きな声を出してしまった。


「自己紹介は大事だよ。ね」


 椿海月さんは小さく頷いた。この公園に二人でやってきた時から先にいたのだけど、姫鏡が一言声をかけて、自然公園の奥の方へと着いて、今まで一言も会話はなかった。気になっていたのに、会話の主導権を僕が握らなかったのも悪いが、姫鏡も人が悪いと思う。


「つ、椿海月です。オイラーさんですよね。よ、よろしくお願いします」


 どうやら姫鏡から僕の事を訊いているようで、オイラー基準で伝わっているらしい。改名しようかな。


「お、オイラーです・・・」


 自分からオイラーだと名乗るのめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど、あの勤勉で研究熱心な人と僕とは正反対なんだよ。だから蔑称としてつけられたのだけども。


 椿海月さんの印象が昨日と違うのは、カチューシャをしてショートの前髪を降ろしているからだろう。


「椿海月ちゃんはね、結界を作るのがすっごく上手なんだよ」

「結界って、姫鏡が人除けに張ってたって言うやつ?」

「そう。椿海月ちゃんは私よりも、高度で高性能のを張れちゃうの。例えば私は人除けが限界ギリギリだけど、椿海月ちゃんは人除けも、存在消しも、外敵排除も、縛りもできちゃう。結界のスペシャリストだよ」

「そ、そんなに褒めても何も出ませんよ」


 椿海月さんは恥ずかしそうに言ってから、僕に視線をちらりと移した。僕の返答を待っているような視線に何かを言わないといけない強迫観念に駆られた。


「あ、結界だけに?」


 結界の中にも時化るような風が吹くのを体感する。

 姫鏡のあちゃーという声が風に乗って聞こえた気がした。


「ぶふっ・・・うふふふ、ふふふっ」


 椿海月さんは急に関が切れたように笑いだした。僕の醜態を大笑いしてくれるのは、時化笑いを昇華してくれたと考えられるので、醜態を晒した冥利に尽きる。 


「ふふふ、ふふっ、ぐふっ、ふふふふふっ、くっ苦しいっ、ふふふふ」


 しかし予想とは違い、椿海月さんは腹部を押さえながら、過呼吸気味に笑い続ける。笑ってもらってちょっと安心していた僕が心配になる、というよりも、若干引いてしまうように笑い続けていた。


「だ、大丈夫?」

「くふふっ、だ、大丈夫れす」


 とは言うものの、笑いすぎてよろよろと身体が覚束なく、ついには腹式呼吸の限界か、それとも酸素の供給量の限界か、ふらりと倒れそうになってしまう。


 咄嗟に僕は椿海月さんの肩を支えて転倒を阻止する。


「あ、ありがとうございます」


 椿海月さんと目と目が合い、ぷるんとした口の動きに少しだけ魅了される。


「こ、こちらこそ」


 椿海月さんは顔を真っ赤にして、すぐに姿勢を正して、僕と距離を離して元通りになった。


「椿海月ちゃんが大笑いしても、周りの誰もその笑い声に気がつかないし、気にも留めない。椿海月ちゃんが裸で踊っても、誰も気にしないくらいの結界が今、ここには貼られています」

「そ、そんなことしません!」

「例えだよ例え。だからオイラー君には、今から影の扱い方を教えます」


 姫鏡は顔御真っ赤にして反論する椿海月さんを軽くあしらいつつ僕に向き直った。


「何を作るか決まっていないのに?」

「固有名詞を持ったものは作らなくても、形作る練習だね。球状の影とか、棒状の影とか。まずは影を動かす基礎をしていくつもりだよ。さっきの話は未来の話で、想像していた方が基礎練習も纏まるからね」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ。ささ、影を形作っていこうか。まずは目を瞑って頭の中で作りたい形を想像して、丸とかにしておこうか」


 公式を頭に入れて数式を解くようなものかなと、納得させて、姫鏡に言われたとおりに目を瞑って、頭の中に丸を想像する。


「想像出来たら、踵の先や爪先から伸びている影を意識してから、丸になるように足に力を入れてみて」


 ぐっと足に力を入れると、過剰だったようで、右足が地面に埋まった感覚がした。集中力を欠かずに力加減を調整して埋まっていない左足の方に丸を想像する。


 感覚としては、足の先から長い髪の毛のようなものが自分の意志でうねっているようなのだが、目を瞑っているのでどうなっているのかは甚だ分からない。


「オイラー君、目を開けていいよ」


 目を開けると、足元では影は形を変えずにそこにあった。


「えっと・・・動いてなかった?」

「うん。動いてなかったよ。その言い方だと動いていた感覚みたいなのはあったってことかな?」

「一応はこうむずむずするような感覚はあったかも」


 目を開けたらそこには丸い影が出来上がっていて、姫鏡や椿海月さんに褒めてもらえる未来を少なからずも想像していた勘違い野郎な僕は恥ずかくなってきた。特別だとなんだと褒めてもらって舞い上がっていた。肉体の制御も感覚も簡単にできたので、とんとん拍子にうまくいくんだと思いあがっていたのだ。


「まぁまぁそう気を落とさないで、何回もやってればできるようになるからね」

「精進します・・・」


 勉学と同じなのだろう。知見を広げて選択肢を増やす。影を扱えるようになれば、自衛ができる力を持つことができる。そうなれば日常で危機的状況になったら対処できる。姫鏡に守られることもないし、立藤さんに頼ることもなくなる。


 これは自立なのだ。僕が吸血鬼としての自立するための特訓。その為には逃げる、投げ出すなんて選択肢はあってはならないんだ。


 僕は諦めずに再び目を瞑った。


きりのいいところまで書いています。



なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。

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