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椿海月三幡(1)

 アーサー・アルカード。吸血鬼の始祖の血を濃く受け継ぐ男。アルカードの名を冠している男。

 現存する吸血鬼の中でも最高権力に近い力を持ち、地位は人外界でも人間界でも爵位を持ち、外国の議員をしていたこともあるという名声も持ち合わせている。無論、富は富豪と言えるほどに持っている。超人の中でも特別な存在。


 そんな男の姪である姫鏡は、どれ程までに特別な存在なのかを、立藤さんと会った帰り道にアーサー・アルカードの説明されて改めて思い知らされた。


 アーサーは人間を見下している。吸血鬼のコミュニティーに限らずに、人外のコミュニティーに人間を見下しているコミュニティーはある。そりゃあ人間以上の超常生物なのだ、人間のことを劣等種族だと見下す奴もいるだろう。


 だがアーサーはそこで留まらない。アーサーは人間を家畜だと考えている。薄皮の下に血が入った袋程度にしか人間を認識していない。僕と出会った時のあの目は、取るにも足らない家畜を見下す目だったのだ。


 アーサーは人間界に紛れているが、それは先の大戦――人外と人間の大きな大戦で、どんな大戦かは詳しくは知らないが、その大戦で大敗を喫したからだ。家畜の水袋に敗北したという事実に打ちひしがれて大人しくなった。だが腹の底は変わらない。なんならより一層嫌悪感が増した。


 アーサーは特別な人間に負けただけで、有象無象の人間は塵芥だと考えるようになってしまった。敗北が余計に心に確執を作ってしまった。


 アーサーが中核を担っている人間を敵対視する派閥がある。その派閥はアーサーが担っていると言っても、時流的に小さな派閥であり、人間と共存する派閥と、人間と関わりなく生きる派閥の方が大きい。だが人間を嫌っている派閥は、それなりの戦闘派であり、虎視眈々と人間社会を陥れようとしているらしい。


 それで派閥拡大のために、アーサーは姫鏡を勝手にもう一つの人間と関わりなく生きる派閥の吸血鬼家の許嫁にした。それが事の発端。


 僕が眷属になってしまった原因。


「オイラー君。着替えここに置いとくよ~」


 シャワーを頭から受けつつ、帰り道の話を整理していると、バスルームの外から姫鏡の影がすり硝子越しに見えた。


「う、うん。そこに置いておいて、ありがとうね」


 慌てて大事な部分を隠して返事をする。


 現在。沢山嫌な汗を掻いたので、姫鏡の家に帰ってきてシャワーをしている。まさか二泊目もするとは思っていなかったので、コンビニで替えの下着を買ってきていたのだが、部屋に置きっぱなしだったようだ。


「お客さ~ん、お背中流しましょうか~?」


 中々姫鏡の影が消えないと思ったら、そんな事を言われた。


「いい。大丈夫です!」

「タダですぜ~」

「サービス過多です!」

「ちぇ~」


 なぜか不満そうに言い放って姫鏡の影は消えた。タダだからと言って、厚意に甘えて姫鏡に背中を流させるなんて、そんなのは罪だ。僕は姫鏡に罪の意識を抱かなければいけない。今日一日で感じた悪戯に僕の心を弄ぶ姫鏡の性格上、僕にも背中を流させるに違いない。


 別れ際、立藤さんに引き留められて言われた一言を思い出す。


「まりあとは健全な付き合いをね」


 あの時の顔は拳銃を構えている時と同じ威圧感があった。生唾呑んではいって言うしかなかった。


 僕と姫鏡の背中の流しあいっこ。想像しただけで、健全な付き合いとは違い身震いがする。うん。無料より怖いものはないな。


 そもそも僕と姫鏡で不健全なことが起こるはずないのだが、もしも起こった場合、立藤さんに知られた時が怖いので、そういうフラグが立ちそうになったら、自ら折っていこうと決意した。デートもとい、二人でお出かけしたのは許されるよね?


