【IF】もし、伊豆奈が生きていたら……
「僕は………僕はもう一度、必ず君の元に帰ってくる。今度こそ、約束」
「………今度こそ、約束だよ?」
「ああ。もちろん」
そう言って、侑斗くんは私を抱きしめた。愛しい。まだ、彼を手放したくない。
でも、そんな思いは届かず、侑斗くんは体を離し、そのまま外に出て行ってしまった。きっと、彼は今から自首してくるつもりだ。
そっか……もう、きっと彼に会うのは。彼のことをこうしてみるのは、これが最後……。
そう思ったら、私の心に、「離れたくない」という欲が湧いた。
私は、悪い子だ。今まで、私は周りの評価を気にしてきた。でも、好きなものには。せめて、彼氏にはわがままを、言わせてほしい。
気が付いたら、私は飛び出していた。
走って追いかけた。スポットライトのように眩しい光を侑斗くんは浴び、尚悠然と立っていた。
走った。侑斗くんを守りたい一心で。共犯だっていい。私は、私は彼とじゃなきゃ生きていられない。生きていたくないんだ。
足が何度ももつれた。それでも、私は走った。
「ダメ!!!!!!!!!!!!!!!」
追いついた。やっと彼追いついた。
「伊豆_______」
もう、離さな
「…………………………………ぅ………」
「伊豆奈!!!!!!?伊豆奈!!!!!!!伊豆奈伊豆奈!!!!!よがっだ……ぼんどうに、よがっだぁぁぁぁぁぁぁ!」
「お、母……さん……?」
目を覚ますと、私はまず、母に抱きしめられるという触感を覚えた。
うっすらと、光が差し込む。恐る恐る目を開けると、眩いホワイトアウトの後、真っ白な天井が見えた。
隣には、泣きながら私を抱きしめる母と、心電図モニターがあった。どうやら、私につながっているらしい。
まもなくして看護師が呼んだ医者が到着し、私の体を検査し始めた。
「体に異常はなさそうですね。しかし……」
私の方を向いて、何か言いたげに口をどもらせた。
やがて、医者は重い口を開いて、こう聞いた。
「お母さんとお父さんの名前は、言えるかい?」
「え?えっと、浜宮紫と、浜宮太一……」
「わかる限りの友達の名前は?」
「えっと……渋谷はるる、藍屋歩美、古屋美月、それと……まだいっぱい……あの、本当になんです__」
「君は……君はどうしてここにいるか、わかるか?」
「……えっと………」
気が付いた。わからない。そう、どうしてここにいるかわからない。
「なら……君は、自分の彼氏の名前を、覚えているかい?」
「………彼、氏?ですか…?」
「……ここ、か」
私には、彼氏がいたらしい。しかし、その彼氏の名前を。姿を、私は忘れてしまった。
「どうやら、記憶喪失したのはその男との記憶で間違いなさそうです。しかし、運がよかったですよ。彼の記憶を忘れることが出来たんですから。普通なら即死ですからね。奇跡レベルです」
私の記憶がなくなった理由は、医者曰く頭に放たれた銃弾。しかし、奇跡的に脳を掠めたのみで、記憶障害と記憶喪失で済んだそうだ。
亡くした記憶は、「立石侑斗」という人物の記憶らしい。しかし、彼のことは、とあるニュースを見せられるだけだった。
「ある女に執着した異常な愛を抱えた猟奇殺人事件……」
調べれば調べるほど、彼との記憶があったのが不思議なのだ。なにせ、見れば見るほどこの人はどこまでも猟奇的で、どう考えても異常者で気持ちが悪くなってくるのだ。
どうして、彼との記憶を持っていたのか……。でもなんだか、この記憶が、ひどく哀しいもののような気がする。なんとなく、そう思う。
あの日から、ずっと夢を見ていた。
私は、誰かはわからないけど、大事な人と一緒に幸せな日々を送る。
花見、海、紅葉、雪、初詣。1年間の大事な日々をすべてその人と過ごしている。
だけど、急に。ある日私がその人と出かけようとしたその瞬間、彼が、何かに撃ち抜かれる。
余りに突然のことで。手を伸ばそうにも全く届かない距離にいて、私の体はなぜか全く動かない。
やがて、「彼が死ぬ」と、性別さえも特定したこんな感想が浮かび上がる。そして私は、
「_____________!」
と、叫ぶ。しかし、誰をよんだのか。むしろ誰か呼んだのかどうかさえもわからぬまま、その夢は覚めるのだ。
私はその夢に抱いた、耐えきれないほどの喪失感を、毎度感じては忘れていっていた。
私の記憶とは裏腹に、世間は私に興味津々らしい。
それも、どうやら彼との記憶に関係があるらしく、連日メディアの押しかけを食らっていた。
何度も何度も知りませんと質問を断っていた。数日すれば、私への関心は段々と薄れていったが、世間のトレンドは未だに私に関係ある彼のニュースでもちきりだった。
知らなければと、何度も思い、その度に知るのに怖気づいての日々を繰り返していった。
私は、また夢を見た。
いつもと変わらない夢。私は、また大事なものを守れなさそうでいる。
しかし、そこで気が付いた。これは、夢じゃないかと。
目の前にいるのは、愛おしい人だというのがはっきりわかる。私は、彼を守りたいと思っている。
私は走り出した。彼の目の前に立ちふさがる。
彼は、どうしてという顔をしている。初めて、私は彼の顔を見た。気付いた。思い出した。
「……侑斗……くん………」
すべて、思い出した。
彼と……侑斗くんと一緒に過ごした日々のすべてを思い出した。
一緒に笑って、一緒に悩んで、一緒にうれしんで、一緒に……。
感情も、行動もほぼ一緒だった彼のこと思い出した。
そして、そして……
彼が、どう死んだのかということも、思い出してしまったのだ。
そうだ……そうだ、私は、私は…!
私はきっと、ほぼ本能のようなものでこの記憶を封印していたんだ。
だってそうだ。だって私は……私は、こんな別れの記憶なんて持っていたら、いよいよ生きる意味を亡くしてしまう。
「……二度も、いなくなっちゃうなんて……ひどいよ、侑斗くん……」
私の心は、跡形もなく、消え去ってしまった。
夜。耳鳴りが聞こえてくるほど無音の夜の中。私は、あのビルの屋上にいた。
ここで、侑斗くんが……。
泣き枯れたはずの涙が、またボロボロとあふれ出してきた。はは……ほんと、いやになっちゃうなぁ……。
「……全部、侑斗くんのせいだよ」
不意にこぼれたその声が、私の本音を決壊させた。
「全部侑斗くんのせいだよ!私を惚れさせて、私を好きって言って、私を色々なところに連れてって、いつも私を一番にして、私の意見を聞いてたくせに、いなくなるときは自分勝手に一人でいなくなるなんてそんなの!!!そんなの……ひどいよ……」
流れる涙が、世界から色を流していく。その様子に、私は、彼に向かって、ほら、貴方の為に流した涙は、世界の色を亡くすでしょうと恨んだ。
「……だから、私も行くから、次こそ、ずっと一緒だよ」
足を一歩踏み出した。
真っ逆さまに落ちていく。
私にかかる空気抵抗が、私の魂を抜いてく風のように思えた。
__これが、君の望まなかった最後だとしても。私は、君のせいにするから。
「……今度こそ、約束守っ