姫鏡まりあ(5)
僕達はレストランを後にして、今度は大型ショッピングモールにある映画館にいた。
「なんで!?」
しっかりと昔流行ったSF映画のリバイバル上映を二時間見てから、シアターの電気がついて見に来ていた人達が帰り始めてから僕は声を上げた。
「面白かったね。やっぱりラスボスが自分の親だと知った時の主人公の嘘だ~って慟哭がいいよね」
「いや名作も名作のシーンでいいんだけど! どうして映画見てるの!? 会わなきゃいけない人がいたんじゃないの!?」
姫鏡はハンドバックから懐中時計を出して時間を確認した。
「まだ時間じゃないんだよね。次はアミューズメントに行こう」
そう言われては返す言葉もない。ただ従って姫鏡にコバンザメのように付随するしかない。
映画館の近くにある大型ショッピングモールの中に設置されたアミューズメント施設へとやってくる。けたましく機械音が鳴って、子供たちの甲高い声が辺りを支配する。
映画も最初は耳鳴りするほどにうるさかったが、慣れとは凄いもので、最後の方は普通に映画館で映画を観ているのと遜色なかった。今も、アミューズメント施設の少しうるさい音程度にしか聞こえない。
「オイラー君は普段はこういったところには来る?」
「一人で来ることもないかな」
誰かと来ることもないなんて口が裂けても言えない。
「私と一緒だね。いやー一回アーケードゲームってやってみたかったんだよね。あ、あれやろう」
姫鏡が指すのは銃型のコントローラーを使って遊ぶ、ガンシューティングゲーム。握っても大丈夫だろうか。感覚が優れていると言うことは、肉体的力も優れていると言うこと、銀製の物を噛み砕けるのだ。コントローラーを握り潰してしまうのではないだろうか。
「緊張しなくても大丈夫だよ。いつもどおりにやってれば何も破壊することはないよ。じゃなきゃ歩いただけで地面に穴が出来ちゃうでしょ?」
「確かに・・・」
普通に靴を履いて歩けているのだ。馬鹿力があるならば、姫鏡の言う通り僕は足跡を作りながら歩くことになる。無理に肩に力を入れなければ、馬鹿力は出ないのか。
「それじゃあやってみよう」
小銭を入れてゲームをスタートさせる姫鏡。
結果は僕が足を引っ張りまくって、ラスボスを倒すまでに五回ほどコンテニューをした。
僕がゲーム下手なのもあるけど、ワンピース姿の女の子が銃を持って、ゾンビを撃ちまくっている姿にギャップを感じて度々見惚れていたなんてのは言えない。てか姫鏡ノーミスなんだよね。的確にゾンビの頭を視界に入った瞬間に撃つんだよ。本当に初めてなのかな。
「あ、あれもやってみたいな」
今度は小さなプライズぬいぐるみが入ったUFOキャッチャーを指さした。まずはいいところを見せようと僕がやってみると、掴んだけどぬいぐるみを揺らすだけだった。
「上の動きぴったりだったよ。あ、横の動き私やってみていい?」
と、言われて横の動きを姫鏡に任せると、なんと景品がとれてしまった。
「いえーい」
「い、いえーい」
景品を取り出し口からだした姫鏡がハイタッチを促してきたので、おずおずとハイタッチをした。姫鏡とハイタッチしてしまった。華奢な指だった。
「これどっちが持ってようか」
「姫鏡のものじゃないの?」
「お金を入れたのはオイラー君じゃない。私はアシストしただけだよ」
「じゃあお返しって言うのもなんだけど、それは姫鏡にあげるよ」
今日は既にいろんなものを貰っているので、金銭面では安いが姫鏡に何かを返したい気分なのだ。
「いいの?」
「いいよ」
「本当にいいの? 返してって言っても返さないよ?」
「僕が姫鏡にあげたいの」
「ふふっ、ありがとう」
姫鏡は嬉しそうに笑って、ぬいぐるみを軽く抱きしめた。
なんか言葉を引き出されたようだ。この僕がこんな歯の浮く様な台詞を言うなんて、今日はベッドで思い出して悶絶するに違いない。
「じゃあ次はあれにしよう」
姫鏡が次に指さしたのはプリクラ。リア充がよくやってると噂されているやつだ。
そこで僕はデート前に調べていた吸血鬼についての特性について思い出す。
「吸血鬼って鏡に映らないんじゃなかったっけ?」
そう吸血鬼は鏡に映らない。だから写真に現像されることもない。・・・あれ? 姫鏡は援助交際の写真を撮られていたんじゃなかったか? それに姫鏡の部屋では鏡に映っていた気がする。自分で言っておいて、疑問が生まれてしまった。
「映るよ」