 吸血鬼の弱点を克服したことを調べるのは、アーサーを退けてからということになったのだが、立藤さんはどうやってアーサーという暴君を抑え込むのだろうか。


 人狼って、吸血鬼よりかは見劣りするような。フィクション界隈でも、人間を脅かす存在ってだけで、人外の中でも中の下って感じだけど。やっぱりあの感じだし、めちゃくちゃ武闘派なのかもしれない。


 なにわともあれ、三日間の平和が、ある程度は平和に書き換わったのである。


 シャワーを止めて、バスルームを出る。


 用意して貰ったバスタオルで水滴を拭くと、姫鏡の匂いがした。勘違いするな、これは洗剤や柔軟剤の匂いだ、姫鏡の体臭ではない。そう自分に言い聞かせろ。なにか疚しい事を考えるんじゃない。


 煩悩を払うようにさっさと髪も乾かして、リビングへと戻る。


「お先にいただきました」

「じゃあ次は私だね。あ、私先に食べちゃったから、オイラー君も勝手に食べちゃってね」

「わかった」


 着替えを持って姫鏡はバスルームへ入った。

 コンビニで買ってきたおにぎりを袋から取り出す。買ったご飯は僕の分だけで、姫鏡は僕がシャワーを浴びている間に済ましたようで、言われたとおりに気にせずに食前感謝をして食べ始める。


 シャワーの音をBGMにしながら、もくもくと食事をする。昼に食べたレストランのご飯よりかはグレードはダウンするけど、コンビニご飯も現代人の僕からすれば悪くない。


 むーむー。むーむー。


 おにぎりの二つ目を開けようとした時、充電中の携帯電話が震え始めた。画面の表記を見ると、妹からだった。


「もしもし」

「もしもしじゃないよ。今日も帰ってこないつもり!?」


 耳を劈くような怒号。我が妹の怒りの籠った叫びが開口一番に聞こえた。


「そ、そのつもり・・・父さんと母さんには言った?」

「言ってない。てか言えるわけないでしょ! そんなこと言ったら、あの二人の事だから飛んで帰ってくるじゃん! お兄が同級生の異性と泊まりました。なんてあたしの口から言える訳なくない!? しかも、何!? 今日も泊まるの!? 二日も泊まりで勉強会ってどっか遠出してるの!?」


 怒涛の質問攻めだった。姫鏡はどうやら妹には勉強会と説明したらしい。ならばそういう風に口裏を合わせておいた方がいいだろう。


「言わないでくれてありがとう。一応隣町くらいにはいるよ」

「なんでボカす訳? まさか昨日の女の人の家に泊まってる?」


 ぎくぅというオノマトペは今この瞬間に使えるはずだ。


「そ、そんな訳ないだろ。僕が友達の家に外泊したことあるか?」


 自分で言っていて悲しいし、それを妹に確認取っている事実も悲しい。


「・・・確かに、お兄にそんな友達はいないか」


 妹に兄には友達がいないと把握されているのは更に悲しかった。


「じゃあどこにいるの」

「えっとぉ」


 姫鏡の家にいるという事実は、僕にとっては不都合だった。妹は外泊の事は親に告げ口はしないだろうけど、異性の家に外泊となると流石に許容範囲の限界だろう。そうなっては今後の私生活の活動に支障が出る。


「バイト先?」

「へ? なに? 勉強会じゃないの? どういうこと? てかお兄バイトしてたの?」


 僕の頭が捻りだした一言に、混乱した妹の声が聞こえてくる。


「父さんと母さんに内緒で、最近始めたんだよ。バイト先の同年代の人達と勉強会をしているんだよね。それでバイト先に泊まらせてもらっているんだ」


 口から出まかせだが、咄嗟に考えたとしては我ながら上々ではないか。


「ふーん。なんのバイトしてるの?」

「れ、レストラン?」


 本日、最初に訪れて印象に残っている店がそこだったので、口に出してしまう。


「お兄が接客業? できるわけなくない?」

「ま、まさか。厨房だよ。ほら、僕ちょっと料理はできるじゃんか」

「お兄の料理は確かに美味しいけど、いきなり高校生が厨房に入れるものなの?」

「う、腕が認められたんだよ」

「そっか。・・・ま、なんでもいいけどさ、あたしが庇えるのは明日までだからね。あと分かってるよね?」


 なんでもいいという割には根掘り葉掘り訊いてきたな。こう見えて妹は寂しん坊なところがあるからな。ソファーで勉強していたら、テレビが見えないから邪魔と、足で小突いてきたり。僕の大切にとっていたスイーツを勝手に食べたりと、兄の前では我儘を地でいく妹なのだ。僕からすれば憎さ余って可愛さ百倍の妹なのだ。


