異界少女の逃避行
出血は無いですが、多くの暴力や胸糞な仕打ちがある為閲覧注意。
それでも問題無い方は少女を見守ってくれると幸いです。
「こんの無能がぁ!!」
いつも通りテスト用紙を見てから私に怒鳴り散らす父。
「どれもこれも100点じゃねえじゃねえか!!俺の顔に泥を塗りやがって!お前のせいで俺まで同じ様に見られたらどうする!?ふざけてんのか!!」
怒声を上げながら父は私の体に蹴りを入れてくる。蹴り飛ばされた私は背中から壁にぶつかりずり落ちる。こんな生活も、もう1年ぐらい経つだろうか。どれだけ頑張っても満足のしない父、テストの点数は全て悪く無いはずなのにこの仕打ちを受けている。
「ごめんなさい…。」
「言ってるよなぁ?俺に恥をかかせるなって。それをお前はいつもいつも!!」
謝罪も聞かずに怒鳴りつけ、倒れている私を蹴り続ける。どうして父はこんなにも変わってしまったのだろう。
「ったく。俺はもう寝る。お前、明日から学校休みだったよな。たくさん稼いで来いよ。」
父はそう言うと別の部屋に移動していった。私は散らばったテスト用紙をかき集め、父とは別の部屋へと移動する。明日からは長期休暇。私は高校に入ってから毎日バイトをしている。平日も休日も変わらず空いてる時間は全てバイトをして過ごしている。こうでもしないと食べるものも無く餓死してしまうから。
私の名前は湖月 小奈。普通の女子高生…だと思う。
テスト期間中はバイト先から言われて休みだったけど、明日からはまたバイトだ。今日は早く寝よう。
………………………。
ん。もう朝か。太陽もほとんど上がっていない時間に私は目が覚めた。移動するような音は聞こえてこないから父はまだ寝ているのだろう。バイトが始まるまでまだ時間がある。今のうちにこの休暇の宿題を進めておこう。
太陽がある程度上った頃、父が起きだす前に私は家を出た。起きて来た父に見つかると何を言われるか分からないから。バイトに向かい、段々慣れて来た仕事をこなしていると、頭の片隅でふと昔を思い出した。まだ母がいて幸せだったあの頃と全てが狂い始めたあの頃を。
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昔は…とても幸せな日々だった。
両親共に優しくて、少しだけのわがままなら笑って叶えてくれた。
変わってしまったのは父が急に仕事をクビになり、その後何かの宗教団体に入ってからだった。父はまるで人が変わったかの様に、母や私に暴力をふるう様になり、家にある物を勝手に教団に持っていく様になった。私の物も母の物もお構いなしに教団に寄付していく父。一度止めてもみたけど父は聞く耳を持たず、暴力を振るわれてそれだけだった。
そんな教団への寄付は続き、とうとう家の家具が全部無くなった日の夜、母と二人で抱き合って床で眠ろうとしていた時、母は言った。
「ねぇ、小奈。あなたに私の全てをあげる。幸せも、不幸も、何もかも。だからね小奈。あなたは生きて。いつか…必ず幸せは見つかるから。」
母が私を強く抱きしめ、涙を流しながら言った言葉。ずっと心の中に残ってる。
次の日の朝、隣にいたはずの母の姿は無かった。
別室に居た父に母の居場所を聞いて見たが、
「あぁ?知らねぇよ。行方不明だとよ。」
と、めんどくさそうに答えた。その一言で私は全てを察した。母はもう帰って来ないのだと。父は母の事について知っている。でも私は深く聞かない事にした。聞いたところでどうせ答えてはくれない。下手に刺激するより身の安全を優先した方がいいだろうから。
学校に通っても、私は元々いじめられていて、クラスメイトからの無視や嫌がらせは当然、教師もそれを見ないふり、悪口を言われるだけならいい方で、時には服を汚される事があった。母が居なくなってからはそれもエスカレートし、ほぼ毎日になった。
汚れた制服は家に帰る前に洗う必要があった。汚れたままでは父から締め出されてしまうから。人に見られる訳にもいかず、夜になるまで時間を潰してから付近の大きな川で洗っていた。洗った後の冷たい手、着るしかない濡れた制服、それに夜風も相まって寒さは相当なものだった。その上家に帰っても入る事が出来ない事も多々あった。鍵は閉まり、すでに父が寝ている事が多かったから。
高校には父に言われた所に入る事になった。レベルは私に合わず、その上家から距離もある高校だった。もちろん反論は許されず、多くの努力の末、無事受かる事が出来た。
高校ではいじめが無くなった代わりにバイトをする必要が出てきた。父が金をほとんど使ってしまうせいで常に金欠だったからだ。ずっと教団に入り浸ったり、酒を飲んで帰って来る父の代わりに私が稼がないと家賃すら払えない状態だった。高校がまだバイト禁止じゃないのが救いだった。
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「やっほー、小奈。頑張ってる?」
