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泥水の下で朽ち果てて2


「酷い目にあった…」


じんじんとまだ赤みの残る頬を、小さな彼女が優しく撫でる。


「さ、災難でしたね…」


消え入るような声の女の子。亜薔薇高校一年生の東雲育だ。歳の割にとても小さい。下手すれば小学生と間違われるのでは無いだろうか。


「先輩?なんか失礼なこと考えてます?」


「ハハハ、イヤソンナマサカ」


そして今ボクがいるここは『魔法少女同好会』。去年発足したばかりで部員はボクたち二人だけ。慎ましく空き教室で日々、魔法少女に関して自身の所感を巡らしている。


「棒読みですね…」


じーっ、と見つめる視線が痛い。うーん、育も顔のパーツは悪くないんだからもっとお洒落すれば見違えると思うんだけどなあ…


「ま、そんな話はさておきだ。いつもの定例報告会だ!」


「なんだか丸め込まれた気がしますが…まあ良いです。それじゃ早速…」


昨日作成したノートを影人が広げようとしたその時だった。


「頼もう!」


ばあん!と勢いよく扉を開けて入ってきたのは生徒会長の水鏡(みかがみ)みなも。剣道部部長でいつもピリピリした雰囲気を纏っている。


「げっ、生徒会長…」


「『げっ』とはなんだげっ!とは!三日月影人!今日こそここから立ち退いて貰うぞ!」


「ええー、いいじゃないですか。どうせこんな旧校舎のボロ教室誰も使いたがる物好きなんて居ませんよ」


「勝手なこと言うな!確かにここはいつも人気が無いが…君らばかり優遇していると他の生徒に示しがつかんだろう!」


よく通る声にぴしゃりとした正論。返す言葉も無いボクは最終手段で応戦することにした。


目をうるうると潤わせて少し上目遣いで水鏡を見つめる。


「…コレでも駄目?お姉ちゃん…?」


「……ぐっ!ダメだダメだ!今までもそうやって…!」


実の所、ボクとこの水鏡みなもは従兄弟であり、幼い頃に両親を亡くしたボクはみなもの家で育てて貰ったという経緯がある。最近、亜薔薇高校の寮に引っ越したが最近まで寝食を共にしていたのだ。


「…くそう!影人!今日だけだからな!私もこうやって叱るのは結構心が痛いんだぞ!少しはお姉ちゃんの気持ちも考えなさい!」


するとボソリとみなもは呟く。


「また、知らない女の子と喋ってるし…」


「…なんか言った?」


「なんでもない!あと早く3人目の部員を見つけなさい!そしたら正式に部室届け出していいから!」


みなもは優しい捨て台詞を吐くと、また勢いよく扉を締めて次の仕事へと去ってしまった。


「さ、それじゃ続きと行こうか」


「…たまに思いますけど、先輩って謎の雰囲気というか胆力みたいなのありますよね…」


うーん、それは褒めているんだろうか?


☆★☆★☆


長い長い魔法少女談議も終わり、午後6時。魔法少女同好会も解散し、影人は夕焼け空の下を歩いていた。


「あと一人、か…」


実際のところあと一人が見つからないことに、影人自身も焦りを覚えていた所がある。しかし現実は漫画やアニメのように熱血勧誘、即入部!みたいな事も起きやしない。日々内容の変わらない張り紙を掲示板に張り出して釣り針に引っかかる獲物を待つだけなのだ。


「でもそんな都合いい人なんてアテが無いしな〜…」


うーん、うーんと影人がしばらく頭を悩ますと、ピタリと思い当たる人物が浮かぶ。


「…あ」


いた。一人。


と、その時だった。


「きゃあああ!!」


「…!?」


女の子が叫ぶ声。距離はたぶんそこまで遠く無い!