「シュークリーム三個ね」

「エクレアもつけて」

「はいはい。それじゃあ明日には帰るからね。戸締りちゃんとするんだよ」

「はーい。お兄も嵌め外し過ぎないでよね・・・って要らない心配か」


 そんなほっとけと言いたくなる捨て台詞を吐かれて電話は切れた。


「妹さんなんて?」

「特にわっ!」

「わわっ、なになに急に大声ださないで」

「そっちが急に後ろに・・・立った・・・んで・・・しょ」


 いつの間にか上がってきていた姫鏡が、僕の後ろから声をかけた事にも驚いたが、より金色に輝く髪の毛に、風呂上がりの火照った肌をあらわにしている姫鏡のシミーズ姿にも驚いて、声を詰まらせてしまう。


 ゴクリと。僕の生唾を飲む音がやけに大きかった。


「どうしたの?」

「どうもしてないよ。そう、妹には今日も泊まるって連絡しておいたから」


 顔を背けて急いでおにぎりに視線を移して食べる。立藤さんに言われたことを思い出すんだ。無理な話だが、興奮してはならない。これで興奮しなければ逆に不健全だろに。立藤さんは付き合い方に釘を刺したのだ。僕が姫鏡との付き合い方を変えなければそれでいいのだ。


「じゃあ今日も一緒に寝れるね」

「ごふっ・・・何言ってるのさ」


 ご飯が器官に入った。今日もって何? 昨日僕が気絶している間一緒に寝ていたってことか。確かにこの部屋にはソファーベッドしか寝床は見当たらない。昨日は僕がそこを占領していたのだ。そうなると姫鏡が寝るところは、僕の隣だったってことになる。


「昨日はあそこで二人で寝てたんだよ?」


 ソファーベッドで二人寝ようとすれば相当密着していることになる。共に腕を抱いて寝てちょうどいいくらいの広さだ。待て待て、そんなわけあるか、これは姫鏡の僕に対する揶揄いだ。危ない、また手玉に取られるところだった。


 気付いた僕は姫鏡に対してアドバンテージがある。逆に姫鏡を揶揄うこともできる。


「きょ、今日は僕はそこらへんで寝るよ」


 だが揶揄う勇気はない。胸張って言う事でもないか。


「そこらへんって、硬いよ? こっちは柔らかいよ?」


 姫鏡がベッドの上に腰を下ろして、ベッドのふかふか度を確かめるために優しく叩いた。対面して、目線が丁度姫鏡の太ももと太ももの間のむっちりとした空間に釘付けになってしまう。色んな意味で柔らかそうだなって感想しかない。


「大丈夫。硬いところの上で寝るの慣れているから」


 どんな慣れだよと全力でツッコミたいけど、今は視線を逸らしながら姫鏡の魅惑な誘惑から逃げるのが一番。


「ふふっ、机で寝てるから慣れてるって、昼寝じゃないんだから」


 勝手に悲しい解釈されちゃった。だけどこれは追い風だ。


「本当に、気を遣わなくていいから。僕、気を遣われると、余計に気を揉むタイプだからさ」

「別に気を遣ってないんだけど、まぁオイラー君がそこまで言うならそうする? 毛布しかないけどいいかな?」

「十分だよ。毛布最高!」

「なんかハイになってない?」

「なってない、なってない。毛布ありがとう!」


 姫鏡から毛布を受け取って、コンビニご飯のゴミを袋にまとめて、姫鏡とは反対側の壁へと移動する。これならば姫鏡を見なくても済むし、これ以上感情を刺激されないだろう。


「変なオイラー君」


 不思議そうな姫鏡の声を最後に、僕は翌日まで目を覚まさなかった。

 どうやら自分が思うほどに、相当疲労していたらしい。

きりのいいところまで書いています。



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