不意に呼ばれた声で、私の思考は中断された。
「あっ、先輩。」
声を掛けてきたのは学校とバイトの両方の先輩。この人と話している時だけは心から安心できる。私の容姿や噂を気にせず対等に接してくれる。先輩からしてみれば複数いる知り合いの一人かもしれないけれど、私にとっては救われる事の無いこの不幸な世界でただ一人の友人だと思っています。
「いつもご苦労様。大変でしょう?」
「いえ、別に…。」
「でも少し疲れてるんじゃない?私が変わってあげるから少し休憩してきたら?」
「いえ、大丈夫です。何かしている方が余計な事考えなくて済みますから。」
先輩は心配そうな顔をするけど強制はしない。
「…そっか。でも本当に必要だと思ったらちゃんと休憩もするんだよ?倒れちゃったら元も子もないんだから。」
「…はい。」
先輩は私の肩を優しくポンと叩いて控え室に向かおうとする。私は伝えたい事があって咄嗟に引き留めた。
「先輩!」
「ん?」
「あの、いつも気にかけてくれてありがとうございます。とっても…嬉しいです。」
私からの気持ちを聞いて先輩は一瞬驚いた後、
「どういたしまして。」
と、はにかんだ笑顔で返してくれた。そんな先輩に釣られたのか、私も久しぶりに自然と笑顔になっている気がした。その姿を遠くから見ていた父が不機嫌になっている事にも気付かずに…。
バイトが終わって家に帰ると、なんだか違和感…というか、家の中がやけに静かだと感じた。父が帰っていないのかと疑問に思ったが、鍵は開いているようだったのでそのまま入る事にした。
「…ただい、っ!?」
入ってただいまと言おうとした声が遮られ、私はいつの間にか父に髪を掴み上げられていた。一体いつからここにいたのか、何か気に障る事をしたのか等、色々と纏まらない考えが私の頭の中を通り過ぎていく。
「お前、今日笑ってたなぁ。生意気なんだよ。俺が笑えてねぇのによぉ!!」
その言葉を理解する事も出来ないまま私は胸倉を掴まれ、リビングへと投げ飛ばされた。受け身なんて取れる訳も無く、いつも以上に壁に強くぶつかる。衝撃で息がうまく吸えない。
「酒を飲んでも、遊び散らかしても、…笑えねぇ。何をしても笑う事が出来ねぇんだよ!!」
父は吠えるように言い、ふらりふらりとこちらに向かって歩いて来る。私はまだ動こうにも呼吸が整わない。
「なぁ。何でだろうなぁ?さ~なぁ~。俺にも教えてくれよ。本当の笑い方をよぉ!!」
父は喋りながらも向きを変え、台所に残っていた包丁を手に取った。
「教えてくれよぉ、なぁ。じゃねぇと殺しちまうかもなぁ!?」
私はようやく動くようになった体を必死に動かす。窓の鍵を開け夜の街へと駆け出す。靴を履いたままだったのは幸いだった。逃げていく中、後ろから父の怒声が聞こえてくる。逃げるなとか聞こえてくるけど止まれる訳が無い。走っていると、別の道に黒いフードの人影が何人かでいる所を複数グループ見かけた。きっと教団の連中だ。このまま逃げ続けていてもいずれ捕まってしまう。とは言え何か策がある訳でも無い。逃げ続けながら私は救いを願った。その時、一つの記憶が私の頭をよぎった。それはまだ私が小学の低学年ぐらいの時の記憶。何気ない会話の中で出た母の言葉。
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「知ってる?小奈。この町には大きな川に大きな橋が架かっているでしょう?満月の日、その川に映る月に向かって飛び込むと幸せな世界に行けるそうよ。…でも、私達はもう幸せね。」
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大きな橋の中央、その柵の上に私は立っていた。上を見上げれば綺麗な満月。周りを見れば橋を埋め尽くす教団の人達と父が迫っていた。
「さぁ、小奈。大人しく戻っておいで。痛くしないから。」
笑みを浮かべてじりじりと近づいて来る父。今の私にはその笑みの中に昔の優しさではなく、狂気しか含まれていない事を感じた。どんなに頑張っても、もう昔の様には戻れない。その事が痛いほど分かってしまう。
「…さようなら。」
私は父とこの世界に向けて別れを告げ、下の川に満月が映っている事を確認してから、重力に身を任せて頭から落ちる。ここでただ殺されてしまうぐらいなら、ひと時の思い出に浸ろう。ごめんなさいお母さん。私、幸せになれなかった。出来るならどうか、天国でもお母さんに会えますように。落ちる速度が速くなる体、段々と薄れて行く意識の中、水面に映る月が淡く光った気がした。
沢山ある世界。その世界達の狭間に存在する世界。その地下。そこに存在する大滝の一つの滝つぼのそばをひとりの男が歩いていた。
「ん?あれは…?」
水辺に見える物体。男が近づくとそこには、一人の少女とひょうたんが流れ着いていた。
父親許せねぇと思った人、私も同じですのできっとあなたは正常です。