声の方向に影人が走ると、そこには不良に囲まれた切宮さんが泣きそうな顔で助けを求めていた。


「おいおい嬢ちゃんよお…叫ぶのは違くねえかあ?」


「そうそう、ボクちゃんたち声掛けただけじゃん?ナンパで騒ぐのは違ぇよなあ?」


「ほらツイスタ交換しよーぜツイスタ、同じクラスのよしみでよぉ〜?QR出してよ〜切宮ちゃ〜ん?」


「ですから!何度も言ってますけど私ツイスタやってないです!」


「今どきの女子高生でツイスタやってない奴なんて居ねえだろ〜?どら、見せてみろよ」


「あっ」


不良の一人がスマホをひったくって中身を見ると次の瞬間愕然とした表情で目を丸くする。


「…マジじゃね?コイツツイスタやってねえぞ」


「…えっ?」


「それに見ろ。RINEの友達が5人しかいねえ…」


「う、嘘だろ…今令和何年だと思ってんだ…」


「平成でもこんなやつ居ねえよ…なんかごめんな」


「うう〜!」


「お前ら!」


泣きそうになる切宮さんと不良の間に急いで影人が割って入る。


「あ?」


「誰お前」


「女の子のピンチに駆けつけるヒーロー気取りですかあ?あぁ〜ん?」


見たところ不良は四人。というか一人ウチの学校の制服を着てる奴もいる(改造だが)、いや顔をよく見ると見覚えがあるぞ…?


「影人くん!」


「切宮さん!ボクの後ろに隠れて!」


「『切宮さん!ボクの後ろに隠れて〜ん!でもボクも怖いから足が震えちゃうよ〜んプルプル』…だってよ」


「「「「ギャ〜〜〜っはっはっはぁ!!」」」」


「お、お前ら…痛い目見たくなかったらとっとと失せろ…!」


「おいおいお前まさか…そんなへっぴり腰で俺らとケンカするんじゃねえだろうなあ?」


「生まれたてのバンビちゃんかっての!」


「「「「ギャ〜〜〜はっはっはぁ!!」」」」


「あ?よく見たらお前、ウチのクラスの三日月じゃん何お前?彼女取られそうだからってピキっちゃった?」


「か、彼女とかじゃ…」


「ヒュー、どんどんおカオが赤くなってらぁ!葛飾北斎の凱風快晴かっての!」


「夏の早朝、照りつける朝日を浴び、赤みを帯びる富士山のようだなあ!」


「今は夕方だけどなあ!」


「いかめし!※1あはれなり!※2(※1…威厳があるさま※2…趣がること)」


「「「「ギャ〜〜〜はっはっはぁ!!!」」」」


「いい加減にしろよ…!ーー山田!」


「あ?お前俺の事知ってんの?」


「当たり前だろ…!誰かれ構わず女の子に手出して…!学校に来なくなった子だっているんだぞ!亜薔薇一最低のクズだってみんな知ってる!それに今日もお前来てなかったじゃないか!」


「なら話がはえーや!パチンコでバ代(※バイトで稼いだお金)全部スっちまってよお…あ、ならいいや。お前金貸してや、三日月。それなら俺らもここから居なくなるからよお。なあ!」


「ケケケ…」


「クックック…」


「ぐへへェ…」


不良たちは同調するように汚らしい笑みを浮かべニタニタと影人を見下げる。


「……ッ!」


影人は悔しそうに俯くと鞄から財布を出し、三万円をおずおずと差し出した。


「おっ、話が早いねえ!そういう奴は好きだぜ?俺はよう」


げへげへと下衆な笑みを浮かべる不良の一人が金に向かって手を伸ばすと、影人は三万円を握り潰し、そのまま不良の腹目がけて思い切り拳をめり込ませた。


「なっ…!」


馬路(ばろ)!」


「テメェ〜よくもバロを…へぶっ!」


もう一人の不良にも、みぞおち目がけて深い拳をめり込ませ、へなへなと地面に倒れ込む。


平薬(へくす)まで…!?」


「コイツ、何もんだ!?」


「フー…」


影人は左右にトントン、とステップを踏み、今度は浴びせるような膝蹴りを三人目の不良の顔面向かって繰り出した。


「ぶごおっ!?」


古戸(こど)ッ!テメェ…ただの陰キャじゃねえな。へへ、なんか昔に齧ってたクチか」


山田の金髪の隙間から脂汗がつう、と垂れた。影人を睨みつけ無理やり作ったような作り笑みを浮かべる。


「MMA(総合格闘技)を昔ちょっとね…。山田、お前も痛い目会いたく無かったら切宮さんに謝れ。そしたら許してやる」


「男がそう簡単に頭下げる訳…ぐごっ…!?」


三日月蹴りが山田の後頭部を直撃し、その勢いのまま山田は地面に叩きつけられ動かなくなった。


「さ、行こうか切宮さん」


「…え、影人くん、この人たち…」


「大丈夫、手加減したから。多分一時間もすれば起きて来るんじゃないかな」


ま、骨のどこかしらにヒビが入ってるかもしれないけど。


「きゃあああ!!」


「クソ、今度はなんだ!?」


「誰か!誰か助けて!ネメミーが…!」




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