泥水の下で朽ち果てて1
「で、あるからして〜…」
ボクの名前は三日月影人。
ごくごく平凡な亜薔薇高校の二年生。
七夕の短冊にも普通と平和を願うくらいのスーパー平和主義者だ。
「…と『徒然草』85段にもあるように、狂人の真似とて大路を走らば即ち狂人なり…おかしな人間の真似はしなさんな、という教訓でもあり〜」
学力も並、スポーツは中の上くらい。
しかし平凡が一番いいのだ。目立つことなんてしたくないしする気も無い。誰かが目立って自分が脇役ならそれでいい。わりと達観してると自分でも思う。
「と、そう言えば先週おかしなコスプレをした不審者がここら辺で出たらしい。これこそ狂人なり。みんなは真似をしないようにだな…」
そんな普通の高校生だ。
「ふあぁ…」
思わずあくびが出てしまう。
そんな腹もちょうどいい塩梅に満たされた午後1時。
さあ、と空いた窓から風が吹き抜ける。少し揺れたカーテンの下、そんな最高な一番後ろがボクの席だ。
「ちょっと、影人くん!」
おもむろに振り向くと、隣の席の切宮さんがぷー、とむくれた顔でボクを見ていた。
「授業、もう始まってるよ?あくび厳禁!」
「あはは、ごめんごめん…でも昨日も徹夜で眠たくってさ…」
「また魔法少女の研究?」
「うん。ボク、昔魔法少女に助けられたから。少しでもあの子達の役に立ちたいんだ」
魔法少女。
ほんの数十年前に現れた謎の存在。彼女らの正体は誰も知らない。誰もが探偵ごっこで探し回るがついぞ誰一人としてその正体を知るものは現れなかった。
影人は切宮に自身の作成したノートをほら、と見せる。
「わ、何これ?ネメミーについてびっしり書いてある…」
ネメミー。魔法少女と共に現れた人類の敵。相互関係は不明だが、ネメミーが現れる所に魔法少女有り。必ずボクらを助けてくれる正義の味方。
それが魔法少女なのだ!
「いつか、恩返しがしたくってさ。あの綺麗な髪の魔法少女に」
「うーん…?誰の事だろ…?」
少々影人は面食らった様な顔で切宮を見つめる。
「え?なんで切宮さんが?」
「…ってああ!なんでもないの!本当になんでも無いから!」
額にびっしり汗を浮かべて切宮さんは顔をぶんぶん振る。
「そこ!何騒いでんだ!」
「げ、ゴリラ…」
「す、すいません〜!」
ばっ、と急いで古典の教科書に二人で身を隠し、ひそひそ声で話し始める。
「…なんか怪しいね?切宮さん魔法少女について何か知ってるの?」
「な、無い無い!私なんかが知ってる訳ないよ…!影人くんこそ凄いね、ここまで細かくネメミーに書いてあるなんて、相当魔法少女に詳しくないとわかんないよ!」
「…まあ、さっき話したこと、ちょっとだけ嘘なんだ」
「ウソ?」
「魔法少女に助けられたって言ったアレ。実はボクの両親、ネメミーに二人とも殺されたんだよね」
それを聞いた切宮はハッとした顔で影人を見つめる。
「あ…ごめん、わたし…」
「違う違う!気にしないで!つい言いたくなっちゃってさ。自分でも分からないんだ、何でだろ?」
「ふふっ何それ…」
口に手を当てて笑う切宮さん思わず影人はドキッとする。ハーフカットの綺麗な黒髪。くりくりと大きな瞳を覆う長い睫毛にぷるんとした唇。クラスでそこまで目立ってないものの、正直かなりの、いや相当な美少女だ。
それに、む、む…
「胸も大きいし…」
「影人くん?どうかした?」
「いやなんでもないです純粋な目でコッチヲミナイデクダサイ」
「あははっ、影人くんロボットみたいだよ〜!」
「コラッ、切宮に三日月!!さっきも言っただろうが!廊下に立ってろ!」
思わず二人で顔を見合わせ、ふふっと笑みが同時に溢れてしまった。
─────その時だ。
カーテンが大きく揺れたかと思えばびゅうっ、と風が吹き抜ける。
「あっ…」
ボクは思わず間抜けな声を上げてしまう。
ふわりと揺れた切宮さんのスカートが悪戯な風に巻き上げられ、今絶賛放送中の女児向け魔法少女アニメ、『ぴゅあ☆フルーツ ラブベリ!』の主人公のパンツが露わになる。
バッ、と切宮さんはスカートを抑え、茹でダコのように顔が真っ赤になる。
「…見た?」
───そんな事言われたらボクはこう答えるしかない。
「ミ、ミテナイヨー」
「…えっち!」
「げふう!!」
……当たり前のように容赦ない平手打ちがボクの頬に襲いかかった。
とほほ…。こんなのボクの望んだ平凡な学園生活じゃないよ…!