「映るんかい」
肩を落としてツッコミを入れてしまった。
「正確には映るようにしているだけどね。自分の影を使って、輪郭を象って貼り付けているんだよ」
「それじゃあ黒くなるんじゃないの?」
「吸血鬼の影は万能でね。思う力があれば、それを作り出すことも可能なんだよ。ま、作るモノに得意不得意はあるけどね」
確かに姫鏡は影から刀を出していた気がする。影からモノを生成するのは調べた吸血鬼の特性であったかな。見落としていたかもしれない。
僕達はプリクラの暖簾をくぐって中に入る。中が思ったよりも狭く、必然的に姫鏡とくっつくようになってしまう。これわざと機内の中を狭くして、カップルをくっつけるとかそういう戦略なんじゃないかと勘繰ってしまう。
「へぇ、僕にでも作れたりできるの?」
気を逸らすために話を続けることにする。
「やろうと思えばできるんじゃないかな。でも突拍子もなくて、想像できないものはやめておいた方がいいよ。絶対に斬れる剣とか、何でも弾く盾とかは特に駄目」
「どうして? 強すぎるから?」
「概ね正解。絶対とか何でもとか言っておいて、結局対象物の印象に引っ張られるんだよ。絶対に斬れると頭で理解しているつもりでも、ダイヤモンドが斬れない物と奥底で想っていたら斬れないの。少しでも対象物に固定したイメージを持ったら使い物にはならないの」
「なるほど。強すぎるがゆえに、想像の代償が付き纏うんだ」
万能だからこそ、決めつけて想像してしまうと対応不足に陥る。過去問だけで満足する試験勉強みたいなものか。
姫鏡は色んなモードから普通のモードを選択した。ビッグアイモードが見えた気がするが、予想できてしまうので気にしないでおこう。
「一枚目を撮るよ。3、2、1、はいポーズ」
機械音生が流れてカシャリと音が鳴る。姫鏡はピースをしていたが、僕は写真の時にポーズなんて取ったことないので直立不動になってしまった。
「あらあら、もっと笑顔で撮ろうよ。二枚目もあるからね」
「頑張ります・・・」
姫鏡と密着して朗らかな笑顔を作れるかどうかは怪しい。
「二枚目を撮るよ。3,2,1,はいポーズ」
「じゃあチュウしちゃうね」
「ちっ!?」
写真を撮る瞬間に姫鏡が耳元でそう囁いた。咄嗟に姫鏡の方を向くと、姫鏡は悪戯な笑顔をしながらカメラの方を向いていた。
次の写真には顔を真っ赤にした僕がホッとして崩れた表情で写っていた。
姫鏡にしてやられた。当の姫鏡もしてやったりとニタリと笑っていた。
「ねぇねぇ見て見て、落書きできるんだって、何を書こうかな?」
プリクラの筐体を弄っていた姫鏡は、ペンを持ってうーんと唸った。
「私が作り出すのは刀と、自分の形と、煙全般なんだ」
何を書くか決めた姫鏡は先程の話の続きを始めた。
「なんでそれにしたの?」
「うーん。刀は戦いやすかったからと、好敵手がいたからかな。煙も師匠におススメされたからで、自分の形は、一人で生きていくために必要だったからだね」
戦う為に刀を扱う必要があった。僕が愚かにも勉強を嫌いになっている間、姫鏡は自分の置かれた境遇と闘う為に努力していた。
昨日のような状況が、これまでにあったのだろう。僕が漠然とした感情から戦わずに逃げている間に、姫鏡は闘っていたのだ。
姫鏡の横顔を見ながら、自分が隣にいるのが不相応だと噛みしめていた。
「よし、私はこれでいいや。オイラー君も書きなよ」
「僕も?」
「記念にだよ記念に」
握らせられるようにペンを渡される。姫鏡の方にはデフォルメの蝙蝠が飛んでいて、僕の頭の上に綺麗な文字で眷属と書かれ、その尻にハートマークが書いてあった。
こんなの何を書いても小恥ずかしいだろう。慣れないことはするもんじゃないと、頭の中で後方腕組の冷静を装う僕が頷いている。
チラリと隣を見ると姫鏡は、僕がなんと書くのかを待ち遠しそうな表情で覗いていた。過度な期待をされてるなぁ。
思い切って一文字姫鏡の上に姫とだけ書いた。
それを見た姫鏡は目を丸くさせていた。昨日冗談でも呼びそうになったあだ名呼び。まさかここで書くとは姫鏡も思っていなかったようだ。してやったりだ。
姫鏡は目線を合わせてはにかむように笑った。僕もしっかりと笑えているかは知らないけど、頬を緩めて笑い返した。
きりのいいところまで書いています。
なにかしらの↓のリアクションやらを頂けると励みになります。何卒よろしくお願いします。




